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第一章

8:ウォーリー、倒れる

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 オイゲンが社長室でOP社への回答をしていたころ、ウォーリーの姿はビルの一階と二階とを結ぶ階段の上にあった。

 ウォーリーは一階までエレベータで向かおうとしていたのだが、ちょうど社の終業時刻と重なったためエレベータが混雑しており、階段をドカドカと足音をたてながら下りてきたのである。

「チームの連中には悪いことしたなぁ……」
 この男にも、反省という意識はあるらしい。

 もっとも、それはあくまでも彼が率いてきた部下に向けられたものであり、先ほどまで言い争っていた相手に対するものではない。

 彼が会議へと向かう少し前のことである。
「短気を起こさないでくださいよ。社長なら後でこちらから手を回しておきますから」
 フロアの一番奥の席に陣取った男が腕を組んでいる。
 傍から見れば、この男がこのフロアの最上位者に見えたかもしれない。
 実際には、この男の地位はウォーリーに次ぐチームマネージャーという役職であったが、腰の軽いウォーリーよりも偉そうに見える。
 背はウォーリーと同じかやや高いといったくらいだが、チームマネージャーの方が貫禄ある体型をしているのも影響している。

「経営企画室の連中にお灸を据えて、社長を改心させて帰ってくるからな」
 ウォーリーは、軽く手を挙げて応じた。
 ウォーリーがフロアを去った後、一番奥にいたチームマネージャーは近くにいた部下に声をかけた。
 首を横に振りながらだったので、半ば諦めていることが相手にも丸わかりだ。
「おい、あのまま放っておいて平気だと思うか? 何をしでかすかわからないような気もするが……」
「言うだけ無駄ですね」
 応じた部下の方も既に諦めたといった様子で両手を広げた。

 このときウォーリーは既に会議へと向かっており、最後のやり取りは彼の耳には届いていない。

 ウォーリーは自信に満ちた足取りで会議の場へ向かったものの、結果はこの体たらくである。
 一度、自分のチームの職場に戻って事の次第を伝えてから飛び出すことも出来たのだが、それは彼のプライドが許さなかった。

 彼が社を飛び出さなければならなくなったのも、社長の決断力の無さと、経営企画室の弱腰が原因である。

 自分の失策であれば、部下に頭を下げることはできる。
 しかし、他人の失策で責任の無い自分が部下に頭を下げることは、彼には許容できない。

 (……ったく、それにしても社長も社長だな。肝心なときに決断ができねぇ、ってのは致命的だ。あれは性根を叩きなおさねえと変わらねえだろうな……)

 ウォーリーは忌々しげに手を払った。

 (経営企画室の連中が社長を骨抜きにしているのも気にいらねぇ。あいつ等がてめえの間違いを認めて頭を下げなければならねえってのに、何を考えているんだ?!)

 ウォーリーが部下に頭を下げられない理由がここにある。
 間違っているのは、社長と経営企画室なのである。少なくとも彼の認識では。

 彼らが己の過ちを認めていないのに、落ち度のない自分が部下に頭を下げる、ということが許容できないのだ。それは部下に嘘をつくことになる。

 (まあ、あいつ等なら自分で理解するさ……)
 ウォーリーは部下の判断力を信じながら階段を下りていく。
 階段からロビーに出ようとすると、数名の若者がちょうど階段を塞ぐようにたむろっている。

「??」
 ウォーリーが疑問に思うのも無理はない。ECN社の関係者なら通常はエレベータを使う。それにたむろっている若者たちは社の関係者であることを示す身分証を身につけていない。

「何をやってるんだ?! 通路に固まっていたら通るのに邪魔になるだろ!」
 ウォーリーが怒鳴ると、若者の一人がウォーリーの方へ向き直った。

「すみません。私たち……御社を受験したのですけど、不採用になってしまったのです。受験すれば必ず採用されるとも言われている御社で、何故……
 無理だとはわかっています、でも、私たちは御社で仕事がしたいのです。御社の自由な社風のもとで」
 ウォーリーは、思わず「不採用? うちでそんなことあるわけ無いだろ?」と聞き返してしまった。

 若者たちは、職業学校で発電技術を学んだ学生ばかりが不採用になったこと、そして、会社側から不採用の理由として、該当職種の枠に空きが無くなったと説明を受けたことを話した。

 (……経営企画室の奴らが何かやったな。気に入らねぇな……)
 ウォーリーは直感的に原因を探り当てていた。

 ECN社経営企画室はOP社グループに参加するにあたって、ハドリには逆らわないという姿勢を見せる必要があると判断していた。
 そこで、OP社が得意とする発電事業を縮小し、OP社への依存度を高める一方で、裏ではOP社に察知されないようハードウェア開発部門の増強を図っていた。

 経営企画室が狡猾だったのは、これらの処理をオイゲンの名前で実施した上で、オイゲンに事後承諾を迫ったことだった。
 発案者の経営企画室副長トニー・シヴァは、こうした行動に対してオイゲンが断れない性格だということを熟知していたのである。

「とは言っても、俺はさっき会社を辞めたばっかだしなぁ……」
 ウォーリーが頭を掻きながら答えた。
「でも、私たちはどうしてもECN社の社風のもとで仕事がしたいんです! 何とかなりませんか?」
「……わかった。だったら俺のところに来い! 今は無職の身だが、すぐに事業を立ち上げる。そうしたらお前らも呼んで、俺のところで働いてもらうからな。
 なに、心配するなって、これでも俺はECNで上級チームマネージャーをやっていたんだ。ECNの社風はよく知っているから任せとけ!」
 ウォーリーが若者の肩を叩いた。

 若者たちはウォーリーの言葉に感じ入ったのか、次々にウォーリーへ向けてよろしくお願いしますと連絡先を渡していった。
 ウォーリーは全員の連絡先を控えてから、
「俺は、ウォーリー。ウォーリー・トワっていうんだ。困ったらここに連絡してこい!」
 と自分の連絡先を記した紙を若者の一人に手渡した。

 若者たちと別れた後、ウォーリーは家に戻るため列車に乗った。
 列車に乗り込んだあたりから、彼は自身の変調を感じていた。急に体がだるくなり、力が入らなくなったのだ。

 (……あん? 何だぁ?! 疲れているってでもいうのか? ……いや、そんなこと言っている場合じゃないだろ!)

 ウォーリーは自分を奮い立たせようと、自分自身に活を入れる。
 しかし、それとは裏腹に、ウォーリーを襲った脱力感は徐々にその強さを増していった。
 それだけではなく不意にわき腹に激痛が襲ってきた。

 ウォーリーは苦痛を表情に出さないよう、必死で脱力感と痛みに耐えていた。
 (あいつらのためにも、俺がここで倒れるわけにはいかん……)
 常人なら苦痛で立っていることの出来ないほどの状態でも、ウォーリーは気力で自宅へと向かって歩を進めていた。

 やがて彼の自宅があるアパートが見えてきた。彼の地位には不釣合いなほど質素な建物だ。
 そして、自室の扉の前にたどり着いたところで彼の記憶は途切れた。
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