ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第一章

7:経営企画室副長の企み

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 ウォーリーの行動に会議室にいた者たちのほとんどが呆気に取られていたが、一人だけ腕を組んだまま会議室を見渡すようにしていた男がいた。小太りで背は低いが、その眼光は鋭い。

 (あいつはダメだな、使えない)
 腕を組んだ男はウォーリーが出て行った扉を一瞥した。

 オイゲンが会議の散会を宣言すると多くの参加者は会議室を出て行ったが、オイゲンを含めた数名が会議室に残された。
 その一方で新たに数名の従業員が会議室に入ってくる。

 腕を組んでいた男がおもむろに口を開いた。
「さあ、めでたく今後の方針が決まった。儲かるチャンスだ、ということで社長の金で、飲みに行くよ!」

 オイゲンはその言葉に少しけだるそうに声をあげた。
「え?! シヴァさん、また飲みかい? 社長だからといって、僕の財布はそんなに潤ってないよ」
「社長が金持ってないなんてダメじゃん。社長は儲けてナンボなんだから、金無いなんてセコイこと言わずに飲みに行く! 行けば会社も儲かるようになるって。社長は世間のこと知らないんだから、勉強しないと」
「……わかったわかった。OP社に回答出したら行くから、場所を連絡してくれよ」

 オイゲンを飲みに誘った男はECN社経営企画室副長のトニー・シヴァという人物だ。
 若手で非常に切れることでも知られている。

 一方で遊び人という評判もあり、社内での評価は好評価と非難が入り混じっているといったところだろう。
 オイゲンより二歳年下の二六歳だが、会話を聞く限り、どうみてもシヴァの方が年上の上位者に見える。

 オイゲンには世慣れていない部分が確かにあり、どこか垢抜けない印象を与える。
 対照的にトニーはあらゆる遊びを一通りは経験したと思わせる何かを持っており、これが彼を実際よりも年上で上位者に見せているようであった。

 ECN社内にはシヴァグループというべき百数十名からなる組織のようなものがあり、トニーが中心となって社内で勉強会を開催したり、飲みに行ったりしている。
 トニーはその飲み会にオイゲンを誘ったのだ。

 オイゲンは従業員からの誘いにはよく乗る方であった。
 実のところ彼はほとんど酒が飲めないのだが、従業員間のコミュニケーションは一社員であったころから重視しており、この手の誘いはほとんど断ったことがない。
 社長になってからもこれはほとんど変わることが無かった。

 このため、従業員からは「話のわかる社長」として慕われはしないものの、比較的好意的に見られている面もあった。
 また、このことが彼の人間としての性質についての憶測を呼ぶ結果ともなっている。

 それは彼が「実は同性愛者なのではないか?」ということであった。
 彼には秘書のメイ・カワナがおり、社内では会議などに出ていない限り彼女といっしょにいる時間が一番多い。

 二八歳で独身のオイゲン、二〇歳で同じく独身のメイが二人きりでいるのだから、関係を疑われても仕方の無い状況のはずだ。

 オイゲンはともかく、メイは落ち着いて見ればかなり整った顔立ちをしている。
 確かに彼女は極端な対人恐怖症で挙動がかなり不審であり、黒地にエメラルドグリーンを被せた色の瞳が光の加減によっては妖しく光ることがあるため、気味悪がられることの方が多い。

 特に瞳の色は、二十数年前に流行った伝染病を髣髴させるものがある。
 ある細菌に目を侵されると目の色が緑色に変色し、やがて視力を失うといったこの病気は、その伝染性の高さから一時期は非常に恐れられていた。

 今では予防法が確立され、この病気に罹患する者はほとんどないが、彼女の瞳の色がこの病に罹患したときのそれと比較的良く似ている。
 このために彼女はあらぬ噂を立てられ、少なくない者が瞳の色を理由に彼女を避けていたのである。

 また、目の力が弱いのか、視線が定まっていないように見えることがあるのも彼女の印象を悪くしているかもしれない。

 しかし、彼女の腰近くまである黒のストレートヘアは清楚な印象を与える。
 更にやや小柄でスレンダーな体型が、可憐さを醸し出しているといえなくもないのだ。
 オイゲンが社長という立場を利用すれば、メイに何らかのアクションをとること自体、容易なはずなのだ。

 しかし、オイゲンは嫌がるそぶりを見せることはあっても、ほとんど毎日のように従業員の誘いに乗って飲み会に参加している。
 それどころか休みの日なども時々従業員に引っ張り出されて慣れないスポーツのサークル活動や勉強会に顔を出すといった始末なのだ。

 メイはこの手の活動には一切顔を出さないので、仕事を離れてオイゲンがメイと接触しているとは考えにくい。
 その理由は……と無責任に考えられたのが「オイゲンが男色趣味だから」という結論だった。

 実際のところオイゲンは男色趣味などではなかったのだが、この無責任な噂のおかげで、彼はメイとの関係をまったく疑われずにいたのだ。

 もっとも、オイゲンとメイの関係を疑ったところで社長と秘書以上の関係は無く、その点では両者とも潔白であった。
 そういった関係を持つためにはオイゲンは晩生すぎたし、メイは自分自身のことに必死すぎたのである。
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