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第一章
4:兄の存在
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セスは自分に兄がいるらしい、ということを知っていた。「いるらしい」としているのは、セスがその兄に会ったこともなく、また兄がいる、ということが明確に示されたことがなかったからだ。
彼がこのことを知ったのは八歳の誕生日を迎えてからしばらく経ったときだった。
彼は父だと思っていた人物から、こう聞かされたのだ。
※※
「いいかセス。父さんはセスの本当の父さんじゃない。だから、私の身に何かあったとき、お前は父さんの敵をとろうと思ったりしないで、とにかくみんなといっしょに遠くに逃げるんだぞ」
セスの育ての父が厳かに告げた。
その額には汗がにじんでいたが、その理由は周囲の温度によるものなのか緊張によるものなのかはっきりしない。
というのも、セス達は今、生命の危機に直面していた。
彼らの住む地は炎の壁に包囲され、その壁が徐々に内側に向けて包囲の輪を縮めていたからだ。
「……父さんが本当の父さんじゃないとしたら、僕の本当の父さんはどこにいるの?」
セスが恐る恐る尋ねた。
「……お前のお母さんといっしょに遠くにいる。会えるようになるまでは時間がかかるだろう」
「僕はどうすればいいの? 僕、ひとりになりたくないよっ! 父さんも町のみんなも……誰もいないところにいるなら、本当の父さんや母さんの所に行かせてよっ!」
八歳とはいえ、セスは育ての父の言葉の意図するところを理解していた。
「……馬鹿を言っちゃいけない。お前は一人なんかじゃない。お前には兄さんがいるらしい。この人を探しなさい」
セスに一枚の古びた写真と記録ディスクが渡された。
写真にはセスより少し年長と思われる少年が写っていた。
ただ、写真は水に浸かったことがあるらしく、紙がふやけており、写っている少年の顔は不鮮明だった。
「この人がセスの兄さんになるかもしれない人だ。いいか、セス、この人を探すんだぞ。今、一八歳くらいだ」
「……父さんはどうするの?」
「後で迎えに行く。なに、大丈夫だ」
そう告げて育ての父はセスの頭を撫でた。
この時の表情をセスは今でも忘れることができない。
悲しいような、誇らしげな、そして最後まで己を貫こうとするようないろいろな成分の混じった表情だった。
その直後にセスの家の扉がノックされた。
扉が開き数名の女性たちが家の中に入ってくる。
二言三言会話が交わされた後、セスは女性たちに連れられて、家を出た。
兄らしい少年の写真、記録ディスク、そして可愛がっていた二羽の小鳥が入った鳥篭を持って。
「……父さん、後で必ず迎えに来てね」
「ああ、わかった。必ず行く。安心して待ってなさい」
それが育ての父とセスが交わした最後の言葉であった。
結局、セスに迎えが来ることは無かった。
後にセスはECN社の運営する孤児院に入ることとなった。
孤児院に入って数ヶ月後、「フジミの大虐殺」という痛ましい事件のために、彼は育ての父を失ったことを知った。
一五歳になって職業学校に進んでからセスの兄探しは本格的に始まるはずだった。
しかし、職業学校の授業は非常に厳しく、セスの自由になる時間はほとんど無かった。
また、エクザロームでは行政や警察などの公的な機関はほとんど機能していない。
サブマリン島内にあるいくつかの都市が地域単位で独自に自治を行っており、都市横断的な政治機構はない。
自治といっても町の寄り合いレベルに過ぎないものが多く、人探しに使えるようなネットワークは無いに等しかった。
このため、職業学校で学んでいた三年間、セスの兄探しはまったくといっていいほど進まなかった。
しかし、彼は職業学校で大きな財産を得た。ロビー、モリタという二人の親友と呼べる友人を。
彼がこのことを知ったのは八歳の誕生日を迎えてからしばらく経ったときだった。
彼は父だと思っていた人物から、こう聞かされたのだ。
※※
「いいかセス。父さんはセスの本当の父さんじゃない。だから、私の身に何かあったとき、お前は父さんの敵をとろうと思ったりしないで、とにかくみんなといっしょに遠くに逃げるんだぞ」
セスの育ての父が厳かに告げた。
その額には汗がにじんでいたが、その理由は周囲の温度によるものなのか緊張によるものなのかはっきりしない。
というのも、セス達は今、生命の危機に直面していた。
彼らの住む地は炎の壁に包囲され、その壁が徐々に内側に向けて包囲の輪を縮めていたからだ。
「……父さんが本当の父さんじゃないとしたら、僕の本当の父さんはどこにいるの?」
セスが恐る恐る尋ねた。
「……お前のお母さんといっしょに遠くにいる。会えるようになるまでは時間がかかるだろう」
「僕はどうすればいいの? 僕、ひとりになりたくないよっ! 父さんも町のみんなも……誰もいないところにいるなら、本当の父さんや母さんの所に行かせてよっ!」
八歳とはいえ、セスは育ての父の言葉の意図するところを理解していた。
「……馬鹿を言っちゃいけない。お前は一人なんかじゃない。お前には兄さんがいるらしい。この人を探しなさい」
セスに一枚の古びた写真と記録ディスクが渡された。
写真にはセスより少し年長と思われる少年が写っていた。
ただ、写真は水に浸かったことがあるらしく、紙がふやけており、写っている少年の顔は不鮮明だった。
「この人がセスの兄さんになるかもしれない人だ。いいか、セス、この人を探すんだぞ。今、一八歳くらいだ」
「……父さんはどうするの?」
「後で迎えに行く。なに、大丈夫だ」
そう告げて育ての父はセスの頭を撫でた。
この時の表情をセスは今でも忘れることができない。
悲しいような、誇らしげな、そして最後まで己を貫こうとするようないろいろな成分の混じった表情だった。
その直後にセスの家の扉がノックされた。
扉が開き数名の女性たちが家の中に入ってくる。
二言三言会話が交わされた後、セスは女性たちに連れられて、家を出た。
兄らしい少年の写真、記録ディスク、そして可愛がっていた二羽の小鳥が入った鳥篭を持って。
「……父さん、後で必ず迎えに来てね」
「ああ、わかった。必ず行く。安心して待ってなさい」
それが育ての父とセスが交わした最後の言葉であった。
結局、セスに迎えが来ることは無かった。
後にセスはECN社の運営する孤児院に入ることとなった。
孤児院に入って数ヶ月後、「フジミの大虐殺」という痛ましい事件のために、彼は育ての父を失ったことを知った。
一五歳になって職業学校に進んでからセスの兄探しは本格的に始まるはずだった。
しかし、職業学校の授業は非常に厳しく、セスの自由になる時間はほとんど無かった。
また、エクザロームでは行政や警察などの公的な機関はほとんど機能していない。
サブマリン島内にあるいくつかの都市が地域単位で独自に自治を行っており、都市横断的な政治機構はない。
自治といっても町の寄り合いレベルに過ぎないものが多く、人探しに使えるようなネットワークは無いに等しかった。
このため、職業学校で学んでいた三年間、セスの兄探しはまったくといっていいほど進まなかった。
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