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第一章
3:あり得ない不採用通告
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オイゲンとメイが不毛ともいえる会話としているのと同じころ、彼らのいる場所の十数メートル下、ECN社本社ビル一階のロビーには数十人の若者が集まっていた。
中には、ECN社の従業員と思われるスーツ姿の男女に食ってかかっている者もいる。
その数十人の中に一人だけ車椅子の青年がいた。やや細身でどちらかというと華奢だ。色白で女性のようにも見える。
車椅子の青年が隣にいた青年に声をかける。
「まずいね、モリタ。廃材で家を建てる訓練をしなきゃいけないかもよ。とんでもない失敗をしたなぁ。
今月中に寮を追い出されるし、代わりの家は無いし奨学金も止まってしまうし……
何も無いところから住むところを作らなきゃならないんじゃないかな」
声のトーンから車椅子の青年が男性であることがわかる。
彼の名はセス・クルス、一八歳の学生だ。以降、この物語の中心となる人物である。
彼の周りには二人の青年がおり、一人は背も横幅も大きく、もう一人はバランスの良い長身だ。バランスの良い長身の方が口を開いた。
「どちらにせよ、学校に戻って報告だ。学校に戻ればまだ別の案件があるだろう。とにかく出るぞ」
バランスの良い長身の方がセスの車椅子を押した。太った方は頭を抱えてその場を落ち着き無くウロウロしていたが、セスの車椅子が建物を出たのに気づき、慌てて追いかけていった。
バランスの良い長身はロビー・タカミ、太った方はタカシ・モリタという。
どちらもセスの職業学校での同級生だ。
彼等三人はECN社の入社試験を受け、その結果を確認しにきていたのであった。
ECN社は島内ナンバーツーの企業であり学生の人気も高かったが、採用規模が大きいため受験すれば採用される、という状況がここ一〇年以上続いていた。
ところが、今年になって受験生のうち数十名が不採用となってしまった。
この数十名にセス、ロビー、モリタの三人が入っている。
ロビーがECN社の従業員に詰め寄って理由を確認したが、わかったことは三人が希望していた職種に空きの枠が無くなったということだけであった。
三人は職業学校で海流を利用した発電所の建設・管理技術を学んでいたが、よく見れば不採用になった者は学校で同じ専攻だった者ばかりである。
サブマリン島では電力事情から海流を利用した発電所の建設・管理技術のニーズは比較的高い。
そのため、ロビーなどは「それほど慌てなくても、近いうちに仕事は見つかるだろう」と楽観的に考えていた。
ただ、セスには心配の種がひとつあった。
現在、セスには両親がおらず、職業学校では寮生活をしている。セスは今月末で職業学校を卒業予定であり、卒業と同時に寮を出なければならない。
しかし、セスには帰る家が無かった。
八歳の時に育ての父を失い、ECN社が運営する孤児院に入ることとなった。
孤児院にいられるのは義務教育が終わる一五歳までであり、セスは義務教育を修了すると職業学校の寮に入れられたのである。
「慌てるなって、もし住むところが無いんだったら、うちに来りゃいいだろ」
ロビーがセスの方に向かって言った。
「サンキュ。そうしたら僕はロビーが寝坊したときにクラッカーを鳴らしに行くよ。それとも首にロープ結んで車椅子で引っ張っていく方がいい?」
「おう、そのときは頼むわ」
「ところでモリタは家の方の心配をしなくていいの?」
「怒られるだろうなぁ……絶対入れるECN社に不採用を食らったなんて、僕はポータルにいられなくなっちゃうよ。これじゃ他を受けてもダメだろうし……夢も希望もない。親に勘当されて海洋調査隊にでも入れられてしまったらどうしよう。僕、泳げないからなぁ……」
モリタが不安げに言った。
「ポータル」とは、エクザローム最大の都市の名前で、正式な名前を「ポータル・シティ」という。
ちなみにECN社のあるハモネスはポータル・シティの北東約一五キロメートルに位置している。
「アホか。家のあるお前より、セスの心配をしたらどうなんだ?」
そう言って、ロビーがモリタの頭を小突いた。
「モリタはモリタで大変なんだから。親を気にしなきゃいけない立場も辛いよね、モリタ。いっそのこと僕と立場変わってみる?」
「まったく……セス、お前はどこまで気を遣うんだか。少しは自分の心配をしろよ」
「そうだけど、ロビーとモリタと僕、三人がそろって仕事に就けないとダメなんだよ。とにかく、ロビーの言うとおり早く学校に戻って報告した方が良さそうだね。それに……」
「それに、何だ?」
「何かいい案でもあるのかい? セス?」
「僕が車椅子の生活をしていることが、最後は役に立つんじゃないかな」
「おい、セス。俺はそんなのに頼ってまで仕事に就きたくないぞ」
「待ってくれよ。ロビーには要らないかも知れないけど、僕は欲しい。セス、頼むよ。」
「アホか! お前には節操というものはないのか?!」
ロビーがモリタの頭を引っぱたく。
「痛いなぁ……溺れる者は藁をもつかむ、っていうじゃないか。僕が海洋調査隊に入れられたら本当に溺れちゃうよ。その前にセスに頼るのは当然じゃないか」
「僕に頼ったところで車椅子といっしょに沈むだけだよ。水に浮く分、まだ藁の方がマシじゃないの?」
「そんなぁ、セスまでそういうこと言うの?」
「あははは」
エクザロームでは、セスのような障害のある者の就労にさほど不自由がない。
高齢化が進み、若年労働力が不足しているという状況では、障害があっても若者には仕事に就いてもらわなければ労働力が確保できないのだ。
それに、セスはエクザロームで需要の多い海流発電の技術を習得している。
海流発電を主力事業としているOP社であれば、今から飛んで行っても採用されただろう。
しかし、セスはOP社への就職は回避したかった。
OP社の社長エイチ・ハドリに興味はあるのだが、配置換えが頻繁で常に違う人と仕事をさせられるという話を聞いていたからである。
セスには周りにいる仲間、ロビーやモリタと違う職場で仕事をするつもりはなかった。信頼できる仲間がいない職場で仕事をしたくない……彼はそういう若者だった。
「ところでセス、仕事が見つからなければ、いっそのこと例の兄貴を探してみたらどうだ?」
唐突にロビーが言う。
「それもいいかも。仕事がなければ時間は売るほどあるんだし、今までは勉強ばかりでそんな余裕も無かったものね」
「じゃ、僕も手伝うよ。身体の不自由な人のお世話をする仕事をしているんだ、って言えば親も許してくれるかもしれない。セス、僕を雇ってみない?」
「って、お前、セスから金取るつもりか?」
「だって、給料をもらえなければ親に仕事してるって言えないじゃないか」
「あのなぁ……」
(そうか……兄さんを探すのも大事だ。就職すればまとまったお金が入るから、兄さんを探すのも楽になると思ったけど、就職できなければ時間はたっぷりある。どちらにせよ、学生をやっているより兄さんを探すのは楽になるよね……)
ロビーとモリタがやり合っているのをよそに、セスは一人考えていた。
中には、ECN社の従業員と思われるスーツ姿の男女に食ってかかっている者もいる。
その数十人の中に一人だけ車椅子の青年がいた。やや細身でどちらかというと華奢だ。色白で女性のようにも見える。
車椅子の青年が隣にいた青年に声をかける。
「まずいね、モリタ。廃材で家を建てる訓練をしなきゃいけないかもよ。とんでもない失敗をしたなぁ。
今月中に寮を追い出されるし、代わりの家は無いし奨学金も止まってしまうし……
何も無いところから住むところを作らなきゃならないんじゃないかな」
声のトーンから車椅子の青年が男性であることがわかる。
彼の名はセス・クルス、一八歳の学生だ。以降、この物語の中心となる人物である。
彼の周りには二人の青年がおり、一人は背も横幅も大きく、もう一人はバランスの良い長身だ。バランスの良い長身の方が口を開いた。
「どちらにせよ、学校に戻って報告だ。学校に戻ればまだ別の案件があるだろう。とにかく出るぞ」
バランスの良い長身の方がセスの車椅子を押した。太った方は頭を抱えてその場を落ち着き無くウロウロしていたが、セスの車椅子が建物を出たのに気づき、慌てて追いかけていった。
バランスの良い長身はロビー・タカミ、太った方はタカシ・モリタという。
どちらもセスの職業学校での同級生だ。
彼等三人はECN社の入社試験を受け、その結果を確認しにきていたのであった。
ECN社は島内ナンバーツーの企業であり学生の人気も高かったが、採用規模が大きいため受験すれば採用される、という状況がここ一〇年以上続いていた。
ところが、今年になって受験生のうち数十名が不採用となってしまった。
この数十名にセス、ロビー、モリタの三人が入っている。
ロビーがECN社の従業員に詰め寄って理由を確認したが、わかったことは三人が希望していた職種に空きの枠が無くなったということだけであった。
三人は職業学校で海流を利用した発電所の建設・管理技術を学んでいたが、よく見れば不採用になった者は学校で同じ専攻だった者ばかりである。
サブマリン島では電力事情から海流を利用した発電所の建設・管理技術のニーズは比較的高い。
そのため、ロビーなどは「それほど慌てなくても、近いうちに仕事は見つかるだろう」と楽観的に考えていた。
ただ、セスには心配の種がひとつあった。
現在、セスには両親がおらず、職業学校では寮生活をしている。セスは今月末で職業学校を卒業予定であり、卒業と同時に寮を出なければならない。
しかし、セスには帰る家が無かった。
八歳の時に育ての父を失い、ECN社が運営する孤児院に入ることとなった。
孤児院にいられるのは義務教育が終わる一五歳までであり、セスは義務教育を修了すると職業学校の寮に入れられたのである。
「慌てるなって、もし住むところが無いんだったら、うちに来りゃいいだろ」
ロビーがセスの方に向かって言った。
「サンキュ。そうしたら僕はロビーが寝坊したときにクラッカーを鳴らしに行くよ。それとも首にロープ結んで車椅子で引っ張っていく方がいい?」
「おう、そのときは頼むわ」
「ところでモリタは家の方の心配をしなくていいの?」
「怒られるだろうなぁ……絶対入れるECN社に不採用を食らったなんて、僕はポータルにいられなくなっちゃうよ。これじゃ他を受けてもダメだろうし……夢も希望もない。親に勘当されて海洋調査隊にでも入れられてしまったらどうしよう。僕、泳げないからなぁ……」
モリタが不安げに言った。
「ポータル」とは、エクザローム最大の都市の名前で、正式な名前を「ポータル・シティ」という。
ちなみにECN社のあるハモネスはポータル・シティの北東約一五キロメートルに位置している。
「アホか。家のあるお前より、セスの心配をしたらどうなんだ?」
そう言って、ロビーがモリタの頭を小突いた。
「モリタはモリタで大変なんだから。親を気にしなきゃいけない立場も辛いよね、モリタ。いっそのこと僕と立場変わってみる?」
「まったく……セス、お前はどこまで気を遣うんだか。少しは自分の心配をしろよ」
「そうだけど、ロビーとモリタと僕、三人がそろって仕事に就けないとダメなんだよ。とにかく、ロビーの言うとおり早く学校に戻って報告した方が良さそうだね。それに……」
「それに、何だ?」
「何かいい案でもあるのかい? セス?」
「僕が車椅子の生活をしていることが、最後は役に立つんじゃないかな」
「おい、セス。俺はそんなのに頼ってまで仕事に就きたくないぞ」
「待ってくれよ。ロビーには要らないかも知れないけど、僕は欲しい。セス、頼むよ。」
「アホか! お前には節操というものはないのか?!」
ロビーがモリタの頭を引っぱたく。
「痛いなぁ……溺れる者は藁をもつかむ、っていうじゃないか。僕が海洋調査隊に入れられたら本当に溺れちゃうよ。その前にセスに頼るのは当然じゃないか」
「僕に頼ったところで車椅子といっしょに沈むだけだよ。水に浮く分、まだ藁の方がマシじゃないの?」
「そんなぁ、セスまでそういうこと言うの?」
「あははは」
エクザロームでは、セスのような障害のある者の就労にさほど不自由がない。
高齢化が進み、若年労働力が不足しているという状況では、障害があっても若者には仕事に就いてもらわなければ労働力が確保できないのだ。
それに、セスはエクザロームで需要の多い海流発電の技術を習得している。
海流発電を主力事業としているOP社であれば、今から飛んで行っても採用されただろう。
しかし、セスはOP社への就職は回避したかった。
OP社の社長エイチ・ハドリに興味はあるのだが、配置換えが頻繁で常に違う人と仕事をさせられるという話を聞いていたからである。
セスには周りにいる仲間、ロビーやモリタと違う職場で仕事をするつもりはなかった。信頼できる仲間がいない職場で仕事をしたくない……彼はそういう若者だった。
「ところでセス、仕事が見つからなければ、いっそのこと例の兄貴を探してみたらどうだ?」
唐突にロビーが言う。
「それもいいかも。仕事がなければ時間は売るほどあるんだし、今までは勉強ばかりでそんな余裕も無かったものね」
「じゃ、僕も手伝うよ。身体の不自由な人のお世話をする仕事をしているんだ、って言えば親も許してくれるかもしれない。セス、僕を雇ってみない?」
「って、お前、セスから金取るつもりか?」
「だって、給料をもらえなければ親に仕事してるって言えないじゃないか」
「あのなぁ……」
(そうか……兄さんを探すのも大事だ。就職すればまとまったお金が入るから、兄さんを探すのも楽になると思ったけど、就職できなければ時間はたっぷりある。どちらにせよ、学生をやっているより兄さんを探すのは楽になるよね……)
ロビーとモリタがやり合っているのをよそに、セスは一人考えていた。
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