ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三

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第一章

2:対人恐怖症の社長秘書

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 結局、会議の場では結論が出ず、四時間後に再度打ち合わせということになった。
 憤懣やるせない、という様子で会議室を出たのはウォーリーだ。怒りを隠そうともせず、大股で会議室を後にする。
 その他のメンバーも会議室を出ていき、最後に残されたのはオイゲンだった。

 オイゲンが席を立ち、机の上に残されたコーヒーの紙コップを片付けはじめたとき、会議室の入口のドアが少し開かれた。
 ドアはその状態で数秒停止していたが、やがて人が通れるほどに開かれ、一人の女性が会議室に入ってきた。
 女性は会議室に入るとドアを内側から閉めた。彼女の視線は会議室内をキョロキョロと見回しており、どことなく落ち着きが無いようにも見える。

 社長秘書のメイ・カワナだった。
 社長秘書、というと聞こえが良いかもしれないが、彼女が秘書としての役割を果たしているかは疑問が持たれるところである。

 彼女は社長であるオイゲンに代わって表舞台に出ることは絶対になかった。
 その点では適性があるともいえるが、一方で社内や外部の人と接することも無かった。
 それどころか通信すら取らない。これではとても秘書としての役割を果たしているとはいえない。

 彼女は何故、社内や外部の人と接しないのか……?
 実は「接しない」のではなく「接することができない」のである。彼女は対人恐怖症であり、他人と会話することも出来ない。
 廊下を歩くときも他の従業員の姿を見つけると回れ右して逃げ出してしまうし、逃げ場が無いときは目を合わさないよう、下を向いて急ぎ足で歩いていってしまう。
 彼女が仕事をする社長室内の秘書用スペースは建物の四階にあるのだが、出退勤時は他の従業員と顔を合わせるのを避けるため、エレベータを使わず裏口の非常階段を使うのである。

 そういった彼女であるが、何故かオイゲンとだけは話ができる。
 もともとはシステム運用部門のオペレータだったが、他人とコミュニケーションが取れないことから、部署を転々としていた。
 そんなところを当時経営企画室にいたオイゲンに見出され、オイゲンが社長である父に社長秘書として推薦したのだった。オイゲンの推薦理由は「彼女は天才……いや、それ以上の『鬼才』ですよ」というものであった。

 こうしてメイは社長秘書として、ECN社に居場所を得た。
 昨年、オイゲンの父カズト・イナが世を去り、オイゲンが社長を引き継いだが、オイゲンは彼女の居場所を変えることは無かった。恐らく自分以外に彼女とコミュニケーションを取れる人間は多くないだろう、と判断してのことであった。

「正直参ったなぁ、というところだよ。予想はしていたけど、ウォーリーが強硬でね。後でもう一度会議があるけど、また詰め寄られるんだろうな」
「……」
「正直な話、自分よりウォーリーが社長をやった方が、よっぽど会社にとってもいいのじゃないかと思うのだけどね。カワナさんはどう思う?」
「……社長とトワさんでは、経営に対する考え方が違っています。社長は守勢、トワさんは攻勢の人だと思います」
「それはそうかもなぁ。ふぅ、いっそのこと東にでも行ければいいのだけど、そうもいかないよ」
「……東へ?」
「そう。だって、島の東なら競争する相手なんて誰もいないから、こんなゴタゴタも起きやしないじゃない」
「でも、東に人がいないことは確認されていません。既に誰か住んでいるかもしれません。誰か住んでいれば競争が起こる可能性はありますし、住んでいなければ市場がありません」
「あ、そうか……」

 ここで、この世界について少し説明する必要があるだろう。
 最初に出てきた「エクザローム」というのは、ECN社やOP社などがある惑星の名前だ。
 エクザロームには唯一とされている陸地がある。
 南北に約七百キロメートル、東西に約千キロメートルの菱形を崩したような形をした島で、形が潜水艦に似ていることから「サブマリン島」と名づけられている。
 もっとも、島名となった潜水艦はこの島には存在しない。潜水艦を利用する機会がないためだ。

 このサブマリン島、島の中央部を南北に五千メートル級の山脈と湖が縦断しており、人々はこの山脈の西側に居住している。
 山脈を越えて東側に行った者はおらず、島の東部のことはあまりよくわかってない。
 島の大きさや形が判明しているのは、数枚の衛星写真があるからなのだが、約三〇年前に撮影されたものであり、信頼性については疑問がもたれている部分もある。ECN社は島の西端に近いハモネスという人口一二万人ほどの都市に本社を構えている。
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