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第一章
1:OP(オーシャン・パワース)社からの通告
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「それで社長はどうしようって言うのですかっ?!」
若い男が怒りをあらわにまくし立てた。
おそらく当人は落ち着いて静かに言ったつもりだろう。その表情が雄弁に物語っている。
だが、そう思っているのは当人だけで、会議室にいる大多数のメンバーには彼が怒って興奮していると思えただろう。
彼の名はウォーリー・トワ、二七歳。アース・コミュニケーション・ネットワーク社 (以降ECN社)の上級チームマネージャーという役職に就いている。
ECN社は惑星エクザロームでナンバーツーの規模の企業で、その従業員数は約一一万人にも及ぶ。
その中で上級チームマネージャーは一二名だけである。上級チームマネージャーは役員とほぼ同格の役職 (表向きは役員より下であるが)であり、その上には社長しかいない。
ウォーリーは上級チームマネージャーの中で最年少であり、七千五百名のメンバーからなるタスクユニットを管理している。マネージャーといってもその管理範囲は並の企業の社長よりも大きい。
実は会議に参加するに先立って、ウォーリーは部下の一人から「短気を起こさないでくださいよ」と忠告を受けていた。
一応、ウォーリーも頭の片隅にそのことを置いていたはずなのだが、今はどこか奥深くに埋もれてしまって行方が知れなくなったようだ。
忠告した部下の名はミヤハラというが、彼がこの現場を目の当たりにしたら、その場で頭を抱えてしまっただろう。
もっとも、忠告したミヤハラもこうした事態を予想していたはずである。予想していなければそもそも忠告などしないからだ。
ただ単に、忠告が思うような効果を発揮できなかっただけの話である。
「それをここで話し合いたいのだけど……」
社長、と呼ばれた男がウォーリーの方を見た。「社長」の名は、オイゲン・イナという。
ウォーリーよりは若干年長に見えるが、彼も若い。ウォーリーより一つ年上の二八歳。
昨年亡くなった父よりECN社を引き継いだ。一一万人の企業を預かる社長としては、ちょっと頼りなさそうにも見える。
「社長の考えは?!」
ウォーリーは先程よりも語気を強めた。
会議室といった感じの部屋の中にはニ〇名ほどがいるが、皆、黙っている。
中には「またか」という表情をしている者もいる。ウォーリーが会議などで爆発するのは比較的よくあることらしい。
「……難しい問題だね。何というか……こちらで勝手に決められるものでもないし……」
オイゲンが言葉に詰まりそうになったとき、オイゲンの隣の席に座っている中年の女性から助け舟が出された。
「だからここで話し合う、と仰りたいのですよね、社長」
「他の人は黙ってください! 自分は社長の考えを聞きたいと言っているっ!」
今度は声を抑えることもなく、ウォーリーが怒鳴った。
「……正直なところ、OP社からの話を受け入れざるを得ないじゃないかな。
……問題が無いとは思わないけど、我々に選択権は無いからね。こういう決断はできればしたくはないのだけど……」
オイゲンの声は先程より弱くなっている。その表情は少しこわばっているようにも見える。
本人はおそらく真剣なつもりなのだろうが、どこか第三者的な発言に聞こえる。
「アンタが決断しなくて、誰が決断するんですかっ?! アンタ、社長でしょう?!」
ウォーリーの言葉は遠慮が無くなって、何時の間にか社長に対して敬語を使うことすら忘れているようだ。
「それはわかるけど、どうすればいいかな……」
「どうするって、こんな条件を飲めるとでも?!」
「……できれば飲みたくはないさ。ただ……」
「ただ、何だっていうのです?」
「……何というか、電気を止められてしまったら我々の業務はダメになってしまうじゃないか」
「だったら、こっちで発電すればいい。戦わずして屈するなんて、そんな馬鹿な話がありますかっ!」
ウォーリーとオイゲンの会話に一人の年配の社員が割って入る。
「トワ君、君がそれだけ興奮してしまっては議論にならない。もう少し落ち着いて話したまえ」
「興奮などしていませんっ! 私は我が社が何をすべきか、社長に正しい判断をしてもらいたいだけです!」
現在、ECN社の幹部達が話し合っているのは、一件の提案に対する回答についてだった。
提案とは、エクザローム最大の企業オーシャン・パワース社 (以下、OP社)からのもので、OP社グループに参加してみてはどうか、という内容であった。
文面上は善意による勧誘に見えないこともなかったが、実際はあくまでもECN社の吸収が目的なのは明白であった。
OP社は創業して一〇年ほどの若い企業だったが、エクザロームの社会インフラの中でも特に重要な電力供給を担っている強みを生かして、半ば強引とも言えるM&A戦略で成長を続けてきていたのだ。
エクザロームでは他の産業と比較して奇形的に第三次産業、その中でも情報サービス業に従事する者が多く、都市内、都市間のコンピュータネットワークシステムが発達している。こうしたシステムの構築、運用管理など関係業務全般を担っているのがECN社であった。
数年前までコンピュータネットワークシステムに関してはECN社の独占状態であったが、三年前にOP社がこの分野に参入、徹底した顧客の囲み込み戦略を武器に徐々にECN社のシェアを奪っている。現在のところでは、ECN社のシェアが七〇パーセント強、OP社のシェアが三〇パーセント弱というところである。
今すぐECN社が倒産の危機を迎える、というような状況ではなかったが、ECN社には大きな泣きどころがあった。コンピュータネットワークシステムは、電気が無ければタダのガラクタに過ぎない。
エクザロームには公的な大規模の電力供給システムが無く、個人や企業は自らが使う電力を自力で調達する必要があった。
ECN社は本社近くに海流を利用した発電システムを持っていた。しかし、発電所を維持管理する技師の不足から発電量を大幅に伸ばすことができず、事業の拡大に支障をきたしている状況だった。
OP社は本業が電力供給業者である。OP社と結べばECN社は電力の調達に関する限り、不安は解消するだろう。しかし、今までのOP社のやり方から考えて、ECN社がOP社と対等の立場を望むのは難しい。
一方、OP社にも泣きどころがないわけではない。そのうち、最大の問題といえるのがシステムを構成するハードウェアの開発能力である。
ECN社は六〇年を超える歴史を持ち、ハードウェアの開発についての膨大なノウハウを蓄積しているが、後発のOP社にはそれが無いのだ。
無いものは自分の手元に引き寄せ自分に従わせる。それがOP社社長エイチ・ハドリのやり方だった。
幹部の一人が言う。
「OP社のグループに入るというのも、あのハドリに睨まれるよりマシという考え方もあるのではないか? まともに対抗したら、体力のないうちの方が厳しくなる」
間髪入れず、ウォーリーが反論する。
「いい加減にしろっ! 戦ってもないのに最初から幹部が負けた気になってどうするんだっ! 現にハードやソフトの開発ではうちに分があるんだっ! それに、社を信じている社員に対して罪の意識は無いのかっ!」
社長のオイゲンは目を閉じて腕を組んだまま考え込んでいる様子だ。
その後も議論は続いた。OP社グループ参加に賛成する者が数名、反対するのはウォーリー一人、後は様子見、といった状況だ。
若い男が怒りをあらわにまくし立てた。
おそらく当人は落ち着いて静かに言ったつもりだろう。その表情が雄弁に物語っている。
だが、そう思っているのは当人だけで、会議室にいる大多数のメンバーには彼が怒って興奮していると思えただろう。
彼の名はウォーリー・トワ、二七歳。アース・コミュニケーション・ネットワーク社 (以降ECN社)の上級チームマネージャーという役職に就いている。
ECN社は惑星エクザロームでナンバーツーの規模の企業で、その従業員数は約一一万人にも及ぶ。
その中で上級チームマネージャーは一二名だけである。上級チームマネージャーは役員とほぼ同格の役職 (表向きは役員より下であるが)であり、その上には社長しかいない。
ウォーリーは上級チームマネージャーの中で最年少であり、七千五百名のメンバーからなるタスクユニットを管理している。マネージャーといってもその管理範囲は並の企業の社長よりも大きい。
実は会議に参加するに先立って、ウォーリーは部下の一人から「短気を起こさないでくださいよ」と忠告を受けていた。
一応、ウォーリーも頭の片隅にそのことを置いていたはずなのだが、今はどこか奥深くに埋もれてしまって行方が知れなくなったようだ。
忠告した部下の名はミヤハラというが、彼がこの現場を目の当たりにしたら、その場で頭を抱えてしまっただろう。
もっとも、忠告したミヤハラもこうした事態を予想していたはずである。予想していなければそもそも忠告などしないからだ。
ただ単に、忠告が思うような効果を発揮できなかっただけの話である。
「それをここで話し合いたいのだけど……」
社長、と呼ばれた男がウォーリーの方を見た。「社長」の名は、オイゲン・イナという。
ウォーリーよりは若干年長に見えるが、彼も若い。ウォーリーより一つ年上の二八歳。
昨年亡くなった父よりECN社を引き継いだ。一一万人の企業を預かる社長としては、ちょっと頼りなさそうにも見える。
「社長の考えは?!」
ウォーリーは先程よりも語気を強めた。
会議室といった感じの部屋の中にはニ〇名ほどがいるが、皆、黙っている。
中には「またか」という表情をしている者もいる。ウォーリーが会議などで爆発するのは比較的よくあることらしい。
「……難しい問題だね。何というか……こちらで勝手に決められるものでもないし……」
オイゲンが言葉に詰まりそうになったとき、オイゲンの隣の席に座っている中年の女性から助け舟が出された。
「だからここで話し合う、と仰りたいのですよね、社長」
「他の人は黙ってください! 自分は社長の考えを聞きたいと言っているっ!」
今度は声を抑えることもなく、ウォーリーが怒鳴った。
「……正直なところ、OP社からの話を受け入れざるを得ないじゃないかな。
……問題が無いとは思わないけど、我々に選択権は無いからね。こういう決断はできればしたくはないのだけど……」
オイゲンの声は先程より弱くなっている。その表情は少しこわばっているようにも見える。
本人はおそらく真剣なつもりなのだろうが、どこか第三者的な発言に聞こえる。
「アンタが決断しなくて、誰が決断するんですかっ?! アンタ、社長でしょう?!」
ウォーリーの言葉は遠慮が無くなって、何時の間にか社長に対して敬語を使うことすら忘れているようだ。
「それはわかるけど、どうすればいいかな……」
「どうするって、こんな条件を飲めるとでも?!」
「……できれば飲みたくはないさ。ただ……」
「ただ、何だっていうのです?」
「……何というか、電気を止められてしまったら我々の業務はダメになってしまうじゃないか」
「だったら、こっちで発電すればいい。戦わずして屈するなんて、そんな馬鹿な話がありますかっ!」
ウォーリーとオイゲンの会話に一人の年配の社員が割って入る。
「トワ君、君がそれだけ興奮してしまっては議論にならない。もう少し落ち着いて話したまえ」
「興奮などしていませんっ! 私は我が社が何をすべきか、社長に正しい判断をしてもらいたいだけです!」
現在、ECN社の幹部達が話し合っているのは、一件の提案に対する回答についてだった。
提案とは、エクザローム最大の企業オーシャン・パワース社 (以下、OP社)からのもので、OP社グループに参加してみてはどうか、という内容であった。
文面上は善意による勧誘に見えないこともなかったが、実際はあくまでもECN社の吸収が目的なのは明白であった。
OP社は創業して一〇年ほどの若い企業だったが、エクザロームの社会インフラの中でも特に重要な電力供給を担っている強みを生かして、半ば強引とも言えるM&A戦略で成長を続けてきていたのだ。
エクザロームでは他の産業と比較して奇形的に第三次産業、その中でも情報サービス業に従事する者が多く、都市内、都市間のコンピュータネットワークシステムが発達している。こうしたシステムの構築、運用管理など関係業務全般を担っているのがECN社であった。
数年前までコンピュータネットワークシステムに関してはECN社の独占状態であったが、三年前にOP社がこの分野に参入、徹底した顧客の囲み込み戦略を武器に徐々にECN社のシェアを奪っている。現在のところでは、ECN社のシェアが七〇パーセント強、OP社のシェアが三〇パーセント弱というところである。
今すぐECN社が倒産の危機を迎える、というような状況ではなかったが、ECN社には大きな泣きどころがあった。コンピュータネットワークシステムは、電気が無ければタダのガラクタに過ぎない。
エクザロームには公的な大規模の電力供給システムが無く、個人や企業は自らが使う電力を自力で調達する必要があった。
ECN社は本社近くに海流を利用した発電システムを持っていた。しかし、発電所を維持管理する技師の不足から発電量を大幅に伸ばすことができず、事業の拡大に支障をきたしている状況だった。
OP社は本業が電力供給業者である。OP社と結べばECN社は電力の調達に関する限り、不安は解消するだろう。しかし、今までのOP社のやり方から考えて、ECN社がOP社と対等の立場を望むのは難しい。
一方、OP社にも泣きどころがないわけではない。そのうち、最大の問題といえるのがシステムを構成するハードウェアの開発能力である。
ECN社は六〇年を超える歴史を持ち、ハードウェアの開発についての膨大なノウハウを蓄積しているが、後発のOP社にはそれが無いのだ。
無いものは自分の手元に引き寄せ自分に従わせる。それがOP社社長エイチ・ハドリのやり方だった。
幹部の一人が言う。
「OP社のグループに入るというのも、あのハドリに睨まれるよりマシという考え方もあるのではないか? まともに対抗したら、体力のないうちの方が厳しくなる」
間髪入れず、ウォーリーが反論する。
「いい加減にしろっ! 戦ってもないのに最初から幹部が負けた気になってどうするんだっ! 現にハードやソフトの開発ではうちに分があるんだっ! それに、社を信じている社員に対して罪の意識は無いのかっ!」
社長のオイゲンは目を閉じて腕を組んだまま考え込んでいる様子だ。
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