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第十二章
551:レイカ、かつての同僚と再会す
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レイカ・メルツは会議開始時刻の約一時間前に会場入りした。
最初に許可を得て、会場となっているサウスセンターの大ホールへと向かった。
会場の中を入念にチェックし、会談に備える。
レイカに同行した二人の男性社員は、椅子に座ったままレイカの作業を見守っている。
これはレイカがそう指示したためで、特に彼らが怠惰なわけではなかった。
チェックはどうしても自身の手でやらなければレイカの気が済まなかった。
彼女はプレゼンテーションや会議などで自らをもっとも効果的に見せる術を知っていた。
そして、そのための準備を怠ることはなかった。
また、こうした彼女の持っている微妙な感覚は、他人に言葉で伝えることができない性質のものであった。
(それほど形や照明に癖のある会場ではないわね。各座席のスクリーンは上下が少し切れるようだから、椅子の高さは……)
レイカは立つ場所や発言時に視線を向けるべき方向などを念入りに確かめていった。
こうして準備を済ませたころ、会議室に元気のよい女性の声が響いた。
「失礼しますっ! 本日はよろしくお願いしますっ!」
声に続いて二人の女性が部屋の中に入ってきた。
ほぼ同時にレイカが部屋の入口へと向けて動いた。
声とレイカの動きが同時、というのは正確ではない。
正確には会議室に向かってくる足音から部屋に入ってくる者だと判断し、先に動いたのである。
入口から入ってくる者の邪魔とならない位置へと移動し、入ってくる者に向けて会釈する。
相手に隙も見せないが、逆に相手を驚かさないよう自然に視界に入るようにも注意を払っている。
そして、相手が来たことでこちらが動いたと意識させないよう、動きもそれまでの一連の動作と連続したものとなっている。
あくまでも見せるための動きであるが、その意図を感じとるのは困難である。
この動きも彼女が現在の地位にある一因となっている。
レイカの動きや声からわずかに遅れて扉が開き、最初にポニーテールの髪を飛び跳ねさせるようにした女性が入ってきた。
続いて、レイカほどではないが長身の女性が入ってきた。
「トーカMC社のカイト社長、ですね……?」
先にレイカが礼儀正しく会釈してから、ポニーテールの女性に声をかけた。
彼女の口調は冷静、というにはやや親しみの成分が多く感じられたし、気さくと言うのは礼の成分が多すぎた。
相手を必要以上に緊張させないよう、気楽に会話が成り立つよう計算しつくされた口調である。
今回はいつもよりも少しだけ親しみの成分を多くした口調であった。
入ってきたルマリィの表情がやや硬いのを見て、彼女が対応しやすいように気遣った結果であった。
「あ、はい」
「ECN社広報企画室のメルツです。今日はよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
ルマリィが勢いよく頭を下げた。
そして手にした携帯端末の位置を確認するかのように指をわずかに動かした。
ルマリィの意図を察知したレイカは、手にしていた携帯端末をすっと差し出した。
「宜しければ、お名刺を」
ここサブマリン島では、紙の名刺を交換する、という習慣はない。
代わりに互いの携帯端末を相手に向けて差し出し、名刺データを相手側の端末へ送信するという形で名刺交換が行われる。
データが送信されたのちは自らの携帯端末で相手の名刺データを見ることになる。
物資不足で紙幣すら流通させることのなかったサブマリン島ならではの慣習、ともいえる。
紙資源については現在、それほど不足しているという訳ではないのだが、今のところ紙の名刺が復活する兆しはない。
「トーカMCのカイト、と申します。そしてこちらは本日の進行を務めさせていただきますシトリです」
ルマリィが後ろの長身の女性に前に出るように促した。
ルマリィとは対照的にシトリと呼ばれた女性の動作は落ち着いた印象を与える。
「シトリ先輩、ご無沙汰しております。事前にご挨拶に伺うべきだったのでしょうけど、すみません。本日はお手柔らかにお願いします」
レイカが先に頭を下げた。
「こちらこそ、ご無沙汰してしまって……
でも、貴女の活躍はいろいろと耳にしています。今日はよろしくお願いしますね」
続いてシトリが頭を下げた。
二人には学校を卒業してから最初に勤務した会社が食品商社ジューリックス社という共通点があり、更に同時にジューリックス社に勤務していた時期が四年ほどある。
マーケターのレイカと経営戦略を担当していたシトリは、所属していた部署こそ異なるものの、互いに面識はあった。
年齢はシトリの方が一つだけ上であるが、ジューリックス社ではシトリが六年先輩になる。
これはシトリが一五歳で就職したのに対し、レイカは職業学校五年制コースを卒業してからの就職であったためだ。
所属部署が異なるため、二人が一緒に仕事をすることはなかったが、情報交換や方針のすり合わせなどで、話をする機会はあった。
親しいというほどではないにしろ、面識があるというには十分すぎるほどの接点はあったのだ。
最初に許可を得て、会場となっているサウスセンターの大ホールへと向かった。
会場の中を入念にチェックし、会談に備える。
レイカに同行した二人の男性社員は、椅子に座ったままレイカの作業を見守っている。
これはレイカがそう指示したためで、特に彼らが怠惰なわけではなかった。
チェックはどうしても自身の手でやらなければレイカの気が済まなかった。
彼女はプレゼンテーションや会議などで自らをもっとも効果的に見せる術を知っていた。
そして、そのための準備を怠ることはなかった。
また、こうした彼女の持っている微妙な感覚は、他人に言葉で伝えることができない性質のものであった。
(それほど形や照明に癖のある会場ではないわね。各座席のスクリーンは上下が少し切れるようだから、椅子の高さは……)
レイカは立つ場所や発言時に視線を向けるべき方向などを念入りに確かめていった。
こうして準備を済ませたころ、会議室に元気のよい女性の声が響いた。
「失礼しますっ! 本日はよろしくお願いしますっ!」
声に続いて二人の女性が部屋の中に入ってきた。
ほぼ同時にレイカが部屋の入口へと向けて動いた。
声とレイカの動きが同時、というのは正確ではない。
正確には会議室に向かってくる足音から部屋に入ってくる者だと判断し、先に動いたのである。
入口から入ってくる者の邪魔とならない位置へと移動し、入ってくる者に向けて会釈する。
相手に隙も見せないが、逆に相手を驚かさないよう自然に視界に入るようにも注意を払っている。
そして、相手が来たことでこちらが動いたと意識させないよう、動きもそれまでの一連の動作と連続したものとなっている。
あくまでも見せるための動きであるが、その意図を感じとるのは困難である。
この動きも彼女が現在の地位にある一因となっている。
レイカの動きや声からわずかに遅れて扉が開き、最初にポニーテールの髪を飛び跳ねさせるようにした女性が入ってきた。
続いて、レイカほどではないが長身の女性が入ってきた。
「トーカMC社のカイト社長、ですね……?」
先にレイカが礼儀正しく会釈してから、ポニーテールの女性に声をかけた。
彼女の口調は冷静、というにはやや親しみの成分が多く感じられたし、気さくと言うのは礼の成分が多すぎた。
相手を必要以上に緊張させないよう、気楽に会話が成り立つよう計算しつくされた口調である。
今回はいつもよりも少しだけ親しみの成分を多くした口調であった。
入ってきたルマリィの表情がやや硬いのを見て、彼女が対応しやすいように気遣った結果であった。
「あ、はい」
「ECN社広報企画室のメルツです。今日はよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
ルマリィが勢いよく頭を下げた。
そして手にした携帯端末の位置を確認するかのように指をわずかに動かした。
ルマリィの意図を察知したレイカは、手にしていた携帯端末をすっと差し出した。
「宜しければ、お名刺を」
ここサブマリン島では、紙の名刺を交換する、という習慣はない。
代わりに互いの携帯端末を相手に向けて差し出し、名刺データを相手側の端末へ送信するという形で名刺交換が行われる。
データが送信されたのちは自らの携帯端末で相手の名刺データを見ることになる。
物資不足で紙幣すら流通させることのなかったサブマリン島ならではの慣習、ともいえる。
紙資源については現在、それほど不足しているという訳ではないのだが、今のところ紙の名刺が復活する兆しはない。
「トーカMCのカイト、と申します。そしてこちらは本日の進行を務めさせていただきますシトリです」
ルマリィが後ろの長身の女性に前に出るように促した。
ルマリィとは対照的にシトリと呼ばれた女性の動作は落ち着いた印象を与える。
「シトリ先輩、ご無沙汰しております。事前にご挨拶に伺うべきだったのでしょうけど、すみません。本日はお手柔らかにお願いします」
レイカが先に頭を下げた。
「こちらこそ、ご無沙汰してしまって……
でも、貴女の活躍はいろいろと耳にしています。今日はよろしくお願いしますね」
続いてシトリが頭を下げた。
二人には学校を卒業してから最初に勤務した会社が食品商社ジューリックス社という共通点があり、更に同時にジューリックス社に勤務していた時期が四年ほどある。
マーケターのレイカと経営戦略を担当していたシトリは、所属していた部署こそ異なるものの、互いに面識はあった。
年齢はシトリの方が一つだけ上であるが、ジューリックス社ではシトリが六年先輩になる。
これはシトリが一五歳で就職したのに対し、レイカは職業学校五年制コースを卒業してからの就職であったためだ。
所属部署が異なるため、二人が一緒に仕事をすることはなかったが、情報交換や方針のすり合わせなどで、話をする機会はあった。
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