上 下
130 / 142
第十二章

551:レイカ、かつての同僚と再会す

しおりを挟む
 レイカ・メルツは会議開始時刻の約一時間前に会場入りした。
 最初に許可を得て、会場となっているサウスセンターの大ホールへと向かった。
 会場の中を入念にチェックし、会談に備える。
 レイカに同行した二人の男性社員は、椅子に座ったままレイカの作業を見守っている。
 これはレイカがそう指示したためで、特に彼らが怠惰なわけではなかった。
 チェックはどうしても自身の手でやらなければレイカの気が済まなかった。
 彼女はプレゼンテーションや会議などで自らをもっとも効果的に見せる術を知っていた。
 そして、そのための準備を怠ることはなかった。
 また、こうした彼女の持っている微妙な感覚は、他人に言葉で伝えることができない性質のものであった。

 (それほど形や照明に癖のある会場ではないわね。各座席のスクリーンは上下が少し切れるようだから、椅子の高さは……)
 レイカは立つ場所や発言時に視線を向けるべき方向などを念入りに確かめていった。
 こうして準備を済ませたころ、会議室に元気のよい女性の声が響いた。

「失礼しますっ! 本日はよろしくお願いしますっ!」
 声に続いて二人の女性が部屋の中に入ってきた。
 ほぼ同時にレイカが部屋の入口へと向けて動いた。
 声とレイカの動きが同時、というのは正確ではない。
 正確には会議室に向かってくる足音から部屋に入ってくる者だと判断し、先に動いたのである。
 入口から入ってくる者の邪魔とならない位置へと移動し、入ってくる者に向けて会釈する。
 相手に隙も見せないが、逆に相手を驚かさないよう自然に視界に入るようにも注意を払っている。
 そして、相手が来たことでこちらが動いたと意識させないよう、動きもそれまでの一連の動作と連続したものとなっている。
 あくまでも見せるための動きであるが、その意図を感じとるのは困難である。
 この動きも彼女が現在の地位にある一因となっている。

 レイカの動きや声からわずかに遅れて扉が開き、最初にポニーテールの髪を飛び跳ねさせるようにした女性が入ってきた。
 続いて、レイカほどではないが長身の女性が入ってきた。
「トーカMC社のカイト社長、ですね……?」
 先にレイカが礼儀正しく会釈してから、ポニーテールの女性に声をかけた。
 彼女の口調は冷静、というにはやや親しみの成分が多く感じられたし、気さくと言うのは礼の成分が多すぎた。
 相手を必要以上に緊張させないよう、気楽に会話が成り立つよう計算しつくされた口調である。
 今回はいつもよりも少しだけ親しみの成分を多くした口調であった。
 入ってきたルマリィの表情がやや硬いのを見て、彼女が対応しやすいように気遣った結果であった。
「あ、はい」
「ECN社広報企画室のメルツです。今日はよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそよろしくお願いしますっ!」
 ルマリィが勢いよく頭を下げた。
 そして手にした携帯端末の位置を確認するかのように指をわずかに動かした。
 ルマリィの意図を察知したレイカは、手にしていた携帯端末をすっと差し出した。
「宜しければ、お名刺を」
 ここサブマリン島では、紙の名刺を交換する、という習慣はない。
 代わりに互いの携帯端末を相手に向けて差し出し、名刺データを相手側の端末へ送信するという形で名刺交換が行われる。
 データが送信されたのちは自らの携帯端末で相手の名刺データを見ることになる。
 物資不足で紙幣すら流通させることのなかったサブマリン島ならではの慣習、ともいえる。
 紙資源については現在、それほど不足しているという訳ではないのだが、今のところ紙の名刺が復活する兆しはない。

「トーカMCのカイト、と申します。そしてこちらは本日の進行を務めさせていただきますシトリです」
 ルマリィが後ろの長身の女性に前に出るように促した。
 ルマリィとは対照的にシトリと呼ばれた女性の動作は落ち着いた印象を与える。
「シトリ先輩、ご無沙汰しております。事前にご挨拶に伺うべきだったのでしょうけど、すみません。本日はお手柔らかにお願いします」
 レイカが先に頭を下げた。
「こちらこそ、ご無沙汰してしまって……
 でも、貴女の活躍はいろいろと耳にしています。今日はよろしくお願いしますね」
 続いてシトリが頭を下げた。
 二人には学校を卒業してから最初に勤務した会社が食品商社ジューリックス社という共通点があり、更に同時にジューリックス社に勤務していた時期が四年ほどある。
 マーケターのレイカと経営戦略を担当していたシトリは、所属していた部署こそ異なるものの、互いに面識はあった。
 年齢はシトリの方が一つだけ上であるが、ジューリックス社ではシトリが六年先輩になる。
 これはシトリが一五歳で就職したのに対し、レイカは職業学校五年制コースを卒業してからの就職であったためだ。
 所属部署が異なるため、二人が一緒に仕事をすることはなかったが、情報交換や方針のすり合わせなどで、話をする機会はあった。
 親しいというほどではないにしろ、面識があるというには十分すぎるほどの接点はあったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi
SF
主人公の設定は、30年後の日本に住む一般人です。 異世界描写はひたすらリアル(現実の中世ヨーロッパ)に寄せたので、リアル描写がメインになります。 魔法、魔物、テンプレ異世界描写に飽きている方、SFが好きな方はお読みいただければ幸いです。 なお、完結している作品を毎日投稿していきますので、未完結で終わることはありません。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...