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第十二章

544:かつての同僚

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「あ……」
 レイカが声をあげたのは、不意に机の上に置いた携帯端末からアラーム音が鳴ったためだ。
 端末に表示された時刻はECN社の終業三〇分前である。

 レイカがECN社社長室に向けて通信を開いた。
 この時間が本社との定時通信となる。
 ミヤハラとサクライの二人ともが、特別な用事のない限り遅くまで社に残るようなタマではないので、敢えてこの時間を選んで通信を行っている。
 携帯端末から、ECN社社長室の様子が映し出される。
 椅子にどっかりと腰を下ろしているミヤハラと、その脇で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているサクライの姿が見えた。
「社長、副社長、お忙しいところすみません」
 レイカはそう切り出したが、お世辞にもこの二人の姿は忙しそうには見えない。
「メルツ室長、何か変わったことは?」
 ミヤハラに促されてサクライが口を開いた。
 サクライが思い切り迷惑そうな表情を浮かべているが、これはレイカに対してではなく、ミヤハラに対するものであろう。
「変わったことはありませんが、明日にはインデスト入りできそうです。そちらはお変わりありませんか?」
 サクライの表情に敢えて触れないようにしてレイカが答えた。
 また、レイカはOP社、IMPUに向けて金曜日に会議を持ちたいと連絡したことを伝えた。
 ミヤハラはレイカに一任しているのでベストだと思う方法でやってくれればよい、と答えた。
 これはミヤハラの度量が広いというより、単に面倒だというのが主な理由だ。
「そうだ室長、確か室長はジューリックス社の出身だったよな?」
 ミヤハラが不意に問いかけた。
「え、ええ。それが何か……」
 不意に会議に関係ないことを尋ねられて、レイカは困惑した。
「今日、サクライとテレビを見たのだが、IMPUの所属会社の中にジューリックス社の出身者が居て、室長のことを話していたぞ」
 ミヤハラの話を聞いたレイカが少し意外そうな表情を見せた。
 かつて彼女が勤務していたジューリックス社はポータル・シティに本社を構える食品などの卸業者だ。
 その出身者が遠く離れたインデストへ、それも畑違いのIMPU所属会社に転じる者がいるというのは初耳だ。
「社長、その方のお名前などはおわかりになりますか?」
「社長、あれは室長のことを話したのではなくってジューリックス社を紹介するのに室長の名前を出したのでしょうが」
 レイカの問いかけとサクライの突っ込みはほぼ同時だった。
「まあ、そうとも言うな。名前は……思い出せん。室長と同じくらいの年の女性だったが、室長、心当たりはあるか?」
 さすがにそれだけの情報ではレイカも対象を絞りきれない。
 レイカは携帯端末で今日のテレビ番組表を呼び出し、ミヤハラとサクライに彼らが見た番組が何かと問いかけた。
 いくつかの質問ののち、該当の会社が「トーカMC社」であることを突き止めた。
 そして、ミア・シトリというジューリックス社の元従業員に行き着いたのである。
「この方ですか?」
 そう言ってレイカはトーカMC社の情報サイトにあるシトリの映像を見せた。
「こんな感じだったと思うが……おい、サクライどうだ?」
「どうだ、って、こっちは仕事しながらなのですから、はっきり覚えていませんよ」
 二人の答えは心もとない。
 しかし、調べたところトーカMC社はそれほど大きい会社ではないようであるし、テレビに出るとするならばそれなりの立場にある者であろう。
 そう考えれば、ジューリックス社で経営戦略部門にいたシトリが該当する可能性が高いと思われる。
 レイカはシトリと特別親しいわけではなかったが、業務上の接点はそれなりにあり、面識はある。
 (シトリ先輩、か。帰りに挨拶していこうかしら……)
 レイカがそう考えているところに、不意に割り込みが入った。
「あの、その、なんだ。去年の爆発事故の行方不明者の情報もあったら、ついでで構わん、調べておいてくれないか」
 ミヤハラの声だが、幾分か申し訳なさそうな調子である。
 レイカの見るところ、ミヤハラはあまり物事をはっきり言うタイプではないように思われる。
 「タブーなきエンジニア集団」時代はウォーリー・トワという雄弁なトップがいたため、ミヤハラ自身が自らの言葉で話すことはほとんどなかったのであろう。
「あ、勿論交渉が優先だ。行方不明者は、余裕があったら、で構わない」
 沈黙に耐えきれなくなったのか、ミヤハラの口調は更に曖昧さを増した。
 レイカは可笑しさに吹き出しそうになったが、表面は平静を装った。
「承知しました。可能な限り調べておきます」
「室長、助かる」

 ミヤハラは主にその外見から強面に見られがちであるが、実際にミヤハラが特に部下に対して威圧的な態度をとったという話をレイカは聞いたことがない。
 サクライなどに言わせれば、大声を出すのも面倒なので怒らないということになるのだが、少なくとも表面上は外見と比較すると穏やかな性質なのだろうとレイカは考えている。
 ただ、あくまで表面上のことと思える。
 今回一度くらいでは、その本質は現れないかもしれない。
 だが、レイカが何度か続けて失態を犯せば、どうなるかはわからない。
 必要以上に意識することはないが、交渉に際してはミヤハラの穏やかさに甘えることにならぬようにとレイカは気を引き締めた。
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