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第十二章
542:潜入調査 その3
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ジンダイは右手で目隠し帽の裾をまくり上げた。窓の外からその様子をヌマタが観察している。
目の真下あたりまでの肌が露わになる。
頬から鼻の下にかけて傷が固まったような跡があり、赤みが強い部分もあるように見える。
そして、ジンダイが指で顔の皮膚が引っ張られるようなジェスチャーをしているのが見えた。
(あちゃぁ、これは本物っぽいな。それにしても何でこんなところで治療を受けているのだか……)
更に診察は続いているようで、今度は顔を動かさずに目で何かを追わせているようだ。
ヌマタはかなり視力が良い方で、ジンダイの異変にすぐ気がついた。
(こいつ……左の目が追いついていないな)
ヌマタはジンダイの左目が対象の移動に追いついていないことを看破していた。
医学については素人であったが、採掘場で仕事をしていた関係で、応急手当程度の知識はある。
ヌマタの導き出した結論は「ジンダイは確かに医療を受ける必要がある状況だ」というものであった。
ここにいる理由はわからないが、少なくとも診療を受けていることは正当だと考えたのだ。
ジンダイの診療が終わるのを確認して、ヌマタは自室に戻ろうとした。
再び周辺を見回して、誰もいないことを確認する。
そして、何食わぬ顔で自室へと向かったが、途中で気が変わり、事務所の二階にあるサロンスペースにいることにした。
ジンダイを捕まえてもう少し話を聞こうと考えたのだ。
ジンダイが自室に戻るなら、サロンスペースの前を必ず通るので捕まえやすい。
ほどなくしてヌマタの読み通り、ジンダイがサロンスペースの前を通りかかる。
「カワエさん、ここにいらしたのですね。先に案内しておけばよかったですね」
ジンダイがヌマタに気付き、声をかけた。
先ほど農場内を案内した時にサロンスペースへ案内しなかったので、そのことを気にしているらしい。
「構いませんよ。時間が許せば、今からでも問題ないですよ」
ヌマタは軽く答えた。
そう答えることで、ジンダイをここに貼り付けようというのだ。
ジンダイはわかりました、と答えてサロンスペースの使い方について説明した。
使い方、といっても置いてある設備の利用方法くらいのもので、大した内容でもなかった。
ジンダイの説明が終わったところで、ヌマタは彼にとっての関心事へと話題を転じた。
「それにしても、何故そのような大怪我を?」
ヌマタは念のため、怪我の原因を聞いてみる。
先ほどジンダイの診療の様子を見て、彼に対する疑いはかなり緩めていた。
しかし、疑いはまだ晴れてない。
「昨年のインデストでの動乱に巻き込まれてしまって……」
ジンダイがそう答えた。
(インデストの人間か? まあ、俺のことを知っている様子はなさそうだから、こいつについては最低限の警戒でよさそうだな……)
そう考えながらもヌマタは、表面上は神妙な面持ちでこう言った。
「ああ、それは大変でしたね。実際に見たことはないですが、大変な事態だったと聞いています」
「そうですね、多くの犠牲も出ましたし……」
(この様子なら……一気に行っても対処できそうだな)
ヌマタはそう考えて、一気に核心を突くことにした。
「ところで、失礼ですが、何でここに? 市内にも病院はあると思うのだが」
(まあ、面倒なことになったらなっただ)
ヌマタの問いに対するジンダイの反応は、意外なものであった。
強い調子で反論されるだろうと考えていたのだが、ジンダイは面目なさそうに頭を掻きながらこう答えたのだ。
「もともと市街から少し離れた場所にいたのですが、そこで怪我をしたところでパニックになってしまって……」
「郊外ったって、ここまでは相当遠くないか?」
「必死に逃げているうちに、配送に来ているピーターさんに保護されまして、治療のためにここまで連れて行ってもらった、という次第です。面目ないです」
(確かにあまり胆力のあるタイプには見えんが、演技の可能性も否定できんな……)
あまりに回答が素直すぎる、とヌマタは思った。
ただ、ピーターに連れてこられた、と明言している点が気にかかる。
ピーターと結託して何かを企んでいるならば、ジンダイがこの場所に来た経緯については話をはぐらかすのが普通ではないか? とヌマタは考えたのだ。
農場が何かを企んでいるとして、目の前の男は何も知らされていないように思える。
初めて顔を合わせたとき、こちらの様子にたじろいだように見えた。
これは彼が咄嗟に演技ができるタイプではないことを示しているのだろう。
そこでヌマタは更に二、三、ジンダイに質問をぶつけてみた。
この場所へ来た時期と、その頃にあった出来事などを聞いてみた。
ジンダイは少なくとも誠意を持ってヌマタの質問に答えたように見えた。
そして、答えの内容も特に矛盾や疑問点が浮かぶような代物ではなかった。
ヌマタがジンダイに対して出した結論はこうであった。
足らない部分はあるかもしれないが、少なくとも信頼に足る相手だ、と。
(しばらくこの場所で情報を集めて、何が起きるか見ておいてやろうじゃないか)
「タブーなきエンジニア集団」から離れてから約九ヶ月、彼は久しぶりに自らを現実へと引き戻したのだった。
目の真下あたりまでの肌が露わになる。
頬から鼻の下にかけて傷が固まったような跡があり、赤みが強い部分もあるように見える。
そして、ジンダイが指で顔の皮膚が引っ張られるようなジェスチャーをしているのが見えた。
(あちゃぁ、これは本物っぽいな。それにしても何でこんなところで治療を受けているのだか……)
更に診察は続いているようで、今度は顔を動かさずに目で何かを追わせているようだ。
ヌマタはかなり視力が良い方で、ジンダイの異変にすぐ気がついた。
(こいつ……左の目が追いついていないな)
ヌマタはジンダイの左目が対象の移動に追いついていないことを看破していた。
医学については素人であったが、採掘場で仕事をしていた関係で、応急手当程度の知識はある。
ヌマタの導き出した結論は「ジンダイは確かに医療を受ける必要がある状況だ」というものであった。
ここにいる理由はわからないが、少なくとも診療を受けていることは正当だと考えたのだ。
ジンダイの診療が終わるのを確認して、ヌマタは自室に戻ろうとした。
再び周辺を見回して、誰もいないことを確認する。
そして、何食わぬ顔で自室へと向かったが、途中で気が変わり、事務所の二階にあるサロンスペースにいることにした。
ジンダイを捕まえてもう少し話を聞こうと考えたのだ。
ジンダイが自室に戻るなら、サロンスペースの前を必ず通るので捕まえやすい。
ほどなくしてヌマタの読み通り、ジンダイがサロンスペースの前を通りかかる。
「カワエさん、ここにいらしたのですね。先に案内しておけばよかったですね」
ジンダイがヌマタに気付き、声をかけた。
先ほど農場内を案内した時にサロンスペースへ案内しなかったので、そのことを気にしているらしい。
「構いませんよ。時間が許せば、今からでも問題ないですよ」
ヌマタは軽く答えた。
そう答えることで、ジンダイをここに貼り付けようというのだ。
ジンダイはわかりました、と答えてサロンスペースの使い方について説明した。
使い方、といっても置いてある設備の利用方法くらいのもので、大した内容でもなかった。
ジンダイの説明が終わったところで、ヌマタは彼にとっての関心事へと話題を転じた。
「それにしても、何故そのような大怪我を?」
ヌマタは念のため、怪我の原因を聞いてみる。
先ほどジンダイの診療の様子を見て、彼に対する疑いはかなり緩めていた。
しかし、疑いはまだ晴れてない。
「昨年のインデストでの動乱に巻き込まれてしまって……」
ジンダイがそう答えた。
(インデストの人間か? まあ、俺のことを知っている様子はなさそうだから、こいつについては最低限の警戒でよさそうだな……)
そう考えながらもヌマタは、表面上は神妙な面持ちでこう言った。
「ああ、それは大変でしたね。実際に見たことはないですが、大変な事態だったと聞いています」
「そうですね、多くの犠牲も出ましたし……」
(この様子なら……一気に行っても対処できそうだな)
ヌマタはそう考えて、一気に核心を突くことにした。
「ところで、失礼ですが、何でここに? 市内にも病院はあると思うのだが」
(まあ、面倒なことになったらなっただ)
ヌマタの問いに対するジンダイの反応は、意外なものであった。
強い調子で反論されるだろうと考えていたのだが、ジンダイは面目なさそうに頭を掻きながらこう答えたのだ。
「もともと市街から少し離れた場所にいたのですが、そこで怪我をしたところでパニックになってしまって……」
「郊外ったって、ここまでは相当遠くないか?」
「必死に逃げているうちに、配送に来ているピーターさんに保護されまして、治療のためにここまで連れて行ってもらった、という次第です。面目ないです」
(確かにあまり胆力のあるタイプには見えんが、演技の可能性も否定できんな……)
あまりに回答が素直すぎる、とヌマタは思った。
ただ、ピーターに連れてこられた、と明言している点が気にかかる。
ピーターと結託して何かを企んでいるならば、ジンダイがこの場所に来た経緯については話をはぐらかすのが普通ではないか? とヌマタは考えたのだ。
農場が何かを企んでいるとして、目の前の男は何も知らされていないように思える。
初めて顔を合わせたとき、こちらの様子にたじろいだように見えた。
これは彼が咄嗟に演技ができるタイプではないことを示しているのだろう。
そこでヌマタは更に二、三、ジンダイに質問をぶつけてみた。
この場所へ来た時期と、その頃にあった出来事などを聞いてみた。
ジンダイは少なくとも誠意を持ってヌマタの質問に答えたように見えた。
そして、答えの内容も特に矛盾や疑問点が浮かぶような代物ではなかった。
ヌマタがジンダイに対して出した結論はこうであった。
足らない部分はあるかもしれないが、少なくとも信頼に足る相手だ、と。
(しばらくこの場所で情報を集めて、何が起きるか見ておいてやろうじゃないか)
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