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第十二章
536:この地域のやり方
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エリックが使う研究設備の準備を終えた後、シシガはエリックを椅子に座らせたまま、テーブルの上を片付け始めた。
その間もウィリマはモニタに出力される数字と格闘している。
「ふぅ、今日はこんなところかな。これ以上は続きそうもないや」
シシガの片付けが終わるのとほぼ同時にウィリマがモニタの電源を切った。
表情から推測するに得られた結果は決して良いものではないようだ。
ウィリマがテーブルの方に移動してからほどなくして、インターホンが鳴った。
「いいわよ、入ってきなよ」
ウィリマが直接扉の方に向かって答えた。
「ど、どうもこんばんは」
と頭を低くして入ってきたのは、スキンヘッドで左頬に傷のある引き締まった体格の男性だった。
気の弱い人であれば、あまり街で出会いたくない外見だ。
「あ、サソさん、シシガさん。こんばんは。今日は三人分、でしたよね?」
「そうよ。学生時代の友達が来ているのよ、ほら、ここに」
とウィリマが右手でエリックを指差した。
「はじめまして、モトムラといいます」
エリックがややかしこまった様子で頭を下げた。
するとスキンヘッドの男は慌てて両手を振って、
「あ、そんなご丁寧にありがとうございます。私、モミガワと申しまして、本日のご夕食を準備させていただいた者です。それでは、ごゆっくり」
と頭を下げて、そのままドアから外へ出ていこうとする。
それをシシガが止めて、
「食器は明日の朝にお返ししますね。モミガワさんのところに持っていきますよ」
と伝えると、モミガワはわざわざ丁寧にありがとうございます、と今度は外へ出て行ってしまった。
「……ハモネスの業者から取り寄せたのかい?」
エリックの質問にシシガは人差し指を立てて横に振った。
そして、男が置いて行った箱から器を取り出してテーブルに並べていく。
「モミガワさんは、ここに入ってくる道の二件手前の家の人ですよ。この通りに住んでいる人はモミガワさんのところから食事を取っているのですよ」
器を並べ終えたシシガがエリックにそう説明した。
ここサブマリン島ではエネルギーの大部分を電力に依存し、その電力自体比較的高価である。
そのため、市民が自らの手で調理することは一般的ではない。
大抵の都市や集落には複数の飲食店や惣菜店があり、多くの市民はそこで外食するか、料理を持ち帰り食事をとるのだ。
料理は素朴ながらも、非常に丁寧な仕事で作られたものであった。
残念ながらエリックはそれを十分に理解する敏感な舌を持ち合わせていなかったが、それでもこれらの料理に価値がありそうなことくらいはわかる。
「おいおい、ずいぶん高そうな料理を頼んだんじゃないか?」
エリックの言葉はシシガやウィリマの懐具合を心配してのものだ。
その言葉にシシガはニヤリとしながら、「気にする必要はないですよ」と首を横に振った。
その様子を見たウィリマは、半ば呆れた様子で言う。
「何言ってんの。シシガもアタシもこの料理に一ポイントすら払ってないわよ。当然、エリックも払う必要はないけどね」
エリックがシシガの方に目をやると、明らかに説明させてほしいような表情を見せたので、素直に説明を求めた。
エリックはこの二人のやり方をよく知っている。
シシガの説明によると、二人の研究所━━マッチ・ラボのある通りに並ぶ十数件の家は一種の共同体のようなもので、各自が提供できるものを金銭のやり取りなしに共同体内に提供しているのだそうだ。
たとえばシシガとウィリマは研究所の裏手にある畑から収穫される農作物を提供しており、先ほどのモミガワは、共同体内に料理を提供しているらしい。
シシガの説明に一つの疑問が湧きあがる。
エリックはその疑問を素直にぶつけてみた。
「ちょっと待ってよ。だとすると僕はここではよそ者なのだから、モミガワさんに余計な仕事をさせていないかい?」
「アタシからモミガワさんに事情を説明したのさ。このくらいの話が通らないほど融通の利かない連中じゃないよ、ここいらのは」
「そういうことですよ。このあたりの方々は僕らについても余計な詮索はしてこないですし、安心して研究もできますしね」
二人の回答にエリックは納得できたようなできないような複雑な気分ではあったが、これ以上は切り込まないことにした。
必要な詮索は歓迎だが、ある線を越えてのそれは二人の嫌うところである。
エリックは一切他人には口外していないが、二人の研究内容とその目的、および研究を始めるに至った経緯をある程度は知っている。
二人は同じ孤児院の出身であり、研究学校時代から彼らと付き合いがあるのはエリックだけであった。
研究内容がたまたま近かったので、同じ研究グループに属していたのが彼らと付き合うきっかけとなったのだった。
エリックには他の研究グループにも付き合いのあるメンバーはいたが、彼らにそうした相手はいなかった。
エリックに対してですら彼らは当初関心が無かったようであったが、時間が経つにつれて次第に三人で行動する機会が増えたのだった。
他にも彼らとコンタクトを取った学生はいたのだが、エリック以外に彼らとの付き合いが続いた者はいなかった。
その間もウィリマはモニタに出力される数字と格闘している。
「ふぅ、今日はこんなところかな。これ以上は続きそうもないや」
シシガの片付けが終わるのとほぼ同時にウィリマがモニタの電源を切った。
表情から推測するに得られた結果は決して良いものではないようだ。
ウィリマがテーブルの方に移動してからほどなくして、インターホンが鳴った。
「いいわよ、入ってきなよ」
ウィリマが直接扉の方に向かって答えた。
「ど、どうもこんばんは」
と頭を低くして入ってきたのは、スキンヘッドで左頬に傷のある引き締まった体格の男性だった。
気の弱い人であれば、あまり街で出会いたくない外見だ。
「あ、サソさん、シシガさん。こんばんは。今日は三人分、でしたよね?」
「そうよ。学生時代の友達が来ているのよ、ほら、ここに」
とウィリマが右手でエリックを指差した。
「はじめまして、モトムラといいます」
エリックがややかしこまった様子で頭を下げた。
するとスキンヘッドの男は慌てて両手を振って、
「あ、そんなご丁寧にありがとうございます。私、モミガワと申しまして、本日のご夕食を準備させていただいた者です。それでは、ごゆっくり」
と頭を下げて、そのままドアから外へ出ていこうとする。
それをシシガが止めて、
「食器は明日の朝にお返ししますね。モミガワさんのところに持っていきますよ」
と伝えると、モミガワはわざわざ丁寧にありがとうございます、と今度は外へ出て行ってしまった。
「……ハモネスの業者から取り寄せたのかい?」
エリックの質問にシシガは人差し指を立てて横に振った。
そして、男が置いて行った箱から器を取り出してテーブルに並べていく。
「モミガワさんは、ここに入ってくる道の二件手前の家の人ですよ。この通りに住んでいる人はモミガワさんのところから食事を取っているのですよ」
器を並べ終えたシシガがエリックにそう説明した。
ここサブマリン島ではエネルギーの大部分を電力に依存し、その電力自体比較的高価である。
そのため、市民が自らの手で調理することは一般的ではない。
大抵の都市や集落には複数の飲食店や惣菜店があり、多くの市民はそこで外食するか、料理を持ち帰り食事をとるのだ。
料理は素朴ながらも、非常に丁寧な仕事で作られたものであった。
残念ながらエリックはそれを十分に理解する敏感な舌を持ち合わせていなかったが、それでもこれらの料理に価値がありそうなことくらいはわかる。
「おいおい、ずいぶん高そうな料理を頼んだんじゃないか?」
エリックの言葉はシシガやウィリマの懐具合を心配してのものだ。
その言葉にシシガはニヤリとしながら、「気にする必要はないですよ」と首を横に振った。
その様子を見たウィリマは、半ば呆れた様子で言う。
「何言ってんの。シシガもアタシもこの料理に一ポイントすら払ってないわよ。当然、エリックも払う必要はないけどね」
エリックがシシガの方に目をやると、明らかに説明させてほしいような表情を見せたので、素直に説明を求めた。
エリックはこの二人のやり方をよく知っている。
シシガの説明によると、二人の研究所━━マッチ・ラボのある通りに並ぶ十数件の家は一種の共同体のようなもので、各自が提供できるものを金銭のやり取りなしに共同体内に提供しているのだそうだ。
たとえばシシガとウィリマは研究所の裏手にある畑から収穫される農作物を提供しており、先ほどのモミガワは、共同体内に料理を提供しているらしい。
シシガの説明に一つの疑問が湧きあがる。
エリックはその疑問を素直にぶつけてみた。
「ちょっと待ってよ。だとすると僕はここではよそ者なのだから、モミガワさんに余計な仕事をさせていないかい?」
「アタシからモミガワさんに事情を説明したのさ。このくらいの話が通らないほど融通の利かない連中じゃないよ、ここいらのは」
「そういうことですよ。このあたりの方々は僕らについても余計な詮索はしてこないですし、安心して研究もできますしね」
二人の回答にエリックは納得できたようなできないような複雑な気分ではあったが、これ以上は切り込まないことにした。
必要な詮索は歓迎だが、ある線を越えてのそれは二人の嫌うところである。
エリックは一切他人には口外していないが、二人の研究内容とその目的、および研究を始めるに至った経緯をある程度は知っている。
二人は同じ孤児院の出身であり、研究学校時代から彼らと付き合いがあるのはエリックだけであった。
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エリックには他の研究グループにも付き合いのあるメンバーはいたが、彼らにそうした相手はいなかった。
エリックに対してですら彼らは当初関心が無かったようであったが、時間が経つにつれて次第に三人で行動する機会が増えたのだった。
他にも彼らとコンタクトを取った学生はいたのだが、エリック以外に彼らとの付き合いが続いた者はいなかった。
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