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第十二章
530:厳しい質問
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「いつの間にこんな立派な研究所を建てたのだい?」
エリックが周囲を見回しながら二人に問いかけた。
エリックの知る彼らの前の研究所と比べると、四、五倍の広さはありそうだ。
移転前は研究学校の設備の一部、といっても物置同然だった小さな実験室を改造したものであったから、それに比べれば段違いに広く、設備も充実している。
「引っ越しが済んだのは去年の四月だったかな? その一年前くらいから少しずつ荷物をこっちに移動させていたのですよ。前のところは手狭だったし、OP社の治安改革部隊とやらがうるさくてね」
「シシガの言うとおり。OP社の連中はしつこくてね、エリックの行方を何度か聞かれたけど、私たちも知らないものは知らないからそう答えたら、連中、どうしたと思う?」
エリックがさぁ、と答えるとウィリマは得意そうに胸を張って答えた。
「『ならばここで待たせてもらう』って言って、連中、交代でラボに泊まり込みだしたのさ。只でさえ狭いのに、邪魔でしょうがない、っての!」
答えているうちにウィリマの口調は速くなり、エリックとシシガにまくしたてるようになった。当時のことを思い出して腹を立てているようだ。
「シシガもシシガであんな連中、叩きだせばいいものを、何が『気の済むまでどうぞ』、よ。毎日お茶まで出しちゃってさ!」
「まあ、彼女らも仕事だからね。もっとも、女性だったからこんなところに泊まりこむ、なんて言い出すとは思いませんでしたけど」
どうやら、彼らのラボに泊まり込んでいたOP社治安改革部隊の者は女性だったようだ。
エリックから言わせてもらえば、ウィリマ、シシガ、OP社の女性従業員の三者ともがどこかズレているように思われる。
だが、そもそもの原因がエリック自身にもあるようなので彼らに対して指摘がしにくい。
OP社治安改革部隊による監視が厳しくなった一因はエリックも参加していた「タブーなきエンジニア集団」にあるからだ。
こうしたやり取りはエリックにとって不快なものではなかった。
研究学校時代から続いていたいつもの仲間、だったからだ。
「僕のせいで迷惑をかけたみたいでごめん。ところで、そのOP社の奴はいつまでラボにいたんだい?」
「さぁ、アタシらが出て行ったあとも居座っていたみたいだけど。アタシらが怪しいと思うのなら、こっちについてくればいいのに。何か中途半端というか抜けているのよね」
ウィリマの指摘はもっともなものであった。
「多分、現場には見張る場所を変える権限がないのではないでしょうか? OP社は極端なトップダウンの会社ですから、現場が自分で判断するという考えもないと思いますね」
そう切って捨てたのはシシガだ。
そして、恐らく彼の指摘は正しい、とエリックは思った。
彼は戦場ともいえる場所でOP社の現場従業員を見てきているが、シシガの指摘通り、現場の者が自らの意思で判断して動く、という姿をほとんど見ていない。
その代わり、上からの指示に対しての動きは、迅速だったように思う。
そのような実例はインデストで山ほど目の当たりにしていた。
「ところでエリック、ひとつ聞きたいことがあるのですけど」
不意にシシガが真顔でエリックに尋ねてきた。
「何だい?」
エリックが軽く身構える。
シシガにとって興味があることを質問されるであろうことはエリックにも理解できる。
シシガの質問はかなり詳細で、かつ執拗ともいえるレベルのものだったから、エリックも警戒するのだ。
「OP社、で思い出しましたが、ハドリ氏は間違いなく行方不明なのでしょうか?」
シシガが静かな口調で問うた。
「……というと?」
エリックの返答も静かなものであった。
二人に隠さなければならないことがあるのなら、その場の空気は重苦しいものになったかもしれない。
しかし、この質問に関してはエリックの知っていることで二人に隠さなければならない情報はなかった。
「エリックの立場もあるだろうけど、ECN社の上層部でなにか情報を持ってないか、ってことだね。シシガも聞き方がまどろっこしいんだから」
ウィリマが右手を顔の前で左右に振った。
シシガが直球すぎるとぼやいたが、エリックは構わないと二人に伝えた。
「ハドリ氏に関しては、行方不明、ということしかわからない。これは多分ミヤハラ社長なんかも僕と一緒だ。IMPUが捜索を続けているけど、ほとんど情報らしい情報がないようだね」
実際のところ、エリックの言う通りで、ECN社の上層部もIMPUも、ハドリの行方については把握できていない。
「……ECN社やIMPUがハドリ氏の身柄を確保しているとは思いませんよ。ですけど、ハドリ氏が生存していてどこかに潜伏している、という線はあり得る、とECN社やIMPUは見ているのでしょうか?」
シシガの質問にウィリマが割って入った。
「アタシがハドリの奴だったら、見つかるようなヘマはしないだろうね。死んでいると思わせるか、誰かと通じていると思わせる、ってところじゃないかな」
彼女は暗にハドリがECN社やIMPUに容易に尻尾を掴まれる訳がない、と言っているのだ。
すなわち、彼らはハドリの生死を把握していないだろうと。
「生存している可能性はある、とは考えていると思う。ただ、捜索は念のため、といった程度だと思っているけど」
「だとしたら、エリックのところの前の社長さんはどうなのでしょうか?」
さりげなくシシガが更に厳しい質問を飛ばした。
エリックが周囲を見回しながら二人に問いかけた。
エリックの知る彼らの前の研究所と比べると、四、五倍の広さはありそうだ。
移転前は研究学校の設備の一部、といっても物置同然だった小さな実験室を改造したものであったから、それに比べれば段違いに広く、設備も充実している。
「引っ越しが済んだのは去年の四月だったかな? その一年前くらいから少しずつ荷物をこっちに移動させていたのですよ。前のところは手狭だったし、OP社の治安改革部隊とやらがうるさくてね」
「シシガの言うとおり。OP社の連中はしつこくてね、エリックの行方を何度か聞かれたけど、私たちも知らないものは知らないからそう答えたら、連中、どうしたと思う?」
エリックがさぁ、と答えるとウィリマは得意そうに胸を張って答えた。
「『ならばここで待たせてもらう』って言って、連中、交代でラボに泊まり込みだしたのさ。只でさえ狭いのに、邪魔でしょうがない、っての!」
答えているうちにウィリマの口調は速くなり、エリックとシシガにまくしたてるようになった。当時のことを思い出して腹を立てているようだ。
「シシガもシシガであんな連中、叩きだせばいいものを、何が『気の済むまでどうぞ』、よ。毎日お茶まで出しちゃってさ!」
「まあ、彼女らも仕事だからね。もっとも、女性だったからこんなところに泊まりこむ、なんて言い出すとは思いませんでしたけど」
どうやら、彼らのラボに泊まり込んでいたOP社治安改革部隊の者は女性だったようだ。
エリックから言わせてもらえば、ウィリマ、シシガ、OP社の女性従業員の三者ともがどこかズレているように思われる。
だが、そもそもの原因がエリック自身にもあるようなので彼らに対して指摘がしにくい。
OP社治安改革部隊による監視が厳しくなった一因はエリックも参加していた「タブーなきエンジニア集団」にあるからだ。
こうしたやり取りはエリックにとって不快なものではなかった。
研究学校時代から続いていたいつもの仲間、だったからだ。
「僕のせいで迷惑をかけたみたいでごめん。ところで、そのOP社の奴はいつまでラボにいたんだい?」
「さぁ、アタシらが出て行ったあとも居座っていたみたいだけど。アタシらが怪しいと思うのなら、こっちについてくればいいのに。何か中途半端というか抜けているのよね」
ウィリマの指摘はもっともなものであった。
「多分、現場には見張る場所を変える権限がないのではないでしょうか? OP社は極端なトップダウンの会社ですから、現場が自分で判断するという考えもないと思いますね」
そう切って捨てたのはシシガだ。
そして、恐らく彼の指摘は正しい、とエリックは思った。
彼は戦場ともいえる場所でOP社の現場従業員を見てきているが、シシガの指摘通り、現場の者が自らの意思で判断して動く、という姿をほとんど見ていない。
その代わり、上からの指示に対しての動きは、迅速だったように思う。
そのような実例はインデストで山ほど目の当たりにしていた。
「ところでエリック、ひとつ聞きたいことがあるのですけど」
不意にシシガが真顔でエリックに尋ねてきた。
「何だい?」
エリックが軽く身構える。
シシガにとって興味があることを質問されるであろうことはエリックにも理解できる。
シシガの質問はかなり詳細で、かつ執拗ともいえるレベルのものだったから、エリックも警戒するのだ。
「OP社、で思い出しましたが、ハドリ氏は間違いなく行方不明なのでしょうか?」
シシガが静かな口調で問うた。
「……というと?」
エリックの返答も静かなものであった。
二人に隠さなければならないことがあるのなら、その場の空気は重苦しいものになったかもしれない。
しかし、この質問に関してはエリックの知っていることで二人に隠さなければならない情報はなかった。
「エリックの立場もあるだろうけど、ECN社の上層部でなにか情報を持ってないか、ってことだね。シシガも聞き方がまどろっこしいんだから」
ウィリマが右手を顔の前で左右に振った。
シシガが直球すぎるとぼやいたが、エリックは構わないと二人に伝えた。
「ハドリ氏に関しては、行方不明、ということしかわからない。これは多分ミヤハラ社長なんかも僕と一緒だ。IMPUが捜索を続けているけど、ほとんど情報らしい情報がないようだね」
実際のところ、エリックの言う通りで、ECN社の上層部もIMPUも、ハドリの行方については把握できていない。
「……ECN社やIMPUがハドリ氏の身柄を確保しているとは思いませんよ。ですけど、ハドリ氏が生存していてどこかに潜伏している、という線はあり得る、とECN社やIMPUは見ているのでしょうか?」
シシガの質問にウィリマが割って入った。
「アタシがハドリの奴だったら、見つかるようなヘマはしないだろうね。死んでいると思わせるか、誰かと通じていると思わせる、ってところじゃないかな」
彼女は暗にハドリがECN社やIMPUに容易に尻尾を掴まれる訳がない、と言っているのだ。
すなわち、彼らはハドリの生死を把握していないだろうと。
「生存している可能性はある、とは考えていると思う。ただ、捜索は念のため、といった程度だと思っているけど」
「だとしたら、エリックのところの前の社長さんはどうなのでしょうか?」
さりげなくシシガが更に厳しい質問を飛ばした。
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