上 下
105 / 154
第十二章

526:ホンゴウの述懐

しおりを挟む
 ロビーとアイネスが平らになった場所を確認するため、その場を離れた。

「ホンゴウさん、このあと私たちがどうなるか聞いています?」
 単刀直入に切り込んだのは残されたオオイダであった。
「ちょっと、オオイダ!」
 カネサキが制止したが、「別にこのくらいならいいじゃない」とオオイダは取り合わない。
「医師の診察を受けて判断、としか聞いていませんね。隊長から話は聞いていないのですか?」
 ホンゴウの回答は当たり障りのないものであった。
「ホンゴウさんの回答もタカミ君と同じ、か。それだと本当に何も決まってないのかぁ」
 オオイダは、あてが外れたといわんばかりにそりの上へとひっくり返った。

「そう言えば、ホンゴウさんは何故ここに参加されたのですか?」
 カネサキの問いかけは軽いものであったが、一瞬にして辺りの空気が凍りついたように感じられた。
「ちょっと、カネサキ」と小声でオオイダに指摘されて、カネサキもしまったと言わんばかりに口に手を当てたが手遅れだ。
 ECN社に転じる前、ホンゴウはOP社パトロール・チームのトップとして、OP社が掲げる治安改革事業の一角を担っていた。
 カネサキは彼がそこで何をしていたか、詳細なレベルでは把握していない。
 構いませんよ、と前置きしてからホンゴウがサファイア・シーの方に目をやった。
「……そうですね、自分でもよく理解できていませんが、自分のしたことから逃げ回るため、でしょうか」
「そ、そういうつもりじゃないんだけど」
 カネサキが慌ててホンゴウの前で手を振る。
「そうそう、会社に命じられてやったことでしょう。ホンゴウさんは何も悪くないじゃないですか」
 オオイダの声には緊張感がないが、これでも彼女なりに必死である。
 コナカは「あの……」と言いかけて口ごもってしまった。
 ホンゴウは三人の方をちらりと見てから、再び視線をサファイア・シーの方に向ける。
 湖面は静かで、蒼緑の水を静かにたたえている。
 もう少し蒼が弱ければ、メイの瞳の外側の色に近い。

「自分のしていることがどのような意味を持つか、それを考えることなく、社に流されるまま動いていたら、いつの間にか『タブーなきエンジニア集団』と戦っていました……」
「とぉえんてぃ? ず」の三人からはため息しか漏れていない。
 オオイダでさえも菓子をくわえたままの姿勢でホンゴウの話を聞いている。
「ウォーリー・トワさんや、あなた方━━今は私にとってもですが━━上司のモトムラマネージャーと直接やりあったことはありません。
 しかし、私の指示で彼らや今のECN社の従業員の方で戦った方がいるのは事実ですし、命を落とされた方がいるのも間違いないと思います」
「でも、仕方ないのでは? あの社長では、逆らえばあなたの方が危なかったのでは?」
「カネサキさん、それは私にはわかりません。ただ、私の判断が引き起こした結果から逃れるためにOP社を辞めたのは事実です」
「……」
「……OP社を辞めた直後に、タカミ君から連絡をいただきました」
「へぇ、何て?」
 そう言ってオオイダが食べかけのバウムクーヘンを口の中へと押し込んだ。
 重苦しくなりかけた場の空気が一瞬にして和んだものとなる。

「『今度ECN社で、島の東側を探索するプロジェクトを立ち上げる。危険が伴うプロジェクトだけど、うちには専門家がいない。死地を何度もくぐり抜けたホンゴウさんの力を借りたい』だったかな。私では力不足だと断ったのだけど、彼が家に来て私の妻を説得してね、それで参加することになったのです」
「で、奥さんは何て言ったんです?」
 オオイダがいつの間にか身体を起こして、身を乗り出してきた。
「次の仕事が決まっていないのだからいい話じゃない、早く決めてくれ、と言われました」
 そう答えてホンゴウは頭を掻いた。
 そこにはかつて数千人を率いて、OP社に逆らう者と戦ってきた指揮官の顔はなかった。
 彼は亡きハドリの片腕として、治安改革事業という道をハドリの後ろについて駆け抜けた。
 それは、大量の血で彩られた道であり、その色の幾分かは彼の手によってつけられたものであった。
 しかし、決して好んで血を流させたわけではない。
 一部は納得して流させたものもあったが、その大部分はその意味を考えることなく、ただ流すことを強要したようなものであった。
 正確にいえばハドリの指示を受け入れた結果、相手に血を流させることを強要することとなったのである。
 ロビーが「東部探索隊」への参加をホンゴウに依頼したのは、経験不足の自分のサポート役に回ってほしい、ということだけであった。
 そして、ホンゴウの過去については「死地をくぐり抜けた経験」と言っただけでさらっと流してしまった。

(……あんなにあっさり流してしまってよいものだろうか?)
 ホンゴウですらそう思ったくらいである。
 結局妻の一言が決め手となって、ロビーが半ば強引にホンゴウをECN社に連れて行った。
 ホンゴウもここで覚悟を決めた。
 自分がかつてしていたことを考えれば、自身に選択肢はないのだ、と。
 ECN社は少なくとも表面上は、彼を快く受け入れてくれた。
 そして現在まで、「東部探索隊」のメンバーとして、そしてECN社のメンバーとしての扱いを受けている。
「とにかく『はじまりの丘』に戻るまで気を引き締めて行きましょう。まだ帰り道に入ったばかりですし」
 カネサキが自らに言い聞かせるように言った。
「ええ、そうですね。よろしくお願いします」
 ホンゴウがそう応じると、カネサキはオオイダとコナカの二人にも「あなたたちも気をつけなさい」と声をかけた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...