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第十二章
526:ホンゴウの述懐
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ロビーとアイネスが平らになった場所を確認するため、その場を離れた。
「ホンゴウさん、このあと私たちがどうなるか聞いています?」
単刀直入に切り込んだのは残されたオオイダであった。
「ちょっと、オオイダ!」
カネサキが制止したが、「別にこのくらいならいいじゃない」とオオイダは取り合わない。
「医師の診察を受けて判断、としか聞いていませんね。隊長から話は聞いていないのですか?」
ホンゴウの回答は当たり障りのないものであった。
「ホンゴウさんの回答もタカミ君と同じ、か。それだと本当に何も決まってないのかぁ」
オオイダは、あてが外れたといわんばかりにそりの上へとひっくり返った。
「そう言えば、ホンゴウさんは何故ここに参加されたのですか?」
カネサキの問いかけは軽いものであったが、一瞬にして辺りの空気が凍りついたように感じられた。
「ちょっと、カネサキ」と小声でオオイダに指摘されて、カネサキもしまったと言わんばかりに口に手を当てたが手遅れだ。
ECN社に転じる前、ホンゴウはOP社パトロール・チームのトップとして、OP社が掲げる治安改革事業の一角を担っていた。
カネサキは彼がそこで何をしていたか、詳細なレベルでは把握していない。
構いませんよ、と前置きしてからホンゴウがサファイア・シーの方に目をやった。
「……そうですね、自分でもよく理解できていませんが、自分のしたことから逃げ回るため、でしょうか」
「そ、そういうつもりじゃないんだけど」
カネサキが慌ててホンゴウの前で手を振る。
「そうそう、会社に命じられてやったことでしょう。ホンゴウさんは何も悪くないじゃないですか」
オオイダの声には緊張感がないが、これでも彼女なりに必死である。
コナカは「あの……」と言いかけて口ごもってしまった。
ホンゴウは三人の方をちらりと見てから、再び視線をサファイア・シーの方に向ける。
湖面は静かで、蒼緑の水を静かにたたえている。
もう少し蒼が弱ければ、メイの瞳の外側の色に近い。
「自分のしていることがどのような意味を持つか、それを考えることなく、社に流されるまま動いていたら、いつの間にか『タブーなきエンジニア集団』と戦っていました……」
「とぉえんてぃ? ず」の三人からはため息しか漏れていない。
オオイダでさえも菓子をくわえたままの姿勢でホンゴウの話を聞いている。
「ウォーリー・トワさんや、あなた方━━今は私にとってもですが━━上司のモトムラマネージャーと直接やりあったことはありません。
しかし、私の指示で彼らや今のECN社の従業員の方で戦った方がいるのは事実ですし、命を落とされた方がいるのも間違いないと思います」
「でも、仕方ないのでは? あの社長では、逆らえばあなたの方が危なかったのでは?」
「カネサキさん、それは私にはわかりません。ただ、私の判断が引き起こした結果から逃れるためにOP社を辞めたのは事実です」
「……」
「……OP社を辞めた直後に、タカミ君から連絡をいただきました」
「へぇ、何て?」
そう言ってオオイダが食べかけのバウムクーヘンを口の中へと押し込んだ。
重苦しくなりかけた場の空気が一瞬にして和んだものとなる。
「『今度ECN社で、島の東側を探索するプロジェクトを立ち上げる。危険が伴うプロジェクトだけど、うちには専門家がいない。死地を何度もくぐり抜けたホンゴウさんの力を借りたい』だったかな。私では力不足だと断ったのだけど、彼が家に来て私の妻を説得してね、それで参加することになったのです」
「で、奥さんは何て言ったんです?」
オオイダがいつの間にか身体を起こして、身を乗り出してきた。
「次の仕事が決まっていないのだからいい話じゃない、早く決めてくれ、と言われました」
そう答えてホンゴウは頭を掻いた。
そこにはかつて数千人を率いて、OP社に逆らう者と戦ってきた指揮官の顔はなかった。
彼は亡きハドリの片腕として、治安改革事業という道をハドリの後ろについて駆け抜けた。
それは、大量の血で彩られた道であり、その色の幾分かは彼の手によってつけられたものであった。
しかし、決して好んで血を流させたわけではない。
一部は納得して流させたものもあったが、その大部分はその意味を考えることなく、ただ流すことを強要したようなものであった。
正確にいえばハドリの指示を受け入れた結果、相手に血を流させることを強要することとなったのである。
ロビーが「東部探索隊」への参加をホンゴウに依頼したのは、経験不足の自分のサポート役に回ってほしい、ということだけであった。
そして、ホンゴウの過去については「死地をくぐり抜けた経験」と言っただけでさらっと流してしまった。
(……あんなにあっさり流してしまってよいものだろうか?)
ホンゴウですらそう思ったくらいである。
結局妻の一言が決め手となって、ロビーが半ば強引にホンゴウをECN社に連れて行った。
ホンゴウもここで覚悟を決めた。
自分がかつてしていたことを考えれば、自身に選択肢はないのだ、と。
ECN社は少なくとも表面上は、彼を快く受け入れてくれた。
そして現在まで、「東部探索隊」のメンバーとして、そしてECN社のメンバーとしての扱いを受けている。
「とにかく『はじまりの丘』に戻るまで気を引き締めて行きましょう。まだ帰り道に入ったばかりですし」
カネサキが自らに言い聞かせるように言った。
「ええ、そうですね。よろしくお願いします」
ホンゴウがそう応じると、カネサキはオオイダとコナカの二人にも「あなたたちも気をつけなさい」と声をかけた。
「ホンゴウさん、このあと私たちがどうなるか聞いています?」
単刀直入に切り込んだのは残されたオオイダであった。
「ちょっと、オオイダ!」
カネサキが制止したが、「別にこのくらいならいいじゃない」とオオイダは取り合わない。
「医師の診察を受けて判断、としか聞いていませんね。隊長から話は聞いていないのですか?」
ホンゴウの回答は当たり障りのないものであった。
「ホンゴウさんの回答もタカミ君と同じ、か。それだと本当に何も決まってないのかぁ」
オオイダは、あてが外れたといわんばかりにそりの上へとひっくり返った。
「そう言えば、ホンゴウさんは何故ここに参加されたのですか?」
カネサキの問いかけは軽いものであったが、一瞬にして辺りの空気が凍りついたように感じられた。
「ちょっと、カネサキ」と小声でオオイダに指摘されて、カネサキもしまったと言わんばかりに口に手を当てたが手遅れだ。
ECN社に転じる前、ホンゴウはOP社パトロール・チームのトップとして、OP社が掲げる治安改革事業の一角を担っていた。
カネサキは彼がそこで何をしていたか、詳細なレベルでは把握していない。
構いませんよ、と前置きしてからホンゴウがサファイア・シーの方に目をやった。
「……そうですね、自分でもよく理解できていませんが、自分のしたことから逃げ回るため、でしょうか」
「そ、そういうつもりじゃないんだけど」
カネサキが慌ててホンゴウの前で手を振る。
「そうそう、会社に命じられてやったことでしょう。ホンゴウさんは何も悪くないじゃないですか」
オオイダの声には緊張感がないが、これでも彼女なりに必死である。
コナカは「あの……」と言いかけて口ごもってしまった。
ホンゴウは三人の方をちらりと見てから、再び視線をサファイア・シーの方に向ける。
湖面は静かで、蒼緑の水を静かにたたえている。
もう少し蒼が弱ければ、メイの瞳の外側の色に近い。
「自分のしていることがどのような意味を持つか、それを考えることなく、社に流されるまま動いていたら、いつの間にか『タブーなきエンジニア集団』と戦っていました……」
「とぉえんてぃ? ず」の三人からはため息しか漏れていない。
オオイダでさえも菓子をくわえたままの姿勢でホンゴウの話を聞いている。
「ウォーリー・トワさんや、あなた方━━今は私にとってもですが━━上司のモトムラマネージャーと直接やりあったことはありません。
しかし、私の指示で彼らや今のECN社の従業員の方で戦った方がいるのは事実ですし、命を落とされた方がいるのも間違いないと思います」
「でも、仕方ないのでは? あの社長では、逆らえばあなたの方が危なかったのでは?」
「カネサキさん、それは私にはわかりません。ただ、私の判断が引き起こした結果から逃れるためにOP社を辞めたのは事実です」
「……」
「……OP社を辞めた直後に、タカミ君から連絡をいただきました」
「へぇ、何て?」
そう言ってオオイダが食べかけのバウムクーヘンを口の中へと押し込んだ。
重苦しくなりかけた場の空気が一瞬にして和んだものとなる。
「『今度ECN社で、島の東側を探索するプロジェクトを立ち上げる。危険が伴うプロジェクトだけど、うちには専門家がいない。死地を何度もくぐり抜けたホンゴウさんの力を借りたい』だったかな。私では力不足だと断ったのだけど、彼が家に来て私の妻を説得してね、それで参加することになったのです」
「で、奥さんは何て言ったんです?」
オオイダがいつの間にか身体を起こして、身を乗り出してきた。
「次の仕事が決まっていないのだからいい話じゃない、早く決めてくれ、と言われました」
そう答えてホンゴウは頭を掻いた。
そこにはかつて数千人を率いて、OP社に逆らう者と戦ってきた指揮官の顔はなかった。
彼は亡きハドリの片腕として、治安改革事業という道をハドリの後ろについて駆け抜けた。
それは、大量の血で彩られた道であり、その色の幾分かは彼の手によってつけられたものであった。
しかし、決して好んで血を流させたわけではない。
一部は納得して流させたものもあったが、その大部分はその意味を考えることなく、ただ流すことを強要したようなものであった。
正確にいえばハドリの指示を受け入れた結果、相手に血を流させることを強要することとなったのである。
ロビーが「東部探索隊」への参加をホンゴウに依頼したのは、経験不足の自分のサポート役に回ってほしい、ということだけであった。
そして、ホンゴウの過去については「死地をくぐり抜けた経験」と言っただけでさらっと流してしまった。
(……あんなにあっさり流してしまってよいものだろうか?)
ホンゴウですらそう思ったくらいである。
結局妻の一言が決め手となって、ロビーが半ば強引にホンゴウをECN社に連れて行った。
ホンゴウもここで覚悟を決めた。
自分がかつてしていたことを考えれば、自身に選択肢はないのだ、と。
ECN社は少なくとも表面上は、彼を快く受け入れてくれた。
そして現在まで、「東部探索隊」のメンバーとして、そしてECN社のメンバーとしての扱いを受けている。
「とにかく『はじまりの丘』に戻るまで気を引き締めて行きましょう。まだ帰り道に入ったばかりですし」
カネサキが自らに言い聞かせるように言った。
「ええ、そうですね。よろしくお願いします」
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