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第十一章

512:「トーカMC」社

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「社長、『勉強会』とIMPUの話し合いは、どうでした?」
 若い落ち着いた雰囲気の女性が話しかけた。凛とした声が特徴的だ。
「ダメダメ、『勉強会』が聞く耳を持っていないもの。あれじゃアカシ代表も苦労が絶えないでしょうね」
 首を横に振ったのは、話しかけた方よりもさらに若い女性だ。こちらは快活そうな性質に見える。
「これからも話し合いに社長は同席されるのですか?」
「必要に応じて、ってところですね。あまりシトリさんにも苦労をかけられないですし」
「あ、いえ、私のことは心配しなくても結構です」

 ここはインデスト市街のやや郊外側にあるオフィス。
 二人の女性がデスクを挟んで会話している。
 オフィスには二〇ほどの座席があるが、席に着いている者は三分の一に満たない。
 オフィスの壁を見ると電光掲示板があり、従業員と思われる者の名前と、行き先らしき地名が記されている。
 運送業界に詳しい者が見れば、その行き先の多くが、運送業者の使う簡易宿泊所を示していることが理解できるかもしれない。
 「トーカMC」、これがこのオフィスを利用している企業の名前であった。
 従業員は約三〇名、インデストにある企業としてもそれほど大きな規模ではない。
 開業からまだ三ヶ月の、人でいえば赤ん坊ともいえる若い企業である。

 社長、と呼ばれた女性もまた若い。
 形よく整えられたポニーテールが小動物のように跳ねるのが快活そうな印象を与え、実際の年齢よりも若く見せているようにも思われる。
 一方、「シトリさん」と呼ばれた女性は、やや年長ではあるが、こちらも十分若い範疇に入るであろう。
 こちらは落ち着いた知的美人といった印象である。

「社長。そういえば、今日も雑誌の取材の申し込みがありましたけど、断っておきました」
「ありがとう。まだ実績のない企業だから、取材ばかりだと困るのだけど……」
 社長、と呼ばれた方が額に左手をやり、本当に困った様子を見せた。
 勘のよい者であれば、彼女がいったん右手を動かそうとして躊躇した後に、左手を動かしたことに気付いたかもしれない。
「業務に支障が出ると困りますね。当面は私の方で断っておきますので、安心してください」
 助かります、と言って社長と呼ばれた方が頭を下げた。
 その勢いに頭のポニーテールが跳ねる。

 社長と呼ばれたポニーテールの女性、名前をルマリィ・カイトという。
 トーカMC社を設立する前は、ホテル「オーシャンリゾート」の従業員であった。
 食事や宴会などのサービスを担当していた彼女は、昨年、すなわちLH五一年の五月三日、エクザロームを代表する二つの企業の社長が出席する宴会への配膳を担当していた。
 宴会の後片づけを終え事務所に戻る途中、不意にすさまじい力によって、彼女の身体は宙を舞った。
 ハドリやオイゲンを行方不明にした爆発が発生したからなのだが、彼女にそのことを知る由はなかった。
 右腕を骨折し、大腿部に火傷を負ったものの、命に別状はなかった。
 二ヶ月の入院生活の後、彼女は「オーシャンリゾート」には戻らず、自分の会社を設立するための準備に入った。
 もともと、「オーシャンリゾート」で働いていたのは、独立のための資金を貯めるためであり、事故による見舞金を手にしたことにより、「オーシャンリゾート」に残る意味がなくなったためだ。
 事故の結果、「オーシャンリゾート」が業務を縮小し、人員カットを行うことになったことも彼女の独立を後押しした。
 その後、彼女は知人のツテで「トーカMC」の創業メンバーを集めた。
 「シトリさん」と呼ばれた女性もその一人だ。
 こちらは本名をミア・シトリという。
 かつてはポータル・シティの会社で経営戦略を担当しており、数年前にインデストに引越してきたという。
 経営者としての経験が不足しているルマリィとっては、彼女を公私ともに支える、頼れる女性である。

 ルマリィに取材の依頼が多く飛び込んでくるのは、件の爆発事故の生存者が起こした企業ということで注目されているからであり、企業としての実績を評価されているわけではない、と彼女は考えていた。
 それは半分以上事実であったが、それ以外にも理由はあった。
 ルマリィは現在二四歳であり、年齢以上に若く可愛らしく見える女性である。
 彼女はレイカ・メルツのような目の覚めるような美人というほどではないが、マスコミ関係者の視点では十分に露出に耐えられる外見であった。
「オーシャンリゾート」爆発事故の生存者という触れ込みがセットになれば、タレント経営者として十分に売れる見込みはある、とマスコミは踏んだのである。
 シトリもそのことは十分理解していた。
 ルマリィの性格から人前に出ることは苦にしないだろうが、あまりにマスコミへの露出が増えると本業に差し障る。
 また、マスコミの作る流行は一過性のものが少なくないことをシトリは知っていた。
 レイカ・メルツのように長期的に人気を博し続けるケースもないわけではなかったが、これは例外中の例外である。
 ルマリィを一過性のタレント経営者で終わらすわけにはいかない、と主張し、シトリはルマリィ向けのマスコミの取材を断り続けていたのだった。
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