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第十一章

479:焦り

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 白く雪に覆われた狭い坂道に七人の人影があった。
 彼らの右手には青く輝く水面が、左手には茶色い巨大な壁があった。
 青く輝く水面は彼らが「サファイア・シー」と呼ぶ湖の湖面であり、茶色の巨大な壁は切り立った崖であった。
 「サファイア・シー」の湖面は彼らの歩いている場所から遥か下方にあり、その間はやはり切り立った崖で遮られている。
 彼らは、苦労の末に湖面へと向かう崖の中ほどにやや傾斜の緩い、人が歩くのに支障のない場所を見つけた。
 現在、彼らが進んでいるのはまさにその場所であった。
 人工的に作られた道ではない、自然が作り出したものである。
 彼らが進んでいるのは、今まで人が入り込んだことのない場所である。
 そして彼らが進んでいる方向は東、その先には今まで人が入り込んだことがないというサブマリン島の東部がある。
 彼らを表す名は「東部探索隊」。
 その名の通り、サブマリン島の東部を目指して歩みを進めている。
「アイネスさん、今どのくらいの高さだかわかる?」
 先頭を歩いていた長身の青年が後ろに向かって声をかけた。
「五七七……五七六……五七五……」
 列の後ろから中ほどを歩いていたこれもまた長身の男が答えた。
 ただし、こちらは先頭を歩いていた青年と比較するとかなりの年長である。
 几帳面な正確なのか画面に表示される数字をそのまま読み、表示が変わるごとに数字を読み直していた。
 画面を見ている間もその歩みは規則正しく、まるでメトロノームが刻むリズムのようである。
「隊長、何か見えませんか?」
 列の最後方を歩いていた男が先頭の男に向けて問うた。
 よく見れば列の中にいる男性はこの三人だけで、残りは女性であることがわかる。
「まだ見えないな。ホンゴウさん、双眼鏡を貸してくれないか?」
 先頭の男は振り返ってそう言い、列の最後方へと向けて歩いてきた。
 彼こそがECN社が社運を賭けた事業である「東部探索隊」の隊長ロビー・タカミである。
 隊長という肩書きではあるが、隊を構成する七名の中では最年少の二四歳である。
 ロビーが列の中ほどを通り過ぎようとしたとき、すぐ脇を歩いていた若い女性が突然ロビーの防寒服の袖を引っ張った。
「いい加減歩きっぱなしで疲れた~。休憩してお茶にしよ! お茶!」
「仕方ないですね、先輩……一〇分ですよ! 一〇分!」
「やったね! 隊長、話せるね!」
 ロビーはその言葉にはすぐに答えず、相手が荷物を広げるのを見届けたところで口を開いた。
「そうだ、オオイダ先輩。ついでに本社への定時連絡をお願いしますわ」
「う……」
 ロビーを止めた女性はユミ・オオイダである。
 職業学校の事務員だった彼女は紆余曲折を経てECN社の社員となり、同僚だったアケミ・カネサキ、サユリ・コナカとともに「東部探索隊」のメンバーとなっている。
 ちなみに隊の七人の中でもっとも緊張感を感じさせないのが彼女である。
 彼女の存在が道を焦るロビーにとっての抑えとなっていることを最近になってロビーが自覚するようになってきた。
 道を急ぐのは持ち運べる物資の量に限界があることや、プロジェクトの成功が急がれるという事情もあり、ある程度は正しい。
 しかし、道を焦るとなると、これは単に感情の問題である。
 特にロビーは「はじまりの丘」に残してきた友人セスのためにと焦る傾向が強い。
 ロビー自身も理解しているのだ。今の時点でセスが生存している可能性が限りなく低いことを。
 五ヶ月前に「はじまりの丘」で別れたとき、セスの病状は既に予断を許す状況になかった。もと主治医のアイネスですら、予後を絶望視していたくらいだ。
 それでも、とロビーは思う。
 早く島の東で居住可能な場所とそこへ行くための道を見つけて戻れば、間に合うかもしれない、と。
 これが理屈ではなく感情であることはロビーにもわかる。
 しかし、そうは思ってもそれを受け入れることができないのがロビーという人間だ。
 だからこそ、道を焦る。

 その一方で、この探索の目的のひとつに「安全に島の東側へ抜けるルートを探す」というものがある。
 仮に島の東へ抜ける道が見つかったとしても、それが安全に移動できるものでなければ、今回の探索の成果としては十分なものとはいえない。
 安全に移動できる、という点については、ロビーの意識が特に強い。
 「東部探索隊」プロジェクトの中で「安全に移動できる」とは、「健常な成年男女が道具を使用することなく、転落、滑落等の危険なく徒歩で移動できる水準であること」と定義されている。
 しかし、ロビーはそれだけではなく「車椅子が安全に通行できること」をも求めている。
 勿論、これはセスが移動することを想定しているためだ。
 より安全な道を探すためには時間を要する。

 だが、時間はない。
 このジレンマがロビーを苛立たせる原因となっているのだが、オオイダのような緊張感のない存在があるおかげで、程よく肩の力が抜けるようになっている。
 当初は、ロビーも真面目にオオイダの文句に真っ向から付き合っていたのだが、次第にそれらを受け流すことができるようになっていった。
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