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第十一章
476:「テロリストになりそこなった男」、フジミ・タウンを発つ
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一〇名ほどが着席できるテーブルが置かれた部屋に、一人の青年の姿があった。
先ほどの鉄鉱石採掘場の食堂からは数百キロ離れた場所だ。
青年は食い入るよう部屋の隅にある画面を見つめている。
画面の右半分には煙の上がっている丘の姿が、左半分には無気質なビルの姿が映し出されていた。
どちらも青年がよく知る場所で、ビルの方には実際に勤務していたこともある。
インデストの地理をよく知る者がいれば、このビルの通称が「サウスセンター」であり、OP社インデスト支店がある場所だということも看破したであろう。
ふと部屋の中に一人の年配の男が入ってきた。
先客の視線が画面に向いているのに気付いて、男も画面に視線を向けた。
「何かあったのか?」
「インデストの発電所で火事のようですね」
「そうか……確かカワエ君だったな。インデスト方面は君の担当ではなかったか?」
「そうです。街中に被害があるようではないので、大丈夫だと思いますよ」
ススム・カワエ━━本名をジン・ヌマタという。
「テロリストになりそこなった男」、彼は自身をそう評している。
彼にはそれを表に出さない分別があったから、彼の自身に対する評価を知る者はないのだが……
現在彼はススム・カワエの偽名を用いてフジミ・タウンの運送業者「エフ・ティ・ロジ」社で働いている。
そして最近、インデスト周辺地区の担当へと異動した。
「テロリストになりそこなった男」の自評は隠せても、持って生まれた性質までを変えることは彼には困難なようだった。
彼は事あるごとに上司に意見を具申━━上司側は「楯突く」としていたが━━していた。
ヌマタと接することを嫌った彼の上司が、なるべく顔を合わさないようにするためにと行ったことがインデスト周辺地区への担当替えであった。
インデストは遠い。フジミ・タウンの事務所を一度出発してしまえば、戻ってくるまでには少なくとも一〇日はかかる。
この一〇日というのも天候などによる阻害がなく、かつ運ぶ荷物が限りなく小さいときに限った場合である。
通常は片道二週間をかけてインデストに向かい、インデストに二、三日滞在した後、再び二週間かけてフジミ・タウンに戻る。
そして、五日程度の連続休暇をとった後にフジミ・タウンの事務所からインデストに向けて再び出発する、というローテーションだった。
これならば、上司がヌマタと顔を合わせる機会を激減させることができる。そう考えられたとしても無理はなかった。
ヌマタとしても、上司のこの判断はありがたかった。
既にアカシの前に顔を出せる立場でないが、インデストの動向に対する興味は捨て去ることができない。
この仕事であれば、自然な形でインデスト近辺に出入りができるし、そうすればアカシやその仲間などの動向も容易に把握することができよう。
ただ、IMPUやOP社の関係者に自身のことを知られたくはなかったので、その点は気をつける必要がある。
「とにかく情報を集めてから出発した方がいい、緊急で輸送を要請される品物があるかもしれないから」
「わかりました」
ヌマタは、忠告に素直に従った。
彼は一部の例外を除いて、アドバイスや忠告などに対して常に反抗的な態度をとるというイメージで見られることが多い。
忠告を与えた年配の男がそのことを知っていれば、意外に思ったかもしれない。
もしかしたら、ヌマタにアドバイスを与えることすらしなかったかもしれない。
しかし、ヌマタは意味もなく自らに与えられるアドバイスや忠告などに対して反抗しているわけではなかった。
彼は彼なりの基準を持っており、基準から外れた場合のみに反対意見を述べているだけなのだが、今のところ彼の基準を理解している者は彼の周辺に存在しないようであった。
程なくして、ヌマタに出発の指示が出された。
今回の配送と集荷はインデストの中心部から三〇キロほど手前であり、発電所の火事の影響はないとのことであった。
ヌマタとしては、もう少しインデストに近い場所の方がよかったのだが、あまり街中に入り込みすぎても知り合いに見つかる恐れがある。
少なくともアカシやIMPUの関係者などの前に姿を現すつもりはなかったので、かえってこの方が都合がよいともいえた。
荷物はさほど重くなく、天候にも問題はなさそうである。
ヌマタ自身、インデスト方面の地理には明るい。道中に大きな支障はないであろう。
インデストへの配送や集荷はチームを組んで行われることが少なくないが、今回はヌマタ単独での行動になるようだ。
実際のところは今回の便が臨時便であることと、ヌマタに団体行動は無理と判断した上司の差し金とが原因なのだが、これも彼にとっては都合がよかった。
OP社治安改革部隊によってフジミ・タウンが解放されてからは、配送中の物流業者が襲われる事件も発生していない。ヌマタが単独行動しても問題なさそうだ。
出発の指示から三〇分後、ヌマタは目的地へと向けて出発した。
先ほどの鉄鉱石採掘場の食堂からは数百キロ離れた場所だ。
青年は食い入るよう部屋の隅にある画面を見つめている。
画面の右半分には煙の上がっている丘の姿が、左半分には無気質なビルの姿が映し出されていた。
どちらも青年がよく知る場所で、ビルの方には実際に勤務していたこともある。
インデストの地理をよく知る者がいれば、このビルの通称が「サウスセンター」であり、OP社インデスト支店がある場所だということも看破したであろう。
ふと部屋の中に一人の年配の男が入ってきた。
先客の視線が画面に向いているのに気付いて、男も画面に視線を向けた。
「何かあったのか?」
「インデストの発電所で火事のようですね」
「そうか……確かカワエ君だったな。インデスト方面は君の担当ではなかったか?」
「そうです。街中に被害があるようではないので、大丈夫だと思いますよ」
ススム・カワエ━━本名をジン・ヌマタという。
「テロリストになりそこなった男」、彼は自身をそう評している。
彼にはそれを表に出さない分別があったから、彼の自身に対する評価を知る者はないのだが……
現在彼はススム・カワエの偽名を用いてフジミ・タウンの運送業者「エフ・ティ・ロジ」社で働いている。
そして最近、インデスト周辺地区の担当へと異動した。
「テロリストになりそこなった男」の自評は隠せても、持って生まれた性質までを変えることは彼には困難なようだった。
彼は事あるごとに上司に意見を具申━━上司側は「楯突く」としていたが━━していた。
ヌマタと接することを嫌った彼の上司が、なるべく顔を合わさないようにするためにと行ったことがインデスト周辺地区への担当替えであった。
インデストは遠い。フジミ・タウンの事務所を一度出発してしまえば、戻ってくるまでには少なくとも一〇日はかかる。
この一〇日というのも天候などによる阻害がなく、かつ運ぶ荷物が限りなく小さいときに限った場合である。
通常は片道二週間をかけてインデストに向かい、インデストに二、三日滞在した後、再び二週間かけてフジミ・タウンに戻る。
そして、五日程度の連続休暇をとった後にフジミ・タウンの事務所からインデストに向けて再び出発する、というローテーションだった。
これならば、上司がヌマタと顔を合わせる機会を激減させることができる。そう考えられたとしても無理はなかった。
ヌマタとしても、上司のこの判断はありがたかった。
既にアカシの前に顔を出せる立場でないが、インデストの動向に対する興味は捨て去ることができない。
この仕事であれば、自然な形でインデスト近辺に出入りができるし、そうすればアカシやその仲間などの動向も容易に把握することができよう。
ただ、IMPUやOP社の関係者に自身のことを知られたくはなかったので、その点は気をつける必要がある。
「とにかく情報を集めてから出発した方がいい、緊急で輸送を要請される品物があるかもしれないから」
「わかりました」
ヌマタは、忠告に素直に従った。
彼は一部の例外を除いて、アドバイスや忠告などに対して常に反抗的な態度をとるというイメージで見られることが多い。
忠告を与えた年配の男がそのことを知っていれば、意外に思ったかもしれない。
もしかしたら、ヌマタにアドバイスを与えることすらしなかったかもしれない。
しかし、ヌマタは意味もなく自らに与えられるアドバイスや忠告などに対して反抗しているわけではなかった。
彼は彼なりの基準を持っており、基準から外れた場合のみに反対意見を述べているだけなのだが、今のところ彼の基準を理解している者は彼の周辺に存在しないようであった。
程なくして、ヌマタに出発の指示が出された。
今回の配送と集荷はインデストの中心部から三〇キロほど手前であり、発電所の火事の影響はないとのことであった。
ヌマタとしては、もう少しインデストに近い場所の方がよかったのだが、あまり街中に入り込みすぎても知り合いに見つかる恐れがある。
少なくともアカシやIMPUの関係者などの前に姿を現すつもりはなかったので、かえってこの方が都合がよいともいえた。
荷物はさほど重くなく、天候にも問題はなさそうである。
ヌマタ自身、インデスト方面の地理には明るい。道中に大きな支障はないであろう。
インデストへの配送や集荷はチームを組んで行われることが少なくないが、今回はヌマタ単独での行動になるようだ。
実際のところは今回の便が臨時便であることと、ヌマタに団体行動は無理と判断した上司の差し金とが原因なのだが、これも彼にとっては都合がよかった。
OP社治安改革部隊によってフジミ・タウンが解放されてからは、配送中の物流業者が襲われる事件も発生していない。ヌマタが単独行動しても問題なさそうだ。
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