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第十一章
474:「飼い犬」の裏切り
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「オオバさん! ちょっと!」
不意に食堂内にイオの声が飛んだ。その声は上ずっており、いつもの彼のものではなかった。
その慌てぶりから、彼の肝はそれほど太いものではないとオオバは考えた。
「どうした? そんなに慌てて」
「地熱発電所で火事が起きたそうです! 確かあの場所には今日、作業者が何人か向かわされることになっていたと思いますが……」
イオは両手を広げながら落ち着きなく身体を揺すってオオバに向かって危機を訴えていた。人によっては、その動きが大げさすぎる、と感じたかもしれない。
イオの言うとおり確かに火事の起きた地熱発電所には、二人の作業者が坑道を掘る作業のために向かっていた。
「発電所で作業者を危険に晒さないようにするために、ここに座り込んでいるのではないか。気にすることはない」
二人のやりとりを黙って聞いていたヒキが、静かに言い放った。
その声は落ち着きはらっており、微塵の動揺も感じさせない。
「そ、それはそうですね……」
対照的にイオの声は震え、その表情は引きつっている。
その一方で、オオバは冴えない表情を見せている。
「オオバ君までどうしたというのだ?」
オオバの表情を見咎めたヒキが疑問を投げかけた。
「……発電所が無事だとよいのだが」
オオバはそう答えたのであるが、これは必ずしも彼の心情を正確に表したものではなかった。
もちろん、発電所も心配ではあるが、それは彼にとって最優先の事項ではなかった。
発電所はオソダの管轄下にある施設だ。
発電所で何かあれば、オソダが真っ先に責任を問われる立場となる。
今ですら、発電量の低下を理由に市民から責められる立場にあるが、イオの言葉が事実であれば、オソダへの風当たりはいっそう強いものになるに違いなかった。
(何も知らない連中が、ここぞとばかりに弱った相手を痛めつけているだけだ)
オソダや発電事業者を責める市民を見て、オオバはそう感じるのであった。
アカシも似たようなものだろう、とオオバは思う。
たかだか系列会社の一従業員に過ぎない存在であるにも関わらず、自らの立場や能力を省みず徒党を組んで、覚悟もなく隠れて騒ぎを起こした張本人である。
それが、「タブーなきエンジニア集団」なるならず者の集団と利害が一致すると知るや否や、本来なら真っ先にOP社を「タブーなきエンジニア集団」から守る立場にある彼らは、社を裏切って彼らと手を組んだ。
この「タブーなきンジニア集団」は油断できない集団である。
本来の所属であるECN社を裏切って独立し、ECN社とOP社を同時に敵に回しながら、双方のトップを葬り去ったことで生き残った。
「タブーなきエンジニア集団」がハドリやオイゲンを殺害した、という証拠は何ひとつなかったのだが、オオバはそう確信していた。
「タブーなきエンジニア集団」もトップを失ったと聞いているが、その大部分はECN社に入り込み、正体を隠しながら今もなお生き残っている。
飼い犬に手を噛まれるどころか噛み殺された挙句、母屋まで乗っ取られたECN社のトップについては、単に間抜けだとしか思えない。
しかし、それを実行した飼い犬については、絶対に警戒を解いてはならない油断できぬ相手である、とオオバは思っている。
「タブーなきエンジニア集団」が飼い主を裏切り、噛み殺した挙句、その母屋を乗っ取ったとするならば……
彼らと同調し、手を組んだアカシらも同じ気質を有していても不思議ではない。いや、むしろそうであると考えるべきだ……
オオバがこの考えに到達すると同時に、ひとつの可能性に思い至った。
(発電所の火災は、アカシによる策略ではないか……?)
アカシは現在発電所の坑道の採掘作業を支援しているはずであり、悪意を持って発電所の火災を招くとは通常、考えにくい。
だからこそ、とオオバは思う。
発電所で火災が発生した場合、最も不利益を被るのはOP社である。
インデストにおけるOP社のトップは支店長代理のオソダである。
ハドリが健在であったときのオソダの立場は、あくまでも名目上のものであり、実質的な権力は治安改革センターが握っていた。
しかし、ハドリが行方不明となった後、治安改革センターは解散され、インデストにおける実質的な責任や権限はオソダの手にある。
火災が起こった発電所がインデストである以上、インデストにおけるOP社のトップであるオソダが最も大きな不利益を被るであろう。
オソダやOP社の不利益は誰の利益になるか……?
市民であるはずがない。
彼らは生活に欠かせない電力の供給源の一部を失うことになる。
IMPUの企業群も利益を得るとは考えにくい。
彼らも電力がなければ、そもそもの事業が成り立たないのだ。
OP社は被害者となる立場であるから論外であろう。
アカシや「タブーなきエンジニア集団」はどうか?
OP社の力が弱体化することは、手を組んでいるECN社にとっての利益となり得る。
かつては、OP社が圧倒的な力を持ち、ECN社を従えていたが、その力関係がECN社有利に傾く可能性は十分に考えられる。
アカシはどうか?
OP社が弱体化すれば、インデストで最大の力を持つ集団はIMPUである。
振る舞いによってはインデストにあるOP社の事業所を乗っ取ることも不可能ではないだろう。
オソダが市民に糾弾される立場となるならば、アカシは逆に市民に歓迎される立場になりかねない。
(奴め……そこまで狙っているのならば……見過ごすわけにはいかん)
無意識のうちにオオバの拳がテーブルを叩いた。
その音にヒキとイオが振り向いた。
不意に食堂内にイオの声が飛んだ。その声は上ずっており、いつもの彼のものではなかった。
その慌てぶりから、彼の肝はそれほど太いものではないとオオバは考えた。
「どうした? そんなに慌てて」
「地熱発電所で火事が起きたそうです! 確かあの場所には今日、作業者が何人か向かわされることになっていたと思いますが……」
イオは両手を広げながら落ち着きなく身体を揺すってオオバに向かって危機を訴えていた。人によっては、その動きが大げさすぎる、と感じたかもしれない。
イオの言うとおり確かに火事の起きた地熱発電所には、二人の作業者が坑道を掘る作業のために向かっていた。
「発電所で作業者を危険に晒さないようにするために、ここに座り込んでいるのではないか。気にすることはない」
二人のやりとりを黙って聞いていたヒキが、静かに言い放った。
その声は落ち着きはらっており、微塵の動揺も感じさせない。
「そ、それはそうですね……」
対照的にイオの声は震え、その表情は引きつっている。
その一方で、オオバは冴えない表情を見せている。
「オオバ君までどうしたというのだ?」
オオバの表情を見咎めたヒキが疑問を投げかけた。
「……発電所が無事だとよいのだが」
オオバはそう答えたのであるが、これは必ずしも彼の心情を正確に表したものではなかった。
もちろん、発電所も心配ではあるが、それは彼にとって最優先の事項ではなかった。
発電所はオソダの管轄下にある施設だ。
発電所で何かあれば、オソダが真っ先に責任を問われる立場となる。
今ですら、発電量の低下を理由に市民から責められる立場にあるが、イオの言葉が事実であれば、オソダへの風当たりはいっそう強いものになるに違いなかった。
(何も知らない連中が、ここぞとばかりに弱った相手を痛めつけているだけだ)
オソダや発電事業者を責める市民を見て、オオバはそう感じるのであった。
アカシも似たようなものだろう、とオオバは思う。
たかだか系列会社の一従業員に過ぎない存在であるにも関わらず、自らの立場や能力を省みず徒党を組んで、覚悟もなく隠れて騒ぎを起こした張本人である。
それが、「タブーなきエンジニア集団」なるならず者の集団と利害が一致すると知るや否や、本来なら真っ先にOP社を「タブーなきエンジニア集団」から守る立場にある彼らは、社を裏切って彼らと手を組んだ。
この「タブーなきンジニア集団」は油断できない集団である。
本来の所属であるECN社を裏切って独立し、ECN社とOP社を同時に敵に回しながら、双方のトップを葬り去ったことで生き残った。
「タブーなきエンジニア集団」がハドリやオイゲンを殺害した、という証拠は何ひとつなかったのだが、オオバはそう確信していた。
「タブーなきエンジニア集団」もトップを失ったと聞いているが、その大部分はECN社に入り込み、正体を隠しながら今もなお生き残っている。
飼い犬に手を噛まれるどころか噛み殺された挙句、母屋まで乗っ取られたECN社のトップについては、単に間抜けだとしか思えない。
しかし、それを実行した飼い犬については、絶対に警戒を解いてはならない油断できぬ相手である、とオオバは思っている。
「タブーなきエンジニア集団」が飼い主を裏切り、噛み殺した挙句、その母屋を乗っ取ったとするならば……
彼らと同調し、手を組んだアカシらも同じ気質を有していても不思議ではない。いや、むしろそうであると考えるべきだ……
オオバがこの考えに到達すると同時に、ひとつの可能性に思い至った。
(発電所の火災は、アカシによる策略ではないか……?)
アカシは現在発電所の坑道の採掘作業を支援しているはずであり、悪意を持って発電所の火災を招くとは通常、考えにくい。
だからこそ、とオオバは思う。
発電所で火災が発生した場合、最も不利益を被るのはOP社である。
インデストにおけるOP社のトップは支店長代理のオソダである。
ハドリが健在であったときのオソダの立場は、あくまでも名目上のものであり、実質的な権力は治安改革センターが握っていた。
しかし、ハドリが行方不明となった後、治安改革センターは解散され、インデストにおける実質的な責任や権限はオソダの手にある。
火災が起こった発電所がインデストである以上、インデストにおけるOP社のトップであるオソダが最も大きな不利益を被るであろう。
オソダやOP社の不利益は誰の利益になるか……?
市民であるはずがない。
彼らは生活に欠かせない電力の供給源の一部を失うことになる。
IMPUの企業群も利益を得るとは考えにくい。
彼らも電力がなければ、そもそもの事業が成り立たないのだ。
OP社は被害者となる立場であるから論外であろう。
アカシや「タブーなきエンジニア集団」はどうか?
OP社の力が弱体化することは、手を組んでいるECN社にとっての利益となり得る。
かつては、OP社が圧倒的な力を持ち、ECN社を従えていたが、その力関係がECN社有利に傾く可能性は十分に考えられる。
アカシはどうか?
OP社が弱体化すれば、インデストで最大の力を持つ集団はIMPUである。
振る舞いによってはインデストにあるOP社の事業所を乗っ取ることも不可能ではないだろう。
オソダが市民に糾弾される立場となるならば、アカシは逆に市民に歓迎される立場になりかねない。
(奴め……そこまで狙っているのならば……見過ごすわけにはいかん)
無意識のうちにオオバの拳がテーブルを叩いた。
その音にヒキとイオが振り向いた。
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