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第十一章
473:OP社出身者の矜持
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惑星エクザローム唯一の陸地とされているサブマリン島には、現在約一二〇万の人々が居住している。
地球という星とルナ・ヘヴンスと呼ばれた宇宙ステーション、それが彼らの原点である。
宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」が完成したのが、現在から約五〇年前のことであった。
完成したルナ・ヘヴンスには地球から約一〇〇万の人が移住したが、この際、一八歳未満の移住者はほとんど得られなかった。
科学的な根拠はなかったのだが、ステーションまでの移動が乳幼児や成長期の子供に何らかの悪影響を与えるとされていたのが原因であった。
人が居住を開始してから一年もしないうちに、ルナ・ヘヴンスは本来の軌道を外れ、虚空を疾走することになる。
そして一八年……
ルナ・ヘヴンスに住む人々は、新天地となる惑星エクザロームを発見した。
エクザローム上で唯一発見できた陸地、サブマリン島にルナ・ヘヴンスは不時着し、サブマリン島での人類の歴史がスタートしたのである。
サブマリン島で使われている暦 (LH=ルナ・ヘヴンス暦)は、宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」に人が公式に居住を開始した年を元年としている。実際にはその前年から試験居住は行われていたが、大きな問題ではないだろう。
現在はLH五一年の年末であったから、ルナ・ヘヴンスに人が居住を開始してから五一年目であることがわかる。
ルナ・ヘヴンスに居住を開始した当時に一八歳だった若者は、既に七〇近い年齢となっている。
居住者のうち当時一八歳未満の者は皆無に近かったため、現在五〇歳から七〇歳の世代が極端に少ないのだ。
ルナ・ヘヴンスがサブマリン島に不時着したのはLH一九年のはじめである。
ルナ・ヘヴンスが虚空を疾走していた約一八年間に生まれた子供の数はそれほど多くなかった。
高速で移動する宇宙ステーションでの生活が子供に与える影響が懸念されていたためである。
このため、現在三〇代半ばから五〇歳くらいまでの人口もそれほど多くない。
色白の男はこの世代に該当するが、人口的に少ない世代であるので、この場に集まっている同世代の者は決して多くなかった。
「オオバさん。勉強会で地道に人を集めるのは、よい方法でしたね。勉強になります」
「そうだ、イオ君。やみくもに相手のやり方に反対するのは愚策だ。相手を知り、そして相手に我々のことを知らしめるのがこの場合は上策だ。覚えておくといい」
イオが言ったように、色白の男の姓は「オオバ」という。
本名はヒロスミ・オオバ。OP社の社員であり、鉄鉱石の採掘場の経験もある。担当していたのは採掘そのものではなく、鉱床の調査であるが。
採掘場の後、物流部門を経て現在は採掘された鉄鉱石の化学分析を行う担当者となっている。
OP社はすでに鉄鋼関連事業から撤退していたが、鉄鋼関連の事業に従事する者がいないわけではなかった。
採掘場で行われる作業のすべてをIMPU参加企業で実施することは困難であったし、これらに必要な人員をすべてIMPU参加企業で抱えることは困難であった。
このため、OP社は自社で雇用している現場作業員や特殊技術を有した者を採掘場などに派遣していたのである。
オオバやヒキはこうしたOP社から派遣された人員であった。
「ECN社は『タブーなきエンジニア集団』の残党に乗っ取られてしまいましたね。アカシ代表は『タブーなきエンジニア集団』と仲が良かったから、IMPUが彼らに乗っ取られやしないか心配ですよ。乗っ取られたら組合に参加していない自分なんかは、冷たくあしらわれそうですし……」
四ヶ月ほど前、オオバは化学分析用の実験室に出入している採掘場の作業者たちからこのような話を聞いた。
他愛のない愚痴の類であったかもしれないが、オオバはそれを聞き流すことはできなかった。
心当たりはある。
オオバはOP社インデスト支店の支店長代理のオソダと親しい間柄だ。
オソダは発電事業の管理畑を歩み続けており、オオバと職務上の接点は少なかったが、二人はほぼ同時期の入社であり、年齢も近かった。
もともと人数の少ない世代ということもあり、二人は話の合う仲間として親交を深めていった。
アカシが組合を立ち上げた際、オソダは「社の規則で禁じられた活動に参加するわけにはいかない」と参加を拒んだ。もっとも、支店長代理という彼の立場で組合への参加を望んでも、受け入れられたかどうかは微妙であるが。
オソダよりひとつ年下のオオバもそれに倣った。
そもそも成功の見込みも怪しい団体である。
オオバから見て、OP社が自身に与えている処遇について大きな不満はない。
危険を冒してまで処遇を改善する必要性を感じていなかったことも、彼が組合に参加しなかった要因であった。
オソダと異なり、オオバは経営層にそれほど近い立場ではなかったから、組合へ参加を希望すればほぼ間違いなく受け入れられたであろう。
しかし、オオバはオソダに倣う選択をした。
このことが、自身の立場を危うくするかもしれない、とオオバは考えたのである。
彼が「勉強会」と称して、アカシの動きに注意を向ける活動を開始したのは、そう考えた直後のことであった。
彼自身アカシに含むところはある。
「タブーなきエンジニア集団」と労働者組合がOP社インデスト支店を奪取する際に、武断的な方法を用いたこと、そして他人から聞いた話ではあるが、その際にアカシがオソダを「信用ならない人物」と発言したことが許容できなかったのだ。
そのオソダは現在もOP社インデスト支店の支店長代理の地位にはあるが、本社へ召喚された後の情報はオオバのもとに入っていない。
オオバは認めないであろうが、自身やオソダの地位がアカシによって蹂躙されることを恐れる心理も彼のアカシに対する感情に影響を与えていたに違いない。
地球という星とルナ・ヘヴンスと呼ばれた宇宙ステーション、それが彼らの原点である。
宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」が完成したのが、現在から約五〇年前のことであった。
完成したルナ・ヘヴンスには地球から約一〇〇万の人が移住したが、この際、一八歳未満の移住者はほとんど得られなかった。
科学的な根拠はなかったのだが、ステーションまでの移動が乳幼児や成長期の子供に何らかの悪影響を与えるとされていたのが原因であった。
人が居住を開始してから一年もしないうちに、ルナ・ヘヴンスは本来の軌道を外れ、虚空を疾走することになる。
そして一八年……
ルナ・ヘヴンスに住む人々は、新天地となる惑星エクザロームを発見した。
エクザローム上で唯一発見できた陸地、サブマリン島にルナ・ヘヴンスは不時着し、サブマリン島での人類の歴史がスタートしたのである。
サブマリン島で使われている暦 (LH=ルナ・ヘヴンス暦)は、宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」に人が公式に居住を開始した年を元年としている。実際にはその前年から試験居住は行われていたが、大きな問題ではないだろう。
現在はLH五一年の年末であったから、ルナ・ヘヴンスに人が居住を開始してから五一年目であることがわかる。
ルナ・ヘヴンスに居住を開始した当時に一八歳だった若者は、既に七〇近い年齢となっている。
居住者のうち当時一八歳未満の者は皆無に近かったため、現在五〇歳から七〇歳の世代が極端に少ないのだ。
ルナ・ヘヴンスがサブマリン島に不時着したのはLH一九年のはじめである。
ルナ・ヘヴンスが虚空を疾走していた約一八年間に生まれた子供の数はそれほど多くなかった。
高速で移動する宇宙ステーションでの生活が子供に与える影響が懸念されていたためである。
このため、現在三〇代半ばから五〇歳くらいまでの人口もそれほど多くない。
色白の男はこの世代に該当するが、人口的に少ない世代であるので、この場に集まっている同世代の者は決して多くなかった。
「オオバさん。勉強会で地道に人を集めるのは、よい方法でしたね。勉強になります」
「そうだ、イオ君。やみくもに相手のやり方に反対するのは愚策だ。相手を知り、そして相手に我々のことを知らしめるのがこの場合は上策だ。覚えておくといい」
イオが言ったように、色白の男の姓は「オオバ」という。
本名はヒロスミ・オオバ。OP社の社員であり、鉄鉱石の採掘場の経験もある。担当していたのは採掘そのものではなく、鉱床の調査であるが。
採掘場の後、物流部門を経て現在は採掘された鉄鉱石の化学分析を行う担当者となっている。
OP社はすでに鉄鋼関連事業から撤退していたが、鉄鋼関連の事業に従事する者がいないわけではなかった。
採掘場で行われる作業のすべてをIMPU参加企業で実施することは困難であったし、これらに必要な人員をすべてIMPU参加企業で抱えることは困難であった。
このため、OP社は自社で雇用している現場作業員や特殊技術を有した者を採掘場などに派遣していたのである。
オオバやヒキはこうしたOP社から派遣された人員であった。
「ECN社は『タブーなきエンジニア集団』の残党に乗っ取られてしまいましたね。アカシ代表は『タブーなきエンジニア集団』と仲が良かったから、IMPUが彼らに乗っ取られやしないか心配ですよ。乗っ取られたら組合に参加していない自分なんかは、冷たくあしらわれそうですし……」
四ヶ月ほど前、オオバは化学分析用の実験室に出入している採掘場の作業者たちからこのような話を聞いた。
他愛のない愚痴の類であったかもしれないが、オオバはそれを聞き流すことはできなかった。
心当たりはある。
オオバはOP社インデスト支店の支店長代理のオソダと親しい間柄だ。
オソダは発電事業の管理畑を歩み続けており、オオバと職務上の接点は少なかったが、二人はほぼ同時期の入社であり、年齢も近かった。
もともと人数の少ない世代ということもあり、二人は話の合う仲間として親交を深めていった。
アカシが組合を立ち上げた際、オソダは「社の規則で禁じられた活動に参加するわけにはいかない」と参加を拒んだ。もっとも、支店長代理という彼の立場で組合への参加を望んでも、受け入れられたかどうかは微妙であるが。
オソダよりひとつ年下のオオバもそれに倣った。
そもそも成功の見込みも怪しい団体である。
オオバから見て、OP社が自身に与えている処遇について大きな不満はない。
危険を冒してまで処遇を改善する必要性を感じていなかったことも、彼が組合に参加しなかった要因であった。
オソダと異なり、オオバは経営層にそれほど近い立場ではなかったから、組合へ参加を希望すればほぼ間違いなく受け入れられたであろう。
しかし、オオバはオソダに倣う選択をした。
このことが、自身の立場を危うくするかもしれない、とオオバは考えたのである。
彼が「勉強会」と称して、アカシの動きに注意を向ける活動を開始したのは、そう考えた直後のことであった。
彼自身アカシに含むところはある。
「タブーなきエンジニア集団」と労働者組合がOP社インデスト支店を奪取する際に、武断的な方法を用いたこと、そして他人から聞いた話ではあるが、その際にアカシがオソダを「信用ならない人物」と発言したことが許容できなかったのだ。
そのオソダは現在もOP社インデスト支店の支店長代理の地位にはあるが、本社へ召喚された後の情報はオオバのもとに入っていない。
オオバは認めないであろうが、自身やオソダの地位がアカシによって蹂躙されることを恐れる心理も彼のアカシに対する感情に影響を与えていたに違いない。
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