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第十章
469:アカシ、交渉を決意する
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「よく知っていますが、そんな文書を出すとは思えませんね」
抗議文の差出人に心当たりはあるか? と問われてアカシはあり得ない、という表情を見せた。
「どういうことでしょうか?」
レイカに問われたので、アカシは事情を説明する。
ウサミというのはアカシが所属しているOP社の関連会社の元社長である。
そしてアカシが労働者組合を立ち上げる少し前に、病気を理由に引退していた。
現在は病状が進んでおり、誰かの介助なしには生活することすらままならないので、夫婦で介護施設に入居している。
つい二週間ほど前にアカシはウサミを施設に見舞いに行っている。
そのときにはアカシが誰だかわからないほどの状態であった。
とても、レイカが示したような理路整然とした文章が書けるわけがない、というのがアカシの主張である。
エリックが恐る恐る二人の間に割って入る。
「文書そのものはサウス・センター内のOP社の事務所から発信されています。それと、非常通信が流れたのは、この文書がこちらに発信された直後です」
「……わかった。すぐに事務所に戻って対応する」
アカシがそう言って通信を切ろうとしたが、レイカが止めた。
「待ってください!」
「……何か?」
「差し出がましいようですが、IMPUの事務所に戻るのには時間がかかりすぎます。どこか近くに拠点とできる場所はないでしょうか?」
「走っていけば、そんなにかかるものでもないでしょう」
アカシは、一瞬むっとした表情を見せた。
レイカが下がって代わりにエリックが出てきた。
「すみません、対応は私どもとも協議してもらいたいので……何とかなりませんか?」
「……モトムラさんの頼みなら、いいでしょう。発電所の事務所を借ります」
「すみません、お手数かけます」
こういう場面ではレイカよりエリックの言葉の方が効果的なようだ。
伊達に同じ戦場で戦った仲ではない。
アカシは近くにいた作業員に消火作業への協力を指示した後、発電所の事務所へと向かう。
発電所のトップはOP社の従業員であり、単なる一取引先の代表に過ぎないアカシが指示を与えるのは妙な話なのだが、何故か誰もがアカシの指示を受け入れていた。
やはり彼には、集団の指揮者が似合うのである。
タカノとヤギサワを引き連れて、発電所の打ち合わせスペースにアカシが陣取った。
ヤギサワが発電所と交渉してこの場所を確保したのだ。
今度はアカシからECN社に向けて通信を開いた。
この間、わずか一〇分ほどであったが、その間もECN社では色々と調査を進めていたようである。
エリックが発電所の掘削場の火災について情報を得ていた。
火災の前後で非常通信が流れているという。
火災の後に流れたものは、火災を知らせるもので間違いはないだろうが、事前に流れたものが怪しい。
現在、エリックがその解析を進めているという。
次にレイカがアカシの対応について尋ねてきた。
ECN社として公式のコメントを出すのであれば、彼女の所属する広報企画室が対応することになるようだ。
「交渉のテーブルに着けというのなら、いつだって構わない。ただ、相手が名乗り出ない限り誰と交渉すればいいかわからんが」
アカシとしても、相手の正体が不明であればどうにもできない。
現状を考慮して、アカシがこう提案した。
「発信者はIMPUかそれに近い立場の人間と考えて間違いないだろう。IMPUの名前で発信者に向けて交渉をしようと呼びかける。申し訳ないが、交渉にはECN社の方にもご協力願うかもしれない」
すると、レイカが懸念を表明した。
「IMPUとして、となると大事にならないでしょうか……?」
「いや、自分も組合の委員長でしたから。代表として交渉の場から逃げることはできません」
交渉の場から逃げる、という選択肢はアカシにはありえなかった。
ハドリと戦ったのも、あくまで彼との交渉の場を得るためである。
交渉の場を得るために戦った自分が、他人との交渉から逃げるのでは話にならない。
レイカはそうしたアカシの心情を完全に読み違えていた。
彼女はアカシが相手と秘密裏に交渉を持つと考えていたのだが、少なくともそれはアカシの趣味ではなかったのだ。
「で、ECN社さんのご協力はいただけるでしょうか?」
アカシの問いにレイカは広報の範囲であれば自分で対応する、といって言葉を詰まらせかけた。彼女はあくまで広報の責任者であり、他のことに対しては権限を持っていないからだ。
「取引条件が絡むとなるとそうだな……サクライ、トミシマさんに頼んでくれ。経営的な判断が必要なら、サクライがやってくれればいい」
ミヤハラがそう指示したので、なし崩し的に役割が決まってしまった。
サクライもいきなりミヤハラに指名されたため、拒否の意思を示す時間がなかったのだ。
トミシマはオイゲンが社長の時代から総務のトップを務めている女性幹部だ。
穏やかな性質だが、能力的には信頼できる。
アカシとしてもミヤハラの判断に異議はない。
さすがにECN社の社長を引っ張り出すのは問題が大きすぎる。
他人の名前を騙っての投書に、相手方の代表者を引っ張り出すのは非礼であると考えている。
ミヤハラの場合は単に自らが交渉に当たりたくなかっただけなのであるが、今回のケースではそれが幸いした。
トミシマの名前はアカシも知っている。
ECN社の総務担当の役員であり、購買の責任者でもある。
鋼材や部品などの購買価格に関する話は当然出てくるであろうから、彼女が交渉の場に出るのが望ましい。
抗議文の差出人に心当たりはあるか? と問われてアカシはあり得ない、という表情を見せた。
「どういうことでしょうか?」
レイカに問われたので、アカシは事情を説明する。
ウサミというのはアカシが所属しているOP社の関連会社の元社長である。
そしてアカシが労働者組合を立ち上げる少し前に、病気を理由に引退していた。
現在は病状が進んでおり、誰かの介助なしには生活することすらままならないので、夫婦で介護施設に入居している。
つい二週間ほど前にアカシはウサミを施設に見舞いに行っている。
そのときにはアカシが誰だかわからないほどの状態であった。
とても、レイカが示したような理路整然とした文章が書けるわけがない、というのがアカシの主張である。
エリックが恐る恐る二人の間に割って入る。
「文書そのものはサウス・センター内のOP社の事務所から発信されています。それと、非常通信が流れたのは、この文書がこちらに発信された直後です」
「……わかった。すぐに事務所に戻って対応する」
アカシがそう言って通信を切ろうとしたが、レイカが止めた。
「待ってください!」
「……何か?」
「差し出がましいようですが、IMPUの事務所に戻るのには時間がかかりすぎます。どこか近くに拠点とできる場所はないでしょうか?」
「走っていけば、そんなにかかるものでもないでしょう」
アカシは、一瞬むっとした表情を見せた。
レイカが下がって代わりにエリックが出てきた。
「すみません、対応は私どもとも協議してもらいたいので……何とかなりませんか?」
「……モトムラさんの頼みなら、いいでしょう。発電所の事務所を借ります」
「すみません、お手数かけます」
こういう場面ではレイカよりエリックの言葉の方が効果的なようだ。
伊達に同じ戦場で戦った仲ではない。
アカシは近くにいた作業員に消火作業への協力を指示した後、発電所の事務所へと向かう。
発電所のトップはOP社の従業員であり、単なる一取引先の代表に過ぎないアカシが指示を与えるのは妙な話なのだが、何故か誰もがアカシの指示を受け入れていた。
やはり彼には、集団の指揮者が似合うのである。
タカノとヤギサワを引き連れて、発電所の打ち合わせスペースにアカシが陣取った。
ヤギサワが発電所と交渉してこの場所を確保したのだ。
今度はアカシからECN社に向けて通信を開いた。
この間、わずか一〇分ほどであったが、その間もECN社では色々と調査を進めていたようである。
エリックが発電所の掘削場の火災について情報を得ていた。
火災の前後で非常通信が流れているという。
火災の後に流れたものは、火災を知らせるもので間違いはないだろうが、事前に流れたものが怪しい。
現在、エリックがその解析を進めているという。
次にレイカがアカシの対応について尋ねてきた。
ECN社として公式のコメントを出すのであれば、彼女の所属する広報企画室が対応することになるようだ。
「交渉のテーブルに着けというのなら、いつだって構わない。ただ、相手が名乗り出ない限り誰と交渉すればいいかわからんが」
アカシとしても、相手の正体が不明であればどうにもできない。
現状を考慮して、アカシがこう提案した。
「発信者はIMPUかそれに近い立場の人間と考えて間違いないだろう。IMPUの名前で発信者に向けて交渉をしようと呼びかける。申し訳ないが、交渉にはECN社の方にもご協力願うかもしれない」
すると、レイカが懸念を表明した。
「IMPUとして、となると大事にならないでしょうか……?」
「いや、自分も組合の委員長でしたから。代表として交渉の場から逃げることはできません」
交渉の場から逃げる、という選択肢はアカシにはありえなかった。
ハドリと戦ったのも、あくまで彼との交渉の場を得るためである。
交渉の場を得るために戦った自分が、他人との交渉から逃げるのでは話にならない。
レイカはそうしたアカシの心情を完全に読み違えていた。
彼女はアカシが相手と秘密裏に交渉を持つと考えていたのだが、少なくともそれはアカシの趣味ではなかったのだ。
「で、ECN社さんのご協力はいただけるでしょうか?」
アカシの問いにレイカは広報の範囲であれば自分で対応する、といって言葉を詰まらせかけた。彼女はあくまで広報の責任者であり、他のことに対しては権限を持っていないからだ。
「取引条件が絡むとなるとそうだな……サクライ、トミシマさんに頼んでくれ。経営的な判断が必要なら、サクライがやってくれればいい」
ミヤハラがそう指示したので、なし崩し的に役割が決まってしまった。
サクライもいきなりミヤハラに指名されたため、拒否の意思を示す時間がなかったのだ。
トミシマはオイゲンが社長の時代から総務のトップを務めている女性幹部だ。
穏やかな性質だが、能力的には信頼できる。
アカシとしてもミヤハラの判断に異議はない。
さすがにECN社の社長を引っ張り出すのは問題が大きすぎる。
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ミヤハラの場合は単に自らが交渉に当たりたくなかっただけなのであるが、今回のケースではそれが幸いした。
トミシマの名前はアカシも知っている。
ECN社の総務担当の役員であり、購買の責任者でもある。
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