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第十章

468:抗議文という名の怪文書

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 アカシと案内役が地熱発電所の出入口に向かって走っていく。
 アカシの足が速すぎて、案内役が追い抜かれることが度々であった。
 そのたびにアカシは案内役を叱咤し、道を急いだ。
 つい半年ほど前には、戦場となったインデストの市街をところ狭しと駆けずり回った彼である。並みの者とは根本的な鍛え方が違っていた。
 出入口が見えると、アカシは案内役を振り切って先へと走っていった。
 視界の先には五つの人影が見える。
 うち、三つは地面に横たわっており、ふたつが座り込んだ状態だ。

「しっかりしろ!」
 アカシが声をかけたが、反応は鈍い。
 (間に合うか?!)
 アカシは五人の様子を順番に見ていった。
 彼は特に医療や救護活動に知見があるわけではなかったが、鉄鉱石の採掘場で働く者としての安全衛生の知識が多少ある。
 見た限り、五人とも外傷はないようだ。
 五人のいる位置は出入口から程近い風下であった。
 このため、アカシは五人を風上側へと移動させた。
 五人のうち、自力で動ける者は一人だけであったため、あとの四人は追いついた案内役の者と協力して動かした。
 出入口を見ると、わずかに黒煙が上がっているが、それほど勢いはない。
(一酸化炭素中毒か?)
 アカシは荷物から携帯用の酸素マスクを取り出し、五人に交互に吸わせた。
 幸いなことに、呼吸が停止している者はなかったので、当座はこれでしのげるだろう。
「これで全員か?」
 アカシが案内役の作業員に尋ねた。
 先ほどの二人と、いまここにいる五人を合わせて計七人。
 所在が不明となっている人数とは一致している。
 案内役の作業員は携帯端末でなにやら確認してから、「これで全員揃いました」と返答した。
「アカシさんっ! 医者を連れてきました!」
 それとほぼ同時にタカノが救護の者を率いて駆けつけてきた。
 どうやら、発電所側で手配していた医師などが到着したらしい。

 アカシは応急処置を手伝った後、駆けつけてきた医師に向けて小声で問う。
「どうだ?」
 医師は検査をしていないので断言はできないが、と前置きしながら生命に別状のある者はないだろう、と答えた、
 ならば、次は消火だ、とアカシが言いかけたところで携帯端末が鳴った。発信者はECN社本社である。
 (モトムラさんだな……)
 アカシの予想通り、通信の主はエリックであった。
「申し訳ないです。発電所の火事がまだ消えてないので、消えたら連絡しますが」
 アカシの言葉にエリックは、それだけじゃないと叫んで通信を切ろうとするアカシを止めた。
「他に何かあるのですか?」
 アカシの言葉にエリックは本気で言っていますか? と聞き返してきた。
 そうは言われてもアカシに心当たりはなかったから、エリックの話を聞くしかない。
 するとエリックが「室長、お願いします」と言い、画面が切り替わった。
 画面には軽くウェーブのかかったブロンドの美人が映し出される。
 アカシはその美人と話をしたことはなかったが、彼女の名は知っている。
(レイカ・メルツか……確か今はECN社にいるんだったな)

「IMPU代表のサン・アカシさんでしたね。ECN社広報企画室のメルツです。早速ですが、状況をお話させていただきます。既に御存知かもしれませんが」
「お願いします」
 なぜエリックではなく広報企画室の人間が出てくるのか、アカシは不思議に思ったが、表情には出さない。
 画面の美女が手にしたリモコンのようなものを操作すると、アカシの携帯端末の画面が二分割され、右半分に文書が映し出される。
 文書の宛名はIMPU代表サン・アカシとECN社社長ノリオ・ミヤハラとなっている。
 アカシが何のことだといわんばかりの表情で文書に目を通す。
 それはアカシとECN社に対する抗議文であった。
 OP社が鉄鋼関連の事業から撤退した後、IMPUを構成する企業群の最大の取引先はECN社となっている。
 ECN社は従来OP社から金属材料を購入していたのだが、これをIMPU経由の購入に切り替えたのである。
 この際、ECN社とIMPUで取引条件を決めたのであるが、抗議文ではこの条件がIMPUにとって一方的に不利なものとなっている、としている。
 そして、抗議文では原因がIMPU代表であるアカシとECN社の社長であるミヤハラとの癒着にある、と断じていた。
「冗談じゃない! この取引条件のどこがうちに不利なんだ!」
 アカシは思わず怒鳴り声をあげてしまった。
 その声に近くにいたタカノとヤギサワが後ずさる。
「私どもとしましても、条件についてはIMPUさんに最大限配慮したつもりでしたが……」
 画面のレイカが冷静ながらも申し訳なさそうにしている。
 アカシとしても、ECN社が鉄鋼事業に参入しないことに対する不満はあったが、ECN社との取引条件に対して異を唱えるつもりはなかった。
「ところで、文書の差出人は?」
「……トシアキ・ウサミという方です。代表に心当たりはありませんでしょうか?」
 レイカにそう問われたが、アカシは彼女が示した名前に納得できなかった。
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