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第十章

465:インデストに何が?

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 問題となっている通信の発信者と受信者の位置は双方ともインデスト近郊であることは既に判明している。
 (通信文を読めば……何かわかると思うのだが……)
 しかし、エリックはECN社という一企業の従業員に過ぎないし、この通信回線に対して何らかの権限を持っているわけではない。
 また、通信文を傍受することに対して、エリックには抵抗がある。
 職場の目も気になるし、発信者や受信者の身元を特定し、それを表沙汰にせざるを得ない事態になった場合、周囲の目にエリックの姿はどう映るだろうか……?
 以前のOP社のように司法警察権を持った立場であれば、捜査を盾に通信を傍受するということも考えられたかもしれない。
 それにしたところで、エリックには他人の情報を覗き見る趣味はないし、仮にそれが業務であったところで、周りから何を言われるのかが気になる。

 通信文を読んでみるかどうかエリックが迷っていると、携帯端末が鳴った。
 サクライからであった。
「エリック、さっきはああ言ったが、何か気になることがあったら遠慮なく伝えてくれないか?」
「わかりました。何かあれば連絡します」
「何かあればこちらで対応するから、エリックの思うようにやってくれて構わない」
 サクライとしても、エリックにことの始末をすべて押し付けるのは気が進まないらしかった。
 サクライの「何かあればこちらで対応する」の言葉がエリックを後押ししたが、それでもエリックは迷っていた。
 他人の通信を覗くのが趣味に合わないのである。
 「タブーなきエンジニア集団」時代は、ウォーリーの指示のもとで通信を傍受したことはある。
 ウォーリーの指示であれば、「タブーなきエンジニア集団」の多くのメンバーから支持が得られるであろう。
 しかし、これがエリック・モトムラの意思であったらどうなるか……?
 エリックは自身の意思にそれほどの自信を持っているわけではなかった。
 生前のウォーリーもエリックの決断力の弱さを気にしており、決断力において優れているヌマタと組んで「タブーなきエンジニア集団」の中枢を担うことを望んでいた。

「……どうするかな……」
 数分が経過してエリックが席を立った。
 お茶のカップを手にして席に戻ってきたが、未だ通信の傍受については結論を出していなかった。
 お茶を取りに行ったのも決断のプレッシャーから逃れるためかも知れなかった。
 (もう少しだけ様子を見てみよう……?!)
 エリックがモニタに目をやると、画面の隅のほうに見慣れない表示がある。
 (……?)
 その表示が非常通信を意味することにエリックが気付くのには、数秒の時間が必要だった。
 (非常通信が流れている……? インデストで何かあったのか?!)
 エリックは社長室に通信を接続し、インデストで非常通信が流れていることを伝えた。
「何やっているんだ! インデストと連絡を取るなりしないか!」
 このときばかりはミヤハラの反応が早かった。
 エリックはアカシと連絡を取る許可を求めた。
「聞くまでもない! すぐにやるんだ」
 ミヤハラの言葉にエリックは通信を切り、慌ててアカシに連絡を入れた。
 ミヤハラが直接アカシに連絡しなかったのは単に面倒だったからであるが、この場合は正解だったかもしれない。
 ECN社の幹部クラスでアカシと直接顔を合わせたことがあるのはエリック一人である。
 ともにインデストの「サウスセンター」に篭り、ハドリの部隊と戦った間柄だ。
 こうした場合に連絡を取るにはエリックの方が適任であるかもしれなかった。
 まず、エリックが通常回線でアカシへの通信を開こうと試みる。
 同時に通信経路の状況を調べる。
 この際、通信の傍受がどうと言っていられない。
 すぐにインデストまでの通信経路がすべて通常通りの状態であることがわかる。
 しかし、いくらエリックが接続を試みても、相手側が通信を開く様子がない。
「IMPUの事務所に人がいないのか……?」
 (いや、IMPUの事務所に何かあったのだろうか……?
 災害や事故の類じゃない、陰謀か何か……?)
 エリックは自分の心に反して、敢えて楽観的な予想を口にした。
 事実であってほしいことを口に出すことで、自らの悪い思考を断とうとしたのだ。
 こういうときの悪い予想は当たる。少なくともエリック自身はそう信じている。
 だから、口に出したのは一番楽観的な予想だった。

「行くか!」
 エリックは携帯端末を手に、再び社長室へと走った。
 (これば僕一人で当たるべき事態ではなさそうだ……)
 あくまでエリックは独断専行の人ではなかったのだった。
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