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第十章
463:「勉強会」なる集団
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「奴等、まるで警戒なしに言いたい放題言っていたからな。どうせ口ほどにもないだろうが」
吐き捨てるように言ってヤギサワがブラックの缶コーヒーを一気にあおった。
先ほど休憩スペース内にある自動販売機で購入したものだ。
コーヒーがひどく苦かったのか、それとも過去のことを思い出したのかはわからないが、ヤギサワが顔をしかめている。
どうやらヤギサワの上司不信は「勉強会」なる集団にも原因があるようだ。
「大きい声じゃ言えないけど……」
アズマイが今までよりも一段低いトーンの声で言った。
「何だよ?」「何?」
「ここだけの話だけど、アカシさんを追い出そうって集まりがあるらしいんだ……」
「あっても不思議じゃないだろうな。うちの班長なんかアカシさんを嫌いまくっているからな。奴にそんな力があるわけないが」
ヤギサワはどうあっても直属の上司をアカシ嫌いの無能者として位置づけたいらしい。
「でも、ヤギサワ。『勉強会』がその集まりじゃないか、って話だよ」
「連中にそんな力があるとは思えないけどな……」
ヤギサワとアズマイのやりとりの間、タカノは周囲に注意を向けていた。
あまり他人に聞かれてよい性質の話ではないからだ。
しばらくして、こちらに向かってくる足音が聞こえだした。
そこでタカノが場所を変えて話をすることを提案し、残りの二人がそれに乗った。
いつの時代も、勤め人にとって職場内の噂話は格好の酒の肴である。
もっとも、今回の彼らは辛うじてビールだけは出る喫茶店に移動した。
飲んで帰ると妻がうるさいと、ヤギサワが酒を飲ませる店に行くことを強硬に拒んだためだ。
「ところで、アカシさんを引き摺り下ろして誰を代わりに立てよう、ってんだい?」
ビアグラス片手にタカノが尋ねた。
三人のうちヤギサワだけがアイスコーヒーのグラスを手にしている。
コーヒーなら仕事場にも置かれているので、言い訳が立つということらしい。先ほどブラックの缶コーヒーを飲んでいたのもそのためなのかもしれない。
「不思議とその話は出ていないね。名前が出ると、先に手を打たれるからかも知れないけど」
アズマイがそう答えた。
職場の噂話に強い彼の耳に入っていないということは、アカシに反感を持つこの「勉強会」に関する情報が、あまり外に出回ってないのであろうと考えられた。
「そんな先まで考えられる連中じゃない、っての。居酒屋でクダを巻くのが精一杯だって」
「でも……本当にそうかな? 巧妙に隠している、という可能性は考えなくてよいのか……?」
「連中にそんな能があるわけない! タカノはどう思う?」
急に話を振られたタカノはビールを一口流し込んでから、ゆったりと答え始めた。
「誰がトップに立とうと、こちらの仕事がやりやすければいいけどね……
ただ、アカシさんは頑張っていると思うけど……」
タカノの言葉にヤギサワとアズマイの二人が考え込んだ。
誰がアカシの代わりになったとしても、現在より環境が改善するとは思えないからだ。
誰が何を言おうと、ハドリに抵抗した勢力を率いていた人物であるし、ECN社との取引を開始した立役者だ。
特にECN社との取引はいまやIMPUを支える重要なものとなっている。
アカシ以外の何者が代表に就任しても、現在のECN社との取引関係を継続できるかわからないのだ。
結局彼らは、この後数十分話して散会した。
ヤギサワが帰宅時間が遅くなることを嫌がったためだ。
この日の会話で彼らが得られたものは、あまりに少なかった。
噂話のレベルでしか情報が集められない以上、それからの判断や推理には限界がある。
また、彼らは若く、職場での地位もそれほど高くないので、トップが代わったところで大した影響がないとも考えられる。
それは、今の彼らの地位ではIMPUのトップを代えるほどの力もなければ、トップを代えようとする勢力に対して何かできるという力もないことも意味している。
「誰がトップに立とうと、なるようにしかならない」
タカノのこの言葉が、現在の彼らの立場をよく表しているといえる。
こうした立場の彼らに偶然とはいえ声をかけ、多少なりとも胸のうちを語ったアカシのことを彼らはそれなりに評価していた。
だからこそ、アカシを失脚させようとする勢力の存在が気にはなっていた。
しかし、彼らにできることはあまりに少なすぎた。
何ともすっきりしない気分で、彼らはそれぞれの家路につくしかなかった。
そもそも、アカシの失脚を願う勢力があったとして、どの程度真剣にそれを願っているのか、そしてどの程度の力を持っているのかがまるでわからない。
彼らは無意識のうちにこのような勢力が現実的な力を持ち得ないだろうと自らに言い聞かせていた……
吐き捨てるように言ってヤギサワがブラックの缶コーヒーを一気にあおった。
先ほど休憩スペース内にある自動販売機で購入したものだ。
コーヒーがひどく苦かったのか、それとも過去のことを思い出したのかはわからないが、ヤギサワが顔をしかめている。
どうやらヤギサワの上司不信は「勉強会」なる集団にも原因があるようだ。
「大きい声じゃ言えないけど……」
アズマイが今までよりも一段低いトーンの声で言った。
「何だよ?」「何?」
「ここだけの話だけど、アカシさんを追い出そうって集まりがあるらしいんだ……」
「あっても不思議じゃないだろうな。うちの班長なんかアカシさんを嫌いまくっているからな。奴にそんな力があるわけないが」
ヤギサワはどうあっても直属の上司をアカシ嫌いの無能者として位置づけたいらしい。
「でも、ヤギサワ。『勉強会』がその集まりじゃないか、って話だよ」
「連中にそんな力があるとは思えないけどな……」
ヤギサワとアズマイのやりとりの間、タカノは周囲に注意を向けていた。
あまり他人に聞かれてよい性質の話ではないからだ。
しばらくして、こちらに向かってくる足音が聞こえだした。
そこでタカノが場所を変えて話をすることを提案し、残りの二人がそれに乗った。
いつの時代も、勤め人にとって職場内の噂話は格好の酒の肴である。
もっとも、今回の彼らは辛うじてビールだけは出る喫茶店に移動した。
飲んで帰ると妻がうるさいと、ヤギサワが酒を飲ませる店に行くことを強硬に拒んだためだ。
「ところで、アカシさんを引き摺り下ろして誰を代わりに立てよう、ってんだい?」
ビアグラス片手にタカノが尋ねた。
三人のうちヤギサワだけがアイスコーヒーのグラスを手にしている。
コーヒーなら仕事場にも置かれているので、言い訳が立つということらしい。先ほどブラックの缶コーヒーを飲んでいたのもそのためなのかもしれない。
「不思議とその話は出ていないね。名前が出ると、先に手を打たれるからかも知れないけど」
アズマイがそう答えた。
職場の噂話に強い彼の耳に入っていないということは、アカシに反感を持つこの「勉強会」に関する情報が、あまり外に出回ってないのであろうと考えられた。
「そんな先まで考えられる連中じゃない、っての。居酒屋でクダを巻くのが精一杯だって」
「でも……本当にそうかな? 巧妙に隠している、という可能性は考えなくてよいのか……?」
「連中にそんな能があるわけない! タカノはどう思う?」
急に話を振られたタカノはビールを一口流し込んでから、ゆったりと答え始めた。
「誰がトップに立とうと、こちらの仕事がやりやすければいいけどね……
ただ、アカシさんは頑張っていると思うけど……」
タカノの言葉にヤギサワとアズマイの二人が考え込んだ。
誰がアカシの代わりになったとしても、現在より環境が改善するとは思えないからだ。
誰が何を言おうと、ハドリに抵抗した勢力を率いていた人物であるし、ECN社との取引を開始した立役者だ。
特にECN社との取引はいまやIMPUを支える重要なものとなっている。
アカシ以外の何者が代表に就任しても、現在のECN社との取引関係を継続できるかわからないのだ。
結局彼らは、この後数十分話して散会した。
ヤギサワが帰宅時間が遅くなることを嫌がったためだ。
この日の会話で彼らが得られたものは、あまりに少なかった。
噂話のレベルでしか情報が集められない以上、それからの判断や推理には限界がある。
また、彼らは若く、職場での地位もそれほど高くないので、トップが代わったところで大した影響がないとも考えられる。
それは、今の彼らの地位ではIMPUのトップを代えるほどの力もなければ、トップを代えようとする勢力に対して何かできるという力もないことも意味している。
「誰がトップに立とうと、なるようにしかならない」
タカノのこの言葉が、現在の彼らの立場をよく表しているといえる。
こうした立場の彼らに偶然とはいえ声をかけ、多少なりとも胸のうちを語ったアカシのことを彼らはそれなりに評価していた。
だからこそ、アカシを失脚させようとする勢力の存在が気にはなっていた。
しかし、彼らにできることはあまりに少なすぎた。
何ともすっきりしない気分で、彼らはそれぞれの家路につくしかなかった。
そもそも、アカシの失脚を願う勢力があったとして、どの程度真剣にそれを願っているのか、そしてどの程度の力を持っているのかがまるでわからない。
彼らは無意識のうちにこのような勢力が現実的な力を持ち得ないだろうと自らに言い聞かせていた……
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