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第十章
458:IMPU代表、奔走する
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LH五一年の年の瀬も押し迫ってきた。
多くの企業は年末休暇に入り、人はオフィスや採掘場から街へと流れていった。
ここエクザロームに住む住民もそのほとんどは日本をルーツとする者たちである。年末年始の行動も日本人のそれと近い。
インデストの街は電力不足により、商店を彩るネオンや照明の類は鮮やかさを欠いていたものの、いつもの活気を取り戻しつつあった。
活気が戻るきっかけとなったのは、ひとつのニュースであった。
ECN社からの技術者派遣を知ったインデストの市民は、表向き一様にこの処置を歓迎したように見えた。
不満を持ったとしても、それを表に出すことが憚られるような雰囲気すら市内には漂っていた。
多くの人々が不安や不満を表に出すこと、そしてそれらが現実のものとなることを恐れていたのかもしれない。
街が活気を取り戻した原因の一つは、不安や不満を表に出すまいとした人々の恐れであったことは間違いない。
しかし、中には冷静な者もあった。
インデストとOP社本社のあるポータル・シティやECN社本社のあるハモネスは徒歩で二週間程度の距離である。
他の交通手段はないに等しいので、技術者の移動に最短でこの期間を要することとなる。
ECN社からの技術者がOP社本社に到着するタイミングと、インデストの電力供給が回復するタイミングには、この技術者の移動によるタイムラグがあるはずであった。
このタイムラグを考慮せずに盛り上がるのは、少し気が早くないか?
そう思った者も確実にいたのだ。
しかし、盛り上がってしまったインデスト市民のテンションはそう簡単に下がるものでもない。
IMPU参加企業の従業員もその例外ではなく、アカシなどの幹部は舞い上がった従業員を抑えに奔走することとなった。
アカシなど幹部からすれば、OP社本社から戻ってくる技術者がインデストに到達するどころか、出発したという情報すら得ていない状況である。
IMPU幹部の間では技術者がインデストに戻り、本格的に発電の業務に戻るのは早くても翌LH五二年の一月半ばであろう、と考えられていた。これですら甘い見積もりであるとの意見の方が強い。
技術者がインデストに戻ってから発電量が回復するまでには相応の準備が必要であるし、何よりも技術者が疲弊している。
OP社本社の勤務状況は過酷であるとされていたし、移動も強行軍となる。
その後休息なしに現場に戻らせれば、技術者の更なる疲弊を招くだけである。
短期的な発電量は確保できるかもしれないが、長期的には明らかにマイナスである。
「落ち着け! まだOP社本社から技術者が出発したという知らせは来ていないぞ! 知らせがあったら連絡するから、それまでは今までどおりの作業を続けるんだ!」
アカシの怒鳴り声があたりに響き渡った。
しかし、その声も周辺のざわつきにかき消されてしまう。
アカシがいるのはインデストにある鉄鉱石の採掘場であり、音が反響しやすい環境だ。それにもかかわらず彼の声が通らないのは、周辺がそれだけ騒がしいからだ。
カンッ!
アカシが手にしていたつるはしを近くの鉄骨に叩きつけた。
その音に、あたりが急に静まった。
「おい、委員長……いや代表だ」
「アカシさんが来ているよ」
そのようなひそひそ声が聞こえる。
よく見るとアカシは作業着の上下にヘルメットを身に着けており、周辺の作業者と同じ格好をしている。
周りの者がアカシだと気付かなかったのも無理はない。
さすがにアカシの前で、意味もなく騒ぎたてる度胸のある者はいないようだ。
「いい加減にしろよ! お前らが舞い上がってどうするんだ! 電力が戻ってもまずは市民の皆様優先だって事を忘れるな!」
ただでさえ鉄鋼関連事業が使用する電力量は大きい。
表だってIMPUを非難する市民はいないようだが、非難の的にはなりかねない。
市民生活が先か、鉄鋼関連産業が先か、悩ましいところではある。
インデストは、その域内だけで必要なすべてを自給できる体制にない都市である。
具体的には機械および部品類、通信インフラなどを外部に依存している。
これらの供給が止まっても、市民がただちに飢えることはないと思われるが、市民生活には重大な影響がある。
この世界において通信インフラは通貨システムを含んでいる。
貨幣や紙幣の材料に事欠くサブマリン島では、「ポイント協定」によりすべての通貨を電子データとしている。
もちろん、通貨管理のインフラが停止した場合の対応方法は「ポイント協定」にも定められており、その通り対応すれば最低限の取引は可能であろう。
しかし、ポータル・シティをはじめとした他の都市との取引には大いに支障がある。
資金のやり取りが、非常に不便になるからだ。
また、機械・部品類の調達や通信インフラの管理を行うための費用は、鉄をはじめとした鉄鋼関連産業が稼いでいる。
鉄鋼関連の産業が停止すればインデストは資金を稼ぐ手段を失うのだ。
たとえインデストが資金をすべて失ったとしても、通貨システムを管理するOP社やECN社が通貨システムの整備などを停止するとは考えにくいが、インデストの資金が失われることで市民生活は相当に不便なものになる可能性が高い。
かといって、鉄鋼関連産業を優先すれば、今度は市民生活が相当不便なものとなる。
両者のバランスの確保が重要だ。
それとともに、発電量を十分確保することも必要である。
多くの企業は年末休暇に入り、人はオフィスや採掘場から街へと流れていった。
ここエクザロームに住む住民もそのほとんどは日本をルーツとする者たちである。年末年始の行動も日本人のそれと近い。
インデストの街は電力不足により、商店を彩るネオンや照明の類は鮮やかさを欠いていたものの、いつもの活気を取り戻しつつあった。
活気が戻るきっかけとなったのは、ひとつのニュースであった。
ECN社からの技術者派遣を知ったインデストの市民は、表向き一様にこの処置を歓迎したように見えた。
不満を持ったとしても、それを表に出すことが憚られるような雰囲気すら市内には漂っていた。
多くの人々が不安や不満を表に出すこと、そしてそれらが現実のものとなることを恐れていたのかもしれない。
街が活気を取り戻した原因の一つは、不安や不満を表に出すまいとした人々の恐れであったことは間違いない。
しかし、中には冷静な者もあった。
インデストとOP社本社のあるポータル・シティやECN社本社のあるハモネスは徒歩で二週間程度の距離である。
他の交通手段はないに等しいので、技術者の移動に最短でこの期間を要することとなる。
ECN社からの技術者がOP社本社に到着するタイミングと、インデストの電力供給が回復するタイミングには、この技術者の移動によるタイムラグがあるはずであった。
このタイムラグを考慮せずに盛り上がるのは、少し気が早くないか?
そう思った者も確実にいたのだ。
しかし、盛り上がってしまったインデスト市民のテンションはそう簡単に下がるものでもない。
IMPU参加企業の従業員もその例外ではなく、アカシなどの幹部は舞い上がった従業員を抑えに奔走することとなった。
アカシなど幹部からすれば、OP社本社から戻ってくる技術者がインデストに到達するどころか、出発したという情報すら得ていない状況である。
IMPU幹部の間では技術者がインデストに戻り、本格的に発電の業務に戻るのは早くても翌LH五二年の一月半ばであろう、と考えられていた。これですら甘い見積もりであるとの意見の方が強い。
技術者がインデストに戻ってから発電量が回復するまでには相応の準備が必要であるし、何よりも技術者が疲弊している。
OP社本社の勤務状況は過酷であるとされていたし、移動も強行軍となる。
その後休息なしに現場に戻らせれば、技術者の更なる疲弊を招くだけである。
短期的な発電量は確保できるかもしれないが、長期的には明らかにマイナスである。
「落ち着け! まだOP社本社から技術者が出発したという知らせは来ていないぞ! 知らせがあったら連絡するから、それまでは今までどおりの作業を続けるんだ!」
アカシの怒鳴り声があたりに響き渡った。
しかし、その声も周辺のざわつきにかき消されてしまう。
アカシがいるのはインデストにある鉄鉱石の採掘場であり、音が反響しやすい環境だ。それにもかかわらず彼の声が通らないのは、周辺がそれだけ騒がしいからだ。
カンッ!
アカシが手にしていたつるはしを近くの鉄骨に叩きつけた。
その音に、あたりが急に静まった。
「おい、委員長……いや代表だ」
「アカシさんが来ているよ」
そのようなひそひそ声が聞こえる。
よく見るとアカシは作業着の上下にヘルメットを身に着けており、周辺の作業者と同じ格好をしている。
周りの者がアカシだと気付かなかったのも無理はない。
さすがにアカシの前で、意味もなく騒ぎたてる度胸のある者はいないようだ。
「いい加減にしろよ! お前らが舞い上がってどうするんだ! 電力が戻ってもまずは市民の皆様優先だって事を忘れるな!」
ただでさえ鉄鋼関連事業が使用する電力量は大きい。
表だってIMPUを非難する市民はいないようだが、非難の的にはなりかねない。
市民生活が先か、鉄鋼関連産業が先か、悩ましいところではある。
インデストは、その域内だけで必要なすべてを自給できる体制にない都市である。
具体的には機械および部品類、通信インフラなどを外部に依存している。
これらの供給が止まっても、市民がただちに飢えることはないと思われるが、市民生活には重大な影響がある。
この世界において通信インフラは通貨システムを含んでいる。
貨幣や紙幣の材料に事欠くサブマリン島では、「ポイント協定」によりすべての通貨を電子データとしている。
もちろん、通貨管理のインフラが停止した場合の対応方法は「ポイント協定」にも定められており、その通り対応すれば最低限の取引は可能であろう。
しかし、ポータル・シティをはじめとした他の都市との取引には大いに支障がある。
資金のやり取りが、非常に不便になるからだ。
また、機械・部品類の調達や通信インフラの管理を行うための費用は、鉄をはじめとした鉄鋼関連産業が稼いでいる。
鉄鋼関連の産業が停止すればインデストは資金を稼ぐ手段を失うのだ。
たとえインデストが資金をすべて失ったとしても、通貨システムを管理するOP社やECN社が通貨システムの整備などを停止するとは考えにくいが、インデストの資金が失われることで市民生活は相当に不便なものになる可能性が高い。
かといって、鉄鋼関連産業を優先すれば、今度は市民生活が相当不便なものとなる。
両者のバランスの確保が重要だ。
それとともに、発電量を十分確保することも必要である。
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