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第十章

455:ECN社新人時代のエリック・モトムラ

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 現在のECN社は社内にタスクユニットと呼ばれる集団を置いており、それとは別に広報企画室や総務部門といった本社機構が置かれている組織構造である。
 上級チームマネージャー以上の役職者が責任者としてタスクユニットを管理するが、この責任者にはタスクユニットの運営に関する権限のほとんどが委譲されている。
 それぞれのタスクユニットがあたかもひとつの企業のように動くしくみである。エリックが率いるタスクユニットも例外ではない。

 エリックが総務部門労務管理グループに所属していた当時、労務管理グループと経理グループは同じフロアの隣りあった場所に存在していた。
 たまたまエリックの後ろの座席にいた社員が若いくせに機械音痴であり、エリックは度々彼の質問を受けることとなる。
 やる気がなくとも根は親切なエリックである。
「しかたないですね」といいながらも、彼の質問には一つ一つ答えてやった。
 後で確認したら三年も先輩の社員だった。
 労務管理グループは年配の女性従業員が多く、エリックはなかなか会話の輪に入れなかった。
 いつの間にかエリックは質問を投げる後ろの席の先輩社員と仲良くなり、昼食などを共にするようになっていた。
 この先輩社員の名をアツシ・サクライという。
 エリックが労務管理グループに配属になってから四ヶ月が過ぎた頃、ECN社で大規模な組織改造が行われた。前出のタスクユニット制の導入である。
 これに伴い、エリックの所属する労務管理グループとサクライの所属する経理グループは縮小されることとなった。
 その結果、各タスクユニットのマネージャーやその下のリーダークラスが、縮小されることとなったグループからめぼしい人材を自らのタスクユニットへ引き込まんと職場を駆けずり回るようになった。

 ある日、一人の若い社員がエリックの職場のあるフロアにやってきた。
 優男風に見えるその社員はフロアにいる女性従業員たちの注目の的となった。
 しかし、彼はそんな女性従業員に目もくれず、あたりを見回していた。
「エリック、あれ何だと思う?」
 サクライがエリックの肩をつついた。
「タスクユニットの勧誘に来たにしてはずいぶん若い人ですね。誰かの使い走りで、勧誘を手伝わされているのでしょうか?」
「うん、そんなところか」
 サクライは納得したのか、すぐに自分の仕事に戻った。
 エリックもそれに倣った。
 すると、その男性従業員が二人の方へツカツカと歩み寄った。
 そして予告無く二人の肩を叩いた。
 慌ててエリックが振り返る。
「若い衆、ウチのユニットにこないか? うちのユニットときたら、上司がベテランにばっかり声をかけるんで、俺みたいな若者が足りないんだ。歓迎するぞ」
 あまりにストレートな申し出に、エリックが怪訝そうな表情を向けた。
 サクライは男の言葉を無視して、モニタとにらめっこしている。
「おい、人の申し出を無視するなっての!」
 男がサクライの椅子の背もたれを掴んで、ぐいと回す。
「何をするんだ!? 危険じゃないですか!」
 語気は強いが、落ち着いた静かな声でサクライが抗議した。
「悪い悪い。こっちの声が聞こえなかったんじゃないかと思ってな。君等の新しい上司になるんで、顔見せに来た、って訳だ。」
 男の口調や言葉は、大して謝意を感じさせるようなものではなかった。
「耳、おかしいのと違いますか?」
「まあ、そう言うなよ。ウチはいい会社だが、まだ良くなれる余地はあるんだ。俺のところへ来て一緒に社を変えてやろうぜ」
 男の調子のよさにエリックは空いた口がふさがらなかった。
 サクライは大して動じた様子もなく男に問い返した。
「名乗りもせずに、一体何なのですか? 名前くらい名乗りなさいよ」
 男はそうかそうか、と言いながら自らの名前と役職を二人に告げた。
 男の名はウォーリー・トワ、この組織変更でサブマネージャーに昇進したばかりの新進気鋭の若手技術者だった。

 サクライは当初、ウォーリーの申し出の受け入れを渋っていたが、結局エリックとともにウォーリーの部下となる。
 「タブーなきエンジニア集団」のトップフォーのうち、三人がこうして集まった。
 ちなみに彼らがミヤハラと出会うのは、これより一年半ほど後の話となる。
 エリックは当初ウォーリーのもとで労務管理の業務に就いていたが、すぐに機器操作の腕をウォーリーに見出される。
 ウォーリーはエリックを労務管理から外し、自らの参画するプロジェクトに参加させた。
 技術職に回ったばかりの頃はあまりやる気を見せなかったエリックだが、ウォーリーに乗せられた。
 そつのない言動が、徐々に皮肉交じりのものとなっていった。
 それとともにエリックの腕は磨かれ、ついにはECN社トップクラスの技術者へと成長する。

 (おっと、過去を思い出しているだけではいけないな)
 エリックが過去から現在へと意識を戻した。
 周囲の人々は彼の考えていることなどまるで気付かないかのようだ。

 (近いうちに、シシガやサソに連絡を取ってみるか……)
 エリックは研究学校時代の同級生の名前を挙げた。
 この二人は、エリックの脳裏に強い印象を残している。
 彼らは学校が廃校になった際、他の学校に編入せずに二人で研究所を設立した。
 それからもエリックは二人と連絡を取り合っていたが、エリックが「タブーなきエンジニア集団」に参加してからは一度も連絡を取ってない。
 下手に連絡を取れば、OP社に彼らが目をつけられると思ったからである。
 今の状況であれば、エリックが誰と連絡を取ろうとOP社が介入する可能性はないはずだった。
 エリックは携帯端末を手に取り、二人の連絡先を探し始めた……
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