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第十章
454:エリックのやりたかったこと
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先のエリックと「東部探索隊」との会話は、他の従業員に筒抜けとまではいかなくとも、その気になればある程度話を聞くことはできた。
彼はECN社本社内の自席で通信をつないでいたからだ。
エリックの席は他の従業員と同様、フロアに並べられた席の一つでしかない。
しかし、エリックの周辺は空席ばかりで、この会話に興味を持った者はいないようだった。
「東部探索隊」は社としてもそれなりのリソースを投下しているし、タスクユニット的には最大規模の事業である。それでも従業員の興味はこの程度なのだ。周囲の様子にエリックは肩透かしを喰らわされたような気分になった。
無理もないか、とエリックは思う。
話が途方もなさ過ぎるのだ。
エリックを含めたエクザロームの大多数の住民にとって、「世界」と認識しているのはサブマリン島西部だけだ。
この表現も正確ではない。
サブマリン島西部の中でも、ポータル・シティとチクハ・タウンを結ぶ「グレーベルト」と呼ばれる都市群、そしてインデスト、ハモネスなどの都市がいわゆる「世界」であって、他は「よくわからない場所」という認識の者がほとんどである。
サブマリン島西部でも都市の少ない北側についてはあまりよく知られていないのだ。
それを飛び越して島の東側と言われても、何があるのかイメージできる者も多くなかった。
「東部探索隊」事業を広く認知させるべき立場にあるエリックですら、この事業が最終的に何を生むのかは明確にイメージできていない。
広く認知させるべき、という点では広報企画室長のレイカ・メルツも同じ立場であるが、彼女は「一定の成果が出るまでの広報活動は控える」というスタンスを取っている。
こうしたことが周辺の興味を惹かない要因となっているのは事実である。
また、事業の提唱者、積極的賛同者の多くが軒並み本社を離れているのも大きな要因だ。
当初の事業提唱者である前社長のオイゲン・イナは未だ行方不明であり、ECN社内でもその生存は絶望視されている。
また、積極的賛同者のうち、ウォーリーとセスは既に故人であり、ロビーは自ら「東部探索隊」を率いてドガン山脈越えに挑戦している。
エリックと同じく「タブーなきエンジニア集団」の幹部であったミヤハラやサクライは事業について一応賛同の姿勢を示しているが、積極性という部分では疑問符がつく。
エリックも積極性という意味では大差ないかもしれない。
彼が事業を推し進めているのは、あくまでウォーリー、セス、ロビーなどの熱意を形にしたかったからで、エリック自身は形に対する具体的なイメージを持っていないのだ。
ただ、彼らに熱意がある/あったことは理解しているつもりであるし、そこからエリック自身にも何かの感情が湧いてくるのも確かだ。
「……もう一度やってみるかな」
ふとエリックがつぶやいた。
ロビーの行動に触発されたのか、エリックは久々に何かをしてみようという気になっていた。
日々の慣れぬ管理の仕事に追われていて忘れた感情が甦ってきたのかもしれない。
学生時代、彼が取り組んでいた研究がある。
この研究は結果を出す前にとある事情で中断しており、現在も再開できていない。
この研究を再開しようというのだ。
エリックはもともと技術者志望でECN社に入社したわけではなかった。
ECN社入社時点で彼は総務人事部門を希望していた。
職業学校での専攻はシステム科学であったが、その分野に進むつもりはなかった。
この専攻そのものが彼にとって不本意なものであったからだ。
エリックは職業学校の出身ではあるが、彼が在籍していたのはわずか一年のことである。
その前はポータル・シティのとある研究学校で生物物理学を専攻する学生だった。
ところが、その研究学校の運営者の死去に伴い、エリックが二年生のときに廃校になってしまった。
これがエリックの行っていた研究が中断した要因である。
他の生物物理を扱っている教育機関にはメディットがあったが、こちらは医療研究者向けのものであり、エリックの志向には合わない。
そこでやむなく類似の専門コースがある職業学校に編入したのである。
しかし、職業学校での学習はよりシステム業界の実務向けのもので、エリックが望んでいた研究色の強い代物ではなかった。
当然のように、学生個人の意思で自分の研究を行うことができる環境でもない。
職業学校は、あくまでも社会で活躍する職業人を育成するための学校だからだ。
失望したエリックは完全に意欲を失ったが、両親を心配させない程度には学問に励み、辛うじて平均的といわれる成績で職業学校を卒業した。
意欲がなかったのは、就職に関しても同様で、当時も「応募すれば入社できる」とされていたECN社の試験だけを受けた。
「応募すれば入社できる」だけあって当然のように試験には合格し、エリックはECN社へ入社することになった。
このようないきさつで入社しただけあって、とても意欲や覇気を感じるような社員ではなかった。
入社してしばらくは、労務管理担当者として総務部門労務管理グループに勤務していた。
当時のECN社は、現在のようにタスクユニット制の組織ではなかった。
彼はECN社本社内の自席で通信をつないでいたからだ。
エリックの席は他の従業員と同様、フロアに並べられた席の一つでしかない。
しかし、エリックの周辺は空席ばかりで、この会話に興味を持った者はいないようだった。
「東部探索隊」は社としてもそれなりのリソースを投下しているし、タスクユニット的には最大規模の事業である。それでも従業員の興味はこの程度なのだ。周囲の様子にエリックは肩透かしを喰らわされたような気分になった。
無理もないか、とエリックは思う。
話が途方もなさ過ぎるのだ。
エリックを含めたエクザロームの大多数の住民にとって、「世界」と認識しているのはサブマリン島西部だけだ。
この表現も正確ではない。
サブマリン島西部の中でも、ポータル・シティとチクハ・タウンを結ぶ「グレーベルト」と呼ばれる都市群、そしてインデスト、ハモネスなどの都市がいわゆる「世界」であって、他は「よくわからない場所」という認識の者がほとんどである。
サブマリン島西部でも都市の少ない北側についてはあまりよく知られていないのだ。
それを飛び越して島の東側と言われても、何があるのかイメージできる者も多くなかった。
「東部探索隊」事業を広く認知させるべき立場にあるエリックですら、この事業が最終的に何を生むのかは明確にイメージできていない。
広く認知させるべき、という点では広報企画室長のレイカ・メルツも同じ立場であるが、彼女は「一定の成果が出るまでの広報活動は控える」というスタンスを取っている。
こうしたことが周辺の興味を惹かない要因となっているのは事実である。
また、事業の提唱者、積極的賛同者の多くが軒並み本社を離れているのも大きな要因だ。
当初の事業提唱者である前社長のオイゲン・イナは未だ行方不明であり、ECN社内でもその生存は絶望視されている。
また、積極的賛同者のうち、ウォーリーとセスは既に故人であり、ロビーは自ら「東部探索隊」を率いてドガン山脈越えに挑戦している。
エリックと同じく「タブーなきエンジニア集団」の幹部であったミヤハラやサクライは事業について一応賛同の姿勢を示しているが、積極性という部分では疑問符がつく。
エリックも積極性という意味では大差ないかもしれない。
彼が事業を推し進めているのは、あくまでウォーリー、セス、ロビーなどの熱意を形にしたかったからで、エリック自身は形に対する具体的なイメージを持っていないのだ。
ただ、彼らに熱意がある/あったことは理解しているつもりであるし、そこからエリック自身にも何かの感情が湧いてくるのも確かだ。
「……もう一度やってみるかな」
ふとエリックがつぶやいた。
ロビーの行動に触発されたのか、エリックは久々に何かをしてみようという気になっていた。
日々の慣れぬ管理の仕事に追われていて忘れた感情が甦ってきたのかもしれない。
学生時代、彼が取り組んでいた研究がある。
この研究は結果を出す前にとある事情で中断しており、現在も再開できていない。
この研究を再開しようというのだ。
エリックはもともと技術者志望でECN社に入社したわけではなかった。
ECN社入社時点で彼は総務人事部門を希望していた。
職業学校での専攻はシステム科学であったが、その分野に進むつもりはなかった。
この専攻そのものが彼にとって不本意なものであったからだ。
エリックは職業学校の出身ではあるが、彼が在籍していたのはわずか一年のことである。
その前はポータル・シティのとある研究学校で生物物理学を専攻する学生だった。
ところが、その研究学校の運営者の死去に伴い、エリックが二年生のときに廃校になってしまった。
これがエリックの行っていた研究が中断した要因である。
他の生物物理を扱っている教育機関にはメディットがあったが、こちらは医療研究者向けのものであり、エリックの志向には合わない。
そこでやむなく類似の専門コースがある職業学校に編入したのである。
しかし、職業学校での学習はよりシステム業界の実務向けのもので、エリックが望んでいた研究色の強い代物ではなかった。
当然のように、学生個人の意思で自分の研究を行うことができる環境でもない。
職業学校は、あくまでも社会で活躍する職業人を育成するための学校だからだ。
失望したエリックは完全に意欲を失ったが、両親を心配させない程度には学問に励み、辛うじて平均的といわれる成績で職業学校を卒業した。
意欲がなかったのは、就職に関しても同様で、当時も「応募すれば入社できる」とされていたECN社の試験だけを受けた。
「応募すれば入社できる」だけあって当然のように試験には合格し、エリックはECN社へ入社することになった。
このようないきさつで入社しただけあって、とても意欲や覇気を感じるような社員ではなかった。
入社してしばらくは、労務管理担当者として総務部門労務管理グループに勤務していた。
当時のECN社は、現在のようにタスクユニット制の組織ではなかった。
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