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第十章

437:アカシからの要請

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 料理を目の前にして、ミヤハラがおもむろに口を開いた。
「エリック、インデストの組合の委員長……サン・アカシは知っているよな? どんな奴だ?」
 唐突なミヤハラの問いにエリックは少し考えてから答える。
「……そうですね、信頼できるリーダーだと思います。頭脳労働よりは肉体労働の方が得意だと思いますが……」
「……そうか。アカシからこういう要請を受けているがサクライ、エリックはどう考える?」
 ミヤハラはそう尋ねながら、二人の前に一枚ずつ紙を置いた。
 アカシからの要請を印字したものだ。
 エリックが紙を手にする。
 サクライは紙を手にすることなく、テーブルに置かれたままの紙の方に視線を落としただけだ。
 重苦しい空気があたりを包み込む。
 エリックの耳には自らの呼吸音だけが感じ取れた。
 慌てて呼吸を沈めようとするが、意識するとかえってうまくいかないようだ。
 エリックが緊張するのは、ミヤハラとサクライが対立する可能性が高いと感じたからだ。
 ミヤハラがアカシの要請をどこまで受けようとしているか、エリックには見当がつかない。
 ただ、サクライに関しては余計な支出が増えることをよしとはしないだろうと思われた。
 サクライは特別吝嗇な人間ではないのだが、ECN社の資金を預かる身として支出には慎重になる部分がある。
 特に現在はリターンの予測がつかない「東部探索隊」に多くの資源を割いている状態である。
「東部探索隊」に責任を負う立場のエリックとしては気が気でない。

 短期的にリターンが期待できる支出であればサクライも厳しい回答はしないと思われたが、今回のケースはリターンを得るのにやや時間がかかりそうだとエリックは思う。
 仕方なくエリックはミヤハラとサクライを交互に見やって口を挟むタイミングを計ることにした。
 もちろん、ミヤハラとサクライが対立すれば間に割って入るつもりである。
 ミヤハラは無言で腕組みをしている。

 数十秒の後、沈黙が破られた。
 最初に口を開いたのはサクライである。
「『鉄鋼事業への参入』はありえないですね。完全拒否です」
 サクライの答えにミヤハラは、そうか、と言ってうなずいた。
 ミヤハラも鉄鋼事業への参入、という答えは持っていなかったようでエリックが恐れていた対立にはならなかったようだ。
 そう思ってエリックが胸を撫で下ろしていると、ミヤハラが次の話題を持ち出した。
「だが、IMPUとやらはどうする? エリックによればリーダーに問題はない、ということだが」
 IMPUとは、アカシが立ち上げようとしているインデストの鉄鋼業関連の企業群による団体の略称である。
 正式名称をインデスト鉱工業生産事業者組合 (Indest Mining Producer Union)という。
「組合」という名称にこだわるのがアカシらしい。
「別に良いのでは? 取引相手を認めない限り、取引ができないですからね」
 サクライの答えはあっさりしていた。
「おい、鉄鋼事業には参入しないんじゃないのか?」
「当然。うちにそんなリソースの余裕はないですからね。ですが、IMPUとやらから金属類を調達するのは、こちらにもメリットがありますからね。調達先のひとつとして登録すればいいじゃないですか。それだけのことです」

 サクライの言い分はこうだ。
 ECN社が社の事業として鉄鋼石の採掘や加工、販売を行うことは現在の社の状況から考えると、十分な資源を投下できないので反対である。
 ただし、ECN社は鉄をはじめとした金属の大量消費者でもある。
 グループのOP社が鉄鋼事業から撤退するとなれば、金属類の安定した供給経路を絶たれてしまう。
 金属類を安定して調達するためにIMPUと取引をすればよい。
 ECN社の需要だけでもIMPUにとってはかなりのインパクトがあるはずだ。
 IMPUとやらにとっても悪い話ではないし、彼らに恩を売ることもできる。
 大量購入者としての立場を活用して、こちらに有利な取引も可能になるだろう。

 サクライのいう「こちらに有利な取引」というのは、IMPUの利益をECN社が一方的に吸い上げる性質のものではない。
 OP社グループに参加していた際、ECN社はやや不利な条件での金属類の買取を要求されていた。
 これをお互いに十分な利益が得られる水準に設定しなおすだけのことだ。
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