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第十章
433:それぞれの頭痛の種
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ミヤハラの気遣いによって犠牲となったエリックだが、本人は現在の地位にそれほど不満を持っているわけではなかった。
むしろ、「タブーなきエンジニア集団」のメンバーと従来のECN社のメンバーとの間で板ばさみとなるミヤハラの立場を案じていたくらいである。
あえて言うなら、エリックは気楽な一作業員でありたかった。
だが、「タブーなきエンジニア集団」のトップフォーのひとりという立場ではそのような我侭が許されるわけがないことも承知していた。
そのため、淡々とミヤハラの命に従い、一タスクユニットを率いる上級チームマネージャーの地位に就いた。
一方、自らの無理な指示に文句一つ口にしなかったエリックに対して、ミヤハラにも若干の負い目がある。
「まあ、ひと段落したらそろそろ本社に戻ってこいや。頼みたい仕事もあるし、聞いておきたいことがある」
ミヤハラが彼にしては軽い調子で画面に映るエリックに言った。
エリックは一週間くらいで戻るようにします、と答えた。
ミヤハラは一一月二六日の午前中までに戻れ、と具体的な指示を出して通信を切った。
今日が一一月一七日だから九日後までに、ということになる。
携帯端末を放り投げたミヤハラが、サクライの方を向いた。
「サクライ、エリックが戻ってきたら飲みに行くぞ。場所を調べておいてくれ」
ミヤハラの指示に、サクライがむすっとした声で答える。
「そんなの自分でやればいいでしょうが。こっちは今、採算の見当もつかない新事業とやらをどうやって幹部連中に理解させるか、頭を悩ませているのですからね」
サクライの答えには言外に「アンタがやらないから仕方なくやってやっている」という成分が含まれていた。
ミヤハラがこう切り出してきたということは、何か重大な相談事があるらしい、とサクライは読んでいた。
「タブーなきエンジニア集団」時代から、いや、それより前にECN社に所属したときからそうだったからな、とサクライはつぶやいた。
しかし、ミヤハラにはその声が届かなかったのか、面白くなさそうに携帯端末を操作している。
サクライの読みは確かに的中していた。
ミヤハラはECN社のトップとしてひとつの重大な意思決定を迫られていた。
「OP社グループ労働者組合」の委員長サン・アカシからミヤハラに送られた行方不明者の捜索状況を伝えるメッセージの最後は、このような文句で結ばれていた。
「追伸 例の件ですが、一ニ月一日に発表します」
アカシのメッセージは、この追伸の部分こそが本題であるともいえた。
アカシはかつてOP社の系列会社に勤務していた。
この系列会社は現在OP社の系列を離れ、独自に鉄鉱石の採掘業を営んでいる。
インデストにはこのように、かつてOP社の系列だった鉄鉱石などの採掘、加工、運搬業者が多数存在しているが、そのすべてがOP社の系列を離れた。
「離れた」という表現は適切ではないかもしれない。
これらの企業群がOP社の系列を外れたのは、OP社側の意思によるものであったからだ。
ハドリが行方不明となり、ノブヤ・ヤマガタがOP社の社長に就任してからほどなくして、OP社がインデストの鉄鋼関連の企業群を系列から外した。
これはOP社の主力事業である発電事業を立て直すための方策の一つであった。
一方、宙に浮いたOP社の元系列会社群は、ただ手をこまねいて事態を見守っているわけではなかった。
小数ながら独自に販売ルートを開拓し、OP社への依存から脱却した例もある。
他の業種に転業した企業もあった。
しかし、個別の企業の努力には限界があった。
OP社とこれらの企業群がサブマリン島の鉱物資源の大部分を供給していた。
企業群が存在するインデストは、サブマリン島第二の都市であるが、その人口はサブマリン島全体の二割弱に過ぎない。
また、インデストは他の都市と遠く離れすぎていた。
更にインデストと他の都市とを結ぶ交通インフラは長年ECN社やOP社が整備してきたとはいえ、未だ十分に「劣悪」と呼ぶことのできる水準である。
存在するのは人が歩いて通行できる街道のみであり、多くの区間はそりなら引けるが、リヤカーでの輸送は困難、という程度にしか整備されていなかった。
このため、最も近い集落であるフジミ・タウンですら、順調に移動して一週間の道のりである。
それに対し、企業群を構成する個々の企業は小規模のものがほとんどであり、最大のものであっても従業員数で三〇〇名にも満たない。
個別の企業が持つ資源ではポータル・シティ、ハモネス、チクハ・タウンなどの島西端部の大都市まで販路を拡げることが現実的ではない。
ここで立ち上がったのが、アカシ率いる「OP社グループ労働者組合」である。
もっとも肝心のOP社が鉄鋼関連事業から撤退したため、組合自体の名称は実情と乖離しているのだが。
アカシは自ら率いる組織の名称にこだわる愚を犯さなかった。
その代わりに彼が行ったのは、組合を使って各企業に連携を呼びかけることであった。
多くの企業はその呼びかけに応じる姿勢を見せたが、アカシとしては気になることがあった。
企業の関心が「どの企業、または個人が連携した後の主導権を持つのか」に向いていたのである。
彼は、いずれの企業にも主導権を持たせるつもりはなかった。
各企業が対等な関係で協働するというのが、彼の狙いであった。
しかし、企業の関心が主導権の所在にあるとなると事情が変わってくる。
各企業が主導権争いに終始するようでは連携の意味がない。
また、さしあたって主導権を握るのに十分な能力を有する企業も見当たらない。
人数だけで考えれば、「OP社グループ労働者組合」が圧倒的であるが、組合が音頭をとるのはその設立経緯から考えても好ましくない。
そこでアカシは組合に代わる団体を新たに起こし、この団体を中心とした企業群を構成することを提案した。
各企業から人員を集めて団体の運営に当たらせることを条件に、呼びかけに応じた企業の大多数がアカシの提案に賛同した。
連携の次にアカシが手をつけたのは、新たな販路の開拓であった。
まっさきにアカシの頭に浮かんだのはECN社である。
ECN社はOP社に次ぐ規模を持つ企業である。
そして、そのトップは直接顔を合わせたわけではないが、かつて共通の相手と戦った同志でもある。
そこでアカシは自らの構想をミヤハラに示し、協力を要請したのである。
むしろ、「タブーなきエンジニア集団」のメンバーと従来のECN社のメンバーとの間で板ばさみとなるミヤハラの立場を案じていたくらいである。
あえて言うなら、エリックは気楽な一作業員でありたかった。
だが、「タブーなきエンジニア集団」のトップフォーのひとりという立場ではそのような我侭が許されるわけがないことも承知していた。
そのため、淡々とミヤハラの命に従い、一タスクユニットを率いる上級チームマネージャーの地位に就いた。
一方、自らの無理な指示に文句一つ口にしなかったエリックに対して、ミヤハラにも若干の負い目がある。
「まあ、ひと段落したらそろそろ本社に戻ってこいや。頼みたい仕事もあるし、聞いておきたいことがある」
ミヤハラが彼にしては軽い調子で画面に映るエリックに言った。
エリックは一週間くらいで戻るようにします、と答えた。
ミヤハラは一一月二六日の午前中までに戻れ、と具体的な指示を出して通信を切った。
今日が一一月一七日だから九日後までに、ということになる。
携帯端末を放り投げたミヤハラが、サクライの方を向いた。
「サクライ、エリックが戻ってきたら飲みに行くぞ。場所を調べておいてくれ」
ミヤハラの指示に、サクライがむすっとした声で答える。
「そんなの自分でやればいいでしょうが。こっちは今、採算の見当もつかない新事業とやらをどうやって幹部連中に理解させるか、頭を悩ませているのですからね」
サクライの答えには言外に「アンタがやらないから仕方なくやってやっている」という成分が含まれていた。
ミヤハラがこう切り出してきたということは、何か重大な相談事があるらしい、とサクライは読んでいた。
「タブーなきエンジニア集団」時代から、いや、それより前にECN社に所属したときからそうだったからな、とサクライはつぶやいた。
しかし、ミヤハラにはその声が届かなかったのか、面白くなさそうに携帯端末を操作している。
サクライの読みは確かに的中していた。
ミヤハラはECN社のトップとしてひとつの重大な意思決定を迫られていた。
「OP社グループ労働者組合」の委員長サン・アカシからミヤハラに送られた行方不明者の捜索状況を伝えるメッセージの最後は、このような文句で結ばれていた。
「追伸 例の件ですが、一ニ月一日に発表します」
アカシのメッセージは、この追伸の部分こそが本題であるともいえた。
アカシはかつてOP社の系列会社に勤務していた。
この系列会社は現在OP社の系列を離れ、独自に鉄鉱石の採掘業を営んでいる。
インデストにはこのように、かつてOP社の系列だった鉄鉱石などの採掘、加工、運搬業者が多数存在しているが、そのすべてがOP社の系列を離れた。
「離れた」という表現は適切ではないかもしれない。
これらの企業群がOP社の系列を外れたのは、OP社側の意思によるものであったからだ。
ハドリが行方不明となり、ノブヤ・ヤマガタがOP社の社長に就任してからほどなくして、OP社がインデストの鉄鋼関連の企業群を系列から外した。
これはOP社の主力事業である発電事業を立て直すための方策の一つであった。
一方、宙に浮いたOP社の元系列会社群は、ただ手をこまねいて事態を見守っているわけではなかった。
小数ながら独自に販売ルートを開拓し、OP社への依存から脱却した例もある。
他の業種に転業した企業もあった。
しかし、個別の企業の努力には限界があった。
OP社とこれらの企業群がサブマリン島の鉱物資源の大部分を供給していた。
企業群が存在するインデストは、サブマリン島第二の都市であるが、その人口はサブマリン島全体の二割弱に過ぎない。
また、インデストは他の都市と遠く離れすぎていた。
更にインデストと他の都市とを結ぶ交通インフラは長年ECN社やOP社が整備してきたとはいえ、未だ十分に「劣悪」と呼ぶことのできる水準である。
存在するのは人が歩いて通行できる街道のみであり、多くの区間はそりなら引けるが、リヤカーでの輸送は困難、という程度にしか整備されていなかった。
このため、最も近い集落であるフジミ・タウンですら、順調に移動して一週間の道のりである。
それに対し、企業群を構成する個々の企業は小規模のものがほとんどであり、最大のものであっても従業員数で三〇〇名にも満たない。
個別の企業が持つ資源ではポータル・シティ、ハモネス、チクハ・タウンなどの島西端部の大都市まで販路を拡げることが現実的ではない。
ここで立ち上がったのが、アカシ率いる「OP社グループ労働者組合」である。
もっとも肝心のOP社が鉄鋼関連事業から撤退したため、組合自体の名称は実情と乖離しているのだが。
アカシは自ら率いる組織の名称にこだわる愚を犯さなかった。
その代わりに彼が行ったのは、組合を使って各企業に連携を呼びかけることであった。
多くの企業はその呼びかけに応じる姿勢を見せたが、アカシとしては気になることがあった。
企業の関心が「どの企業、または個人が連携した後の主導権を持つのか」に向いていたのである。
彼は、いずれの企業にも主導権を持たせるつもりはなかった。
各企業が対等な関係で協働するというのが、彼の狙いであった。
しかし、企業の関心が主導権の所在にあるとなると事情が変わってくる。
各企業が主導権争いに終始するようでは連携の意味がない。
また、さしあたって主導権を握るのに十分な能力を有する企業も見当たらない。
人数だけで考えれば、「OP社グループ労働者組合」が圧倒的であるが、組合が音頭をとるのはその設立経緯から考えても好ましくない。
そこでアカシは組合に代わる団体を新たに起こし、この団体を中心とした企業群を構成することを提案した。
各企業から人員を集めて団体の運営に当たらせることを条件に、呼びかけに応じた企業の大多数がアカシの提案に賛同した。
連携の次にアカシが手をつけたのは、新たな販路の開拓であった。
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そして、そのトップは直接顔を合わせたわけではないが、かつて共通の相手と戦った同志でもある。
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