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第十章
432:社長代行、周囲に配慮する
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エクザローム第三の都市、ハモネスを本拠地とするECN社という大企業がある。
四ヶ月ほど前、従業員数約一一万を誇るこの企業に、新しい社長が誕生した。
正確には「社長」の下に「代行」が付くのだが、ともかく会社のトップであることには間違いない。
この人物の名はノリオ・ミヤハラという。
社のトップとしての評判は、先代よりもはるかに芳しかった。
しかし、当の本人はその声に悪い印象こそ持たなかったものの、多少のわずらわしさを感じていた。
周辺からは、「代行」の文字を取るように言われていたが、ミヤハラは頑なにそれを拒んだ。
「冗談じゃない。社長の生死も不明なのに、俺が勝手に社長になるわけにはいかないだろう。それにイナは俺の友人だぞ」
「代行」の文字を取るように言われるたびに彼はこう答えていたが、長年彼と仕事をしていた副社長のアツシ・サクライなどからすると「それは建前だろう」ということになる。
サクライによれば、
「単に面倒がっているだけだ。イナさんが戻ってきたら、本人は嬉々として社長代行の地位を放り出すだろうよ。ただ、裏でイナさんを動かしにかかるだろう」
ということらしい。
そのミヤハラが自席で腕組みをして、渋い表情を見せている。
視線の先にはモニタがあり、モニタには一通のメッセージが表示されている。
メッセージの差出人は、サン・アカシ。かつてミヤハラと一緒に共通の敵と戦った仲間である。ただし、二人が直接顔を合わせたことはなかった。
アカシがミヤハラに送ったのは、三人の行方不明者の捜索状況を伝えるメッセージであった。
アカシの報告では三人とも未だ行方が知れないとされていた。
ミヤハラは右手を挙げて副社長のサクライに声をかけた。
「おい、サクライ、エリックに通信をつなげてくれないか?」
「またですか? 少しくらい自分で動いたらいいじゃないですか!」
サクライが露骨に面倒だという態度を見せた。
ECN社本社四階にある社長室には、ミヤハラとサクライの席が隣同士に配置されている。
社長室にはこの二人以外の執務スペースはないので、どちらかが外出していない限り社長室にはミヤハラとサクライの姿だけがある。
このため、ミヤハラが何かものを頼むときの相手は必然的にサクライとなる。
「そう言うなよ。他に頼める奴がいないんだから仕方無いだろ。イナと違って俺は秘書すらおかずにコスト低減に努力しているんだぜ」
「それとこれとは違うでしょう! 社長代行がサボったら社員に示しがつかないでしょうが!」
「聞き分けの無い副社長だな。エリックなら素直に聞いてくれそうなものだが……」
ミヤハラは文句を言いながらしぶしぶ立ち上がって、応接テーブルに置かれた携帯端末を取りに行く。
社長席から応接テーブルまでは歩いて五、六歩の距離である。
ミヤハラは携帯端末を手にすると、ソファに胡坐をかいてボタンを操作し始めた。
礼儀にうるさい古参社員でもいれば、非難の対象となったのだろうが、幸いにして部屋にはサクライしかいない。
そのサクライは、この程度のことには目くじらを立てる人物ではなかった。
少ししてミヤハラが手にした携帯端末に、大人しそうな青年の姿が映し出される。
「……はい、こちらモトムラです」
映像の青年は少しくぐもった声で呼び出しに答えた。
「ミヤハラだ。エリック、そっちの様子はどうだ?」
「どうだと言われましても……こちらは淡々と物資を輸送しているだけです」
「お前な……
もう少し報告の仕方、というものがあるだろうが。現在地とか、輸送部隊をどう分けたとか」
ミヤハラの声は彼にしては珍しく苛立たしさが隠せていない。
すると画面に映ったエリックは、少し考える仕草を見せてから訥々とした口調で質問に答えた。その表情は何かを案じているようにも見える。
エリックは現在、ロビー・タカミ率いる「東部探索隊」へ物資を補給するための補給ポイント設置の任に就いている。ミヤハラは、その業務の進捗を問うたのである。
「東部探索隊」はECN社にとって一大プロジェクトである。
そのため責任者にも相応の役職者が求められている。
エリックはプロジェクトの発案者・ロビーの上司であり、ECN社では社長を含めた役員に次ぐ上級チームマネージャーの地位にある。
ECN社の上級チームマネージャーは、自らが受け持つ部署━━タスクユニットと呼ばれる━━に対して、ほぼ経営者に等しい権限を持っている。
ECN社では原則としてタスクユニット同士は経営陣もしくはタスクユニットの長、すなわち上級チームマネージャーの要請が無い限り、相互不干渉である。
経営陣とて、不用意にタスクユニットの運営に口を出せないのがECN社の特色であり、それがゆえにエリックが「東部探索隊」向けの輸送部隊を率いる羽目になっている。
実のところミヤハラとしてはエリックには本社に残ってもらいたかった。
信頼できる部下は多いに越したことはないし、ただでさえその数は不足している。
エリックはECN社の社員として、そして「タブーなきエンジニア集団」の幹部として多くの修羅場を潜り抜けている。
外見は大人しそうなありふれた青年であり、大して目立つ存在ではないのだが、その技術的知見と経験で比肩し得る者はほとんどない。
それがゆえにミヤハラはエリックを外に出さざるを得なかった。
ミヤハラは社長代行に就任する前にもECN社の社員だったことがある。
同期の中でも当時の社長だったオイゲン・イナに次ぐ出世を遂げていた。
オイゲンは先代社長の一人息子であり、ミヤハラより前の社長は事実上の世襲であるから、実質的にはミヤハラが同期の出世頭と言えなくもない。
それでも社長代行就任前のミヤハラの最終役職は「チームマネージャー」である。
社長以下役員、そして上級チームマネージャーに次ぐ職位とはいえ、上位に三〇人以上が犇めいている立場である。更に同格のチームマネージャーは三桁近くに達している。
その中で三年も会社を離れていた自分が、乞われたとはいえその者たちを押しのけてトップの座に就いたことには考えるところがある。
表立って声をあげる者はないにしろ、ミヤハラの社長就任を面白くなく思う者がいても不思議ではない。
未だ聞こえぬ社内の声に配慮して、ミヤハラはサクライ以外の「タブーなきエンジニア集団」のメンバーをECN社経営の中枢に置かなかった。
今は亡きウォーリーを除けば「タブーなきエンジニア集団」でナンバースリーの地位にあったエリックですら役員に置かなかったのだ。
こうしてミヤハラは、社内外に対し「タブーなきエンジニア集団」としてECN社を乗っ取る意志が無いことを示したのである。
外見に関して言えばかつてのエイチ・ハドリよりも「威風堂々」という言葉が似合うミヤハラであるが、時にその神経は細やかである。
そうでなければ、「タブーなきエンジニア集団」での調整役が務まらない。
四ヶ月ほど前、従業員数約一一万を誇るこの企業に、新しい社長が誕生した。
正確には「社長」の下に「代行」が付くのだが、ともかく会社のトップであることには間違いない。
この人物の名はノリオ・ミヤハラという。
社のトップとしての評判は、先代よりもはるかに芳しかった。
しかし、当の本人はその声に悪い印象こそ持たなかったものの、多少のわずらわしさを感じていた。
周辺からは、「代行」の文字を取るように言われていたが、ミヤハラは頑なにそれを拒んだ。
「冗談じゃない。社長の生死も不明なのに、俺が勝手に社長になるわけにはいかないだろう。それにイナは俺の友人だぞ」
「代行」の文字を取るように言われるたびに彼はこう答えていたが、長年彼と仕事をしていた副社長のアツシ・サクライなどからすると「それは建前だろう」ということになる。
サクライによれば、
「単に面倒がっているだけだ。イナさんが戻ってきたら、本人は嬉々として社長代行の地位を放り出すだろうよ。ただ、裏でイナさんを動かしにかかるだろう」
ということらしい。
そのミヤハラが自席で腕組みをして、渋い表情を見せている。
視線の先にはモニタがあり、モニタには一通のメッセージが表示されている。
メッセージの差出人は、サン・アカシ。かつてミヤハラと一緒に共通の敵と戦った仲間である。ただし、二人が直接顔を合わせたことはなかった。
アカシがミヤハラに送ったのは、三人の行方不明者の捜索状況を伝えるメッセージであった。
アカシの報告では三人とも未だ行方が知れないとされていた。
ミヤハラは右手を挙げて副社長のサクライに声をかけた。
「おい、サクライ、エリックに通信をつなげてくれないか?」
「またですか? 少しくらい自分で動いたらいいじゃないですか!」
サクライが露骨に面倒だという態度を見せた。
ECN社本社四階にある社長室には、ミヤハラとサクライの席が隣同士に配置されている。
社長室にはこの二人以外の執務スペースはないので、どちらかが外出していない限り社長室にはミヤハラとサクライの姿だけがある。
このため、ミヤハラが何かものを頼むときの相手は必然的にサクライとなる。
「そう言うなよ。他に頼める奴がいないんだから仕方無いだろ。イナと違って俺は秘書すらおかずにコスト低減に努力しているんだぜ」
「それとこれとは違うでしょう! 社長代行がサボったら社員に示しがつかないでしょうが!」
「聞き分けの無い副社長だな。エリックなら素直に聞いてくれそうなものだが……」
ミヤハラは文句を言いながらしぶしぶ立ち上がって、応接テーブルに置かれた携帯端末を取りに行く。
社長席から応接テーブルまでは歩いて五、六歩の距離である。
ミヤハラは携帯端末を手にすると、ソファに胡坐をかいてボタンを操作し始めた。
礼儀にうるさい古参社員でもいれば、非難の対象となったのだろうが、幸いにして部屋にはサクライしかいない。
そのサクライは、この程度のことには目くじらを立てる人物ではなかった。
少ししてミヤハラが手にした携帯端末に、大人しそうな青年の姿が映し出される。
「……はい、こちらモトムラです」
映像の青年は少しくぐもった声で呼び出しに答えた。
「ミヤハラだ。エリック、そっちの様子はどうだ?」
「どうだと言われましても……こちらは淡々と物資を輸送しているだけです」
「お前な……
もう少し報告の仕方、というものがあるだろうが。現在地とか、輸送部隊をどう分けたとか」
ミヤハラの声は彼にしては珍しく苛立たしさが隠せていない。
すると画面に映ったエリックは、少し考える仕草を見せてから訥々とした口調で質問に答えた。その表情は何かを案じているようにも見える。
エリックは現在、ロビー・タカミ率いる「東部探索隊」へ物資を補給するための補給ポイント設置の任に就いている。ミヤハラは、その業務の進捗を問うたのである。
「東部探索隊」はECN社にとって一大プロジェクトである。
そのため責任者にも相応の役職者が求められている。
エリックはプロジェクトの発案者・ロビーの上司であり、ECN社では社長を含めた役員に次ぐ上級チームマネージャーの地位にある。
ECN社の上級チームマネージャーは、自らが受け持つ部署━━タスクユニットと呼ばれる━━に対して、ほぼ経営者に等しい権限を持っている。
ECN社では原則としてタスクユニット同士は経営陣もしくはタスクユニットの長、すなわち上級チームマネージャーの要請が無い限り、相互不干渉である。
経営陣とて、不用意にタスクユニットの運営に口を出せないのがECN社の特色であり、それがゆえにエリックが「東部探索隊」向けの輸送部隊を率いる羽目になっている。
実のところミヤハラとしてはエリックには本社に残ってもらいたかった。
信頼できる部下は多いに越したことはないし、ただでさえその数は不足している。
エリックはECN社の社員として、そして「タブーなきエンジニア集団」の幹部として多くの修羅場を潜り抜けている。
外見は大人しそうなありふれた青年であり、大して目立つ存在ではないのだが、その技術的知見と経験で比肩し得る者はほとんどない。
それがゆえにミヤハラはエリックを外に出さざるを得なかった。
ミヤハラは社長代行に就任する前にもECN社の社員だったことがある。
同期の中でも当時の社長だったオイゲン・イナに次ぐ出世を遂げていた。
オイゲンは先代社長の一人息子であり、ミヤハラより前の社長は事実上の世襲であるから、実質的にはミヤハラが同期の出世頭と言えなくもない。
それでも社長代行就任前のミヤハラの最終役職は「チームマネージャー」である。
社長以下役員、そして上級チームマネージャーに次ぐ職位とはいえ、上位に三〇人以上が犇めいている立場である。更に同格のチームマネージャーは三桁近くに達している。
その中で三年も会社を離れていた自分が、乞われたとはいえその者たちを押しのけてトップの座に就いたことには考えるところがある。
表立って声をあげる者はないにしろ、ミヤハラの社長就任を面白くなく思う者がいても不思議ではない。
未だ聞こえぬ社内の声に配慮して、ミヤハラはサクライ以外の「タブーなきエンジニア集団」のメンバーをECN社経営の中枢に置かなかった。
今は亡きウォーリーを除けば「タブーなきエンジニア集団」でナンバースリーの地位にあったエリックですら役員に置かなかったのだ。
こうしてミヤハラは、社内外に対し「タブーなきエンジニア集団」としてECN社を乗っ取る意志が無いことを示したのである。
外見に関して言えばかつてのエイチ・ハドリよりも「威風堂々」という言葉が似合うミヤハラであるが、時にその神経は細やかである。
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船山信次 史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり
齋藤勝裕 毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで
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