ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十章

431:似た者同士

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「行ってくるか」
 ヌマタは「エフ・ティ・ロジ」という黄色のロゴの入ったリュックをひょいと背負って部屋を後にした。

 フジミ・タウンの市街は海から少し離れた高台を中心に広がっている。
 そのうち、「新市街」と呼ばれるのは高台から離れた外縁部分で、その名の通り最近になって開発が進んだエリアである。
 ヌマタが受け持った配送エリアは、新市街のもっとも北東側にあたる部分である。
 海岸沿いの道を東に少し進んでから、ヌマタは北へ向かう道へと足を運んだ。
 (確かに話に聞いたとおりだが、こりゃひでえな。俺も似たようなものだが……)
 彼の目に飛び込んできたのは、くたびれた様子で道端に座り込んでいる人々の姿だった。
 多くは彼の上司の言うとおりOP社を解雇された失業者であった。
(あの野郎がいなくなってもこれか! 新しい経営者は何をしているんだ?)
 自らの手にかかったわけではないが、確かに諸悪の根源であるハドリの生命は絶ったはずであった。
 そのハドリ亡き今、OP社の状況が悪くなる理由がないとヌマタは考えていた。
 それがこの体たらくである。ハドリにとって代わった新しい経営者の無能さに怒りを覚えたのも無理はない。
 OP社を引き継いだのは長年社の番頭役としてハドリを支えたノブヤ・ヤマガタであった。
 ヤマガタは、「ハドリが現在行方不明であるため、一時的に社長を代行する」と主張しているが、社の公式文書ではヤマガタが社長とされている。
 ヌマタはハドリが致命傷を負い、荒れる海に身を投じたという事実を目の当たりにしているが、このことを知る者は他にないように思われる。
 そのため、「ハドリが行方不明」というヤマガタの発言は、彼の立場を考慮すればそれほど不自然なものではなかった。
 しかし、ヌマタにはその発言すら腹立たしかった。
 (現実を知ろうとしない低能どもが……
 奴等はそこまでの能無しだったか……)
 彼はハドリさえ倒れれば、諸悪の根源が断たれ、万事うまくいくと考えていたのである。
 OP社もハドリの死を認め、生まれ変わるべきなのだ。
 それを拒否し現状を維持しようとするから、いつまで経っても状況が改善しないのだ。
 改善しない、というよりもむしろ状況が悪化している、とヌマタは思う。
 本来の彼であれば、何か行動を起こしていただろう。
 ハドリが生命を落とす原因となった爆発の仕掛けは、彼が築き上げたものであった。
 そして、彼自身が仕掛けを起動するはずであった。
 彼の意に反して思わぬ邪魔が入ったため、その役目を彼が担うことはできなかったが、邪魔がなければ、彼自身が仕掛けを起動したであろうことは想像に難くない。

「……行くか。荷物の数も多いしな」
 彼は、そうつぶやいて歩みを速めた。
 普段よりも歩みがかなり速いのは、彼自身の苛立ちの現れであった。
 (それにしても、何て数だ? ここにいる会社の経営者は馬鹿の集まりか?)
 目を背けようとしても、ヌマタの意識は道端の人々の方に向いてしまう。
 フジミ・タウンは復興の途上にあり、仕事などいくらでもあるはずなのだ。
 現にヌマタ自身が身元をロクに調査されることなく、現在の職を得ている。
 彼の心にふつふつと怒りがこみ上げてくる。
 道端で、ただ漫然と過ごしているだけの失業者にも腹が立つ。
 しかし、それ以上に彼らを雇用すべき企業に対して腹が立つ。
 フジミ・タウンには明らかに働き手が足りないのだ。
 働き手が足りなければ、企業が人を集めればよいのだ。
 人材は道端にいくらでもいる。
「『人が足りない時期じゃなければ、アンタみたいな使えない奴を雇ったりはしないわよ!』か、低脳・無能の集まりか、ここは?!」
 思わずヌマタの口から言葉がこぼれた。
 基本的に思ったことは口に出さずにはいられない性質なのだ。
 かつて彼が身を置いていた「タブーなきエンジニア集団」のトップ、故ウォーリー・トワなどは、集まった雑多な人々を適材適所で使いこなしていた。
 それと比較して今の状況は一体何なのだろうか?
 怒りを通り越して情けなくさえなってくる。
 そのウォーリーがこの世を去ったことを彼が知ったのは、わずか数週間前のことである。
 ヌマタにとって愕然とさせられる事実のはずであったが、不思議と絶望感が湧くことはなかった。あまりにも心が磨り減っており、感覚が麻痺していたのかも知れなかった。
(それにしてもまさか、世を捨てたこの俺がなぁ……)
 そのヌマタが現在の状況に怒りを覚えてしまっているのである。
 怒りを覚えた自分に、ふと、可笑しさがこみ上げてきた。
(テロリストにすらなりそこね、世を捨て、名を捨て……
 ここまで堕ちた俺が、だぜ……)
 その自分が、現在の状況に怒りを覚えているのである。
 自らの怒りを義憤だ、と思う気持ちは彼にはない。
 彼にとって、このような怒りは当然のものであり、わざわざ言葉を飾る必要はないからだ。
 むしろ、「義憤」などと言葉を飾る者にこそ、卑しさを感じ、忌避すべきものだと考えてしまう性質である。
 しかし、ここまで堕ちた自分が「当然の怒り」を覚えていること自体、彼には可笑しくてならなかった。
(とんだ大馬鹿者だ、俺は……
 その俺に「無能だ、低能だ」と言われる連中は何なのだろうな……
 世の中、無能や低能の類は、俺の思っているよりもずっと多いのかも知れん。俺を含めてな……)
 ヌマタは、こみ上げてくる可笑しさに堪えきれず、思わず吹き出してしまった。
 周りの人々の視線が彼に集中するが、彼は一向に気にする様子を見せない。
 (ふふ……
 どこまでも堕ちてみせるぜ……貴様等のようにな……)
 彼は虚空に向けて、そうつぶやいた。
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