薬の十造

雨田ゴム長

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籠の鳥

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「佐助、小屋には、馴れたか」

十造は、自分達の家よりも、少し上の場所に、佐助の為の小屋を作ってやった

「うん眺めが良いよ、鳥も来るし、楓姉ちゃんが住めば、きっと楽しいよ」

「わはははは、楓が心配しとったわ、ちゃんと、掃除、洗濯は、風呂は、大丈夫なのかとな」

「大丈夫だよ、一応一通り出来るよ
それより、何か用があったの」

「うむ、丁度仕事が一区切り着いたのは、佐助も感じておろう、其処でだ、お前に道を探して貰おうと思い、顔を出した、甲賀から、上田の辺りまで、それと浜松と上田の間、この近道を探って貰いたい」

「解ったよ、行って来る」

佐助は、即、動き出そうとする

「待て待て、楓の飯でも食って行かぬか
そう急がぬでもよいわ」

「でもさ、何で浜松なのさ
ここと、上田は解るけど」

十造は楓と、その家族、仕事の関わりを佐助に話した

「じゃあ、行って来るね、大丈夫だよ、才蔵と藤六様宛の書状も持ったよ
楓姉ちゃん、金なら有るから、要らないよ
なんだい、二人共急に、あーもう、行くからね」

楓も十造も、佐助がもっと、難しい仕事をこなしているのに、何故かあれこれと、構って来る
正直、佐助は旅に出て、ほっとしていた

佐助は、人からこんなに、心配されたのは初めてだった
十造と楓が後ろに付いて居そうで、おそるおそる、振り返って見たりもした
それは、こそばゆい様な、少し嬉しい様な、嫌な気持ち以外の、妙な感情が佐助を困らせた

佐助は、尾張の清洲辺り、未だ日は高いのだが、暫し考えを纏めようと、十造が仕事で使う常宿である、寺の番小屋を借りた

『さあ、この尾張からが問題よ
今少し東の三河から、北上するか、このまま、北東へ旅するか、それとも、、、』

本堂の方は、法要でもあるのか、何か騒がしいが、庫裏の辺りまでは何もない、佐助は、何処か陽当たりの良い場所で、買ってきた握り飯を食べようと、うろついていた

「佐助、佐助でしょ」

軽い足音が、佐助の警戒心を倍増させた
横に飛び退こうとした時には、背中に抱き付かれていた

「へっ、えっ、ちゃっ、茶々、茶々か、お前」

抱き付いた茶々は、腕は離さなかったが、体を少し離して

「誰だと思ったの、他にも、こうする人がいるの」

「ば、馬鹿言え、初めての事で驚いている
と、とりあえず、離してくれ
そして、静かにしてくれ
なっ、し~~っ」

「やだ、大声出してやる、さもなくば、
何処か、連れて行け」

「解った、そこの庫裏の階段に、腰をかけよう、な、どうだ」

「良いよ、しょうがない、でもさ、直ぐに居なくならないで、大声出してやるから」

「解ったよ、あそこに、行くよ良いだろ」

「やったー、おんぶ、おんぶー」

佐助の背中に、ぴょんと乗っかる
何故か佐助は、それが嫌でもなく、自然に、受け入れる自分が居ることに、戸惑いを覚えた

茶々は、暫くぶりに会った佐助に、あれからどうだの、こんなめに会っただの、一切語らない、兎に角、今の自分を佐助に知らせる

「今日はね、なんかの法要なの、抜け出せて本当に良かった、佐助が居たんだよ、佐助には、わかんないだろうけど、
会えるのを知っていたら、もっと綺麗にしてたのに」

佐助は驚いていた、それは、暫くぶりに、茶々に会った事よりも、只の餓鬼だと思っていた女子が、少し綺麗に、そして大人びて見える

茶々は、佐助が今何処に住まいして、何をして、これからお役目なのかと、佐助の事を何でも知りたがる
佐助は、問われるままに、何でも答えてやっていた

「ねっ、佐助、これ何だか解る」

茶々が帯の間から出した、刺々のほんの小さな塊を、佐助に見せた

「何だこれ、食べ物なのか」

「うん、口のなかにいれて、舐めるの、そうすると、甘いのが沢山感じるの、金平糖っていうの
食べる、佐助、食べてみる」

「ふーん」

佐助が食べると言わないからか、茶々が自分の口に、小さな粒を放り込んだ
そして、ニッと笑って唇に挟んでみせた
おもむろに、両手の平で、佐助の頬を挟み、自分の唇に有る金平糖を、佐助の唇に渡した

二人の舌が一瞬触れあった

「あれっ、おかしいな、何時も妹達と、こうしているのに
何だかとても恥ずかしい」

茶々は、自分でも顔が、尋常ではないくらいに、火照っているのが解った

佐助は、真っ赤になっている茶々を、好ましく思った
何という事をする奴、男に対し、何時もこんな事をするのかと思ったら、、、
妹達とか、、、
そして、急に黙りこくってしまった

「茶々、大丈夫か、、、」

「うん、でも、もう、佐助の顔を見れない
とても、恥ずかしいもの」

「勝手な奴、自分からやったくせに」

「ねえ、佐助、わたし、、、」

「何、どうした」

その時、遠くから声がした

「茶々様~おられまするか~」

茶々が居ない事に気が付いた家来衆が、捜しに来たのだった

「いけね、又な茶々、金平糖旨かったよ、茶々」

「うん、佐助、又会えるよね、又助けに来てね」

佐助は既に姿を消していた
藪に潜みながら、茶々が、御女中や、供侍に囲まれながら、引き揚げて行くのを、じっと見守っていた

翌日、佐助は浜松へと向かった

「ほお、お主が婿殿いや、十造殿の使いとな」

「はい、佐助と申します、お見知り置きを、、、
十造、、、様より、書状を預かって参りました
此方は、楓姉ちゃんから千代様へと」

「良く来たの、膝を崩して楽にせよ、佐助
千代、客人に何か無いのか」

千代がいそいそと、膳を運び出す

「さあさあ、沢山召し上がりませ、佐助殿」

「いただきます、藤六様も千代様も俺は、佐助でいいよ」

千代は、佐助の、食べっぷりを喜んで、膳をどんどん運び込む

「のう佐助、二人は元気にしておったかな、この書状によると、佐助は帰りに寄る筈、と、なっておるが」

「うん、道を選ぶのを迷ったから、じゃあ、楓姉ちゃんの実家へ、先に寄って聞こうと思って、、、」

楓姉ちゃんと聞いて、藤六と千代は、佐助が十造達とは、かなり親しい関係なのだと気が付いた

「佐助、まだ御飯は有りますよ
もう食べないのですか」

「あ、うん千代おばちゃん、ご馳走様、飯の水加減が、楓姉ちゃんと同じだね」

「ホッホッホッ、そう、同じですか」

二人は、この飾り気がない素直な佐助をすっかり気に入った

「佐助は、仕事も一緒にしておるのか」

「うん、十造と仕事すると、勉強になるよ
楓姉ちゃんもね
でも、何したかは教えないよ」

「わはははは、千代久し振りに、楽しい客人が来たのう
佐助、今日は泊まって行かぬか
急いでは、無いのであろう」

「うん、でもあまりゆっくりしてると、二人が心配するから、今日はこれから、上田に向おうと思うんだ」

「おお、そうか良し、其では、今地図を書いてやる、待っておれ」

「佐助、私は握り飯でも、拵えてあげましょう、暫く待つのですよ」

藤六と千代がいそいそと動き出した

「佐助、ここ浜松から、上田を目指したとしても、甲賀からだとしても、必ずや駒ヶ根を通るのが近道、お前の知る山道が有るとしても、歩き安さが一番だと思うがの」

「うん、ありがとう、其を聞けただけでも、ここへ先に来て良かった、おばちゃんもありがとう、あはははは、大丈夫、金ならあるから、楓姉ちゃんと同じ事言うね
うん、今度は三人で来るから
でも、藤六様は、浅井久政に似てるね」

藤六が苦笑いしながら、佐助に言う

「こら佐助、そんな、大きな名前を語れば、お前達の仕事が、ばれてしまうではないか」

「あ、そうか、でも三郎殿の、仕事でもあるから、藤六様だって、知っておられる筈」

「ふん、まあ良いわ、気を付けてな」

佐助は、藤六と千代にも、十造と楓宛に手紙を託され
佐助の旅は順調に進み、才蔵にも会い、書状を交換した、後は、甲賀へ帰るだけだ
尾張へと差し掛かった時、佐助は足を、清洲の城へ向けた
何故か茶々に会ってから、甲賀へ戻ろうと思っていた

尾張は既に、織田によって、平和がもたらされていた
争いはもっと遠い場所で行われており、ここ清洲辺りも、のんびりとしている
佐助は清洲の城に、難なく忍び込む事が出来た

茶々とその家族は、城内の郭に住まいしていた
廊下を歩く茶々の背中に、何かが当たる、何だろう

「茶々、茶々、しっ、部屋は何処」

「佐助なのね、この奥から二番目」

「解った」

茶々が、母お市の処から、自室に帰って来ると、もう既に佐助が居た、部屋の隅で壁に背を預け、足を少し曲げて座っていた
茶々が帰って来ると、ニコニコ顔で跨がって来た

「うわっ、お前恥ずかしく無いのか、そんな格好して」

「全然、こうしたいから良いの」

茶々は話をする代わりに、佐助の顔を弄ってみたり、目を覗き込んだり、忙しく動いていた
今は、佐助の右手を玩んで居た

「ねえ、茶々、俺行かなくちゃ顔を見せて」

佐助は茶々を優しく抱き締めて、唇を合わせた
茶々は、佐助に抱き付きながら、胸に顔を埋めた
佐助はもう一度唇を合わせ、帰りを告げた

清洲の城 を抜けてから、佐助は自分の気持ちが、どんどん沈んで行くのを感じた
あまりにも寂しく、切ない、会って居たのは、ほんの一時だ
何も語らなくとも、一緒に居るだけで、嬉しく楽しい時は、直ぐに去ってしまった
会ったばかりなのにもう会いたい、佐助は、惨めな気持ちで甲賀に向かっていた

茶々は既に床の中に居た、腹が痛いからと皆に告げた、御女中達も、その年頃ならば、静かに寝ておれば大丈夫と言う
涙が止まらない、腹なんか痛くは無かった、心が痛い、会ったばかりなのに、会いたくてしょうがない、あんなに楽しくて嬉しかったのに、今は悲しくて、どうして良いのかわからない
後を追うにしても、籠のなかで、産まれた十姉妹と同じ、外の事等、何も知らぬ
そして、悲しみの一番の理由は、次に会える機会など、ありそうにもないことだった

佐助が帰って来た、十造も楓も喜んでいる

「はい、これ黒曜石と、そば粉
なに、なに、二人共人の顔みて、黙り込んで
姉ちゃん何か無いの、腹減ったよ」

楓が物凄い勢いで、飯の準備を張り切り出す
十造は風呂の支度をしに外へ出た

「あ、十造、藤六様と才蔵から書状を、千代おばちゃんから楓姉ちゃんにも」

「おう、ご苦労、どれどれ」

楓は、母からの書状に少し目を潤ませながら微笑みながら読んでいた

十造は、藤六と才蔵の、書状を読みながら、大きな戦が、近付いて居ることを、知ることとなった

「佐助飯が終わったならば、少し話しがある、楓は母上の書状を読み終えたならば、此方も読むのだ」

佐助も楓も、十造の雰囲気が、変化したのを察して、自分を仕事の心構えにして集まった

「どうやら、織田、徳川と武田が戦るらしい
儂が思うに、負けた方は、浅井、朝倉の運命となろう
佐助よ、楓には儂から後で詳しく説明しよう
時期が来たならば、佐助は才蔵と共に、儂らは、儂らは、はて、どうしたものかのう楓」

「えー、だって藤六様も、三郎殿も徳川なんでしょ」

「うむ、そうなのだが、佐助は、どちらが勝つと思うか」

「うーん、織田、徳川かな」

「ほう、どうして」

「勢いが違うかな、それと、鉄砲だね、こっちは、織田、徳川に限らず、雑賀や根来みたく、かなり広まってるよ」

「なかなの見立てよ、だがもうひとつ有るぞ」

「えー何だろう、わからない」

「甲斐から京までは遠過ぎる、そうは思わぬか」

「あ、そうか、それって大事だよね
でも、そんなことより、十造達はどうするのさ」

「それがのう、佐助実は、楓に子ができてのう」

「え~、楓姉ちゃん子供産むの、ほえ~
でも、此処じゃ誰も居ないよ、どうするのさ」

「楓は、三河の両親に預ける、そして儂は、藤六殿の差配に従う、何しろ、楓が世話に成るのだ、そうするのが、当然と思う」

「えー俺って、結構重要な書状持って、歩いていたのか
あーでも、男かな女かな、楽しみだなー、ねえ十造名前は、、、」

「たわけ、お前が親の様ではないか、狼狽えるな」

「じゃあ、何時楓姉ちゃんも、俺達も此処から居なくなるのさ」

「近々、荷物がまとまり次第よ
急がねば楓の身動きが、ままならなく、なるからの、先ず、三人で三河へ行く、お前はそれから、上田へ向かえ
早い話、儂とお前は、荷物持ちよ」

その十日後

「千代、楓と二人の荷物持ちがきておるわ」

千代が飛んで来た

「三人共にお元気そうで、、、
楓、調子はどうです」

全員笑顔の再会を果たした

「千代、荷物持ちの相手は、儂がするで、楓と話すが良い
心配致すな、後は佐助に何とかしてもらうわい
のう、佐助」

「そうだよ、千代おばちゃん、男同士の話しがあるんだ、女は、すっこんでな」

楓がいきなり拳骨を喰らわせた

千代と楓は部屋を代え、男三人が囲炉裏を囲んだ

「婿殿、此度儂らに付いても、面白味はないぞ、それならば、いっそのこと、越後上杉や上野北条の相手をした方が、良かろうものを
儂や三郎に遠慮する余裕は、無いと言える
此度はそう言う戦となろう
佐助はどう思う」

佐助は以前に十造と話した事を、藤六に告げた

「むう、流石に十造殿と、組むだけあるわい
武田がおかした、一番の過ちは、越後を味方にしなかった事よ、後継が、信玄無き後、謙信を頼っておれば、北条や反信長の連中は、こぞって、味方をしていたであろうに、後は、毛利くらいしかおらぬわ
しかし、毛利は遠い、上杉ほど、信頼出来るのかわからぬ」

「でも、藤六様、おいら達真田衆は、武田の家来の家来だよ、あんまり武田を考えてはおらぬし、第一今のところ、北信濃や、上野上田あたりが、本拠だよ」

「そうそう、それで良いのだ、真田の衆は真田と言うても、昌之殿親子に仕えておろう、これからよ、此度の戦は、関わらぬ方が良い
婿殿にも、最早手伝うて貰う事が無いわ」

十造と佐助は、長篠一帯を見渡せる、丘の上に居た
辺りには、頑丈そうな木の柵が、幾つも張り巡らされて居た

二人は真田方の物見として、この状況を知らせて、此処に来ていた
十造は結局、才蔵の依頼で、佐助とともに、真田方の物見を請け負っていた
藤六の言った通り、そんなにすることも無かった
武田方には独自の情報網があり、手伝う必要も無く、やることを終えると、後は高みの見物を、決め込んだ

「ねえ、十造あんな柵何に使うの」

「これは、野戦ではなく、新式の籠城戦よ、其に気が付かねば、武田の負けが決まる、引き揚げた方が良いわ」

「うん、鉄砲隊が尋常の数ではないね
あ、武田方が現れたよ
旗指物に真田の六文銭も見える
きっと信綱様の部隊だ」

法螺の音も勇ましく、武田の大部隊が突撃して行く、十造は、佐助に気を使って黙って見ていた

『馬鹿な、何の策も無く、進み行くとは、、、』

ドドーン、ズダダーン、ドドーン、ドドーン、ズダダーン

切れ目の無い銃声が轟渡り、辺りが、硝煙で霧に覆われたように、霞んでしまう、それが晴れた後の光景は、正しく人馬共に、死屍累々と言った惨状を呈している
それが、二波、三波と続く
そして、銃声が繰り返される、武田方は、空しいまでの突撃を繰り返していた
どうしても、柵をこえることが出来なかった
自慢の騎馬隊、誰もが恐れる、武田の騎馬隊が怒濤の攻めを見せては、柵の前で倒れて行く
佐助が悲しそうに呟いた

「もう良いよ、止めときなよ、負け、負けたよ
ああ、六文銭が見えなくなっちまった、どうしてくれるんだい、武田の殿様は
グスッ、畜生め
これでは、出口を探して、走り回る鶏じゃないか」

佐助は肩を落として見ていた
武田が完膚なき迄に殺られていた

「佐助、武田の部隊は、ほぼ壊滅よ、この後は、首狩りが始まるぞ、引き揚げようぞ」

「うん、十造この後どうするのさ」

「才蔵に会うてみる、この先、儂らのやることが、有るのかどうか」

「無かったらどうするの、、、」
そう言いざまに、佐助は藪の中に姿を消した
十造は、千鳥に走りながら、佐助の口笛を聞いた

『笛が二回、敵は二人』

佐助は大木の影に隠れた
敵は速足で、十造を追っている、佐助は吹き矢を出した、目の前を一人が通り過ぎた

『問題は、次の奴よ、もし楓姉ちゃんが相手だとしたら、、、』

佐助は、横っ飛びになった瞬間、風を感じた
隠れた大木の幹に、弓矢が刺さった
深い森の中で弓、敵は近い
佐助は、地面に伏せた、完全に気配を消した、吹き矢を大木の根本へ置き、手には黒錆仕上げの小刀を持っている、敵が、そろりそろり
と、近付いて来ていた
佐助が置いた、吹き矢に気付いて、歩みを停めた、佐助の目の前に、敵の両足の腱が見えた瞬間に、佐助は小刀を横に引いた

「うっ、くっ」

敵は倒れ込んだ、すかさず、馬乗りになって、小刀を喉に当てて引いた
ザクッと言う手応えと共に、喉から盛大に血を吹く敵は、短弓を持っていた

『ふーん、どこの奴よ、なかなか、腕があったけどね』


佐助は口笛を長く一回吹いた

『ふむ、後一人か、さて、、、
親方の腕をみせねばのう
無駄とは思うが、捕まえてみるとしよう』

十造は口に、吹き矢を咥え、太い木を背中にして、気配を消した、静かに空気が動く、敵は自分の3間先で、十造の気配が消えた事に、不安を覚えた、忍び足に余裕が無くなった、呼吸が聞こえる、頬被をしている、垂れ下がる手拭いで、喉は狙えない、通り過ぎるのを待って、首根っこを狙って、赤楝蛇(ヤマカガシ)の毒矢を吹き込んだ、と、同時に木の後ろへと回り込む、相手も忍、何をされたか直ぐに、わかると言うもの、十造の吹き矢は、相手の神経を痺れさせ、五、六歩進むと、近くの木につかまった、それが、自分の意思で動く最後の動作であった
十造も、口笛を短く三回吹いた
佐助に終った事を告げたのだ

「十造、結構やる相手だったね」

「うむ、佐助が言うならば、そうだの
お前、こやつが、何か吐くと思うか」

佐助が首を降る、十造もため息をつく
『しからば、楽しい夢をみて貰おう』

十造は、阿片の粉を煙管に詰め、火を灯し、その煙を動けぬ敵に吹き掛けた

「佐助、こやつの首の後ろ、この辺りを、優しく撫でてくれ」

佐助は、言われた通りにする、敵は首から下は、毒が廻って動けない、脳には阿片が巡り、桃源郷の心地、おまけに佐助が猫を撫でるように、首筋をなでている
「のう、お主、役目は終えたのか、ならば、急ぎ
親方にお知らせせねばの、吉次よ」

「何を抜かすか、儂は、三吉ぞ、貴様何奴、う、う、う、、、う」

三吉と名乗った男は、朦朧としていた

「早く帰らねば、此処にも追手が来よう、我らにあだなす、織田の兵が」

「ふん、どうでも良いわ、相模さえ安泰ならば、そして真田に組みするものが、一人でもなくなれば、それで良いわ」

男は笑顔のままに、意識が無くなった

「佐助、どう見る」

「うん、北条の風魔衆だよね、多分
でもさ、良く解ったよね、うちらが真田だって
こいつ、このままで良いのかい」

「じきに、頭へと毒が廻り、息が止まる、阿片のお陰で、苦しまなくても済むわ、こやつの話を聞くに、儂ではなく、お前が標的ではないか、お前のせいで、死ぬところであったわ
此度の稼ぎは、やらぬ」

笑いながら十造が、佐助に言った

「え~親方それは無いよ~
楓姉ちゃんに怒られる~」

「何故楓に、怒られるのか、儂にはさっぱり解らぬわ」

「だって、どうせ無駄にするから、私がお前の将来のために預かるって、、、」

「ほう、楓がお前の、後見人だったとはのう
解った今度からは、楓にお前の分を、払うとしよう」

「良いけどさ、どうせ、小遣い位あれば足りてるし
それより、毒の種類が多いって、かなり便利だね、後で教えてよ」

「ふん、そう簡単には手にはいらぬわ、知識を得るのは、吹き矢の的より、修行が要るわい
まだ当分、時は、ありそうだがな」

十造と佐助は、薬の行商に、関東、上野方面へと向かった
十造は、其方の方面は詳しくはない、従って、佐助の案内で、土地を知る必要が有った

「わあー楓姉ちゃん、腹が大きくなったね、もうじきなの、千代おばちゃん、
あー早く名前を、考えなければ
産まれてしまう」

「あっはっはっはっ、佐助が一番心配しておる
ほんに、愉快な、心配めさるな、この千代が拵えた、飯でも食うて、待って居るが良い」

「佐助、楓よりも心配して居ると、楓が言うておったわ
案ずるな、毎日の様に、楓の腹に手を当てたり、顔を当てたりして居るではないか、儂らは、お前の事を、御殿医と呼んでおるぞ」 

程無くして、楓は女の子を産んだ
十造に、葉瑠(はる)と名付けられ、佐助に大事にされた

葉瑠の頸が据わるのを待って、十造達は甲賀に戻り、佐助は、十造の薬を、各所の問屋に納めながら、甲賀から上田まで或いは、三河、駿河までも、往復していた
戦乱が続いているせいなのか、薬の商売が繁盛していた
十造は、それが嬉しかった、我が家は、誰も酷い目に会わずに済んでいる
佐助は、薬の勉強を落ち着いて出来る、楓も葉瑠の世話を出来る
佐助は、甲賀に居る間中、ずっと葉瑠の相手をしていた
葉瑠は丁度、手のかかる真っ盛りであった

珍しく三郎が来た、今は、三河徳川の、服部半蔵に仕えていた

十造達は久々の再会に喜んだ

「おお、この子が葉瑠か、可愛い盛り、何をしても許される年頃じゃのう、のう、十造殿」

「ふん、本当にそうして居る間抜けが、お主の前におるわ」

「わはははは、佐助に、良くなついて居るとは聞いておったが、これ程とはの、、、」

座って居る佐助に、葉瑠がよじ登って、首を絞めたり、頭を叩いたり、好き放題しているのだが、佐助は、意に介さず作業をしていた

「楓は、子守りが楽そうですな」

「いや、それがのう、葉瑠を甘やかすなと、佐助を、叱ってばかりの毎日よ」

「わはははは、長閑な日々ですな、羨ましいわい」

「なんじゃ三郎、嫌味を言いに、来たのでは無いだろうに」

「はい、実はこれから、京に行くのですが、どおやら、織田の甲州征伐が、近いようです
長篠以来、調略を織田と徳川が、進めて参りましたが、それも調いました
もう間も無く、始まりましょう」

「む、良く報せてくれた、礼を申す
しかして、その話しであれば、そこに居る、間抜けな子守りが、半月前に言うて居った
これで、確証を得たわい」

「ふむ、真田衆も才蔵殿を頭にまとまっておりますな、其に最近は、北条との小競合いがにわかに、激しくなって居るとか、、、
さて、皆の元気な姿も、可愛い葉瑠も見る事が出来申した、三郎は此にて、失礼致します
佐助、達者での」

「三郎殿御待ちを、佐助は、京、信濃、上野に、藤六様か三郎殿との繋ぎを持ちたく思います、どうか良しなに、図ろうて下さいまし」

「ほう、この甲賀では、いかぬのか、何故、そう申すのか」

腰を上げかけた三郎が座りなおして、佐助に問い掛けた

「佐助が思うに、畿内、越前、東海は既に、織田・徳川の手中に有ります、と、なれば、わざわざ、本人同士直接に、往き来していたのでは、戦も終りましょう
長篠の様な大戦が、鉄砲によって、半日も掛からずに、勝負が決まってしまいます
どうか、お考えください」

「よう申した佐助、確かにその通りよ、京での仕事を終えたならば、必ず伝えよう、父のお気に入り佐助が言うならば、聞き届けてくれよう」

十造がすかさず続けた

「三郎、試しに葉瑠の子守りが、言うておったと伝えよ
最早、楓は仕事に出さぬ、儂の相方は、佐助になったとついでにの
京の帰りは寄らぬのか」

「はあ、岐阜に向かいまする
安土の城普請も見なくては、、、
いよいよ、織田の力を天下に示そうと、豪華な城になりそうだとか」

「本当は、佐助も、連れて行って欲しい所なのだが、あやつの出立は、葉瑠が寝ておる時ではないと、大事になるで」

「わはははは、葉瑠は、この家に産まれて幸せ者よ
儂は、楓が十造殿に娶られ幸せ者と、思うとったが、葉瑠が一番だわ
腕利きの忍三人を従え、毎日やりたい放題
楽しくて、しょうがないであろう」

三郎は、心底楽しそうに、この家を辞した

「佐助、一度、才蔵に会うてこぬか、恐らくは、真田の将来も、じきに決しよう
儂らの将来もの」

十造と佐助は、上田の真田領内に、才蔵と会っていた

「織田・徳川の進攻よりも、嗅ぎ付けた北条方が上田を狙うて、攻め寄せて来る気配よ
武田は、残念ながら、全てを失うて終おう
静海他三人ほど、手伝いに向かわせたが、晴信様達の、落ち行く先が、判明せぬのだ
最早、兵ではなく、忍が行くこと自体、おかしなことよ」

「して、儂らの仕事は、、、
急を要するのであろう」

「うむ、早速ではあるが、沼田方面からの、北条の兵を暫し、足止めして欲しいのだ
間も無く、静海達も戻ろうゆえ、お主と佐助他に三人が手伝う事が出来るが」

「解った、大量の火薬は、手に入るかのう、佐助は、蜂の時の道具を二揃え頼むぞ、後は小石をな、なければ碁石でも良い、それと、西瓜ほどの大きさがある、壺や樽を三十ほど、才蔵、儂は沼田辺りの、地形を知る必要がある
誰か案内を頼むぞ」

正確には、沼田から上田に向かう山の中であった

「のう、静海、本当に此処を通らねば、上田に着く事は叶わぬのだろうな」

「おう、装備が重い兵が通れるのは、この山道しかないわ」

「よし、其では、この上の崖を利用する、風魔が斥候で来るのであろう、静海は、それらを始末してくれ、只、こちらから出向くと警戒されよう、上手く頼む
仕掛けは佐助と儂、人足達で、何とかなろう」

「あい解った、では、後程会おう、合図は、佐助が知っておる、では、、、」

佐助が、人足と共に崖上に着いた

「佐助は、今下に見える、杉の木の林辺りを、狙ろうて飛ばすのだ、早速準備にかかれ、儂は先ず、爆薬を仕掛けよう
良いか佐助、風魔にくれぐれも、油断無きようにの」

「解ったよ、才蔵も心配はそこにあるってさ
上杉は今、お家騒動で身動きとれずだとさ」

「ふん、成る程肝心の、織田・徳川には、何もせずか、狙いはそこか」

武田無き後、信濃の小国、真田が生き残るには、新しい支配者に付くしかない
静海によると、武田勝頼は、頼りの、落ち延び先に背かれ、天目山において、僅かな供廻りと共に、自害して果てたと言う
真田昌幸は、勝頼を最後迄、見捨てずにいたが、叶わなかった

織田・徳川の連合は、北条とも同盟だったが、此度の甲州征伐は、知らされては居なかった
出遅れた分を取り戻そうと、上野からの進攻を進めていた

真田としては、自国領内を少しでも確保して、新しい甲斐の国主に、領地の安堵を願い出る必要があった





































































































































































































































































































































































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