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2巻
2-1
しおりを挟む第一章 ホップ・ステップ……!?
一時間目の授業が終わり、桜木亮が席で伸びをしていると、いきなり教室の扉が開かれた。すると不思議なことに、しん、と室内が静まり返る。
その静けさに釣られ、何となしに扉の方に目を向けた亮は、伸びをした体勢のまま固まった。
そこにいたのは山岡咲。
彼女の登場にクラスの女の子は目を丸くしている。咲はいつも親友の藤本恵梨花や鈴木梓と一緒にいるイメージが強く、一人きりでいることが珍しかったからだ。同時に、誰に用なのかと不思議がる。このクラスには彼女と親しい者はおろか、同じ手芸部の人間もいない。
一方、男子はヒソヒソと「やっぱり、山岡さんもいいよな」「あの綺麗な二人といるからイマイチ目立たないけど、こうして見ると、本当に可愛いな」などと色めき立っている。
ゴシップに疎い亮は知らないが、恵梨花はテレビのアイドルより可愛い天真爛漫な美少女、梓は独特で静謐な雰囲気から大和撫子などと囁かれている。そして咲もその二人に見劣りしない愛らしさがあり、無表情なところもまた魅力的だと言われていた。
そんな周囲の視線に気づいていないのか、はたまた気づいてはいるものの知らぬ振りなのか、咲はただキョロキョロと目を動かしている。やがて目当ての何かを見つけたようで、そこ――亮の前までやってきた。
ほんの二週間前に、恵梨花達が亮の元を訪れていたことをほとんど忘れているクラスメイトは、「なんで桜木のところに?」と驚きを隠せないでいる。
亮の友人でBグループ(目立つ訳でも存在感ゼロでもない、いたって普通の生徒達)の川島、夏山、東はぽかんとしている。
「えっと……どうしたんですか、え……山岡さん?」
亮は咲の苗字を懸命に思い出し、固まっていた口をなんとか動かした。人前なので、口調は当然丁寧語――学校で女子と話す時のデフォである。
すると咲は不満げな表情で首を横に振った。
二人の様子にクラスメイト達は「やっぱり桜木に用事なのか?」と囁き合う。
亮の前に座る小路明だけが、楽しそうに二人を眺めていた。
咲はムスッとして、とっても不満ですと言わんばかりだ。
亮はすぐにその理由を察することが出来た。「しかし、これはルール違反では?」と目線で訴えたが、咲は睨むのをやめてくれない。
十秒後、亮は両手を上げて降参した。やや上目遣いで睨まれたせいか、昨日から咲に感じている守りたいという感情を大いに刺激され、彼女を悲しませることが出来なくなったのだ。
「悪い、俺が悪かったって。だから睨むのはやめてくれ――咲」
背中を冷や汗が伝うのを感じながら謝ると、咲は頷いて、またもキョロキョロとする。その意図を察した明が席を立った。
「よかったら座る?」
咲は明に小さく頭を下げて感謝を表し、空いた椅子に座って亮と向かい合った。
教室が一気にざわつく。
「嘘だろ!?」と頭を抱えている男子もいれば、「桜木君って、女の子にあんな話し方するっけ?」「下の名前で呼ばなかった?」と、驚いている女子もいる。
対して亮は、この場から逃れる方法はないかと、机に両肘をつき、額に手を当てて唸る。それに構わず、咲がツンツンと突いてきたので、亮はため息まじりに小声で尋ねた。
「で、どうしたんだ? こんなところまで来て」
すると咲はポンッと手を打ち、ポケットからトランプを取り出して、亮の目の前にかざした。
「えっと……トランプをしに来た……で、いいのか?」
咲はコクリと頷いた。
「そ、そうか……」
亮の声は、とても、とても疲れを感じさせるものだったが、咲は意にも介さず、トランプをテンポよく配り始めた。
「……で、何やるんだ?」
「ババぬき」
「……そうか」
ポツリと返答する咲。亮は仕方なく、配られたカードを手にとろうとする。
そこで「嘘!? 喋った!?」「男子相手に!?」「初めて声を聞けた!!」「あのお二方以外と話をするなんて……」と教室中から驚愕の声が上がり、亮は体を斜めにしてのけぞった。
咲は気にする様子もなく、手持ちの札から揃いのカードを捨てている。
(普段そんなに咲は喋らないのか……? お礼をする時とかは普通に声を出すし、最近は俺も咲の表情を読めるようになってきたから、あんまり気にしてなかったが……ちょっと話をしただけで、こんなに注目を浴びるなんて、さすがに予想できん)
亮は半ば諦めの境地で、この休み時間が早く終わることを願った。
手札を整理すると、ジョーカーはなく、残すは六枚。とすると必然的に、咲がジョーカーを含めた七枚のカードを持っていることになる。
「俺から引くぞ」
コクッと頷く咲。カードを引き、揃ったものを捨てていく。
ほどなく、亮の手持ち札は残すところあと一枚となり、二枚残った咲のカードを引くところまできた。亮はここまで一度もジョーカーを引いていない。
真剣に自分の手札を見ている咲からカードを引くと、ジョーカーではなかった。
「俺の勝ち……だな?」
恐る恐る聞くと、咲は不満そうな顔で机をパンパンと叩き、そして人差し指を突き出した。
「……えーと、勝つまでやるつもりか?」
今度は力強く頷く。彼女は素早くカードを回収し、馴れた手つきでシャッフルし始めた。
亮はガシガシと頭を掻く。非常に困った事態である。咲を前にして、現場からの離脱――逃走は出来ない。ババ抜きが終われば解放されるかと思ったが、彼女は勝たねば満足いかないらしい。
(……これは仕方ないな)
勝敗よりもこの状況をなんとかしたい亮は、わざと負けることを決意した。
二度目の勝負も先ほどと同じく、亮がカード一枚、咲がジョーカーを含めて二枚という最終ラウンドになった。
前回の勝負の途中で、亮は咲が片方の札をじっと見ていることに気づいた。
フェイントのつもりかな、と疑ったが、その反対側の札を抜いたらジョーカーではなかった。どうやら咲は、素でジョーカーを気にしていたらしい。
今も彼女はじーっと、亮から見て右側の手札を凝視している。なので、今度はわざと、それを抜いてみた……見事にジョーカーである。
やはりか、と思いつつ、亮は軽くカードを交ぜて咲に突き出す。そして彼女が亮の手札から抜いたのは、ジョーカーでないクラブの八。
亮は危うく、カードを持っていない方の手を、天高く突き上げそうになった。
「俺の負けだな」
一瞬その小顔に喜びを浮かべた咲。しかし、亮が負けていながらほっとしていることに気づいたらしく、またも不満げになって、首を振りイヤイヤをした。
「え? どうした? 咲の勝ちだぞ」
亮は狼狽してそう言ったが、咲は再び首を振る。そして亮は悲しいことに、咲の表情が何を物語っているのか理解できてしまう。
「……ちゃんと、勝つまでやるって?」
咲は「うむ」と言わんばかりに頷いた。勝ちを譲られたことに気づいて、それがお気に召さなかったらしい。亮は、またもや額に手を当てて唸った。
(一体、どうしろと? 普通にやったら俺は負けようがない。わざと負けたらそれも気に食わない。目線のことを教えるか……? いや……可愛いから、教えたくない気もする。それに何より咲がショックを受けそうで怖い。さて、どうするか……あ)
勢いよく顔を上げた亮は、トランプケースからもう一枚ジョーカーを出し、シャッフル中のカードに交ぜた。さらに別のカードを一枚、分からないように抜く。すると咲は、何のつもりかと首を傾げた。
「ジジ抜きにしよう。一枚足りないやつが外れ。このほうが面白いぞ」
納得してカードを配り始めた咲に、亮はほっと安堵の息を零す。
今度は亮が二枚、咲が一枚の状況となった。幸いここまで、止まることなくカードが捨てられている。つまり、外れ札はずっと亮の手元にあったので、咲の視線を気にする必要もない。
亮は咲が当たりを引くことを真剣に願った。その思いが通じたのか、亮の手札から一枚抜いた咲が笑みを浮かべる。そして数字の揃ったところを亮に見せてから、カードの山に捨てた。
「あー、くそっ、負けたか」
亮は精一杯、悔しがって見せた。本当は喜びたいところだが。
咲は上機嫌だ。カードを片づけながら、残念そうにしている亮を見て、小さくふっと鼻で笑った。
その瞬間を目撃してしまった亮は愕然とする。
負けるつもりで負けた。うまくいったはずなのだが、鼻で笑われるとどこか納得がいかない。勝負に勝って、試合に負けた──そんな気分で終われたはずが、咲の「鼻で笑う」というクリティカルによって、完敗した気分にされてしまったのだ。
咲が手を振って教室を出て行くと、ちょうどチャイムが鳴った。咲がいる間、教室中の視線が自分達に注がれているのをひしひしと感じていた亮は、「尋問される前に、先生よ早く来い」と、焦燥感と共に祈る。そのおかげか、クラスメイト達の足が亮に向く直前に先生が入って来た。
安堵の息を吐きながら、次の休み時間はどう切り抜けようかと悩んでいると、明が小声で話しかけてきた。
「俺、山岡さんが、あんなに表情を豊かにしているのは初めて見たぞ」
「何も言うな、何も話すな」
亮が唸るように返すと、明は含み笑いを残して前を向いた。
隣の席では、Aグループ(何かと目立つグループ)の一員である小野がチラチラとこちらを見ている。しかし亮は、絶対に視線を合わせようとしない。
授業が始まっても落ち着かないクラスの雰囲気と自身に集まる視線に、亮は天を仰いだ。
(勘弁してくれ……)
二時間目の授業はチャイムから三十秒経っても終わらず、生徒達は焦れったそうにしていた。一方の亮は逃走のタイミングを計る。
昔の人は言った。「逃げるが勝ち」と。文句なしの名言である。
逃げたところで問題の先送りにしかならないと分かっているが、今は少しでも時間が欲しかった。
ようやく号令が済み、先生が教卓を離れた瞬間、クラスメイト達は一斉に亮の席を振り返った。しかしそこには誰もいない。
亮は足音も立てず、既にその場から離脱していたのだ。皆が見つけた時には、もう扉に手をかけていた。
あまりの素早さに全員がギョッとしているなか、亮はほくそ笑みながら扉を開け――凍りつく。
「来ちゃった」
語尾にテへッとハートマークがつきそうな口調だ。かつて見たことがないほど朗らかな笑顔をした梓が、目の前にいる。
亮は即座に扉を閉めた。何も見なかった、何も聞かなかったんだと自分に言い聞かせながら。
額の汗を拭い、ふう、と一息吐くと、やはりと言うか、扉は再び開かれた。
「あたしは生まれて初めて、門前払いというものを味わったわ」
不機嫌さ丸出しで、亮を睨みつける梓。口を引きつらせた亮は、背後から多数の気配が迫っていることを悟る。
「桜木!! なんで、山岡さんとお前が、あんなに親しげなんだ!?」
「もしかして、つき合ってるの!?」
亮は前門の梓、後門の野次馬――クラスメイトに挟まれた。
幸いなことに、亮の陰になっていてまだ誰も梓に気づいていない。とりあえず振り返った亮は、梓を少しでも教室から遠ざけようと、後ずさりしながら口を開いた。
「いや、実は……」
現状打破、もしくは現場から逃げる方法を模索し、亮は脳を全速力で回転させる。
しかしその時、背後から梓の声が聞こえた。
「咲と、亮くんは友達よ」
亮は声にならない悲鳴を上げる。
女子の何人かが、訝しげに亮の背後を覗き込もうとするが、そうはさせまいと、亮は体を動かした。
「桜木くん、後ろに誰かいるの?」
そう尋ねたのは、Aグループの高橋希である。お喋り好きで有名な女の子で、ショートカットの髪が特徴的だ。
「いや、誰もいませ……」
亮は否定しようとしたが、梓が首を伸ばして、ひょっこりと顔を出した。
「こんにちは」
「す、鈴木さん? ど、どうしたんですか?」
鈴木梓に対しては、同学年であっても敬語で話す生徒が男女を問わず多い。彼女は次期生徒会長候補の筆頭で、その美貌とスレンダーな体型、抜群の運動神経、常に学年上位の優秀な成績など、全てを兼ね備えており、男子生徒はもちろんのこと、女子からも憧憬を集めている。
そんな梓がこの教室に一人で来たことに、クラスの全員が驚いていた。そして亮は、これを好機と見なした。
梓とさりげなく挨拶を交わし、教室から抜け出してしまえば、クラスメイトからも、何の用で来たのか分からない梓からも逃れられる。
「こんにちは、鈴木さん」
亮はそう告げて、神速の足運びで教室を出ようとした。しかし――。
「どこに行くんだい、亮くん」
通り過ぎようとする亮の腕を、梓ががっちりと掴む。それに対し、亮は反射的に力で対抗しそうになるが、どうにか抑えこんだ。しかし焦りや驚きもあって、一瞬硬直してしまう。
「りょ、りょう、くん……?」
梓の言葉に、クラスメイト達はあからさまに衝撃を受けている。
亮は冷や汗が大量に噴き出すのを感じた。どんどん悪化する状況を少しでも改善すべく、目に力を込めて梓を見た。
「俺に何か用ですか、鈴木さん」
この言葉の意味は「何しに来た、腕を放せ」である。
目が合った時の梓の表情から、亮は真意が伝わったと確信した。だが梓は不敵に笑い、クラス中に聞こえるように言った。
「そうよ。君に用があるのよ、亮くん」
この一言により、「何でまた、桜木が!?」「『亮くん』って、桜木くんの名前!?」とクラス中が沸く。
亮は口元を大きく引きつらせつつ、チラリと皆の方を振り返った。すると前の休み時間と同じ光景が広がっていた。
梓に文句の一つも言いたいところだが、人前では不味い。とにかく、梓と共にでもいいから、一刻も早くここから抜け出すことがベストだと亮は考えた。強引にでも歩を進めようと足を上げた瞬間、亮と腕を絡めていた梓が教室内へ一歩踏み込む。
片足を上げていたため、亮は見事に引っ張られた。後ろ向きのまま。
「君の席は窓際だったわね。ごめんなさい、ちょっと通してもらえる?」
梓は亮の腕を強く引き寄せ、人だかりの中を歩いて行く。
亮は抵抗しようと足を踏ん張ったが、ここでまたも硬直した。
亮の肘に、梓の胸が触れているのだ。その非常に柔らかい感触に浸りたい気持ちもある。だが、そうすると頭が回らなくなりそうなので、小声で注意を促した。
「お、おい。当たってるぞ」
「これは当たってるんじゃなくて、当てているのよ」
「……なんでだ」
「君のウブな心につけこんで、踏ん張られるのを防ぐためよ」
「……」
突っ込むべきかどうか一瞬悩む。しかし、それはひとまずおいておき、一緒に教室を出ようと提案する。今度は周囲に聞こえる声で。
「鈴木さん、話なら俺の席ではなく、外でしませんか」
すると梓は眉をひそめた。
「休み時間はたった十分しかないのに? 移動時間がもったいないじゃない。それに、さっきから何なの、その君らしくない話し方は……気持ち悪いからやめてくれない?」
「俺は、いつも、こんな、話し方ですよ」
亮は絶叫したいのをなんとか堪え、例の馬鹿丁寧な口調で一句一句否定した。梓の口ぶりは、普段から二人がよく会っていると匂わせるのに、十分なものだったからだ。
そんな亮にますます眉をひそめる梓だったが、亮の席まで来ると、前の席で面白そうに二人を見物していた明と目が合い、軽く微笑んだ。
「ああ、ここ座る?」
「どうも、ありがとう」
空気を察し、立ち上がって椅子を勧めてくれた明に、梓は礼を言った。
明は少し顔を赤くして、頭を掻きながら、そのままちゃっかりと亮の横に座った。その席の本来の主、小野は扉の前であんぐりと口を開けている。
亮は、余計なことを、と明を睨んだが、あっさり無視された。明としては、親友の面白い姿を見逃したくないのだ。
梓は椅子に腰かけて足を組むと、横を向いた姿勢で亮を見上げ、ニコッと微笑んだ。
「君も座れば?」
「…………そうですね」
亮が脱力しながら腰を下ろすと、梓は少し真面目な顔つきになった。
「君が不機嫌になる理由も分かるけどね、咲もあたしも、嫌がらせでここに来た訳じゃないよ」
「じゃあ、何のためですか?」
未だ丁寧な口調の亮に、顔が険しくなる梓。だが彼女は努めて冷静に、真摯にこう答えた。
「いずれ分かるわ。こうしている意味がね……今は、嫌がらせをしに来た訳ではないってことだけでも理解してくれない?」
「……分かった」
亮はため息と共に頷いた。梓にそう言われたら、もう責めることは出来ないし、いつまでも不機嫌にしているのは不誠実である。
「まあ、これでも飲んで元気を出してちょうだい」
梓がブレザーのポケットから取り出したのは、百円パックのカフェオレだった。
「……どうも」
亮は受け取りながら、自分の今までの苦労がこの百円パックによって帳消しにされていくような、やるせない感覚に襲われた。
梓は自分の分も用意していたようで、ストローを差して飲み始めた。亮も梓と同じようにカフェオレを口に含む。
「ああ、ちょっとごめん」
梓はいきなりそう断って、胸ポケットから携帯を取り出した。メールだろうか。その時、彼女の携帯の待受画面がちらりと見えた。
「ぶはっ」
亮は口に含んでいたカフェオレを見事に噴き出した。
梓はこうなることを予測していたらしい。亮が噴き出す寸前、手で亮の顔の向きをズラした。おかげで、彼女には一滴もカフェオレがかからなかった。
「ゲホ、ゴホッ……あ、あんた、何て画像を待ち受けにしてんだ!?」
「ん? これのこと?」
梓は惚けたような顔で、携帯の画面を亮に見せた。そこに表示されているのは、昨日の亮と恵梨花の画像である。亮が恵梨花の頬に手を当て、甘い雰囲気が醸し出された瞬間の。
「んー、なんかこれ気に入ってね。つい待ち受けに……ああ、この時の恵梨花の表情ったら……」
「やめろ、今すぐ代えろ。頼むから」
この画像が他人の目にどう映るか、考えただけでゾッとする。今すぐにでもこの待受画面は変更してもらわなくてはならない。しかし、梓は悪戯っぽく笑った。
「あたしの携帯なんだから、あたしの好きにさせてよ」
「いいか、この場合、写真を使われている人間のプライバシーというものを考えてだな――」
「おい、亮……」
「なんだ」
途中、明の声が割って入ったので、亮は苛立ちも隠さず横を向いた。
そこにいたのは、亮が噴いたカフェオレで頭からシャツまで濡らされた、不機嫌な顔の明だった。
「……すまん」
「……今度、昼飯奢れよ」
「好きなだけ食ってくれ」
即座に応じた亮に、明は「うむ」と頷く。
「ところで、鈴木さんの携帯に何が映っているのか、俺にはさっぱり想像がつかんが、亮……」
「なんだ?」
「さっきから素の口調で話してるぞ、鈴木さんに対して――それもでかい声で」
「……あ」
指摘されて、亮は恐る恐る周りを見回した。
「桜木くんの話し方、今日はいつもとなんか違わない? さっきもそうだったけど……」
「鈴木さんに向かって『あんた』って言ってたぞ」
「携帯に何が映っているんだ?」
皆が興味津々な目を向けている。
亮は軽く頭痛を覚えて唸る。ひとまず、携帯の待受画面について抗議するのはやめることにした。
「それで、俺に何の用ですか、鈴木さん」
「また、その口調……?」
梓は首を振って嘆いたが、すぐ気を取り直した。
「あたしがここに来たのはね、君に後顧の憂いがないようにするためでもあるのよ。君も誰かを助ける時、後々の心配がないように対策を講じているでしょう?」
彼女が最後の部分だけ、周囲に聞こえないよう声を低くしたので、亮もそれに合わせる。
「まあ……なるべくな」
「あたしも咲も、君を助けるつもりでここに来てるのよ。後顧の憂いがないようにね」
「……俺の後顧の憂いって?」
「それも後になれば分かるわ」
「…………そうですか」
亮は脱力するように会話を打ち切る。しかし、わざと周りに聞こえるように大きな声で、丁寧な口調にすることも忘れなかった。梓は再び眉をひそめる。
「とにかく、その口調はやめてくれない? こっちの調子が狂うわ……まったく、Aだとか、Bだとか、気にしすぎじゃないの?」
「俺にとっては大事なことなんですよ」
昨日の帰り道、亮は恵梨花、梓、咲の三人に、A、B、Cのグループ分けについて説明した。咲は無表情のまま何も言わなかったが、梓は多少興味がありそうな目をしていた。恵梨花は微笑んでいたが、目は笑っていなかった。
その時のことを思い出した亮は背筋に冷たいものを感じ、やや顔色を変える。
そんな亮を訝しげに見ていた梓が、何かを思い出したように言った。
「A、Bで思い出したわ……ちょっと耳を貸してちょうだい」
「ここで? 耳を?」
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