Bグループの少年

櫻井春輝

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9巻

9-2

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「……亮さん? 敬語……?」

 郷田が雪奈の亮への態度を見て、ポカンとなる。

「テストなら終わったぜ。おっさんとは、剣道部の合宿の話をしててな」

 亮がそう答えると、郷田があんぐりと口を開けた。

「ちょっと、亮さん、剛くんのこと、そんな風に呼んでるんですか?」

 雪奈が笑って亮の腕をペシリと撫でるように叩く。

「え? ああ……なんか、もうくせになってな」
「ふふっ、亮さんったら」

 雪奈がコロコロと笑っているのを見たからか、郷田が頭を抱えている。

「……桜木、その人はお前より歳上なんだぞ……」

 亮が雪奈に対してタメ口だからだろう、地をうような声でそう言ってきた郷田に、亮が口を開く前に雪奈が先んじて言った。

「もう剛くん、そんな私だけ年増としまみたいなこと言わないでくれる? それに亮さんには私からお願いして、今みたいに話してもらってるの。だから剛くんは気にしないで?」

 雪奈は笑顔のままだったが、妙な迫力を漂わせていて、郷田は居住まいを正して返事をした。

「は――はい! すみません……」

 そうやって冷や汗を流しているのは郷田だけでなく、隣に座る亮と恵梨花と、未だ足元で寝転がっている美月もであった。

「それで、亮さん。剛くんと、どうして剣道部の合宿の話を――?」

 そう問われて、主に郷田が中心となって、事情が説明された。

「――まあ、亮さんって剣まで達者たっしゃだったんですか」
「いや、達者って言うほどじゃねえよ。弟子入りしてた期間だって短けえし」
「それでも、剣道部員達に指導出来るほどなんですよね?」
「細かい指導は無理だな。動きで変だと思う所の指摘や、乱取りして良い所、悪い所を言ってやるのが精々か」

 亮は謙遜けんそんするが、それが出来るだけでも大したことだというぐらいは、素人でもわかる。
 感心する雪月花三姉妹と華恵の前で、郷田が意気込んで言う。

「それこそがお前に頼みたいことだ――!」
「わかったって――言っておくが、俺にお優しい指導なんて求めんなよ」
「それについては神林から重々聞いて承知済みだ」
「――そうかい」

 苦笑してため息を吐く亮の隣で、雪奈が頬に指を当てて「うーん」と何やら悩んでいる。

「ねえ、ハナもその合宿について行くのよね?」
「うん。亮くんがそこで護身術教えてくれるんだって」
「いいなー。ツキも、亮にいから教わりたいなー」
「いや、ツキは柔道を習ってるじゃねえか」
「じゃあ、亮にい、ツキに柔道の稽古つけてよ」
「……ツキは習ってるとこがあるんだろ? そこで頑張れよ」
「むー……――? あれ?」
「どうしたよ?」

 亮がそう聞くと、郷田と恵梨花も美月と同じように、何かに気づいたような顔になった。

「え、亮くん、柔道も出来るの……?」
「……なんでそう思った?」
「え、だって……」
「ツキちゃんに柔道の稽古は出来ないとは言わなかったではないか――つまりはそういうことなのだろう?」

 郷田が呆れたように言うと、亮は押し黙った末に、短く息を吐いた。

「少しだけな。みれ――うちの道場の内弟子うちでしで柔道から転向してきたのがいたんだ。そいつから遊びがてらたしなみ程度に、な」
「亮くんの――」
「――嗜み程度、か……」

 複雑そうに呟いた恵梨花の続きを、郷田が真剣な顔で口にした。

「えー! じゃあ、亮にい柔道出来るんじゃん! ツキに稽古つけてよ!!」
「いや、だからな、遊びがてらって言ってるだろ。細かいルールなんて知らねえし、ツキみたいに正式な柔道の大会とか出てるやつに教えたら、きっと面倒なことになる。だから諦めろ」
「えー!? そんなこと言わないでさあ!!」

 美月が足を掴んでユサユサ揺さぶってくるので、亮はため息を吐いた。

「……また今度、気が向いたらな」
「本当!? やったー!!」

 ようやく立ち上がって、小躍りし始める美月に亮が苦笑していると、華恵がやれやれと首を振っている。

「もう、ツキったら。亮くん、無理しなくていいのよ?」
「いえ……気が向いたら、ですので」
「――ああ、そういうこと」

 クスリと面白がるように笑む華恵に、亮は肩をすくめた。

「あのー……亮さん、剛くん」

 何か考え込んでいた雪奈が、小さく手を上げて控えめに声をかけてきた。

「……どうした、ユキ?」
「なんでしょうか、ユキさん」

 亮と郷田に目を向けられた雪奈は、複雑に眉を曲げ、言い難そうに口を開いた。

「その合宿なんですけど……私もついて行って、ハナと一緒に護身術を教えていただくのはダメでしょうか」

 その提案に亮、恵梨花、郷田はポカンと口を開いた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「恵梨花ー!」

 恵梨花は今日の待ち合わせ相手であり、小学校からの友人である折原香おりはらかおりを見つけて、手を振りながら駆け寄った。
 今日は郷田が藤本家を訪れた日の週末の日曜日、以前香と約束していたダブルデートの日である。

「香ー!」

 その時にはまだ、香の隣に立つ彼氏だろう男の顔はよく見えていなかった。
 香は前に会った時と違って、髪型がショートボブに変わっていたが、それもよく似合っていて相変わらず可愛かった。

「ひっさしぶりじゃん、恵梨花!」
「本当、久しぶりね、香」

 二人して笑顔でキャッキャと手を取り合って、軽く近況を話しながら喜び合う。

「――はは、香。そろそろ俺のことも紹介してくれないか」

 香のすぐそばに立って、二人がはしゃいでいるのを苦笑して見ていた男が、そう言って入ってきた。

「あ、ごめーん、淳也じゅんやさん! 恵梨花、この人が私の彼の、山本やまもと淳也さん。私達より二つ年上の大学生よ」

 紹介された男は背が高く、スラッとしていて格好いい人であった。
 恵梨花は会釈えしゃくしながら、挨拶あいさつを交わす。

「初めまして、藤本恵梨――花――……です」

 恵梨花は途中で男に見覚えがあるような気がして言いよどみ、そして少ししてから思い出した。

「――はは、無理もないけど、やっぱり俺のことなんて覚えてないか、藤本さん」

 淳也は苦笑して、恵梨花を見据える。
 その時、気のせいか恵梨花の背筋にゾクッとしたものが走った。

「えっと――いえ、覚えてます……」

 恵梨花と淳也のそんな微妙な雰囲気の様子に、香は頬を引き攣らせていた。

「えーと……あれ、もしかして、いつもの……?」
「えっと、いつものって言われても……」

 恵梨花がそう返すと、淳也がなんでもないように言った。

「俺もいつものが何かわからないけど、そう複雑なことじゃないよ。俺が過去に藤本さんに振られたことがあるってだけさ」

 そう、恵梨花の記憶が確かなら、一年前だっただろうか。学校の帰りに、電車で声をかけられ告白され、恵梨花はいつものようにお断りしたのだ。
 今の状況において、なかなかに複雑だと思われることをサラッとそう口にした淳也。
 恵梨花がそっと横目で香を見ると、香は苦い顔をして肩を落としていた。

「はは、でももう過去のことだろ? 俺は今、香が好きで香と付き合ってるし、藤本さんだって彼氏がいて……そういえば、その彼は? 一緒に来てないのかい?」
「そういえば、いないじゃん。恵梨花の彼は?」

 香は淳也の言葉に元気を取り戻して、恵梨花に亮の所在について尋ねた。

「ああ、それがね。少し遅れそうだから、先に待ち合わせ場所まで行っててくれって――ごめんね?」

 恵梨花は二人に向かって、手を合わせて謝った。

「ふーん? どれぐらい遅れそうなの?」
「えっと、数分ぐらいだと思うって言ってて。一緒にこっちに来る予定だったんだけど、直接向かうから先に行っててって……もうすぐ来ると思うんだけど――」

 恵梨花がそう言っていると、待ち合わせのこの場所、駅前のロータリーに赤と黒でカラーリングされたネイキッドのバイクがなかなかに大きな音を立てて進入してきた。

「――へえ、格好いいバイクだな」

 音につられたのだろう、淳也が同じ方向に目を向けていた。
 バイクを見た香が淳也に尋ねる。

「あれって、二人乗りできるやつなんですか?」
「そうだよ。やっぱりバイクっていいよな」
「そうですよね。でも、なんでバイク乗ってる人、スーツ着てるんだろ。珍しいですよね?」
「確かに珍しいね。けど悪くない――どころか格好いいと思うよ。やっぱり免許取りに行こうかな……」
「あ、そしたら、二人乗りしてツーリングとか出来ますよね?」
「そうだね。免許取ってすぐには無理だけど、行けるようになったら行こうか」
「本当ですか!? やった……!」

 喜ぶ香に淳也は微笑んでいる。
 そしてなんとなしに三人で動いているバイクを見ていると、そのバイクが近くまで寄ってきたかと思えば、三人の真ん前で停まったのである。
 何事かと目をしばたかせる三人の中で、恵梨花だけがそこからの反応が違った。

「……え?」

 バイクを見た時からどこか既視感を覚えていた恵梨花は、ここでまさかと目を丸くした。
 そしてバイクの乗り手であるスーツを着た男が、バイクと同じく黒と赤でカラーリングされているフルフェイスのメットを脱ぐ。寝ていた髪を浮かせるためもあるのだろう、くたびれたように頭を振ってから、声をかけてきたのである。

「――悪い、遅くなった恵梨花」

 亮だった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 ダブルデート前夜のこと――

「むふふふふ……くふふふふ……」

 机に向かって腰かけていた折原香は、明日のダブルデートの詳細を決めるために、恵梨花とメッセージをやり取りしていたRINEの画面を見ながら不気味な笑みを浮かべていた。

「ぬっふっふ……今度こそは私が勝ちほこる番よ、恵梨花……!」

 香はなおもニヤニヤとしていたが、口から出る言葉にはなかなかに強いものがあった。

「自慢してやる……自慢してやるからね、恵梨花。待ってなさい……!!」

 香以外誰もいない部屋で、彼女は鼻息荒く一人呟いていた。

「明日のダブルデートで、私の彼の方が素敵だって思い知らせてやるわ……! オーホッホッホ! オーホッホッホ――!」

 独り言にとどまらず高笑いを上げる彼女について、誤解なく述べておくと、香は恵梨花のことを嫌っている訳ではない。むしろ大好きな友人だと思っている。
 では何故、彼女がこのように恵梨花に勝ち誇ることを想像して、一人高笑いをしているかというと、香と恵梨花には浅からぬ因縁――と言うほどではないかもしれないが、少々こじらせているものがあるためだ。
 折原香という少女が「あれ、私ってけっこう可愛い? イケてる?」と思ったのは、中学校に入った頃だ。
 これだけ聞くとただの自惚うぬぼれのように思えるかもしれないが、実際に彼女の容姿は優れていた方で、クラスメイトの大半の少女を上回っていたのは事実だった。
 そして思春期に突入したばかりの香は同年代の多数にれず、彼氏というものに憧れ、素敵な男の子とお付き合いする自分を想像しては胸を高鳴らせた。
 そんな香であるが、前述したように彼女の容姿は優れている。なので、香は素敵な男の子とお付き合いする自分を、単なる理想で終わらせることなく実現させることは、難しいことではないと思っていた。
 そう――思ってのである。
 香は胸に抱いている憧れを実現するべく動いた。
 評判の良い男子、格好いい男子の話を聞けば、その男子のいるクラスに行き、ターゲットの近くにいる女の子に話しかけ、その流れで男子に話しかけてとアプローチを積極的に行った。
 違うクラスの可愛い女の子が話しかけてくるのだ。ハッキリ言って効果は抜群だった。ターゲットの男子が香のことを意識するのにそう時間はかからなかった――が、香は致命的なミスを犯していた。
 そのミスに気づいていなかった香は、満を持してターゲットに告白を行った。

『ごめん――俺、藤本さんのことが好きなんだ』

 ――そう、そのミスとは、香は自分のとは違うクラスに行くのに一人では心細かったために、小学校からの友人で、その当時のクラスメイトでもある恵梨花を伴っていたということだ。
 この頃の恵梨花の容姿は、写真を見た亮から『女神になりかけの天使』と言われていた。ちょっと訳がわからないものであるが、その強烈な可愛さは伝わるものと思われる。
 香が積極的に話しかけて彼女を意識した男子生徒だが、そのすぐ横にいる恵梨花に見惚みとれずにはいれなかったのである。
 それどころか、恵梨花は付き合いでそのクラスに来ていただけにもかかわらず、そのクラスの男子を根こそぎ魅了してしまっていたのである。
 という訳でフラれてしまった香であるが、恵梨花を恨むことなどしなかった。冷静に考えれば当然の結果だった。
 小学校の時でも恵梨花と同じクラスだった香は、隣のクラスも含めた男子全員が恵梨花に首ったけだったことを知っていたのだから――そのせいで、香を含めた女子達は自分の容姿を意識することもなかった、という事実もあった。
 おのれの敗因をさとった香は同じてつを踏まなかった。次に標的と定めた男子のクラスに行く時にはもう恵梨花を連れて行くことはしなかった。
 だが、それをするにはもう遅かった。
 当時の香のクラスと彼女の最初のターゲットのいる男子のクラスは、廊下の端と端に位置していた。つまり休み時間の度に香は恵梨花を伴って、同学年の全てのクラスの前を横切っていたのである――何度もだ。
 それが何を意味するかというと、入学式の時から、ただでさえその奇跡的な容姿で噂になっていた恵梨花を、同学年のほとんどの男子の目に何度も触れさせてしまったのだ。それも、友人である香と楽しげに笑って話す恵梨花をだ。付き合ってなお、亮を魅了してやまない恵梨花の笑顔をだ。
 後はもうお察しの通りだ。香が一人目のターゲットにフラれた頃には、実に学年の九割の男子が恵梨花に魅了されており、恵梨花に告白する男子が後を絶たない事態になっていた。
 当然、香が次にターゲットにと定めた男子もその内の一人となっていたのである。
 だけでなく、恵梨花を連れ回したせいで、学年の男子の目に触れさせ魅了させてしまったことに対して、香は同学年の女子から軽く戦犯せんぱん扱いされてしまった。
 普通なら恨みは恵梨花に向きそうであるが、当時の恵梨花には天使のごとき純真さ溢れるオーラがこれでもかと漂っており、そうしたマイナスの感情を向けるなどとてもできなかった。
 また、それだけでなく、連日呼び出されては告白されてホトホト参っている状態だったために、それが同情を生み、恨みねたみは最低限に止まっていたのである。恵梨花の人柄の良さも恨みを向けられるのをまぬかれた要因の一つだろう。
 そんな訳で同学年の女子からの恨みを受け、香はあわや村八分におちいりかけた。だが香のせいで一番迷惑をこうむっていると言える恵梨花自身が、香への態度を一切変えなかったため、危うい事態は避けられたのである。
 香は恵梨花に感謝しつつ反省したが、彼氏をゲットすることは諦めなかった。
 だが、同学年の男子はもう既に全滅と言っていい。ならばと、香は次なるターゲットを年上から選ぶことにした。考えてみれば、年上の彼の方がなんとなく良かった。
 しかしながらそれも失敗に終わる。なぜなら――

『ごめん、俺、藤本さんが好きなんだ――あ、姉の方ね』

 二学年上には恵梨花の未来を思わせる姉、雪奈がいたのである。
 その学年の男子は既に雪奈に魅了されていたのだ。だけでなく、年上に興味のある一学年上の男子達もだった。学年が上でも年下好きの男子達は、やはり恵梨花に釘付けになっていた。
 気づいた頃には学校の男子は、恵梨花派か雪奈派に分かれていたのである。
 しかしながら香はめげずにアプローチを繰り返しては告白をした。何故ならいくら恵梨花や雪奈に惚れようとも、フラれたのなら諦めなくてはならず、そうなれば自分にチャンスが回ってくると考えたからだ。
 この頃になると藤本姉妹に一度フラれるのはこの中学校の男子の通過儀礼つうかぎれいみたいになっていて、香はそういった男子を中心に狙った。
 実際、フラれ済みの男子と付き合った女子は少なくない。ならば自分も、と奮起するのは当たり前であった。
 しかしながらどうにも上手くいかず、フラれる日が続く。だが、フラれるだけならまだしも、時にはこんなことを言われることもあった。

『ごめん、俺、やっぱり藤本さんが好きで――そういや、君って藤本さんと仲良かったよね? 出来たら仲介してくれないか――ゲブ!?』

 男子がそう言ってる途中で、香は思わずアッパーカットを繰り出していた。
 そうして雪奈が卒業し、香が二年生に上がった時には年下の彼氏も悪くないかもしれないと、良さげな新入生の男子にアプローチを仕掛けようとも思ったが、やはり恵梨花に魅了されている者が多かった。
 そして一年後の三年生になると、雪月花の末っ子、美月が入学して――――以下略。
 受験を控えた香は決心した。恵梨花と違う高校に行こう、と。そして格好いい彼氏を作ろうと。
 そんな彼女は己を磨くことをやめなかった。結果、高校に入学すると今までの経験がうそであるかのように彼女はモテたのである。
 自分はやはりイケていたのだと香は思いを新たにしたが、どうにも想定以上にモテて戸惑った。
 何故だ――と考え、友人に合コンに誘われ参加していく内に、彼女は悟った――悟ってしまった。
 合コンに参加する度に、容姿が見劣りする女の子を引き立て役として誘う友人と、誘われた女の子が並んでいる姿を見て気づいてしまったのだ。
 恵梨花という輝かんばかりの大輪の花が横にいたから、自分への注目が少なかったのではないかと、あまり可愛く見られなかったのではないかと。
 そのことに気づいた香は愕然とした。
 察しているかもしれないが述べておく。香はちょっとアホである。気づくのに少し――いや、かなり遅かった。が、手遅れではなかった。何故なら恵梨花と違う高校を選んでいたのだから。
 香は小学校の時から中学を卒業するまで、何の因果かずっと恵梨花と同じクラスでずっと仲の良い友人として一緒にいた。
 恵梨花の隣を離れることで、香の容姿はようやく陽の目を浴び――いや、正当な評価を受けたのだ。
 そうして何故、自分が彼氏を作れなかったのか。その原因がわかっても、香が恵梨花を恨むことはなかった。
 何故なら、恵梨花に香の恋路の邪魔をしようという意図がなかったのはわかりきっているし、何より香は恵梨花が好きだったからだ。どれだけモテてもそれを一切鼻にかけず、さらには優しくて可愛くてユーモアもある恵梨花と一緒にいた時間は本当に楽しいものだった。

「そう……恵梨花、あなたは本当にいい友達よ……? 私よりちょっと――どころでないぐらい可愛くて、優しくて、面白くて、成績も良くて、運動神経も良くて、女子力も高くて……そう、全てにおいて……お、い、て――」

 香は自分で口にしながら軽くヘコみつつ、歯を食いしばった。

「――そう、全て負けてるけど、何か一つぐらいは勝ちたいのよ――!!」

 拳を握った香は、天井に向けて吠えた。

「恵梨花、あなたは何も悪くない。ええ、悪くないわ。今でも大好きなのも変わらないわ――ああ、電話した時の恵梨花、可愛かったわ」

 首を振りつつしみじみと一人呟いた香は「でもね――」と付け加えた。

「このままじゃ、私の女としてのプライドはズタズタなままなのよ――!」

 そう、香の心境はこれに尽きるのだ。

「だから……だから、ゲットした彼氏の素敵さでは勝たせてもらうわよ!!」

 香がダブルデートを考えたのはこのためである。

「――あと、やっぱり久しぶりに会う恵梨花の可愛さも堪能たんのうしたいし~」

 なんだかんだ言って彼女も恵梨花の魅力に参っている一人である。彼氏のこと関係なしに、恵梨花に会いたいのだ。

「けど、今回ばかりは勝ち誇らせてもらうわよ、恵梨花!!」

 鼻息荒く、ふふんと笑う。
 恵梨花と同じ高校に行った同中の友人から香が聞いている話では、恵梨花をついに陥落かんらくさせた男というのは、どうにもダサい眼鏡をかけたパッとしないえない感じで、良い評判も聞かない人物らしい――もっとも、これは恵梨香たちが付き合い始めた頃に聞いた話で、今はもうちょっと周囲の亮の評判は良くなっている。それに加えて、香の耳には泉座せんくらでの噂は入っていなかった。
 対して香の彼氏は年上の大学生で、運動神経も良く、家はお金持ちだ。しかも、本人はそれに甘えることなくバイトもして自立精神もあり、勿論高校生とは違う包容力と落ち着きも兼ね備えている。

「ふっふっふ――勝った! 勝ったわ!! 今回ばっかりは私の勝ちよ、恵梨花!!」

 たまらず香は今日、何度目かわからない高笑いをする。

「もし悔しがってたら私が優しくなぐさめてあげるわ! オーホッホッホ! オーホッホッホ――!」
「――香!! さっきから何不気味な笑い声上げてるの!! 何時だと思ってるの!?」
「ご、ごめんなさーい!」

 香はちょっと――いや、結構残念な子である。しかし悪い子ではないのは保証しよう。


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