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第四章 Bグループの少年と夏休み
第十話 調達2&3
しおりを挟む「うーん……」
恵梨花が難しい顔をして唸っていると、練習の相手をしていた姉の雪奈が小首を傾げた。
「どうしたの、ハナ」
「え、うん……なんか冷静になってみると、いくら亮くんでも熊と戦うのは危ないんじゃないかって思って……」
ある意味では、というよりも真っ当な考え方では当たり前なことを口にした恵梨花に、雪奈は目を丸くした。
「まあ、今更?」
「う、うん……亮くん、大丈夫かな……?」
だんだんと今更ながらに心配の顔になっていく恵梨花に雪奈は優しげに苦笑を零した。
「亮さんのあの様子なら大丈夫だと思うけど」
「うん。私もそう思ったんだけど……ユキ姉は心配じゃない?」
「そりゃ心配なことは心配だけど……」
そう言って少し考える様子を見せた雪奈は、何かに気づいたような顔になった。
「もしかして、ハナ、亮さんが本気で戦ってるとこって見たことない?」
「亮くんの本気……」
そう言われて思い出すのは泉座での時のことである。
あの時は何十人とギャングを相手にしていた。が――亮は終始非常に涼しい顔をしていた。
「うーん……本気かどうかはわからないかな。でも、全力でっていうのは見たことないと思う」
「それって、ハナが亮さんと一緒に泉座に行ったって時の話かしら?」
「うん。十人以上のギャングの人達に囲まれて、亮くん涼しい顔して無傷で全員やっつけちゃったんだよね」
つい口に出してしまった内容に、雪奈は一瞬頬を引き攣らせた。
「そ、そう……でもそう、涼しい顔ね……」
「……それがどうかしたの?」
「ああ、私もその時の亮さんが全力かはわからないけど……すごく怒って暴れてるとこは見たことあるから」
「あ……」
それは雪奈がまさに亮に助けられたあの時のことであろう。
「ああ、気にしなくていいからね、ハナ。それに私から口にしたことなんだから」
「う、うん」
「そう。私はその時の亮さんを見たからかしらね……あの時の亮さんなら熊を相手にしても問題無いように思えちゃうのよ」
そう言って雪奈はどこか困ったようで、そして面白がってるような笑みを浮かべる。
「……その時の亮くんって、そこまで……?」
掘り起こしてもいいのか悩みながら聞いてみた恵梨花のその問いに、雪奈は真剣な顔で静かに頷いた。
「そこまで、よ。正直なところ、人間が出来ることには見えなかったわ……亮さんが動く度に誰かしらの骨が折れるような音が響いていたのよ。私の足元には歯が転がってきたのよ」
雪奈の真剣な声のトーン故か、恵梨花はゴクリと喉を鳴らした。
「そ、そっか……」
なるほど、雪奈は恵梨花が見たことのないレベルで暴れる亮を見たことがあるから、恵梨花ほど心配にならないようである。
◇◆◇◆◇◆◇
「この辺だと思うんだがな……」
樹の枝から枝へと、時に手で、時に足を使って、まるで猿のように移動している亮は一人呟いた。
旅館のおじさんから聞いた話から推測するに、そろそろ熊が出没したポイントのはずである。
後は、熊の移動跡を見つけてそこから辿らなければならない。
「やっぱり一度、見かけたって人にどの方角に行ったか話聞きに行った方がいいか……?」
そのように思案しているところで、亮の鋭い鼻が違和感を嗅ぎ取った。
「! ……野性動物の匂い……それも大型……!」
自然の匂いの中で大型動物の匂いは目立つ。
匂いが強いと思われる位置を探ると、熊の足跡が目に入る。
「よし、近い!!」
亮は物騒に笑って、熊の足跡を辿り始める。
「しっかし、ラッキーだったな……」
北海道に行かずとも熊に出くわすなんて、と。
亮は顔がニヤけるのを抑えることが出来なかった。
熊は色んな意味で美味しい。
まずは肉が美味い。食べる人によっては匂いが気になるらしいが、食べ慣れてる亮にとっては、実は牛肉より好きだったりする。食べれば力もつく。
次点で、熊との戦いが楽しめる。熊は人間より丈夫で強く、本気での練習相手が身内以外ではなかなか見つからない亮からしたら貴重な鍛錬の機会となる。
「おまけにこの合宿じゃ、ずっと手加減しっぱなしだったしな……」
この合宿において亮は体を動かしているが、それに反して欲求不満は募る一方であったのだ。
何故なら、達人級に届かない学生相手では本気を出せる筈もない上に、うっかり力加減を間違えば大怪我必至であるからだ。
練習しない日をただ過ごすのと、手加減を強いられる中で体を動かし続けるのとでは、ストレスの溜まり具合は大きく違う。もちろん、後者が大きい。
なので熊を狩ることは亮にとっては、うってつけとも言えるストレス発散の機会なのだ。
熊が現れたことを耳にした亮が我を忘れるほど歓喜したのはそういう訳である。
「どこだ、どこだ……?」
恵梨花や雪奈、部員達が自分を心配してるなど露とも考えず亮は熊の足跡を追い続ける。
そうして山の中を駆けること五分もした頃に、ノソリとこちらに尻を向けて歩いている熊を発見。
「見つけたぜえ!!」
◇◆◇◆◇◆◇
「もう一時間は経つよな……?」
「……桜木か?」
「ああ……いい加減、警察に連絡した方がいいんじゃね?」
「……主将は二時間経ってからって言ってたろ?」
「あー、まあ、そうだけどよ……」
「うん、まあ、いくら桜木でもって思うよな……」
「そりゃそうだろ、熊だぞ!?」
「だよなあ。熊と素手で戦う……漫画とかじゃよくあるし、実際に熊を素手で追い払ったって話も聞いたことはあるけど……」
「それだって偶然出くわしてしまって、我武者羅に抵抗してそれがたまたま上手くいったとかそんなだろ……?」
「……やっぱり無茶だよなあ……」
「いや、でも桜木なら、って思っちゃうところもあるんだよなあ……」
「……なんだよなあ」
部員達が亮の無事について話し合っては嘆息している姿があちこちで見られていた。
「主将ー、まだ連絡しなくていいんですか?」
部員の一人が郷田へと声をかける。
「ううむ……まだ二時間経っていないしな……」
「でも、何かあったら……?」
「……仮に警察に連絡して、何もなかったように桜木が帰って来る可能性もあって、その時のことも考えるとな……」
「……それはたしかに面倒臭い事態になりそうですね」
そう、そこが一番の問題であった。
部活動の合宿で生徒の一人が熊を追いかけたからと警察に連絡した場合、かなりの大事な問題に発展するであろう。
しかし、亮のあのテンション高い様子を思い出すと、無事で帰ってくるような気がしてならない。
その場合、警察を呼んでいたりすると、怒られたり注意されたり説教されたり、最悪、部の活動を停止させられ、折角の全国大会に出られない可能性だってある。
もちろん、人の命に代えられることではないので、普通なら警察に連絡しているだろう。
だがこの場合、普通では無いと言えるから判断に困ってしまうのである。
亮が剣道部の前に姿を――本性を出してから、部員達は亮の能力に驚かされっぱなしであるのだ。
合宿が始まってからは特にひどい。
そういう訳もあって、亮なら大丈夫なのではないか? 警察に通報するだけ損をしてしまうのではないかという懸念が付き纏い離れない。
そのために警察への通報はどうしても二の足を踏んでしまうのである。
「……とにかく二時間だ。桜木が一時間以上も捜索に時間を使うとは思えないし、仮に遭遇したとして桜木なら簡単に殺されることも無いだろうし、状況が危険だと判断するのに二時間かけても問題はない……筈だ」
郷田は自分に言い聞かせるように言った。
それを聞いて部員達も躊躇いがちに頷く。郷田と同じように自分に言い聞かせてるような顔だった。
「……そういや、将志に成瀬。お前達はどう思うんだ?」
亮が出ていってからこの二人だけは、普段と変わらずの調子であり、部員の一人がそう声をかけた。
たまたま近くにいて談笑していた二人は、顔を見合わせて首を捻った。
「大丈夫なんじゃないですかね?」
「最悪で怪我して帰ってくるんじゃないかな?」
そんな将志と千秋の暢気な、がつく調子の答えに部員達は難しい顔になった。
「……それは無事である可能性が高いってことか?」
そう問われた二人は再び顔を見合わせると、苦笑を浮かべあった。
「まあ、無事だと思いますよ……」
「うん、亮だし……」
そんな風に返され、部員達は戸惑いをその顔に浮かべる。
「えーと、つまり、二人とも桜木のことは心配してないってことか……?」
その質問に対し、二人は躊躇いなく頷いた。
「そうですね」
「この手のことに関して、亮の心配なんてするだけ損しますよ」
最後の千秋の言葉に、部員達はすぐには二の句を返せなかった。
「……い、いや、心配するだけ損って……」
一人の部員が絞り出すように言うと、どこかから噴き出すような音が聴こえてきた。
「……今の藤本さん?」
その声に反応して恵梨花と雪奈のいるコーナーに注目が集まる。
同時に恵梨花が苦笑しながら頭を下げた。
「ご、ごめんなさい。そういえば私も同じこと言われたなって思い出しちゃって……」
「い、いや別にいいんだけど……同じこと?」
「んん? 恵梨花、誰に言われたの?」
千秋が面白がるように聞くと、恵梨花は少し考えてから答えた。
「瞬くんだよ」
「あ、瞬に会ったんだ! へえ……亮が恵梨花を紹介したんだよね?」
「へえ。亮が藤本さん連れて藤真くんとねえ……意外」
意外そうにしている千秋と将志に、恵梨花はクスリとしながら手を振った。
「あ、成り行きでだよ」
「成り行き……ああ、なるほどね」
色々と察したような千秋に恵梨花は頷いた。
「ふんふん、その時に言われた訳だ?」
「うん――」
頷いた恵梨花と、将志と千秋が同時に口を開いた。
「――この手のことに関して亮の心配なんてするだけ損だ」
三人の声が綺麗に揃った。
言い終えたと同時、三人が声を立てて笑い合う。
「えーと、つまりなんだ、桜木は絶対大丈夫って思ってるんだな? 成瀬も将志も藤本さんも?」
そんな部員の質問に三人が揃って頷いてから、将志が言う。
「あと、さっき熊が美味いとか亮が話してたの聞いて少し思い出したんですよね」
「なにを……?」
「中学の時に、亮が毎年夏に食べる熊肉が楽しみだとかそんな感じのこと話してたんですよ。それ聞いた時は、単にそういう店に食べに行ってるんだなって思ってたんですけど、さっきの亮の様子からすると……」
もはやそれは言わずもがな、かもしれない。
どう返そうかと部員達が口籠もっている時だ。
外で風に当たっていた部員が出入り口から顔を覗かせて叫んだ。
「おい! さっきのおっちゃんの軽トラが戻ってきたぞ!!」
その軽トラとは亮に頼まれて、戸惑いつつも山の麓に出発した民宿のおっちゃんの軽トラである。
その軽トラが帰ってきたということは、意味することは一つ。
部員達に加えて藤本姉妹は顔を見合わせると、一目散に外へと駆け出した。
そして一同が軽トラを目にすると、運転席にどこか引き攣った顔をしたおっちゃんがおり、隣には誰も座っていないのがわかった。
「あれ、桜木いなくね……?」
部員達が「まさか」という表情を浮かべた時だ。
「ある~日~、くまさ~んを~、見つけた~」
上機嫌な歌声が車の後方から聴こえてきた。
歌詞の内容よりも、その暢気な亮の歌声が聞こえて部員達がホッと息を吐いたのと同時、軽トラが彼らの前に停まった時である。
「ギャアアアアアアア!?」
「うわあああああ!?」
「キャアアアア!?」
「出たあああああ!?」
男女問わず悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすようにその場から部員達は逃げ出した。
それも無理はない。何故ならば、それはそれは大きな熊が軽トラの荷台に乗っていたからだ。
初めて見た野生の熊だからか、思っていた以上に大きいように見えて仕方がないし、実際に大きい。
こんな至近距離でそんな大きな熊を目にした経験のある部員は一人もいなかったのである。
「……おい、戻ってこい。死体だって」
荷台で熊と一緒に座っていた亮が呆れたように部員達へ声をかけた。
「……りょ、亮くん……!? 亮くん! 無事なの!? 怪我してない!?」
「亮さん、無事なんですね!?」
恵梨花が雪奈と一緒に荷台へ駆け寄るが、途中でやはり熊が怖かったのか荷台から一メートル手前で立ち止まる。
肝心の亮であるが、ところどころ薄汚れていて、どこかくたびれているように見える。だが、表情は非常に上機嫌で、スッキリしているように見える。
「おう、無事だぜ。てか、怪我したら不味いだろ」
からからと笑う亮に、藤本姉妹は揃ってその大きな胸を揺らして安堵の息を吐く。
「そ、そっか……」
「そ、そうですね……」
「違うそうじゃない」という声は飛んでこなかった。
部員達は全員、本当に熊を仕留めて帰ってきた亮に驚愕していたからだ。
「と言う訳で、恵梨花! ユキ! 今日はこいつでステーキ焼いてくれ!」
亮が上機嫌だと一目でわかるそれは良い笑顔で、熊の腕を持ち上げるように掴みながら言った。
そうすることで熊の体がこちらに向く。と同時に、熊の首がありえない方向にコテンと曲がる。おまけに左目は何かに引き裂かれたように血が流れているような痕がある。
そしてどう見ても死体だとわかる。
「ひいっ……」
目にしたものの不気味さに、誰か、もしくは全員かもしれないその口から弱々しい悲鳴が漏れる。
「どうだ大物だろ!? 食いでがありそうだろ!」
言葉だけ見ると熊を仕留めたことを誇らしそうに思えるが、亮は熊が想定より大きいことを喜んでいるように見える。
「そ、そ、そ、そ、そ、そう、だね……」
恵梨花が絞り出すように、頬を思いっきり引き攣らせながら返す。
「ほ、ほ、ほ、本、当、に大きい、ですね……」
流石姉妹と言うべきか雪奈は妹と似たような表情をしていた。
そんな二人の「引いた」様子に気づかない亮は再びからからと笑う。
「だろ! あ、そうそう、こいつ運んでる時にこれも拾ったから」
そう言って亮が荷台の陰になっている箇所からひょいと持ち上げたのは猪の死体であった。それも昨日のと比べて負けず劣らずの大きさである。
「う、うわあ……」
恵梨花と雪奈が思わずといったように声を漏らした。
部員達は大きく口を開いてあんぐりとしている。
「確かお母さんが猪の肉欲しがってるって言ってたんだよな? これ半分ぐらい送るか」
「そ、そんなにはいらないんじゃない、かな……」
「そうか……? いや、残った分、俺が食うし構わねえんじねえか?」
「……考えてみればそうだね」
「だろ? いやー、それにしてもここも肉には困らねえし、いい合宿所だな! 北海道と違って鹿は出ねえけど、猪は出るしな! 猪食いたい時はここに来るのもいいかもな!」
そんなことを言う亮は本当に上機嫌でテンション高く笑っていた。
少しずつ冷静になってきた部員達はどこに突っ込んだらいいのかと口籠もっている。
「それじゃ、恵梨花、ユキ、俺一回戻ってシャワー浴びてくるな。熊担いでる間に汗だくになったし、熊の匂いも体に移ってるしでな。もうちょっと待っててくれ……おっちゃーん、出してくれ」
亮はそう言い残して、軽トラで民宿へ向かうのであった。
見送った一同は揃ってボケっとした顔で暫し過ごし、その内の一人がボソッと呟いた。
「……え、マジで?」
「いや、本当に色々と……マジで?」
「ほんそれ……」
「……あー、つまり桜木は熊殺し……?」
「……いや、本当にマジで……?」
部員達の胸中はその一言に集約されていたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇
『あの、お母さん……』
『もしもし? どうしたの、ハナ? 昨日から続けて……合宿中じゃないの?』
『あ、うん、そうなんだけど……』
『どうしたのよ? 昨日はいきなり猪の料理なんて聞いてきて……今度は鹿だったりする? なんてね、ふふ。猪がいるところに鹿はいないものね』
『え、えっと、鹿じゃないの……』
『? 鹿じゃない…………だったら、何だって言うの』
『く、熊なの……』
『……』
『……』
『ええと、ハナ? 昨日も驚いたんだけど』
『う、うん』
『昨日いきなり猪料理について聞いてきたのは、亮くんが猪を捕まえてきたからって言ったわよね?』
『は、はい、そうです』
『そして今度は……?』
『く、熊……』
『……』
『……』
『ねえ、ハナ? あなた達、一体何の合宿をしているの?』
◇◆◇◆◇◆◇
「これが熊肉の焼き肉……」
「けっこうイケるな」
「ちょっと臭みあるけど、食べ進めてたらそんなに気にならねえな」
「女子でも大丈夫なやつとそうでないのとけっこう分かれてるな」
「藤本さんの手柄もけっこうあるんだろうな。美味いのは……」
「それは間違いない」
「その事実だけで三杯いける」
「まあ、そういうの関係無しに美味いよなあ」
「しかし、昨日は猪食って……」
「……俺達は剣道の合宿に来たはずなのに、なんでジビエを堪能してるんだろう?」
「……事情知らないやつに話しても誰も信じねーだろうな……」
「いや、そりゃ当たり前だろ……」
「熊と素手で戦いに行って無傷で仕留めて帰って来た話なんて」
「それも嬉々としてだ」
「すげえテンション高くノリノリで走って行ったよな」
「帰ってきてからもテンション高かったよな」
「加えて熊担いで帰る中で、猪までゲットしてんだぞ、あいつ」
「……駄目だ、俺自身何言ってるのかわかんなんくなってきた……」
「同じく」
「激しく同意」
部員達の喧騒を他所に、亮は隣に恵梨花、向かいに雪奈、斜め向かいに古橋と昨日と同じ面子でテーブルを囲みながら、ガツガツと熊ステーキを頬張っていた。
「きょ、今日はまた一段と食べてない、亮くん?」
恵梨花が呆然と問うと、亮は口の中のものをゴクリと飲み込んでから答えた。
「そりゃ本気で動いたり、あと熊担いで山降りたしな、流石にバテたしいつもより腹減る」
そう答えて恵梨花がお皿に載せた大きなステーキを取り寄せて、ガブリと噛みついた。
「はあ、美味え……やっぱり熊肉美味いな!」
亮が本当に幸せそうに食べるのを見ると、色々な事実を頭の隅に追いやって恵梨花は微笑んだ。
「そっか、美味しく出来たみたいでよかった」
「バッチリだ」
亮がサムズアップで返してくる。
そんな中で古橋がおもむろに亮へ問うた。
「ねえ、桜木くんってさ、熊と戦った末に持ち帰ったんだよね……?」
今更なことであるが、内容が内容である。
戦わずに殺した可能性だってあるかもしれない。いや、常識的に考えてそう考えるのが当然だろう。
だが、亮は何も持たずに、事前にしたと言えば着替えだけで、それから突っ走っていったのだ。
そして首が折られていたことと左目が抉れていたこと以外は綺麗な死体であった。
なんとなくであるが、銃や罠の末に死んだように見えなかった。
状況から鑑みるに亮が戦って倒したのだと皆はわかっている。
それでも信じられない思いがあり、古橋は聞いてみたのである。
そんな古橋の問いに亮はゴクリと肉を飲み下して首を捻った。
「……それ以外にどうやって熊を持ち帰れるって言うんだ?」
素朴な疑問といったように聞き返した亮に、その返答を耳にした全員が頬を引き攣らせた。
「い、いや、普通は猟銃とか、罠とか――じゃない?」
古橋が何とか言い返すと、亮はそういう手があったかと言わんばかりな表情を浮かべた。
「ああ、なるほどな……いや、俺何も持たずに行ったの知ってるだろ? 普通に戦って仕留めて来たぞ」
そんな亮の言葉を耳にした者全員が「普通って何だろう……」と言いたげに遠い目をしていた。
「え、えっと……それじゃ、どんな風に戦ったか聞いても……?」
古橋が思い切ったように尋ねると、このテーブルへ耳を立てていた者が一斉に距離を詰めてきた。
それに目を丸くした亮は、困ったように周囲を見回し、期待するように見つめてくる恵梨花と雪奈に気づいて、仕方なそうに頷いた。
「あー、わかった。使った技については詳しくは話さねえからな――」
そうして亮はステーキを食べる手を止めずに、ポツリポツリと話始めた――
◇◆◇◆◇◆◇
――亮が熊を見つけた時間まで遡る
「――見つけたぜえ!!」
これでもかと獰猛な笑みを浮かべた亮が枝から手を放して地面に着地するや否や、一片の躊躇もなく熊へと駆け出す。
そこで先の亮の声に反応したのか耳をピクッと揺らした熊が体ごと俊敏に振り返る。
すると熊が目にしたのは、一目散に自分へと向かってくる亮の姿である。
恐怖で固まることもなく、寧ろ嬉々として自分へ向かってくる人間を初めて見たせいなのか、熊は思考が停止したかのようにボケっとしてしまった。
それを見過ごす亮ではない。
亮は真正面に向かい、後三歩もすれば熊に手が届く位置まで来たところで、前方へと強く踏み跳び、体を縮めて縦に回転、そこから右足だけが伸び――未だボケッとしていた熊の眉間へ亮の踵が降り落ちた。
「ガアッ――!?」
亮のダッシュからなる前方への推進力、プラス、回転による遠心力、プラス、全体重が余すことなく乗せられた踵落とし――この形ではあびせ蹴りとも言われるそれ――が見事に決まったのである。
踵に頑丈な骨の感触を覚えながら熊の目の前で膝を曲げながら着地した亮はそこで止まらず、蛙が跳び上がるかのようにジャンプしながら、熊の顎を蹴り上げた。
「っらあ――!」
それによって強制的にのけ反らされ隙だらけとなった熊に対して、亮は拳を握って一歩踏み込もうとしたところでハッとなって一歩下がった。
「おっとっと……早々と終わらせちゃ、もったいねえよな……」
苦笑しながら亮は体から力を抜いて、熊の様子を窺う。
「グアアウッ」
熊はのけ反った態勢からすぐに体を起こす。が、流石に無視できない衝撃だったようで、それを追い払うように頭を振る。
亮は焦らず熊からダメージが抜けるのを待った。
そしてそれほどの時を待たず、熊はギンッと表現するのが相応しい勢いで亮を睨みながら、四つ足から二本足で立ち上がりながら吠えた。
「グゥオオオウッ――!!」
正面にいた亮の体にその声がビリビリと響く。
それは声の大きさだけが作用したのではなく、原始的な本能をも刺激する故だろう。
それが証拠にか近くにいた鳥が羽ばたく音や、小動物が草花を揺らして去っていく音が聞こえてくる。
恐怖心を刺激されて慌てて逃げ出したのだろう。
対して、熊の正面で変わらず立ち続ける亮に影響は無いかと言えば、そんなことは無い。
亮の恐怖心もしっかり刺激されている。
なにせ、肉体のスペックで言えば、熊のそれは亮のを間違いなく上回っており、これから始まる闘争において一手ミスをするだけで、一気に不利になり、重傷を負ったり、最悪死ぬのは亮なのだから。
だが、倒すべき――もしくは殺すべき敵として認識された亮はニヤリと笑う。
「そうこなきゃな」
恐怖心はあるが、それ以上に本気で戦える喜びの方が亮には大きく、亮の闘争心を圧することは無かった。
他に慣れが、あった。
後は、その後の食欲もある。
「……しかし、お前でかいな……?」
推定、というかほぼ間違いなくツキノワグマの筈の種である目の前の熊を見上げながら亮は首を傾げた。
ツキノワグマの平均身長は亮より低い150台ぐらいにも関わらず、目の前の熊は170cmの亮より明らかに高い。
恐らく180cmはあるだろう。どうやら特別大きな体格を持つ個体のようで、今まではよほど不自由なくのんびりと過ごせてきたのだろうと亮は一人納得することにした。
「それに、その方が食いでもある、ってな……」
記憶の中のどの熊よりも大きい個体を前にしても亮は獰猛に笑う。
体調は万全過ぎるほどに万全。
特に最近は恵梨花の家で懐かしく美味しいだけでなく栄養たっぷりの食事を与えられてきた上に、昨日から今日にかけてはたっぷりの睡眠、そして欲求不満がたまる程度に適度な運動。
実のところ、部員達が今日の朝に亮が昨日より元気に見えたのは、睡眠不足が解消されたのが大きい。
とまあ、つまるところ亮はエネルギーが有り余っている状態と言える。
「悪いが、ストレス発散に付き合ってもらうぜ……」
先ほど受けた攻撃を忘れず警戒するように窺っている熊を前に、亮は右拳を左の掌に打ちつけた。
――パチンッ
熊という手加減不要の相手を前にした瞬間から臨戦態勢に入っていた亮であるが、気合いを入れ直すという意味でルーティンを行う。
するとその音に反応したのか、別のナニカに反応したのか熊がピクッと耳を揺らす。
続けて、亮は左手で右拳を強く握る。
――ググッ
その瞬間、熊は変なものを見たかのように目をパチパチとさせ、戸惑ったように足を後退らせた。
対する亮は浅く息を吸って気合いの声を迸らせようとしたが――
「――そういや、全力で殴ったら肉が痛むからって、静に咎められたっけ……」
眉をひそめた亮は、最後のルーティンをとりやめ、ため息を吐きながら手を降ろした。
「グ、グルウウゥッ……」
その頃には熊は亮の一挙手一投足を警戒するかのように唸っており、それを感じ取った亮はニヤリと不敵に笑って言ったのである。
「そう警戒せず――やろうぜ、なあ?」
熊はその言葉を理解せずとも意味は伝わったようである。
いや、それ以上に亮の「逃がさない」という意思を感じ取ったのだろう。
「グオオオオオッ――!!」
自分よりひ弱なはずの生き物からの挑発に対し怒ったのか、もしくは覚悟を固めたのかは定かはでないが、熊は再び大きく吠え、大きな爪を伴った手を振りかぶりながら突進してきた。
それに対し亮は口端を吊り上げて熊を見据え、自然体を維持したまま心の裡で構えた。
――櫻義流・奥義 柳風一体
途端、亮の体がゆらりと動いて、熊の爪が空振る。
「グオッ――!? グアア!!」
手応えがないことに驚いたような熊だったが、すぐに反対の手を亮へ向けて鋭く振り上げる。
再び、亮の体はゆらりと動いて、熊の爪を空を切った。
今度は熊は戸惑うことなく、また反対の手を動かし、そしてまた反対の手をと閃かせる――が、その度に亮の体は熊との距離を維持したまま、ゆらりゆらりと揺れて、当たらない。
――まるで、風に揺れる柳の葉のように。
「グオオオ! グアア!」
手を伸ばせば届く距離にい続けているというのに、熊がどれほど手を動かしても、ゆらりゆらりと亮は躱していく。
「――おら、隙あり」
避けるだけでなく、隙があると見るや亮は手加減抜きの連撃を叩き込む。
左の突き、右の突き、右の回し蹴りと、三度の攻撃が熊の胴体に鈍い重低音を響かせ、熊を後ずらせる。
「グアア!? ガアッ!!」
突進と攻撃を妨げられた熊は、受けた痛みを振り払うかのように亮へ大きく手を振る。
「――っと」
それを正に紙一重の距離で躱した亮の前髪が風圧で揺れる――否、前髪が数本切れ落ちた。
(ありゃ……)
亮は顔を顰めて舌打ちを漏らした。
(……やっぱりまだじじいや母さんの域には届かねえ、か……)
祖父や母に比べて奥義を使いこなせない自分に苛立ちを覚える。
この奥義に関しては資質的に二人より劣っていることはわかっていても、だからと言って納得出来る話でもない。
(もうちょっと付き合ってもらうぜ……)
そう内心で考えてる間も亮は熊からの攻撃を一見はゆらりゆらりとゆっくりに見える動きで避け続けていた。
(風に逆らわず、そして時に風のように――)
暴風雨を思わせる熊の剛腕を掻い潜って、亮は瞬時に攻撃に転身する。
無拍子で放たれた亮の掌底が熊の顎をかち上げる。
「ガッ!? グアア!!」
これには痛みよりも怒りが勝ったようで、熊は憤怒を目に浮かべ、今度は手ではなく口を開けて頭から亮へ突進してきた。
噛み付く気なのだろう。
大きな口が迫るその光景は恐怖そのものでしかないが、戦闘に集中していた亮は冷静さを失わず見極め――
「――そいつは悪手だろ」
突進してきた熊へ斜め前方に向かって口からの突進をゆらりと躱しつつ、虎爪に形作った手を、避け様に熊の眼球へと振り下ろした。
そして両者が交差し、数秒後――
「グギャアアアアッ――!?」
血を流す目を手で抑えながら熊が苦痛の悲鳴上げる。
その様を見て、亮は眉をひそめた。
「あー、ついやっちまった……」
これで熊の視界は半分となり、亮は自分が圧倒的有利となったことに嘆息したのである。
しかし、それでも相手は熊。それも手負いの獣のなった。
当然ながらより油断は出来なくなった。加えて、痛い目に遭った熊が逃走を選択してしまうことを避けるために、亮は仕留めに入ることにした。
ギュッと利き腕の右拳を強く握り、そして浅く、けれど強く息を吸って自身の体内の気を活性化させる。
丹田に力が集まったのを意識したらすぐに握っていた拳を開いて脱力させる。
そして、警戒するように唸りながらこちらを窺っている熊へ、亮はまるで散歩するかのようにゆっくりと足を踏み出した。
「グゥ、ウウ…………ガアア!!」
無造作に近づく亮を訝しむ様子を見せた熊は、焦ったように、そして亮を追い払うように大きく爪を振るう。
それを亮は斜め前方へゆらりと躱して熊の真横に立つ。
そこは先ほど亮が傷つけた熊の眼球側――つまりは現状で熊の死角に当たる。
そのために亮を一瞬見失った熊の顎を、亮は強く蹴り上げた。
そして仰け反った熊の正面へと瞬時に移動し、亮は右拳を腰だめに構えた。
後ろに構え踏み込まれた右足からは、その強さと勢い故に螺旋を思わせる風が渦巻く。
それは膝を通り、腰を経て、肩を回って勁へと果て、事前に練っていた気を伴って拳へと到達する。
そうして普段は構えることもなく無拍子で突きを放つ亮が、わざわざ腰だめから構えて放ったその突きは、亮の渾身の威力を伴い、熊の心臓へと撃たれた。
――櫻義流・奥義 心獄
生物は心臓に強い衝撃を受けると、強制的に呼吸を止められ、一瞬であるが動けなくなる。
そしてより強い衝撃が真っ直ぐ心臓に当たるとどうなるか――
(手応えあり……!)
亮は己の拳から放たれた衝撃が、熊の頑強な肉体を通してまっすぐ心臓を射抜いたことを感じ取った。
同時に熊の体から一斉に力が抜け、仰け反っていた熊の目から光が失われる。
亮によって強制的に失神させられたのである。
意識を失くしたのであるが、つまりはまだ死んでいない。
ふらっと熊がそのまま倒れそうになる。
倒れてからとどめを刺すことも出来るが、途中で目覚める可能性だって無きにしも非ず。
それらを含めたあらゆる手間を嫌った亮は、意識を失った熊の命を刈り取るために続けて動いた。
左手を伸ばして倒れる最中にある熊の頭を掴みながら跳び上がると、右肘を立て熊の側頭部へ振り下ろす。
同時に熊の頚椎を中心とした対角線上にある顎へ向けて右膝をかち上げる。
その二方向の打撃は熊の頭部のそれぞれの箇所へ同時に至る。
それは頚椎を支点とした『てこの原理』も作用され、熊の頭部は嫌な音を立てながら生物としてあり得ない方向へと曲がる。
――櫻義流・秘拳 樹断
まともに当てると、確実に相手の頚椎を破壊し、死に至らしめる文字通りの必殺技である。
「おいそれと人には使えねえ技だからな……悪いな」
亮は難なく着地すると呟いた。
こういう機会でもないと使い所のない技であるが、だからこそ練習出来る機会は逃したくない。
ズドンと大きな音を立てながら倒れた熊を前に、亮は居住まいを正して一礼した。
「ありがとうございましたっ――!!」
暫しして頭を上げた亮は、ニカリと笑った。
「ちゃんと美味しく食ってやるからな! ……さて、山降りるか……あ、しまった」
亮はそこで気づいてしまった。
「ロープも台車もねえじゃねえか……」
運ぶ手段が担ぐ以外に無いことに気づいた亮は、重く長いため息を吐くのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「――それから熊担いで何とか山降りてな。麓までまだ近かったから助かったけど。そんでおっちゃんの軽トラ見つけて……あ、そん時だったな、猪見つけたの。もうなんか反射的に動いて蹴り上げて――じゃなかった、拾ってだな。そんで猪と熊を荷台に載っけて帰ってきた」
技の詳細にはボカしながら亮は熊との闘いについて話し終えた。
「……」
耳を傾けていた部員プラス藤本姉妹は、全員盛大に頬を引き攣らせていた。
「本当の本当に熊殺しじゃねーか……」
男子部員の誰かがポツリと呟くと、それを皮切りに他の部員も口を開き始める。
「信じらんねえ……」
「だな。でも、その証拠が今俺達の目の前の皿に……」
「……」
「熊って素手で殺せるんだな……」
「いや、それは違うだろ。いや、実際そうかもしれないけど、違うだろ」
「うんうん、言葉はすごく矛盾してるのに、よくわかってしまう。納得してしまう」
そんな彼らの声を耳にした亮が首を傾げた。
「……そんなになんだ、驚く話か? 熊殺せるやつなんて別に珍しい話でもねえだろ」
それを耳にした全員がありえないことを聞いたような顔になった。
「珍しくない訳ないだろ!?」
「初めて聞いたわ、リアルに熊と戦ったやつなんて!」
「普通は遭遇して九死に一生を得たとかそういう話ばっかだろ!?」
「それをお前はなんで無傷で、しかも倒して帰ってくるんだよ!?」
総突込みが返ってきて、亮は気を害したような顔になった。
「そう言われてもな……俺の周りにはけっこういるし」
「……はい?」
古橋がそんな声を出すと、恵梨花が思いついたような顔になった。
「もしかして、亮くんの道場の人?」
「ああ。けっこういるぞ。恵梨花が前に会った静だって、仕留めるのが難しいだけで普通に戦えるぞ」
「ええ!? 早坂さんも!?」
驚いたのは恵梨花だけでなく、雪奈もである。
「ああ。他にもけっこういるし……だから、合宿で北海道行った時なんか、近隣の人から熊が降りてきた報告なんか受けると、あまり人には試せない技の練習したかったりで、何人も行きたがるし。合宿に来てる連中全員に確認せず黙って行ったら自分が行きたかったって、うるせえんだよな」
その言葉に隣のテーブルにいた将志がピンときた。
「あ! だから、お前今日熊が出たって聞いた時に、皆に誰が行くか聞いたのか!?」
身を乗り出してくる将志の勢いに目を丸くして亮は頷いた。
「お、おう。それ以外に何かあんのかよ?」
「それ以外も何も、普通は誰も行きたがらねえよ! お前の道場の人達だけだ、そんなの!!」
将志の渾身の突込みに、一同がうんうんと呆れた顔で頷いている。
「そ、そうか……? あ、でもホリも確かにそんなこと言ってたか……」
亮はバイト先の班員の言葉を思い出し、納得しながら頷いた。
「な、なんか、桜木くんがデタラメな強さの理由がわかってきた気がした……」
古橋が疲れたようにボヤくと、部員だけでなく恵梨花と雪奈も強く頷いた。
「あー、じゃあ、亮が毎年食べてる熊肉って、その道場の合宿で参加してる人達が仕留めた熊ってことか?」
将志が思い出したように聞くと、亮は笑って答えた。
「ああ、熊はいいぞ。強いし、戦って技の練習が出来るし、後の肉が美味いし、仕留めたら近隣の人がすごく喜んでくれて、お礼だって言って農場の人達がとれたての野菜やらなんやらいっぱい持ってきてくれてな……本当に熊は色んな意味で美味しい」
うんうんと頷きながら言う亮に、部員達は激しく遠い目をして疲れたようにため息を吐き、自分の席へと戻って行った。
部員達が亮のいる席を気にしながら口を開き始める。
「梁山泊かよ、あいつの家の道場は……」
「俺も同じこと思った」
「しかし、アレだよな。桜木が帰って来て道着に着替えて、俺達に向けて乱取りするぞーって言った時、体震えた理由がわかったわ」
「俺も」
「僕もです」
「リアルに熊殺しだもんな……無理ねえよ」
「途中で将志が指摘するまで練習にならなかったよな」
「アレなんだったんだ? 桜木が思い出したように……なんだ、拳で手を叩いたら、なんかマシになったよな」
「なんつーの……? オーラみたいなもん……?」
「んー……ていうか、なんかプレッシャーみたいな?」
「それだ」
「そう、それだな。なんか圧迫感みたいなのが急に収まって乱取り出来るようになったよな」
「もう、あいつ訳わかんね……」
「だな……でも、とりあえず一つわかった」
「なんだ?」
「あいつは俺達を相手にしてる時は、本当に気を遣って手加減してくれてるんだってことだ」
「……それは間違いないな」
「確かに。誰も怪我してねえもんな」
「あと、俺達確かに強くなってるぞ。自分じゃわからなかったけど、自分以外を見てたら何となく気づいた」
「え、マジで?」
「ああ。お前気づいてないかもしれないけど、動きがスムーズっていうか、前より滑らかになってんぞ」
「本当か?」
「あと、お前はなんか踏み出した時のスピードがめっちゃ上がってる。振りも断然鋭くなってる」
「え、本当ですか!?」
「それと、全員共通して、足音が減ってる」
「あ、あー……」
「あの目隠し戦の対策考えてたせいか」
「……んで、それはつまり……?」
「無駄な力が減ったり……色々効果あるのはわかるだろ?」
「な、なるほど……」
◇◆◇◆◇◆◇
「ごめんなさい、亮さん。お疲れのところ……」
「構わねえよ、ユキ。それに言うほど疲れてねえし」
「そ、そうですか……」
亮の本当に疲れてなさそうな発言に雪奈が少し引きながら返答する。
雪奈が何を謝っていたかというと、先ほどまで、三年の男子が中心に集まる部屋に遊びに行くのに亮に付き合ってもらっていたからだ。
経緯としては昨晩と同じく三年男子にお呼ばれされた雪奈が、亮と一緒にならと条件付きで同意したからである。
事後承諾ではない。こういう誘いがあったらと亮には事前に話していたのである。
亮が行くのだからと恵梨花はどうするかと聞けば、沢山ある肉の切り分けやら仕込みやらに専念するとのことで、二人で向かったのである。
結果、亮付きであるが、三年男子達は雪奈の登場に、それはもう舞い上がっていた。
雪奈は亮の隣からは絶対に動かなかったが、それでもそう滅多にお目にかかれない美しい年上女性――しかも風呂上り――と一緒に過ごせたことに、鼻の下を伸ばしつつ喜び終始満足そうであった。
昨日、今日とあったことについての雑談、トランプなどをして過ごし、男子達にとっての至福の時間はあっという間に過ぎ、明日も早いということで、そう遅くない時間に切り上げたところである。
「……大丈夫か、ユキ?」
亮が気遣わしげに問うと、雪奈は若干悪い顔色で気丈に微笑んで頷いた。
「はい、大丈夫です」
「……男だらけの部屋だったしな。悪い、もっと早く切り上げるべきだったな」
雪奈の過去が過去である。
男が多数の部屋などきつかっただろうと亮は顔を顰めていた。
「いいんです。皆、優しく紳士的に接してくれましたし……私も折角の機会でしたし」
「そうか……まあ、俺の前で無理しなくていいからな?」
亮がそう言うと、雪奈は嬉しそうに亮を見上げた。
「はい、ありがとうございます。あの、それじゃ、亮さん……」
「おう、どうした?」
雪奈は迷った様子を見せつつ、申し訳無さそうに上目遣いで亮に言った。
「ちょっと、外の空気吸いたくて……付き合ってもらっていいですか……?」
その雪奈の可憐な姿に亮はドギマギしてしまうのを抑えられなかった。
「あー……確かに男臭い部屋だったしな、いいぜ」
亮が止まっている部屋もそうであるが、運動系男子複数が寝泊まりした部屋の男臭さは伊達ではなかった。
昨日入った恵梨花と雪奈の部屋の匂いとは正に雲泥の差だったというのが亮の嘘偽りのない感想である。
そういう意味でも亮も外の空気を吸うのは賛成だったため、快く雪奈の申し出を受けたのであった。
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励みになるので、感想いただけると嬉しいです。
すんごく遅くなりました。申し訳ないです。
感想の返信もためてしまって……
あ、これも遅くなりましたが……
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
おまけツイートとか流してるので、興味ある方は是非↓のツイッターまで
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ペンを走らせるまで、お待ちしています。
昔からずっと読んでいます!
これからの展開が気になります。とっても楽しみにしているので、いつか連載再開していただけると嬉しいです!
ずっとずっと待ってます!
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続きも楽しみにしてるので、早めにお願いします