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第四章 Bグループの少年と夏休み
第七話 二日目の始まりは……
しおりを挟む「………ここ、は……???」
気付けば優斗は暗くなにもない空間で目を覚ました。
「はは、は。死んだのか僕は……地獄とか言うところかな……僕のせいで、父さんや母さん、兄さんに由香里まで……」
『世は不条理……故に消去のみ……幾千の幸せも限りない繁栄も……虚無だ』
突然優斗の心に何かが語り掛ける。
「……虚無?……ははっ、そうかもね」
『得てしまうから苦しむ。幸福を知ってしまうから嘆く』
「……」
『なぜお前なのだ』
「っ!?……どういう意味?」
『なぜ心優しいお前が、苦しまねばならんのだ』
『お前に力をやろう。そして築け、この世の楽園を……そして奪え。さすれば魂の安寧に届くだろう』
「……ねえ、あなたは神様?……馬鹿なの?誰がそんな事……」
『後悔しているのだろう?お前は悪くないのに、どうして苦しむ?どうしてお前だけがこんなに理不尽な目に合う?……おかしいだろう?』
「おかしい……けどっ、だからと言って…」
『また会おう。考えるのだ……そして知るといい』
「っ!?…うあ、うああああああああああああああっっ!!!?」
優斗の意識は消える。
そして気付いた時……隣で大地が眠りについていた。
全身をおびただしい管と包帯に巻かれて。
「っ!?兄さん?……生きて…ぐうっ、がああっ」
全身に痛みが走る。
どうやら自分もひどい怪我を負っているようだ。
優斗は涙を流しながら再度気を失った。
『くくくっ、もう逃がさない』
※※※※※
「うおっ!?なんだ?ここ……」
大地は白く輝く何もない空間で佇んでいた。
「俺、確か刺されて……っ!?父さん?母さん?優斗?…由香里?……なんで…俺だけ…」
混乱し嘆く彼の前に小さな光が突然顕現する。
「っ!?……な、んだ?」
その光は弱々しく、まさに消えそうに点滅を繰り返す。
まるで何かを訴えるかのように。
「な、なんだよ?お、おい、消え……」
突然情景が大地の頭を埋めつくす。
「ぐうっ?!……えっ?……優斗……ああっ!?」
大地の脳裏に黒く悍ましいものに包まれている優斗の姿が映し出された。
それはまるで見ただけで怖気づくような、心ごと消しさるようなそんな不安を具現化したような情景だった。
「だ、ダメだ、逃げろっ、優斗!!!」
気付けば大地は涙を流し佇んでいた。
まるで本当にそこにいたかのような、リアリティが彼の心を重くする。
「優斗……いったい……」
『助けて……あなたしかいない』
「っ!?なっ……???!!」
小さい女の子だ。
壊れそうで消えそうで……
儚い彼女は泣いていた。
『ごめんなさい……巻き込んでしまった……でも、お願い……力を…希望を』
「お、おい?……なんだよ?分かんねえよ!?……おいっ」
『美緒……彼女を助けて……導いて……あなたしかできない……』
「美緒?……奏多さんの娘?……って、おい、ちょっと………消えた?……っ!?ぐうっ、ぐああああああああああああああああ………」
突然流れ込む在りえないほど濃密な情報。
大地はあまりの激しい脳の痛みに意識を失った。
『ごめん……なさい…………美緒……』
『約束……守れなかった…』
※※※※※
都心の一画に立ち並ぶ個性豊かな超高層ビル群。
不況にあえぐ日本をあざ笑うかのように成功を収めた、ここ数年で新たに建立されたまさに勝利者たちの牙城だ。
世界を相手にするような一流どころが競ってビルを所有し、想像もつかないような大金を生み出す、まさに経済の中心地。
世の経営者が一度はあこがれる場所だ。
そんな中に急成長を果たしアミューズメント部門に進出、瞬く間に確固たる地位を築き上げた株式会社エンターヴァイス所有のビルがその存在感を示していた。
優斗は以前手渡されていたカードキーをドアで開錠し、奥まった応接室へと足を進めた。
※※※※※
「あら、ずいぶん遅かったわね。問題は解決したのかしら?」
フロアの中でも特に高級な部屋で彼女は一人妖しく微笑んだ。
「あ、えっと。すみません。遅れてしまいました」
「うん。いいわよ?来てくれたしね。……じゃあ早速商談と行きましょうか」
つい激高し、部屋を飛び出した優斗は暗い感情を抱えながら仕事の為にここに来ていた。
新たなゲーム制作にかかる商談だ。
額自体は大したことないものの、今回の仕事は優斗にとって喉から手が出るほど欲しいものだった。
「あの、神津社長、あっと……スフィアさん。本当に先の条件で良いのでしょうか。その、なんか僕に都合が良すぎるっていうか……」
「んふふ♡優斗君は心配性なのね。契約書…見たでしょ?本物よ?それ」
一番重要な条件。
会社ではなく、黒木兄弟主導で行う内容だった。
しかも今より待遇が良い。
何よりこの取引が成功すれば彼らは経営者側となる。
今までのような出鱈目な仕事量ではなくなる。
実はあの事件で障害を抱えている兄大地は、今の環境ではいつか壊れてしまうと優斗は常々思っていた。
恩のある守山社長に対し、優斗は今の彼の仕事に対するスタンス、兄である大地に向ける過剰とも取れる期待、いや無茶ぶりだけが不満だった。
何より兄は片眼が見えない。
実は内蔵にも不安を抱えている。
そして優斗に残された最後の肉親だ。
もうあんな思いは、大切なものを失うことなど絶対にしたくなかった。
つい思考を巡らせていた優斗をふわりと高級そうな紅茶の香りが包む。
その匂いにはっと現実に引き戻された優斗は改めて目の前の女性に目を向けた。
新進気鋭の才女。
そしてグループ創始者であり、財界でシャレにならない影響力を誇る神津仁次郎の3女だ。
確か年齢はまだ24歳。
病的に白い肌が彼女の美しさと相まってむしろ『ヴァーチャル』なのではないかと初対面の時、その時は画面越しだったためもあるが…そう思ったものだ。
「貴方のお兄さん。とっても優秀ね?でも左目もう見えないのでしょう?ふふっ、それなのに何日も徹夜とか……社畜の鏡なのね」
「っ!?そ、そんな事……いえ、すみません」
「良いのよ?ふふふっ。優斗君、本当に優しい。……ねえ、良いでしょ?」
突然立ち上がり服を脱ぎだすスフィア。
病的に白い肌と美しすぎる女性の躰が優斗の視線を奪う。
「い、いや、スフィアさん?僕、そういうのは……」
「もう。つれないわね。……私魅力ないかしら?」
「そんなことは……僕は、その、誰も好きになりたくないんです。……初めから無ければ……悲しまないので」
「……染まった……かしらね」
「っ!?え……」
「何でもないわ。残念。……じゃあ、内容詰めましょうか」
「は、はい」
揺らいでいた。
自分にはそんな欲はない。
そしてそんな資格も……
優斗は諦めていたはずなのに…
美しく妖艶な彼女。
スフィアの体が目に焼き付いていた。
※※※※※
何となく家に帰りにくくなってしまった優斗は、商談を終え一人繁華街でぶらついていた。
「仕事…契約完了、か。……兄さん、怒るだろうな」
目に付いた喫茶店に入りコーヒーを飲み、優斗はひとり呟く。
あんなに欲しかった仕事をどうにか獲得したものの…内容的には世話になった守山社長を裏切るものだった。
「でも……兄さんはもう限界だ……守山社長、奏多さん……ごめんなさい」
脳裏によみがえる遠い記憶。
優斗はぼんやりとその情景を思い浮かべていた。
まだ優斗と大地が小学4年生の時。
近所の川で二人が死にかけた時のことを。
※※※※※
10年前―――秋。
前日の『記録的な被害』を出した台風17号。
その影響でいまだに川が増水しているタイミングで二人は見学に来ていた。
「ねえ兄ちゃん。危ないよ?!ほら、凄い音がしてる」
「なんだよ。意気地がねえな。大丈夫だよ。おー、すっげー。見ろよ優斗、公園まで水浸しで川みてえだな。流れ早っ!!……なんかワクワクしねえ?」
おもむろに小石を投げ、何がおかしいのかゲラゲラ笑う大地。
優斗はため息をついた。
当たり前だが二人は親に内緒で来ている。
ついてこようとした妹の由香里を泣かしてまで、逃げるように飛び出してきていた。
どう見ても怒られる案件だ。
なにより昨日まで休校だった学校でも絶対に川に近づくなと耳にタコができる位注意されていた。
学校も床上浸水したことから今日授業はなく、全校集会のみで優斗たちは家に帰ってきていたのだが…
好奇心旺盛な大地に唆され、進入禁止のテープを乗り越え二人は来てしまっていた。
優斗は改めて大きなため息をつく。
「ねえ、もういいでしょ?帰ろうよ」
「なんだよ。怖いのか?ったく、優斗は本当に意気地がないな。大丈夫だよ。ただ水が多いだけじゃん」
言うが早く駆け出す大地。
気付き慌てて手を差し伸べた時にはもう大地の姿は見えなくなっていた。
「え……兄ちゃん?……嘘……っ!?ああっ!?」
優斗の目の前わずか1m先―――
氾濫した水に侵食され、大地が乗ったことで陥没したそこには、深い穴がぱっくりと口を開けていた。
穴が開いたことでそこは濁流が流れ込み、水しぶきが上がっている。
背筋に恐怖が駆け上がる。
「落ちた???……兄ちゃん?……兄ちゃ―――んっ!!!!!!」
脳裏に命を落とし目を開けない大地の顔がよぎる。
反射的に駆け出す優斗。
「おいっ、危ないっ!!!何やってるんだっ!!!」
突然強く握られた腕に、優斗は振り向きざまに叫ぶ。
「放してっ!!兄ちゃんが、兄ちゃんが」
「なに?まさかっ?!……落ちたのか?!!……いつだっ?!いつ落ちた?!!!」
驚愕の表情を浮かべる大学生くらいの男性。
一瞬掴んだ手が緩んだ。
そして後ずさった優斗は足を滑らせてしまう。
「あっ?!うわあっ!!!」
「お、おいっ、くそっ!!!待ってろ、絶対助ける」
「がぼっ!?……んぐっ……げぼっ…あ………」
激しい流れで上も下も分からなくなった優斗は大量の泥水を飲み込み、意識を失った。
※※※※※
薄っすらと見たことのない天井が優斗の視界にうつる。
「……あ、れ……ここ……っ!?兄ちゃん?!げほっ、ごほっ……」
「おいおい、慌てんな。……ここは病院だ。お前の兄ちゃんも無事だ。ほれっ」
突然体を起こしたことで激しく咽る優斗。
その背中を優しく叩く男性が声をかけ、優斗の頭に大きな手を乗せた。
そして左に向ける。
そこには呼吸器をつけられている兄、大地の姿があった。
「お前はすぐに助けたんだがな。……お前の兄ちゃん、運よくジャングルジムに引っかかっていて。まあかなり水を飲んだみたいだから……あーお前まだ小学生だろ?分かるかどうか知らんが一応CTをとったんだ。医者は大丈夫って言ってたぞ。……その、なんだ。……大丈夫だ。お前も休め」
言うが早く優斗をベッドに寝かし付ける。
そしてため息をつきそのまま部屋を出ていこうとする男性に優斗は大きな声で呼び止めた。
「まって!……そ、その……助けてくれて……ありがとう」
「ははっ。気にすんな。じゃあな」
そういって顔を赤らめ背を向けるその人は、本当に格好良かったんだ。
守山奏多との初めての出会いだった。
※※※※※
その後両親にかつてないほど怒られたり抱きしめられたり。
普段泣かない兄さんの泣き顔に、優斗は心から安心していたことを思い出していた。
そして暫くして命の恩人である彼と再会を果たした僕らは天涯孤独だという彼に惹かれていった事も……
優斗は大きくため息をついた。
そんな彼を悍ましい黒いオーラに包まれ、欲望にまみれた目で見つめている女性に気づかないまま。
気付けば優斗は暗くなにもない空間で目を覚ました。
「はは、は。死んだのか僕は……地獄とか言うところかな……僕のせいで、父さんや母さん、兄さんに由香里まで……」
『世は不条理……故に消去のみ……幾千の幸せも限りない繁栄も……虚無だ』
突然優斗の心に何かが語り掛ける。
「……虚無?……ははっ、そうかもね」
『得てしまうから苦しむ。幸福を知ってしまうから嘆く』
「……」
『なぜお前なのだ』
「っ!?……どういう意味?」
『なぜ心優しいお前が、苦しまねばならんのだ』
『お前に力をやろう。そして築け、この世の楽園を……そして奪え。さすれば魂の安寧に届くだろう』
「……ねえ、あなたは神様?……馬鹿なの?誰がそんな事……」
『後悔しているのだろう?お前は悪くないのに、どうして苦しむ?どうしてお前だけがこんなに理不尽な目に合う?……おかしいだろう?』
「おかしい……けどっ、だからと言って…」
『また会おう。考えるのだ……そして知るといい』
「っ!?…うあ、うああああああああああああああっっ!!!?」
優斗の意識は消える。
そして気付いた時……隣で大地が眠りについていた。
全身をおびただしい管と包帯に巻かれて。
「っ!?兄さん?……生きて…ぐうっ、がああっ」
全身に痛みが走る。
どうやら自分もひどい怪我を負っているようだ。
優斗は涙を流しながら再度気を失った。
『くくくっ、もう逃がさない』
※※※※※
「うおっ!?なんだ?ここ……」
大地は白く輝く何もない空間で佇んでいた。
「俺、確か刺されて……っ!?父さん?母さん?優斗?…由香里?……なんで…俺だけ…」
混乱し嘆く彼の前に小さな光が突然顕現する。
「っ!?……な、んだ?」
その光は弱々しく、まさに消えそうに点滅を繰り返す。
まるで何かを訴えるかのように。
「な、なんだよ?お、おい、消え……」
突然情景が大地の頭を埋めつくす。
「ぐうっ?!……えっ?……優斗……ああっ!?」
大地の脳裏に黒く悍ましいものに包まれている優斗の姿が映し出された。
それはまるで見ただけで怖気づくような、心ごと消しさるようなそんな不安を具現化したような情景だった。
「だ、ダメだ、逃げろっ、優斗!!!」
気付けば大地は涙を流し佇んでいた。
まるで本当にそこにいたかのような、リアリティが彼の心を重くする。
「優斗……いったい……」
『助けて……あなたしかいない』
「っ!?なっ……???!!」
小さい女の子だ。
壊れそうで消えそうで……
儚い彼女は泣いていた。
『ごめんなさい……巻き込んでしまった……でも、お願い……力を…希望を』
「お、おい?……なんだよ?分かんねえよ!?……おいっ」
『美緒……彼女を助けて……導いて……あなたしかできない……』
「美緒?……奏多さんの娘?……って、おい、ちょっと………消えた?……っ!?ぐうっ、ぐああああああああああああああああ………」
突然流れ込む在りえないほど濃密な情報。
大地はあまりの激しい脳の痛みに意識を失った。
『ごめん……なさい…………美緒……』
『約束……守れなかった…』
※※※※※
都心の一画に立ち並ぶ個性豊かな超高層ビル群。
不況にあえぐ日本をあざ笑うかのように成功を収めた、ここ数年で新たに建立されたまさに勝利者たちの牙城だ。
世界を相手にするような一流どころが競ってビルを所有し、想像もつかないような大金を生み出す、まさに経済の中心地。
世の経営者が一度はあこがれる場所だ。
そんな中に急成長を果たしアミューズメント部門に進出、瞬く間に確固たる地位を築き上げた株式会社エンターヴァイス所有のビルがその存在感を示していた。
優斗は以前手渡されていたカードキーをドアで開錠し、奥まった応接室へと足を進めた。
※※※※※
「あら、ずいぶん遅かったわね。問題は解決したのかしら?」
フロアの中でも特に高級な部屋で彼女は一人妖しく微笑んだ。
「あ、えっと。すみません。遅れてしまいました」
「うん。いいわよ?来てくれたしね。……じゃあ早速商談と行きましょうか」
つい激高し、部屋を飛び出した優斗は暗い感情を抱えながら仕事の為にここに来ていた。
新たなゲーム制作にかかる商談だ。
額自体は大したことないものの、今回の仕事は優斗にとって喉から手が出るほど欲しいものだった。
「あの、神津社長、あっと……スフィアさん。本当に先の条件で良いのでしょうか。その、なんか僕に都合が良すぎるっていうか……」
「んふふ♡優斗君は心配性なのね。契約書…見たでしょ?本物よ?それ」
一番重要な条件。
会社ではなく、黒木兄弟主導で行う内容だった。
しかも今より待遇が良い。
何よりこの取引が成功すれば彼らは経営者側となる。
今までのような出鱈目な仕事量ではなくなる。
実はあの事件で障害を抱えている兄大地は、今の環境ではいつか壊れてしまうと優斗は常々思っていた。
恩のある守山社長に対し、優斗は今の彼の仕事に対するスタンス、兄である大地に向ける過剰とも取れる期待、いや無茶ぶりだけが不満だった。
何より兄は片眼が見えない。
実は内蔵にも不安を抱えている。
そして優斗に残された最後の肉親だ。
もうあんな思いは、大切なものを失うことなど絶対にしたくなかった。
つい思考を巡らせていた優斗をふわりと高級そうな紅茶の香りが包む。
その匂いにはっと現実に引き戻された優斗は改めて目の前の女性に目を向けた。
新進気鋭の才女。
そしてグループ創始者であり、財界でシャレにならない影響力を誇る神津仁次郎の3女だ。
確か年齢はまだ24歳。
病的に白い肌が彼女の美しさと相まってむしろ『ヴァーチャル』なのではないかと初対面の時、その時は画面越しだったためもあるが…そう思ったものだ。
「貴方のお兄さん。とっても優秀ね?でも左目もう見えないのでしょう?ふふっ、それなのに何日も徹夜とか……社畜の鏡なのね」
「っ!?そ、そんな事……いえ、すみません」
「良いのよ?ふふふっ。優斗君、本当に優しい。……ねえ、良いでしょ?」
突然立ち上がり服を脱ぎだすスフィア。
病的に白い肌と美しすぎる女性の躰が優斗の視線を奪う。
「い、いや、スフィアさん?僕、そういうのは……」
「もう。つれないわね。……私魅力ないかしら?」
「そんなことは……僕は、その、誰も好きになりたくないんです。……初めから無ければ……悲しまないので」
「……染まった……かしらね」
「っ!?え……」
「何でもないわ。残念。……じゃあ、内容詰めましょうか」
「は、はい」
揺らいでいた。
自分にはそんな欲はない。
そしてそんな資格も……
優斗は諦めていたはずなのに…
美しく妖艶な彼女。
スフィアの体が目に焼き付いていた。
※※※※※
何となく家に帰りにくくなってしまった優斗は、商談を終え一人繁華街でぶらついていた。
「仕事…契約完了、か。……兄さん、怒るだろうな」
目に付いた喫茶店に入りコーヒーを飲み、優斗はひとり呟く。
あんなに欲しかった仕事をどうにか獲得したものの…内容的には世話になった守山社長を裏切るものだった。
「でも……兄さんはもう限界だ……守山社長、奏多さん……ごめんなさい」
脳裏によみがえる遠い記憶。
優斗はぼんやりとその情景を思い浮かべていた。
まだ優斗と大地が小学4年生の時。
近所の川で二人が死にかけた時のことを。
※※※※※
10年前―――秋。
前日の『記録的な被害』を出した台風17号。
その影響でいまだに川が増水しているタイミングで二人は見学に来ていた。
「ねえ兄ちゃん。危ないよ?!ほら、凄い音がしてる」
「なんだよ。意気地がねえな。大丈夫だよ。おー、すっげー。見ろよ優斗、公園まで水浸しで川みてえだな。流れ早っ!!……なんかワクワクしねえ?」
おもむろに小石を投げ、何がおかしいのかゲラゲラ笑う大地。
優斗はため息をついた。
当たり前だが二人は親に内緒で来ている。
ついてこようとした妹の由香里を泣かしてまで、逃げるように飛び出してきていた。
どう見ても怒られる案件だ。
なにより昨日まで休校だった学校でも絶対に川に近づくなと耳にタコができる位注意されていた。
学校も床上浸水したことから今日授業はなく、全校集会のみで優斗たちは家に帰ってきていたのだが…
好奇心旺盛な大地に唆され、進入禁止のテープを乗り越え二人は来てしまっていた。
優斗は改めて大きなため息をつく。
「ねえ、もういいでしょ?帰ろうよ」
「なんだよ。怖いのか?ったく、優斗は本当に意気地がないな。大丈夫だよ。ただ水が多いだけじゃん」
言うが早く駆け出す大地。
気付き慌てて手を差し伸べた時にはもう大地の姿は見えなくなっていた。
「え……兄ちゃん?……嘘……っ!?ああっ!?」
優斗の目の前わずか1m先―――
氾濫した水に侵食され、大地が乗ったことで陥没したそこには、深い穴がぱっくりと口を開けていた。
穴が開いたことでそこは濁流が流れ込み、水しぶきが上がっている。
背筋に恐怖が駆け上がる。
「落ちた???……兄ちゃん?……兄ちゃ―――んっ!!!!!!」
脳裏に命を落とし目を開けない大地の顔がよぎる。
反射的に駆け出す優斗。
「おいっ、危ないっ!!!何やってるんだっ!!!」
突然強く握られた腕に、優斗は振り向きざまに叫ぶ。
「放してっ!!兄ちゃんが、兄ちゃんが」
「なに?まさかっ?!……落ちたのか?!!……いつだっ?!いつ落ちた?!!!」
驚愕の表情を浮かべる大学生くらいの男性。
一瞬掴んだ手が緩んだ。
そして後ずさった優斗は足を滑らせてしまう。
「あっ?!うわあっ!!!」
「お、おいっ、くそっ!!!待ってろ、絶対助ける」
「がぼっ!?……んぐっ……げぼっ…あ………」
激しい流れで上も下も分からなくなった優斗は大量の泥水を飲み込み、意識を失った。
※※※※※
薄っすらと見たことのない天井が優斗の視界にうつる。
「……あ、れ……ここ……っ!?兄ちゃん?!げほっ、ごほっ……」
「おいおい、慌てんな。……ここは病院だ。お前の兄ちゃんも無事だ。ほれっ」
突然体を起こしたことで激しく咽る優斗。
その背中を優しく叩く男性が声をかけ、優斗の頭に大きな手を乗せた。
そして左に向ける。
そこには呼吸器をつけられている兄、大地の姿があった。
「お前はすぐに助けたんだがな。……お前の兄ちゃん、運よくジャングルジムに引っかかっていて。まあかなり水を飲んだみたいだから……あーお前まだ小学生だろ?分かるかどうか知らんが一応CTをとったんだ。医者は大丈夫って言ってたぞ。……その、なんだ。……大丈夫だ。お前も休め」
言うが早く優斗をベッドに寝かし付ける。
そしてため息をつきそのまま部屋を出ていこうとする男性に優斗は大きな声で呼び止めた。
「まって!……そ、その……助けてくれて……ありがとう」
「ははっ。気にすんな。じゃあな」
そういって顔を赤らめ背を向けるその人は、本当に格好良かったんだ。
守山奏多との初めての出会いだった。
※※※※※
その後両親にかつてないほど怒られたり抱きしめられたり。
普段泣かない兄さんの泣き顔に、優斗は心から安心していたことを思い出していた。
そして暫くして命の恩人である彼と再会を果たした僕らは天涯孤独だという彼に惹かれていった事も……
優斗は大きくため息をついた。
そんな彼を悍ましい黒いオーラに包まれ、欲望にまみれた目で見つめている女性に気づかないまま。
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WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
1~8巻好評発売中です!
※2022年7月12日に本編は完結しました。
◇ ◇ ◇
ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。
ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。
晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。
しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。
胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。
そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──
ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?
前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!
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