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陽香さん
二人だけの秘密
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「えっ、矢護さん阿佐ヶ谷に住んでるんすね。俺、南阿佐ヶ谷っす」
松澤君はレモンサワーの輪切りのレモンを割りばしで刺して潰している。球場で飲んだ分を合わせると本日4杯目だ。そのわりに顔色は全く変わらず、いつもの無表情だった。彼はどういうつもりで私を飲みに誘ったのかは謎のままだ。
「近っ!生活圏被ってそう!」
「会ったことないっすよね」
「ないね~。路線違うから気付かなかったよ」
「じゃあ、新宿じゃなくて阿佐ヶ谷で飲んでもよかったっすね」
「確かに~」
週末で混んでいるからと、新宿から少し歩いた居酒屋に入った。意外にも松澤君はこの辺りの居酒屋に詳しかった。
「野球見てきたのにまだ9時なってないんだね~」
「終電までまだまだいけますね」
「終電まで飲む気?」
少し呆れて言った。
「家近いから送りますよ」
「そういう問題では」
仕事以外でこういう強引さを出すところを見たことがないので少しビックリした。なんなら仕事も依頼内容の中で最大限に自分を出すタイプだから強引さは全くないといっていい。
松澤君はほとんど食べずに飲むタイプのようでポテトサラダをちびちびと食べながらレモンサワーを飲んでいる。
「松澤君、休みの日とか何してんの?」
ちょっとプライベートのことを聞いてみる。仕事の話以外はしたことがないから、完全に私生活が謎だからだ。嫌がられそうな質問かとも思ったけど、二人で飲みに来れるくらいの距離感ならこれくらいはいけると思った。NGな質問だったとしても彼ならうまくかわしてくれるだろう。
「ゲームしたりですかね。月一くらいで大学の友達と飲みに行ったりします」
無難な回答だ。これ以上つっこんでいいのか迷うところだ。どんなゲームしてるの?と聞いたところで私はゲームをしないので話を広げられる自信がない。
「ゲームは詳しくないからな~」
「矢護さんは仕事っすか?」
レモンサワーを飲み切って言う。ペースが速いな。
「さすがに休日は仕事あんまりしないようにしてるよ。絵描いたりネイル行ったり?あと最近は友達とご飯食べ行くようになったかな」
「例のイケメン幼馴染すか?」
スマホでメニューを注文しながら言い放つ。私はスマホで注文するタイプのお店が苦手だが、こういう風にやってくれる人がいるとありがたい。
「そうだね。世間から見たらイケメンかもね」
松澤君はスマホをテーブルに置き、肘を立てて手のひらに顎を置いてこっちを見る。
「矢護さん、秘密共有しないっすか?」
「は?なんの?誰かの社内不倫見ちゃったとか?」
「違うっすよ。お互い他の人に言ってない秘密言いませんか?」
相変わらずの無表情だ。何を言う気なのだろう。そもそも私誰にも言ってない秘密は……。
まあ、あるけど。
「内容によるかな」
「まあ、いいっすわ。俺の秘密言うんでそれで判断してくださいよ。大したことじゃないんで」
「何?」
松澤君の秘密は少し気になる。いや、少しどころじゃなく気になる。
「俺、ゲーム作ってるっす……」
照れているのか目線を外してぼそぼそっと言う。
「えっ!すご!」
思っていた秘密とは違っていたが、素直にすごいと尊敬した。
「マリオとかポケモンみたいなの想像してます?全然違いますからね!軽いインディーズゲームですから」
「いや、それでも普通にすごいでしょ!私もやってみたい!ゲームセンスゼロだけど!」
「スイッチでできますよ」
「えっ!そうなの!すごっ!」
「いや、ガチで思ってるよりショボいんで」
「最後まで作るっていうのがもうすごいんだよ~。ゲーム作りは詳しくないけど、最後まで作って世の中に出してるってだけでもう尊敬だよ」
「あざす」
松澤君は新しく来たレモンサワーを大きく一口飲みこんだ。
「でも、私スイッチ持ってないからなぁ~。買おうかな」
「いや、俺のゲームごときで買うなんてもったいないっすよ。俺3台持ってるんで貸しますよ」
「なんで3台も持ってんの」
「旧型とか新型とか、あと使い分けっすよ」
「そういうもんなのか」
「じゃあ、帰りに俺ん家寄ってから帰りましょうよ」
「えっ、うん」
今日の松澤君は仕事では見せないほどグイグイくる。
「矢護さんの秘密はないんっすか」
「あるけど……」
松澤君には言ってもいいかなと思った。同志の雰囲気を感じるから。
「あのね、私美大時代に漫画連載してた……」
「えっ!ヤバッ!描いてただけじゃなくて!?連載!?」
「そう。マイナー誌にだよ?全4巻で終わったけど」
「いや、すご過ぎじゃないっすか!」
「ほぼ打ち切りみたいな感じで終わったんだけどね」
「もう描かないっすか?漫画」
梅酒のロックは氷が溶けて少し薄くなっていた。グラスを持つたびに手のひらが濡れて少し滑る。
「描きたいって思うこともあるけど、時間もないし。あと何より話を考えるのが壊滅的に下手なんだよ~」
「漫画家ってオールラウンダーっすからね」
「漫画の才能はないって気付いたよ」
「読んでみたいっす。タイトル教えてください」
「え~!貸す?」
「いや、買うっす。漫画は電子派なんで」
私は自分の昔描いた漫画のタイトルをスマホで調べて松澤君に見せた。彼はすぐにスマホで全4巻を決済したようだった。
「俺、矢護さんの売り上げ貢献しましたね」
「ありがと~。今も地味~に印税は入ってきてるから」
「確定申告組っすか?俺も、ゲームとかの売り上げあるんで毎年確定申告っす」
「面倒だよね」
松澤君はスマホをスワイプしてる。多分私の漫画の冒頭を読んでいるのだろう。恥ずかしい。
「これ妖怪モノっすか?」
「妖怪モノってか、怪異が視える探偵が解決していく~的な?ありきたりでしょ」
「矢護さんって化け物描くのうまいっすよね」
「へ?私仕事でそういうの描いたことあったっけ?」
「仕事じゃないっすよ。これは俺の二つ目の秘密」
スマホを置き、こちらを見る。
「俺、矢護さんの卒業制作の百鬼夜行の絵画見て、矢護さんと同じ会社に入りました」
「えっ」
松澤君はレモンサワーの輪切りのレモンを割りばしで刺して潰している。球場で飲んだ分を合わせると本日4杯目だ。そのわりに顔色は全く変わらず、いつもの無表情だった。彼はどういうつもりで私を飲みに誘ったのかは謎のままだ。
「近っ!生活圏被ってそう!」
「会ったことないっすよね」
「ないね~。路線違うから気付かなかったよ」
「じゃあ、新宿じゃなくて阿佐ヶ谷で飲んでもよかったっすね」
「確かに~」
週末で混んでいるからと、新宿から少し歩いた居酒屋に入った。意外にも松澤君はこの辺りの居酒屋に詳しかった。
「野球見てきたのにまだ9時なってないんだね~」
「終電までまだまだいけますね」
「終電まで飲む気?」
少し呆れて言った。
「家近いから送りますよ」
「そういう問題では」
仕事以外でこういう強引さを出すところを見たことがないので少しビックリした。なんなら仕事も依頼内容の中で最大限に自分を出すタイプだから強引さは全くないといっていい。
松澤君はほとんど食べずに飲むタイプのようでポテトサラダをちびちびと食べながらレモンサワーを飲んでいる。
「松澤君、休みの日とか何してんの?」
ちょっとプライベートのことを聞いてみる。仕事の話以外はしたことがないから、完全に私生活が謎だからだ。嫌がられそうな質問かとも思ったけど、二人で飲みに来れるくらいの距離感ならこれくらいはいけると思った。NGな質問だったとしても彼ならうまくかわしてくれるだろう。
「ゲームしたりですかね。月一くらいで大学の友達と飲みに行ったりします」
無難な回答だ。これ以上つっこんでいいのか迷うところだ。どんなゲームしてるの?と聞いたところで私はゲームをしないので話を広げられる自信がない。
「ゲームは詳しくないからな~」
「矢護さんは仕事っすか?」
レモンサワーを飲み切って言う。ペースが速いな。
「さすがに休日は仕事あんまりしないようにしてるよ。絵描いたりネイル行ったり?あと最近は友達とご飯食べ行くようになったかな」
「例のイケメン幼馴染すか?」
スマホでメニューを注文しながら言い放つ。私はスマホで注文するタイプのお店が苦手だが、こういう風にやってくれる人がいるとありがたい。
「そうだね。世間から見たらイケメンかもね」
松澤君はスマホをテーブルに置き、肘を立てて手のひらに顎を置いてこっちを見る。
「矢護さん、秘密共有しないっすか?」
「は?なんの?誰かの社内不倫見ちゃったとか?」
「違うっすよ。お互い他の人に言ってない秘密言いませんか?」
相変わらずの無表情だ。何を言う気なのだろう。そもそも私誰にも言ってない秘密は……。
まあ、あるけど。
「内容によるかな」
「まあ、いいっすわ。俺の秘密言うんでそれで判断してくださいよ。大したことじゃないんで」
「何?」
松澤君の秘密は少し気になる。いや、少しどころじゃなく気になる。
「俺、ゲーム作ってるっす……」
照れているのか目線を外してぼそぼそっと言う。
「えっ!すご!」
思っていた秘密とは違っていたが、素直にすごいと尊敬した。
「マリオとかポケモンみたいなの想像してます?全然違いますからね!軽いインディーズゲームですから」
「いや、それでも普通にすごいでしょ!私もやってみたい!ゲームセンスゼロだけど!」
「スイッチでできますよ」
「えっ!そうなの!すごっ!」
「いや、ガチで思ってるよりショボいんで」
「最後まで作るっていうのがもうすごいんだよ~。ゲーム作りは詳しくないけど、最後まで作って世の中に出してるってだけでもう尊敬だよ」
「あざす」
松澤君は新しく来たレモンサワーを大きく一口飲みこんだ。
「でも、私スイッチ持ってないからなぁ~。買おうかな」
「いや、俺のゲームごときで買うなんてもったいないっすよ。俺3台持ってるんで貸しますよ」
「なんで3台も持ってんの」
「旧型とか新型とか、あと使い分けっすよ」
「そういうもんなのか」
「じゃあ、帰りに俺ん家寄ってから帰りましょうよ」
「えっ、うん」
今日の松澤君は仕事では見せないほどグイグイくる。
「矢護さんの秘密はないんっすか」
「あるけど……」
松澤君には言ってもいいかなと思った。同志の雰囲気を感じるから。
「あのね、私美大時代に漫画連載してた……」
「えっ!ヤバッ!描いてただけじゃなくて!?連載!?」
「そう。マイナー誌にだよ?全4巻で終わったけど」
「いや、すご過ぎじゃないっすか!」
「ほぼ打ち切りみたいな感じで終わったんだけどね」
「もう描かないっすか?漫画」
梅酒のロックは氷が溶けて少し薄くなっていた。グラスを持つたびに手のひらが濡れて少し滑る。
「描きたいって思うこともあるけど、時間もないし。あと何より話を考えるのが壊滅的に下手なんだよ~」
「漫画家ってオールラウンダーっすからね」
「漫画の才能はないって気付いたよ」
「読んでみたいっす。タイトル教えてください」
「え~!貸す?」
「いや、買うっす。漫画は電子派なんで」
私は自分の昔描いた漫画のタイトルをスマホで調べて松澤君に見せた。彼はすぐにスマホで全4巻を決済したようだった。
「俺、矢護さんの売り上げ貢献しましたね」
「ありがと~。今も地味~に印税は入ってきてるから」
「確定申告組っすか?俺も、ゲームとかの売り上げあるんで毎年確定申告っす」
「面倒だよね」
松澤君はスマホをスワイプしてる。多分私の漫画の冒頭を読んでいるのだろう。恥ずかしい。
「これ妖怪モノっすか?」
「妖怪モノってか、怪異が視える探偵が解決していく~的な?ありきたりでしょ」
「矢護さんって化け物描くのうまいっすよね」
「へ?私仕事でそういうの描いたことあったっけ?」
「仕事じゃないっすよ。これは俺の二つ目の秘密」
スマホを置き、こちらを見る。
「俺、矢護さんの卒業制作の百鬼夜行の絵画見て、矢護さんと同じ会社に入りました」
「えっ」
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