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藤原蛍
劣等感と目標
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「タイ料理大丈夫だった?パクチーとか」
ようちゃんはお店の象の置物や、何だか分からない銅像、カラフルなランプなど内装を片っ端から見ているようだった。
失敗したかな。無難にイタリアンとかにしておけばよかったと後悔した。遥先輩を信じた自分を責めた。まるで百戦錬磨かのような口ぶりだったが流石は独身といったところだ。
「パクチー大好きです。でもタイ料理はあまり本格的なものは食べたことがなくて」
変な店に連れてこられても全く嫌な顔をしない相手でよかったと安心した。
頼んだ方がいいメニューは遥先輩から聞いていた。聞きなじみのないものばかりだったので、メニュー表を見ながらスマホにメモしてきたものをテーブルの下で確認した。
ようちゃんは象の置物が気になっているようでずっとそれを見ていた。
「ビール飲める?」
「はい」
ドリンク何を頼んだ方がいいかは遥先輩に聞かなかったのでとりあえずのビールにした。ここで冒険するのはダメだと感じた。
相変わらずキョロキョロと周りを見ていてこちらと目が合わない。
―――
「あっ、じゃあ乾杯」
ようちゃんは両手でジョッキを持ち頭を下げながら乾杯をし、ビールを控えめに一口飲んだ。「ようちゃん山形には帰ってるの?」
「いや、3年くらい帰ってなくて。母がたまに宝塚見に東京に来るので、その時に食事したりはしますかね」
「おばさん、宝塚好きなんだ」
「私が高校の時くらいからハマっちゃって」
「そっかそっか」
知らない矢護家の情報だ。
「藤原さんは山形には帰られるのですか?」
他人行儀なようちゃんにちょっと居心地が悪かった。
「やめてよ~!その藤原さんってやつ。こういう時はホタちゃんでいいよ」
お酒の力も借りて冗談っぽく言ってみる。
「えっ、いや……。私の知ってるホタちゃんとかけ離れててどうもリンクしなくて」
女の子だと思われてたわけだし、分かんなくもないけど。ちょっと距離を感じた。
「あと敬語じゃなくていいよ。仕事じゃないし」
「はぁ……」
納得していない様子だった。
「俺、中学は仙台だけど、中三の時に父さんが転勤で千葉に引っ越して、ついでみたいな形で高校は千葉の高校に行ったんだよね」
「わ~都会っ子っすね~」
「図らずもね。社会人になった時に一回山形に帰ったら、ようちゃんも東京の美大に行ってるって聞いてビックリしたよ~」
「山形でもデザイン学べるところはあったんだけど、一回は東京に暮らしてみたかったん…だよね」
ようちゃんは少しぎこちなく答えた。
「そっかそっか、その憧れはあるよね。ようちゃん俺が仙台の中学行くって言った時なんて言ったか覚えてる?」
「えっ、覚えてない」
「『プリ撮り放題じゃん!』って目キラッキラさせながら言ってたよ~」
あの頃のようちゃんは俺が山形を離れることを寂しがるどころか、都会に行くことを羨ましがっていた。少しだけは寂しがってほしかったなあと思っていたのを思い出して懐かしくなった。
「そんなこと言ってたかな?あんまり覚えてなくて」
「そうだよね。15年以上も前のことだもんね。ようちゃんと一緒にいた時より、一緒にいない時間の方が長いしね」
そりゃそうだ。俺だってようちゃんの名前も見るまでは昔のことなんて思い出しもしなかった。
「小学生の時の記憶ってだんだんなくなってくるよね」
「ようちゃんも子供の時から絵上手だったのは覚えてるけど、まさか仕事にしてるとは思わなかったな」
「なんとかしがみついてるだけだけどね」
「実績が出てるんだから凄いよ」
デザインのことはあまり詳しくはないが、受賞したいと思えば受賞できるものではないというのは分かる。なんとかしがみついてるのは俺だ。ちょっとでも気を抜けば振り落とされる。しがみついていないと俺のポジションなんかすぐに誰かに取られてしまう。
「ハハハ」
ようちゃんは少し気まずそうに乾いた笑いをした。その表情は照れとも困惑とも少し違っていた。
少しの沈黙が流れる。ビールジョッキの水滴が流れるのを見る。何を話そうか。あんなに聞きたいことがあったはずなのに。
「「あの」」
話始めが被ってしまった。お互い少し笑った。
「ごめん、ようちゃんと今日の夜何話そうって聞きたいことは山ほどあって、色々考えてたはずなのに、いざ顔合わせると忘れちゃうな」
恥ずかしさでビールを一気に飲み干す。
「ホタちゃんは今彼女とかいるの?」
ようちゃんはあっけらかんと聞く。
「えっ!いないいない!結婚もしてない!ほんとクリーンだからね!不倫もしてないし、女社長と寝て仕事取ったりとかもしてないからね!クリーン!」
慌てて変に否定してします。これじゃ、他の人は不倫しまくってて女社長と寝て仕事を取ってるような口ぶりだ。
「ふ~ん」
動揺する俺とは裏腹にあまり興味なさそうに答えた。恋人の有無なんてただの話題の一つに過ぎない。何かをしていないと落ち着かなくてドリンクメニューを手に取る。
「えっ、ようちゃんは?」
「いないよ」
ケロッと言い放ち、料理を自分の皿に取り分けた。
「そっかそっか。ようちゃんは次何飲む?メニュー見る?」
ようちゃんもあまり乗る気ではなさそうなこの恋愛話を遮るようにドリンクメニューを渡す。
「ホタちゃん、顔赤いからもうお酒やめた方がいいよ」
確かにまだビール一杯しか飲んでないのに酔いが少し回っている気がした。
自然とホタちゃんと呼んでくれている今のこの状況には少しだけ心地よさを感じる。
それからは仕事の話、大学の話をした。俺が知ってるようちゃんは今のようちゃんのほんの一部でしかないんだと気付かされた。
スイカバーは今では好きだけどメロンバーの方が好きなこと。大学に入って初めてドラゴンボールを全巻読んだこと。プリクラはもう5年以上撮ってないこと。今でも家で水彩画を描くことがあること。漫画の立ち絵の模写をするのが趣味なこと。ゴールデンウイークに一人で金沢に旅行に行ったこと。色を見たらカラーコードを言い当てられること。現代アートはようちゃんにも理解ができないこと。大学の頃から架空のゆるキャラを描き続けて100体を超えたこと。いつか美術館の特別展のポスターを作るのが夢なこと。
大人になったようちゃんから聞くこと全てがキラキラしていて自分には眩しすぎた。大した趣味もない。仕事を続けた先の目標が何もない自分。ようちゃんと一緒にいると劣等感に苛まれそうになる。
でも、美術館の特別展示のデザインは自分で仕事を選べるようになったら、ようちゃんと一緒にやろうという目標が一つできた。
ようちゃんはお店の象の置物や、何だか分からない銅像、カラフルなランプなど内装を片っ端から見ているようだった。
失敗したかな。無難にイタリアンとかにしておけばよかったと後悔した。遥先輩を信じた自分を責めた。まるで百戦錬磨かのような口ぶりだったが流石は独身といったところだ。
「パクチー大好きです。でもタイ料理はあまり本格的なものは食べたことがなくて」
変な店に連れてこられても全く嫌な顔をしない相手でよかったと安心した。
頼んだ方がいいメニューは遥先輩から聞いていた。聞きなじみのないものばかりだったので、メニュー表を見ながらスマホにメモしてきたものをテーブルの下で確認した。
ようちゃんは象の置物が気になっているようでずっとそれを見ていた。
「ビール飲める?」
「はい」
ドリンク何を頼んだ方がいいかは遥先輩に聞かなかったのでとりあえずのビールにした。ここで冒険するのはダメだと感じた。
相変わらずキョロキョロと周りを見ていてこちらと目が合わない。
―――
「あっ、じゃあ乾杯」
ようちゃんは両手でジョッキを持ち頭を下げながら乾杯をし、ビールを控えめに一口飲んだ。「ようちゃん山形には帰ってるの?」
「いや、3年くらい帰ってなくて。母がたまに宝塚見に東京に来るので、その時に食事したりはしますかね」
「おばさん、宝塚好きなんだ」
「私が高校の時くらいからハマっちゃって」
「そっかそっか」
知らない矢護家の情報だ。
「藤原さんは山形には帰られるのですか?」
他人行儀なようちゃんにちょっと居心地が悪かった。
「やめてよ~!その藤原さんってやつ。こういう時はホタちゃんでいいよ」
お酒の力も借りて冗談っぽく言ってみる。
「えっ、いや……。私の知ってるホタちゃんとかけ離れててどうもリンクしなくて」
女の子だと思われてたわけだし、分かんなくもないけど。ちょっと距離を感じた。
「あと敬語じゃなくていいよ。仕事じゃないし」
「はぁ……」
納得していない様子だった。
「俺、中学は仙台だけど、中三の時に父さんが転勤で千葉に引っ越して、ついでみたいな形で高校は千葉の高校に行ったんだよね」
「わ~都会っ子っすね~」
「図らずもね。社会人になった時に一回山形に帰ったら、ようちゃんも東京の美大に行ってるって聞いてビックリしたよ~」
「山形でもデザイン学べるところはあったんだけど、一回は東京に暮らしてみたかったん…だよね」
ようちゃんは少しぎこちなく答えた。
「そっかそっか、その憧れはあるよね。ようちゃん俺が仙台の中学行くって言った時なんて言ったか覚えてる?」
「えっ、覚えてない」
「『プリ撮り放題じゃん!』って目キラッキラさせながら言ってたよ~」
あの頃のようちゃんは俺が山形を離れることを寂しがるどころか、都会に行くことを羨ましがっていた。少しだけは寂しがってほしかったなあと思っていたのを思い出して懐かしくなった。
「そんなこと言ってたかな?あんまり覚えてなくて」
「そうだよね。15年以上も前のことだもんね。ようちゃんと一緒にいた時より、一緒にいない時間の方が長いしね」
そりゃそうだ。俺だってようちゃんの名前も見るまでは昔のことなんて思い出しもしなかった。
「小学生の時の記憶ってだんだんなくなってくるよね」
「ようちゃんも子供の時から絵上手だったのは覚えてるけど、まさか仕事にしてるとは思わなかったな」
「なんとかしがみついてるだけだけどね」
「実績が出てるんだから凄いよ」
デザインのことはあまり詳しくはないが、受賞したいと思えば受賞できるものではないというのは分かる。なんとかしがみついてるのは俺だ。ちょっとでも気を抜けば振り落とされる。しがみついていないと俺のポジションなんかすぐに誰かに取られてしまう。
「ハハハ」
ようちゃんは少し気まずそうに乾いた笑いをした。その表情は照れとも困惑とも少し違っていた。
少しの沈黙が流れる。ビールジョッキの水滴が流れるのを見る。何を話そうか。あんなに聞きたいことがあったはずなのに。
「「あの」」
話始めが被ってしまった。お互い少し笑った。
「ごめん、ようちゃんと今日の夜何話そうって聞きたいことは山ほどあって、色々考えてたはずなのに、いざ顔合わせると忘れちゃうな」
恥ずかしさでビールを一気に飲み干す。
「ホタちゃんは今彼女とかいるの?」
ようちゃんはあっけらかんと聞く。
「えっ!いないいない!結婚もしてない!ほんとクリーンだからね!不倫もしてないし、女社長と寝て仕事取ったりとかもしてないからね!クリーン!」
慌てて変に否定してします。これじゃ、他の人は不倫しまくってて女社長と寝て仕事を取ってるような口ぶりだ。
「ふ~ん」
動揺する俺とは裏腹にあまり興味なさそうに答えた。恋人の有無なんてただの話題の一つに過ぎない。何かをしていないと落ち着かなくてドリンクメニューを手に取る。
「えっ、ようちゃんは?」
「いないよ」
ケロッと言い放ち、料理を自分の皿に取り分けた。
「そっかそっか。ようちゃんは次何飲む?メニュー見る?」
ようちゃんもあまり乗る気ではなさそうなこの恋愛話を遮るようにドリンクメニューを渡す。
「ホタちゃん、顔赤いからもうお酒やめた方がいいよ」
確かにまだビール一杯しか飲んでないのに酔いが少し回っている気がした。
自然とホタちゃんと呼んでくれている今のこの状況には少しだけ心地よさを感じる。
それからは仕事の話、大学の話をした。俺が知ってるようちゃんは今のようちゃんのほんの一部でしかないんだと気付かされた。
スイカバーは今では好きだけどメロンバーの方が好きなこと。大学に入って初めてドラゴンボールを全巻読んだこと。プリクラはもう5年以上撮ってないこと。今でも家で水彩画を描くことがあること。漫画の立ち絵の模写をするのが趣味なこと。ゴールデンウイークに一人で金沢に旅行に行ったこと。色を見たらカラーコードを言い当てられること。現代アートはようちゃんにも理解ができないこと。大学の頃から架空のゆるキャラを描き続けて100体を超えたこと。いつか美術館の特別展のポスターを作るのが夢なこと。
大人になったようちゃんから聞くこと全てがキラキラしていて自分には眩しすぎた。大した趣味もない。仕事を続けた先の目標が何もない自分。ようちゃんと一緒にいると劣等感に苛まれそうになる。
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