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始まりの日

覚醒

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 岩でできた槍が胸を貫く。

 ぐしゃあっと肉を貫く生々しい音が辺りに響き、痛みとともに口からは止めどなく血が溢れる。


「……ごめんね?」


 そのまま膝をつき、ドサッと音を立てては倒れた。


「が、ガスト?」


 ソウルは動かなくなった幼なじみの名を呼ぶ。しかし返事はない。


「あぁ……あぁあぁ、なんでこのガキが出てくるだよぉ」


 男は呆然と立ち尽くす。


 飛来する岩の槍とソウルの間にガストが飛び出してソウルを庇ったのだ。


 孤児院の子どもたちからは悲鳴とすすり泣く声が聞こえてくる。


「おい、ガスト……ガストぉぉおおおおお!!!!!」


 ソウルは必死に這いより、ガストを抱き抱えた。ドッドッと脈がはち切れんばかりに早まるのを感じる。

「おいっ、しっかりしろ!すぐに……すぐに医者に……」

 ガストの治療魔法は重症の傷も塞ぐことができる。しかし、その魔法は他者にしかかけることが出来ない。


 つまりガストの魔法はガスト自身には使えなかった。


「……んね」

 すると、ソウルの腕の中でガストが震える声で言った。

「ごめ、んね……?こんな形でしか……守れなかった」

 ガストは息をするのも苦しそうにしている。

「ばかやろ……なんで……なんでお前が……?」

 止まらない涙を流しながらソウルは言葉を紡いだ。

「約束……守れなかったね……」

「やめろ……やめろ……!まるでこれが最後みてえじゃねぇか、まだ、これから!一緒に!!生きていくんだろ!?!?」

 ソウルは叫ぶ。

「魔導学校から帰ってきたら、俺を守るんじゃなかったのかよ!?行くな、どこにも行くなよ!?」

 息も絶え絶えになっていくガストを強く抱きしめる。

「えへへ。嬉しいなぁ……。他の誰でもない、ソウルがそう言ってくれる事が……嬉しくて仕方ないの」



「こんなことでいいなら!いくらでも言ってやるよ!!だから……だから、行くな!!ガスト!!!」



「嬉しい。ソウルの……腕の中で、最後までソウルが……ついててくれて」

 そして、ガストは血まみれの手でソウルの頬に手を添える。


「今まで、ありがと……う……大好きだよソウル……」


 そしてガストの体から力が抜けた。

 握られていた手はコトンと地に落ち、ガストの体から体温が失われていく。



「あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」



 ソウルの涙は決壊する。

 そんな……嘘だ……嘘だ!!さっきまで、あんなに笑っていたじゃないか!?

 優しい声でソウルの名前を呼び、いつも側を歩いてくれていただろ!?

 目を……目を開けてくれよ!またその綺麗な瞳に俺を映してくれ!!また、手を握ってくれよ!!

 帰ってこい!!まだ……まだ俺はお前に何も返せちゃいない!!


 まだ……さっきの返事だって……!!


「ガスト……ガストおおおおおおおおおおおお!!!!!」


「うるさいんだよぉ!!!」


 叫ぶソウルを男は蹴り飛ばした。


「てめぇのせいで、こっちは大金逃したんだ……なぁ、この落とし前つけてくれるんだろうなぁ!?」


 男はそう言うとさらにソウルを蹴る。

 せっかくの大仕事だったんだ!これをこなせば一緒遊んで暮らせたはずなのに……!

 それを、こんなクソガキのせいで台無しにされた。

 許せない。沸々と怒りが込み上げてくる。

「おらっ、とっととそのメスガキを離せよ!」

 未練がましくこのガキは死んだメスガキを抱きしめ続けている。それすらも煩わしく、腹立たしい。

 怒りの感情に身を任せて男はソウルを蹴り続ける。

 だが、どれだけ蹴られようとソウルはガストを離さなかった。

 それがまた男の神経を逆撫でした。


「いいか?てめぇのせいでこのガキは死んだんだよ。てめぇのせいでなぁぁあ!!」


 呪詛のような怒りのセリフを吐き捨てながら男が再び蹴りを放とうとする。

 その時だった。


 バチッ。


 男の足が何かの力に弾かれた。

「なんだ?」

 見ると、ソウルの様子が何かおかしいことに気がついた。


 ソウルの体から濃密なマナが溢れ出している。


「こ、このガキ。魔法が使えないんじゃ……」

「……けるな」

 そして、ソウルは顔を上げ男を睨んだ。



「ふざけるなぁぁぁぁぁぁあ!!!」



 ソウルの全身からマナが溢れ出す。そして溢れた力は収束し、魔法陣へと形を変えてソウルの目の前に展開。

「おまえは……おまえだけは……!!」

 そのままソウルは溢れるマナに身を任せ、力を解放する。



「絶対に許さねぇ!!!」
 


 ソウルの咆哮と共に魔法陣が光を放つ。そして、魔法陣の中心からは姿を現した。

 上半身は青黒い鎧に身を包んだ女性の姿。だが下半身は人のそれではなく、蛇のような水龍の姿をしている。

 頭には海賊のような帽子を被り、右手に持つのは三又の槍「トライデント」。髪はピンクで肩にかかるかかからないか程の長さで、それはある心優しい少女を彷彿させた。

 その顔は影のように真っ黒でよく見えず、目のある場所に赤い光が見えるのみだ。



「【海神】のマナ……!」



 ソウルは詠唱する。初めてのはずなのに共に歩んできたような、そんな心温かさを感じて。



「召喚魔法【ポセイディア】!!」



「キエエエエエエエエエ!!」



 召喚された獣は耳をつんざくような産声を上げ、大気を震わせる。

 男はその光景を唖然と見つめていた。

「お、おぉお!!せめて、こいつを捕まえて売れば金になる!」

 男は声を上げた。得体も知れない魔法を使えるガキ。治療の娘を逃したのは痛いが、こいつを売れば金になると判断した。

 であれば、あとはこいつを死なない程度に仕留めればいいだけだ。

「【地】と【蛇】と【槍】のマナ……!!」

 男は3つのマナを構え、詠唱。練り上げられるだけのマナを込める。


「くらえ!俺の最強の魔法!【ジャベリン・ザ・サーペンツ】!!」


 地面が大きくせりあがり、それは巨大な蛇の形へと変貌を遂げる。それは5メートルはあろうかというほど巨大で、頭は全てを貫かんとする槍様に鋭く尖っている。

 そして岩蛇はトグロを巻くとバネのように飛び上がりポセイディアに飛びかかった。

「そいつをつらぬきやがれぇ!」

 男が咆哮する。

 それに応えるように岩蛇は頭をポセイディアに向けて突き出した。


「はじけ、ポセイディア」


 対するソウルはポセイディアに手をかざし、命じる。そしてポセイディアはトライデントを横に一閃した。


 ズシィイッ


 鈍い音が響く。ソウルの腕にフィードバックとして衝撃が走る。

「こんなもんで……」

 ソウルは衝撃を受ける右手をポセイディアにかざし、さらに力を込める。心に浮かぶのはガストの笑顔。




「こんなもんで、負けるかよ!!」



「ァァァァァァァ!!」


 ズバァァァァアン!!


 ポセイディアはソウルに呼応するように力を込めてトライデントを振り抜いた。

 岩蛇は顎から砕け落ち、ボロボロと岩へと還っていく。

「っな?!」

 男は困惑する。3つのマナを織り込んだ最強の魔法が、打ち破られた?それも、こんな……こんなガキに?今まで数々の人間を殺してきた俺が、負ける?

「ふ、ふざけるな!こ、こいつがどうなっても……」

 男は堪らず近くの子どもを人質に取ろうと手を伸ばす。

 バシィッ!

 しかしポセイディアが一瞬で距離を詰め、その手をはじき飛ばした。


「ぎゃああああああぁ!!!!」


 男の腕は関節と逆方向を向き、ブラブラとぶら下がっている。

 そして、そんな男にポセイディアとソウルはどんどん距離を詰めていく。

「あ、い、いや……わ、悪かった……も、もうしねぇから……許して……」

 男は後ろに倒れ込みながら懇願する。

「謝って……ガストは帰ってくるのかよ」

「あ……だから……悪かっ」

 男は足をガクガク言わせながら涙を流す。それでもソウルは止まらない。


「消えて詫びろ」


 ボゴォッ!

 ソウルがポセイディアに向けて手を振るとポセイディアはトライデントで男を横殴りにした。

「ぐぎゃぁあああああ!!!!!」

 そのまま壁にたたきつけられた男はぐしゃりと鈍い音を立てて、白目を向いて地面に落ちた。

 まだピクピクと動いているがもう立ち上がってくることはなさそうだ。

「トドメを……」

 ポセイディアに指示を出そうとするとポセイディアがこちらを向いた。

 その目はまるで「もういい」と訴えているように見えた。

「……っ」

 憎い……俺は奴が……!頼む、止めないでくれ!

 だが、それでもポセイディアは首を小さく横に振った。

 その姿はまるで心優しいあの少女がそこにいるかのようで……。

「……分かったよ」

 ソウルは手をおろし、その場に立ちすくんだ。ポセイディアはそれを見届けるとすぅと虚空の中に消えていった。

「……みんなの……ガストのところへ」

 ソウルはそう呟きながらよろよろと歩き出した。

ーーーーーーー

 ソウルが孤児院のみんなのところへ向かうと、悲鳴が上がった。

「く、くるな……化け物!」

「呪われる!」

「で、でていけよ!」

 ソウルは一瞬混乱する。だが、すぐに状況が理解できた。

 原因はソウルに目覚めた【召喚魔法】だ。

 召喚魔法は生命を作り出すという神をも恐れぬ禁術、呪われた魔法だと伝えられている。その使い手も既にいなくなったと言われていた。

 今の孤児院の子どもたちにはソウルが「孤児院の仲間」ではなく、「呪われた魔法使い」として映っているのだろう。


「……そうだ、お前のせいじゃないか?」


 立ち尽くすソウルに向けて1人の子どもが告げた。

 やめてくれ……。

 ソウルは思ったが、一度口にしたら最後、それは瞬く間に伝染した。

「そうだよ、お前が.......あいつを呼んだんじゃないか!?」

「呪われた魔法だもん、ずっと私たちをだましてたんだ」

「や、やめろよ、僕達まで殺されるよ!」

 子どもたちは騒ぎ立て始め、その言葉の1つ1つがソウルの胸を抉っていく。

 ダメだ……もう、ここにはいられない。

 ソウルはガストを失った絶望と家族同然に育ってきた孤児院の子どもたちからの拒絶に耐えられず、孤児院を飛び出した。
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