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9章 天術士
#63 父の手紙
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ツバサとアスカがイイナ村に着いたのはちょうど正午だった。空腹に耐えながら手紙に書いてある住所を参考に村の人々に聞いては歩き、聞いては歩きを繰り返した。イイナ村の建物はどれも形が似たものばかりで、道もくねくねと入り組んでいた。
ようやくたどり着いた目的地は本当に小屋のような小さな家だった。もうずっと放置されているのか、草のツルが壁に巻きついていた。ドアの鍵は壊されたようで、かかっていなかった。
「開けるぞ」
「うん」
音を立ててドアは開いた。部屋の中は散らかっていた。というよりも荒らされていた。町の住人が金目のものを盗みに来たのだろう。机の上も壁も床も紙と本だらけだった。
「ここが……お父さんが使っていた家?」
「あっ」
ツバサは机の上に置いてある五通の手紙を見つけた。今手にしている便箋と同じ筆跡で、名前が書いてある。家族の名前が一つずつ。
"ツバサへ"
ツバサはその手紙を手にしたが、開けて読むのは何故か怖かった。アスカはすぐに封を切り、隅の方へ座ってその便箋を開いた。試しにツバサは机の引き出しを開けてみた。レンが前に食べていたものと同じ携帯食料が数個転がって奥から出てきた。もう片方の引き出しを開ける。
「何だ?」
分厚い本。いや、アルバムだった。これは自分の家族のアルバム?そんなものがあったんだ。アルバムを開いた。その手は震えていた。
幼い頃の兄や姉。それから若い母。兄も姉も母の連れ子だったが、2人ともツバサやアスカによくしてくれた。そして父カーティスも写真の中で笑っていた。パラパラとめくっていくうちに、幼い自分が現れた。兄達と楽しそうに笑っている自分。母に抱きついている自分。父に頭を撫でられて恥ずかしそうに照れている自分。そしてアスカが写真に現れた。
皆、幸せだったんだ。そうだ、俺達は幸せだった。ずっとずっと、幸せだったんだ。
次のページを開いた時、ツバサははっとした。アルバムに収められていない写真がそのまま散らばって挟まっていた。手で隠しているのか写真半分が黒くなって写っている自分の写真もあった。ツバサはその写真を裏返して、いつのものかを見た。
「五年前……」
それから後の写真は無い。何故?何故?どうしてあの日、一瞬にしてすべてが壊れたんだ。どうして父さんは俺のことをぶって、二度と帰ってこなかったんだ?
アスカの鼻をすする音がした。全部この手紙に書いてあるのだ。ツバサは封を切った。
"まずはお前に謝ろう、ツバサ。ごめんな"
「何なんだこの始まり方は……」
今度は声に出さずにその手紙を読んだ。
"お前は私の初めての子どもだった。だから色々なことを思っていて、文章でまとめるのはとても難しい。この手紙を読む日まで、お前は私にも分からないくらいの辛い思いをしてきただろう。
お前が小さい頃、私達の一族、サングスターについて少し話したことがあると思う。私達には悪魔の血が流れているということ、それからフェアリーという一族の人間以外を愛しにくいというおかしな呪いがかかっていること。私も結ばれる相手が勝手に決められていた。でも、私は母さんと駆け落ちをして結婚した。相手の女性は急遽別の男と結ばれることになった。
私はある意味最低な男なのかもしれない。だから、せめても最低な父親にだけはなりたくなかったんだ。私はどんな父親だったかな?良い父親だっただろうか?もしそう思ってくれたら私は嬉しい。さっきも書いた通り、私は最低な男なんだ。だからいずれ、私はグループの奴らに捕まえられ、今のこの幸せを奪われてしまうと思う。なかなか家に帰れなかったのはお前達を危険な目に遭わせたくなかったからだ。サングスターの頭となる悪魔王アルトゥールは、魂で肉体を乗っ取ることが出来る悪魔だ。もしかしたら私はお前達の元へ帰ることがあるかもしれない。でも、それは本当は私の体を乗っ取ったアルトゥールという可能性もある。
だから、お前達にアルトゥールと私の見分け方を三つ教えよう。一つ目、私は殺し屋グループには所属していない。二つ目、お前達のことを殴らない。三つ目、お前達に対して暴言を吐いたり罵声を浴びたりしない。
恐怖の記憶というものは印象づきやすく、その数分の出来事が何年も積み上げてきた幸せな思い出を簡単に忘れさせてしまうものだ。一度皆で作った思い出、それは絶対に消えないものだ。ただ、思い出すのが難しいだけで。
悲しいこと、辛いことばかりじゃない。幸せだと感じることは今までだって、これからだって、たくさんある。まだまだいくらでも作っていける。だから、ツバサは生きたいように生きて欲しい。お前は誰よりも強い私のたった1人の息子だ。ずっとお前のことを愛している、ツバサ。大きくなって成長したお前を、もう一度この目で見たかったよ。カーティス"
ポロッと便箋に涙が零れ、文字が滲んだ。ツバサは片手で両目を覆った。ボロボロと止まらない涙が零れていく。
「父さん」
俺も、もう一度会いたい。"父さん"に会いたい。"父さん"は"父さん"だった。俺はあの家に生まれて幸せだった。皆でご飯を食べている時が楽しかった。そうだった。思い出せなかっただけなんだ。本当のこと、忘れてしまっていたんだ。
「……お兄ちゃん」
いつの間にか泣き顔のアスカが隣にいた。ツバサはアスカを抱き寄せて、また涙を流した。
その日、2人は部屋の中を片付けて、夜はアルバムを見ることに耽った。
ようやくたどり着いた目的地は本当に小屋のような小さな家だった。もうずっと放置されているのか、草のツルが壁に巻きついていた。ドアの鍵は壊されたようで、かかっていなかった。
「開けるぞ」
「うん」
音を立ててドアは開いた。部屋の中は散らかっていた。というよりも荒らされていた。町の住人が金目のものを盗みに来たのだろう。机の上も壁も床も紙と本だらけだった。
「ここが……お父さんが使っていた家?」
「あっ」
ツバサは机の上に置いてある五通の手紙を見つけた。今手にしている便箋と同じ筆跡で、名前が書いてある。家族の名前が一つずつ。
"ツバサへ"
ツバサはその手紙を手にしたが、開けて読むのは何故か怖かった。アスカはすぐに封を切り、隅の方へ座ってその便箋を開いた。試しにツバサは机の引き出しを開けてみた。レンが前に食べていたものと同じ携帯食料が数個転がって奥から出てきた。もう片方の引き出しを開ける。
「何だ?」
分厚い本。いや、アルバムだった。これは自分の家族のアルバム?そんなものがあったんだ。アルバムを開いた。その手は震えていた。
幼い頃の兄や姉。それから若い母。兄も姉も母の連れ子だったが、2人ともツバサやアスカによくしてくれた。そして父カーティスも写真の中で笑っていた。パラパラとめくっていくうちに、幼い自分が現れた。兄達と楽しそうに笑っている自分。母に抱きついている自分。父に頭を撫でられて恥ずかしそうに照れている自分。そしてアスカが写真に現れた。
皆、幸せだったんだ。そうだ、俺達は幸せだった。ずっとずっと、幸せだったんだ。
次のページを開いた時、ツバサははっとした。アルバムに収められていない写真がそのまま散らばって挟まっていた。手で隠しているのか写真半分が黒くなって写っている自分の写真もあった。ツバサはその写真を裏返して、いつのものかを見た。
「五年前……」
それから後の写真は無い。何故?何故?どうしてあの日、一瞬にしてすべてが壊れたんだ。どうして父さんは俺のことをぶって、二度と帰ってこなかったんだ?
アスカの鼻をすする音がした。全部この手紙に書いてあるのだ。ツバサは封を切った。
"まずはお前に謝ろう、ツバサ。ごめんな"
「何なんだこの始まり方は……」
今度は声に出さずにその手紙を読んだ。
"お前は私の初めての子どもだった。だから色々なことを思っていて、文章でまとめるのはとても難しい。この手紙を読む日まで、お前は私にも分からないくらいの辛い思いをしてきただろう。
お前が小さい頃、私達の一族、サングスターについて少し話したことがあると思う。私達には悪魔の血が流れているということ、それからフェアリーという一族の人間以外を愛しにくいというおかしな呪いがかかっていること。私も結ばれる相手が勝手に決められていた。でも、私は母さんと駆け落ちをして結婚した。相手の女性は急遽別の男と結ばれることになった。
私はある意味最低な男なのかもしれない。だから、せめても最低な父親にだけはなりたくなかったんだ。私はどんな父親だったかな?良い父親だっただろうか?もしそう思ってくれたら私は嬉しい。さっきも書いた通り、私は最低な男なんだ。だからいずれ、私はグループの奴らに捕まえられ、今のこの幸せを奪われてしまうと思う。なかなか家に帰れなかったのはお前達を危険な目に遭わせたくなかったからだ。サングスターの頭となる悪魔王アルトゥールは、魂で肉体を乗っ取ることが出来る悪魔だ。もしかしたら私はお前達の元へ帰ることがあるかもしれない。でも、それは本当は私の体を乗っ取ったアルトゥールという可能性もある。
だから、お前達にアルトゥールと私の見分け方を三つ教えよう。一つ目、私は殺し屋グループには所属していない。二つ目、お前達のことを殴らない。三つ目、お前達に対して暴言を吐いたり罵声を浴びたりしない。
恐怖の記憶というものは印象づきやすく、その数分の出来事が何年も積み上げてきた幸せな思い出を簡単に忘れさせてしまうものだ。一度皆で作った思い出、それは絶対に消えないものだ。ただ、思い出すのが難しいだけで。
悲しいこと、辛いことばかりじゃない。幸せだと感じることは今までだって、これからだって、たくさんある。まだまだいくらでも作っていける。だから、ツバサは生きたいように生きて欲しい。お前は誰よりも強い私のたった1人の息子だ。ずっとお前のことを愛している、ツバサ。大きくなって成長したお前を、もう一度この目で見たかったよ。カーティス"
ポロッと便箋に涙が零れ、文字が滲んだ。ツバサは片手で両目を覆った。ボロボロと止まらない涙が零れていく。
「父さん」
俺も、もう一度会いたい。"父さん"に会いたい。"父さん"は"父さん"だった。俺はあの家に生まれて幸せだった。皆でご飯を食べている時が楽しかった。そうだった。思い出せなかっただけなんだ。本当のこと、忘れてしまっていたんだ。
「……お兄ちゃん」
いつの間にか泣き顔のアスカが隣にいた。ツバサはアスカを抱き寄せて、また涙を流した。
その日、2人は部屋の中を片付けて、夜はアルバムを見ることに耽った。
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