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9章 天術士
#60 あの子を守るためなら
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カーターは、1人でハネハネを飛ばし、殺し屋グループの要塞へと向かった。ツバサ達の襲撃のせいで建物は修復途中だったが、本部はしっかり生きていた。屋上にある庭へ降り立つと、隅のベンチに座っていた人が駆け寄った。
「カーター!!」
「まあそう大きい声を出さないでよ、ウル。中に薬品庫がある。ちょっとそこで試して欲しい錬金術があって」
「分かった」
ラファウルはにこにこしながら、カーターについて要塞の中へ入っていった。2人が入ったのは、様々な薬品が収納されている広い部屋だった。びっしりと棚があり、ビンが敷き詰められている。全て魔術によって位置が固定され、よっぽどの事がない限り倒れることはなさそうだった。
部屋の中央にはテーブルがあり、カーターはテーブルに向かって座った。ラファウルも向かい合って座った。本題だ、とカーターはローブから写真を取りだしすべらせる。
「俺の愛しのこの子についてなんだけどね」
「あ、ああ……この子は」
カーターがずっと恋焦がれている赤毛のフェアリーの少女だ。以前にも写真を見せてもらったことはある。しかしどこかでこの子に会った、とラファウルは思った。その様子をカーターは見逃さなかった。
「ウル、この子と会ったことがあるの?写真を見せたことはあるよね」
「うん、最近どこかで……あ。異界だよ」
「え?異界に来たの?そんなわけ……」
「確か、若いカップルで来てて、みんなで話をしたんだ」
「カップルの男ってもしかして、レン・グレイか?」
「いや、名前までは……僕は女の子の方に会ったんだ。確か、こんな感じだった。フェアリーという雰囲気があったから存在自体はよく覚えてる」
「この子はアルル」
「そう……アルルだ。思いだしたよ」
顎に手をやり、カーターは何か考え込んでいた。異界にフェアリーが来るとまずいのだろうか。ラファウルにはよく分からなかった。
「おそらくレン・グレイとアルルが行ったんだろうね……一体何のために」
「タンポポさんの小屋に長いこと滞在していてね。かなり気に入られているようだった。……というか男の方がグレイって、そんなことがあるのかい?」
「それはそれは……ああ、グレイの可能性がある。おかしいよねー。ま、ウルは今後も異界での任務を続けてくれ。で、今回頼みたいことは、アルルをちゃんと"フェアリー"の魔術士に戻してもらいたいんだ」
「と、言うと?」
カーターの依頼は言葉の通りだった。アルルをフェアリーの魔術士に正しく戻してほしい。レン・グレイという魔術士がアルルを連れ回しているせいで、アルルの身に危険が及ぶ可能性があると。またカーターは言った。アルルも含め、他の身近にいる魔術士もレンに騙されている。カーターは実際にレンと対面した時、邪悪な魔術をしっかり感じ取っていた。これに気付いていないアルルやその仲間はどうかしている、と。
「グレイ一族もそうなんだが、俺たちサングスターも悪魔の血が入っているせいで、理性を失うというか気が立つ時というのがあるでしょう?その性質を使って、アルルを正しく戻して欲しいんだ。ウルはフェアリーの天使だから、ウルの血で何かできるんじゃないかと思って」
純血の悪魔や天使というのは、基本的に忠誠心が非常に強い。そのためふとしたタイミングや、何かのショックがきっかけで、その過剰な忠誠心が理性を無くして魔術士の行動に現れることがある。特にサングスターよりもグレイの一族は忠誠心が強く、理性を無くして戦うことが多いとされていた。
「つまりは、フェアリーの純血をアルルに与えることで、アルルがグレイを消そうと行動し、サングスターの味方になるのでは、ということだね」
「まあ簡単に言えばそんな感じだね。実はアルルが居るチームには、ツバサっていうサングスターもいる。その子はレン・グレイを殺すと言っていたけど、俺はもうアルルのことが心配で心配で気が気じゃないんだ」
「その気持ちは僕も分かるよ、カーター。好きな人が元気に生きていることは大事だからね」
「結論から聞きたいんだけど、まずこの方法は可能?」
「……可能だよ。ただし、懸念点がある。僕の血をアルルに注入した場合、要は今までの記憶の書き換えが起こる。彼女から見た、世界の見え方っていうのが多少なりとも変わるんだ。でも、そのグレイと一緒に行動した記憶があまりにも膨大だと、アルルへのダメージも比例する。そこは睡眠薬と鎮痛効果のあるもので何とかなるかもだけど……」
「まあ確かに、アルルが苦しむのは俺もあまり見たくないな」
「問題は、目覚めたあとだね。正直、これはアルルをフェアリーの魔術士に正しく戻すきっかけ、引き金でしかない。その後はカーターのサポートが重要になってくる」
「できることは何でもやる。あの子を守るためなら」
カーターの目つきは真剣だった。ラファウルは、彼のために自身の血を少し抜き、薬を調合した。これでアルルが目を覚ませば、カーターは幸せになる。同じフェアリーの魔術士―アルルも幸せになる。その仲間も幸せになる。そしたら、もうカーターに会えなくなってしまうんだろうか。いいや、カーターが幸せならば僕も幸せになれるじゃないか。
薬は完成した。その薬を注射器に入れて、カーターはローブのポケットにしまった。足早に薬品庫を後にして、先輩とお茶の約束をしていてね、と思い出したように口にする。少し寂しい気持ちがあったが、ラファウルも早足で後について行き見送ることにした。
「ウル、ありがとう。アルルが目覚めたら、悪魔城へ連れていこうと思ってるんだ。そん時はまた連絡する。きっと上手くいくから、先に悪魔城に行って待機していてよ」
「ああ、分かった。君なら絶対上手くいくよ。吉報を待ってるね」
笑顔で手を大きく振りながら、ハネハネに乗ってレクタングルの方へ帰っていく。彼が見えなくなるまで、ラファウルは手を振り続けた。愛する人のためにここまで一生懸命になれる彼が愛おしい。つくづくラファウルはそう思った。
「カーター!!」
「まあそう大きい声を出さないでよ、ウル。中に薬品庫がある。ちょっとそこで試して欲しい錬金術があって」
「分かった」
ラファウルはにこにこしながら、カーターについて要塞の中へ入っていった。2人が入ったのは、様々な薬品が収納されている広い部屋だった。びっしりと棚があり、ビンが敷き詰められている。全て魔術によって位置が固定され、よっぽどの事がない限り倒れることはなさそうだった。
部屋の中央にはテーブルがあり、カーターはテーブルに向かって座った。ラファウルも向かい合って座った。本題だ、とカーターはローブから写真を取りだしすべらせる。
「俺の愛しのこの子についてなんだけどね」
「あ、ああ……この子は」
カーターがずっと恋焦がれている赤毛のフェアリーの少女だ。以前にも写真を見せてもらったことはある。しかしどこかでこの子に会った、とラファウルは思った。その様子をカーターは見逃さなかった。
「ウル、この子と会ったことがあるの?写真を見せたことはあるよね」
「うん、最近どこかで……あ。異界だよ」
「え?異界に来たの?そんなわけ……」
「確か、若いカップルで来てて、みんなで話をしたんだ」
「カップルの男ってもしかして、レン・グレイか?」
「いや、名前までは……僕は女の子の方に会ったんだ。確か、こんな感じだった。フェアリーという雰囲気があったから存在自体はよく覚えてる」
「この子はアルル」
「そう……アルルだ。思いだしたよ」
顎に手をやり、カーターは何か考え込んでいた。異界にフェアリーが来るとまずいのだろうか。ラファウルにはよく分からなかった。
「おそらくレン・グレイとアルルが行ったんだろうね……一体何のために」
「タンポポさんの小屋に長いこと滞在していてね。かなり気に入られているようだった。……というか男の方がグレイって、そんなことがあるのかい?」
「それはそれは……ああ、グレイの可能性がある。おかしいよねー。ま、ウルは今後も異界での任務を続けてくれ。で、今回頼みたいことは、アルルをちゃんと"フェアリー"の魔術士に戻してもらいたいんだ」
「と、言うと?」
カーターの依頼は言葉の通りだった。アルルをフェアリーの魔術士に正しく戻してほしい。レン・グレイという魔術士がアルルを連れ回しているせいで、アルルの身に危険が及ぶ可能性があると。またカーターは言った。アルルも含め、他の身近にいる魔術士もレンに騙されている。カーターは実際にレンと対面した時、邪悪な魔術をしっかり感じ取っていた。これに気付いていないアルルやその仲間はどうかしている、と。
「グレイ一族もそうなんだが、俺たちサングスターも悪魔の血が入っているせいで、理性を失うというか気が立つ時というのがあるでしょう?その性質を使って、アルルを正しく戻して欲しいんだ。ウルはフェアリーの天使だから、ウルの血で何かできるんじゃないかと思って」
純血の悪魔や天使というのは、基本的に忠誠心が非常に強い。そのためふとしたタイミングや、何かのショックがきっかけで、その過剰な忠誠心が理性を無くして魔術士の行動に現れることがある。特にサングスターよりもグレイの一族は忠誠心が強く、理性を無くして戦うことが多いとされていた。
「つまりは、フェアリーの純血をアルルに与えることで、アルルがグレイを消そうと行動し、サングスターの味方になるのでは、ということだね」
「まあ簡単に言えばそんな感じだね。実はアルルが居るチームには、ツバサっていうサングスターもいる。その子はレン・グレイを殺すと言っていたけど、俺はもうアルルのことが心配で心配で気が気じゃないんだ」
「その気持ちは僕も分かるよ、カーター。好きな人が元気に生きていることは大事だからね」
「結論から聞きたいんだけど、まずこの方法は可能?」
「……可能だよ。ただし、懸念点がある。僕の血をアルルに注入した場合、要は今までの記憶の書き換えが起こる。彼女から見た、世界の見え方っていうのが多少なりとも変わるんだ。でも、そのグレイと一緒に行動した記憶があまりにも膨大だと、アルルへのダメージも比例する。そこは睡眠薬と鎮痛効果のあるもので何とかなるかもだけど……」
「まあ確かに、アルルが苦しむのは俺もあまり見たくないな」
「問題は、目覚めたあとだね。正直、これはアルルをフェアリーの魔術士に正しく戻すきっかけ、引き金でしかない。その後はカーターのサポートが重要になってくる」
「できることは何でもやる。あの子を守るためなら」
カーターの目つきは真剣だった。ラファウルは、彼のために自身の血を少し抜き、薬を調合した。これでアルルが目を覚ませば、カーターは幸せになる。同じフェアリーの魔術士―アルルも幸せになる。その仲間も幸せになる。そしたら、もうカーターに会えなくなってしまうんだろうか。いいや、カーターが幸せならば僕も幸せになれるじゃないか。
薬は完成した。その薬を注射器に入れて、カーターはローブのポケットにしまった。足早に薬品庫を後にして、先輩とお茶の約束をしていてね、と思い出したように口にする。少し寂しい気持ちがあったが、ラファウルも早足で後について行き見送ることにした。
「ウル、ありがとう。アルルが目覚めたら、悪魔城へ連れていこうと思ってるんだ。そん時はまた連絡する。きっと上手くいくから、先に悪魔城に行って待機していてよ」
「ああ、分かった。君なら絶対上手くいくよ。吉報を待ってるね」
笑顔で手を大きく振りながら、ハネハネに乗ってレクタングルの方へ帰っていく。彼が見えなくなるまで、ラファウルは手を振り続けた。愛する人のためにここまで一生懸命になれる彼が愛おしい。つくづくラファウルはそう思った。
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