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9章 天術士
#58 メモ用紙
しおりを挟む"アルトゥールと黒の女王の対立により、悪魔界は全部で5つのオウバルというエリアに分けられた。オウバルA、Bはアルトゥール側の土地となり、悪魔城が建てられた。また、オウバルCは世界で最も広大と言われている牢獄に位置している。この牢獄の囚人は悪魔とは限らず、様々な罪人が囚われている。オウバルD、オウバルEは黒の女王側の土地となっている。悪魔界は全ての地面が赤く染まっており、血の大陸とも呼ばれている。悪魔界の主な食料は……"
「ふーん」
「へー」
「……別に悪魔博士になりたいわけでもないんだけどな。ちなみに悪魔界の主な食料って何なの?」
「こんにゃく」
「……へ?」
「こんにゃく……って書いてある」
するとツバサが笑いだして、レンの肩をバンバンと叩いた。アルルは含み笑いをしてまたパラパラとページをめくった。すると本に挟まっていたメモ書きのようなものがハラリと床に落ちた。アルルはそれを拾うと、そこにはナターシャの絵があった。
「……ナターシャの石」
絵は切り貼りされたようなもので、周りにはメモ書きのようなものがまた古代魔法語で書かれていた。
「……ナターシャはまだ石の中で生きている。石は現在アルトゥールの城に保管されているが、いずれ彼らはナターシャを封印から解放するだろう。アルトゥールはナターシャを封印から解く方法を尋ねるために、天界の能天使と対面した。能天使は解く方法をアルトゥールに教えなかった。アルトゥールはその後も使者を送り続け、能天使から聞きだそうと試みた。ある時、私は能天使からその方法を聞きだした。しかし、私はアルトゥールに真実を伝えることができなかった。何故ならその石の封印を解く方法は……?字がかすれててよく読めないな……そ……い?け……だから、まずは世界を平和にするために、グレイの一族を滅亡する必要がある、と伝えた」
「……何はともあれナターシャを石から出してあげる方法があるんだな」
するとレンが不意に口を挟んだ。
「ナターシャが復活したところで何か変わるのか?」
「変わるんだよ!あんな天使閉じ込めている方が可哀想だ!そうだ、レンはまだあの絵を見てなかったな」
「ここに載ってるわよ、絵」
「ほら、これだよこれ。希望で満ちてるだろ、この絵の中」
レンはツバサが指さしている絵を見て鳥肌が立った。目をつぶって両手を広げている堕天使。レンには希望があるなんて思えなかった。アルルに似ているとも思わなかった。石の中に閉じ込められているのに、死んだような顔をしているのに、どうしてこの絵に希望を感じるんだ?この堕天使は何色の瞳で人々のことを見つめるのだろう。ナターシャと目が合った時、そのまま自分は死んでしまいそうな気がした。
「希望って言葉はこの絵にはあんまり合わない気がするな、俺は」
「……じゃあ何だと思う?」
「うーん……確かに美しいとは思う……でも、何だろう、この人はこの石の中に居た方が良いんじゃない?」
「何変なこと言ってんだレン……」
「それにあんまりアルルにも似てないと思う。この人と目が合ったりしたら、心臓だけ引っこ抜かれそうな気がする」
「……絵なんて人によって全然捉え方違うんだから、別にいいんじゃないの?」
そうアルルが聞くと、ツバサは首を振った。
「これは芸術鑑賞会に展示されるような絵とは別物なんだよ」
レンがごめん、と少し苦そうな顔で言った。それを見てアルルが間を置いてからツバサに一言言った。
「ねえ、それただの絵だよ、ツバサ。どこにでも展示できる、絵の1つ。描いた人は悪魔の王様かもしれないけどさ」
「……まあ、そう言われればそうだけど……」
「そんなに気になるならアルトゥールに頼んで本物見せてもらえば?」
「お前なぁそうやって軽々と悪魔王を呼び捨てにして……友達じゃないんだから……俺なんかが行ったら王に会う前にオウバルCの牢獄行きだろ」
ツバサがそう呆れたように言ったのを見て、レンは少し安心した。結局アルルはメモ書きを解読したいと言い張って、新暦書を図書館から借りることにした。不思議なことにアルルの名前で見るからに怪しいその本を借りることはできた。
「本当に大丈夫なのかその本。家に持ち帰っちゃって」
「大丈夫大丈夫。きっと私には心を開いてくれているのよ」
3人は図書館を出るとそこで分かれた。アルルは1人で歩きながら、ツバサとレンがナターシャの絵を見ている間に目にした文のことを考えていた。
"禁じられた恋の罰なのか、サングスターの一族はフェアリー以外の人間を愛しにくくなってしまった。個々の主張が激しく、仲間よりも自身のことを最優先する傾向にある。フェアリーの為になら簡単に命を投げ出すのもまた1つの考えるべき特徴である。サングスターは"呪われた一族"とも呼ばれている"
「禁じられた恋の罰……」
さっきツバサがナターシャの絵のことで少し感情が入っていたのは、"血"のせいなのかもしれない。希望を持っているようにも絶望を持っているようにも見えるナターシャの絵。とりあえずよく分かったのは、自分の祖先は美しすぎた罪な人。美しいかどうかは別として、もしかしたら自分とナターシャは似ているのかもしれない。その点に関してはツバサに一理あるとアルルは思った。
ツバサは食料の買い出しをして、両手いっぱいに荷物を持ちながら宿舎に帰ってきた。荷物を持ち直してドアを開けようとした途端、いきなりドアから勝手に開いてツバサはしりもちをついた。額が痛い。おまけに買った食料が散乱していた。
「いって……治療費請求するぞ空き巣野郎!!」
「ちょっと大丈夫?!えっごめん!!わざとじゃないの!!」
「アスカ……危うく腰やるとこだったじゃねえか!!てか何でお前はいっつもいっつも俺の部屋に勝手に入ってるんだよ!そんな顔して見つめてきたって俺には通用しないからな!」
「だって……こうやらないとお兄ちゃん捕まらないんだもん!いっつもいっつも部屋訪ねても居ないし!」
アスカは言い返しながら廊下に散らばる野菜を拾い集めた。ツバサが拾おうと屈んだ時、横から何か飛んでくることに気づき、投げられたじゃがいもをツバサは素早くキャッチした。
そこには見覚えのある顔の青年が居た。気味が悪いくらいににこにこと笑みを浮かべて。
「ナイスキャッチ」
「お兄ちゃんの友達?」
「……誰だお前」
「覚えてって言ったじゃんツバサ!もう忘れたの!!ニワトリかよ!」
「誰だか知らないけどいきなり現れた挙句、俺に芋を投げつけその上ニワトリ呼ばわりかよ。随分な奴だな……本当に誰?」
「カーターだよ、カーター!!」
「あー……何でお前が宿舎なんかに居るんだよ。まさか、お前引越ししてきたのか?!」
「残念ながらハズレだね。遊びに来たんだ」
「俺の部屋のゲスト受付は終了してるんだ。悪いね、他を当たってくれ」
「うん、言われなくてもそうさせてもらうよ。元気そうで何より……えっと、妹さんだよね?はじめまして、カーター・サングスターです」
アスカも軽く挨拶をすると、自己紹介をした。その一部始終、ツバサはカーターの様子をまじまじと見ていた。カーターは特に何も言わず何もせず、2人に手を振って去っていった。アスカは首を傾げると当たり前のように入りましょ、とツバサに声をかけた。ドアの前には食料が袋の中に戻されて置かれたままだ。
「一つくらい持ってけよ!!」
ツバサが買った食料を整理している間、アスカはソファに座り兄の方へ目をやりながら淡々と話し始めた。
「私達がお世話になってた孤児院、あったじゃん?そこの保母さんから連絡があって」
「何で今更あのおばさんから連絡なんか来るんだよ。普通そういうのって長男の俺に連絡するよねー未だに俺のこと嫌いなんだなあのババア」
「ババアとか言わないの。仮にも私達のことを生かしてくれたんだから……ねえ、お兄ちゃんはお父さんのこと、まだ恨んでるよね?」
父親のことを思い出そうとするとすぐに浮かぶのは母や兄姉が殺された後平手打ちをされたことだ。こいつは父親じゃない。家族でも何でもない。最悪な奴だ。その時ツバサはそう思った。一番直近なのは、要塞で会ったことだ。その時父は、無理やり殺し屋グループに勧誘してきたり、アルルを連れ去ろうとした。それに加えて、アスカの体を悪魔化させ、水中迷宮ごと殺そうともしてきた。ツバサが口をつぐんでいると、アスカが顔を上げずに言った。その声は少し震えていた。
「ねえ、お父さんってやっぱり、昔から"ああいう人"だった?私とお兄ちゃん一つしか差は無いけどさ、お兄ちゃんの方が1年お父さんと長く一緒にいるじゃない?」
「昔からそうだったかって言われると……分かんないけど」
昔からそうだった?散々酷い目に合わされてきたはずなのに、そう考えると何故か疑問が浮かぶ。いつからあの人はああなってしまった?初めて、平手打ちをされた日。あの日よりも昔は、どんな人だった?どう接してくれていた?
分からない。ツバサは分からないということにゾッとした。
「あのね。保母さんのところにねお父さんからの手紙が届いたんだって。しかも、その手紙は6年前……母さん達が亡くなる一年前に書かれたものだって」
「何それ……まさか、わざと6年後に届くようにしたってこと?でも何で孤児院に?」
「それが、宛先はかつて私達が住んでいた家になってるみたいなんだけど、その家はもう無いから、生き残った私達がその次に行った孤児院に転送されたみたいで。保母さん、サークルの城に連絡して私の連絡先を聞いたみたい……で、本題はここからよ。そのお父さんの手紙、私もう貰ってきたの」
アスカはポケットから年季の入っている一通の手紙を取り出して見せた。達筆な文字でかつての家の住所が書かれ、母からアスカまで父以外の家族全員の名前が書かれていた。封筒の下には確かにカーティス・サングスター、とあった。ツバサは深呼吸をしてその封を切った。
"皆、元気にしているかい"
「何だこの始まり方……」
ツバサはわざと声に出して手紙を読んだ。
"今、その場に私は居るだろうか。もし居なければ、この手紙を読んでいる君に、行って欲しい場所がある。その場所には、私が仕事用として使っていた家がある。家といっても小屋のようなところで狭いんだが。おそらくツバサやアスカ辺りが私のことを不審に思っているかもしれない。これを読んでいる君がもしも2人じゃなかったら、是非2人を連れて行って欲しい。私は特にツバサとアスカとは関われる時間が少なかった。だから、連れていってあげてくれ。その場所は下に記してある通りだ。読んでくれてありがとう。カーティス"
確かに一番下には住所が書いてあった。それはイイナ村だった。2人は顔を見合わせ、しばらく沈黙が流れた。
「……明日、行ってみようか」
「……うん」
カーティス。自分の父親。この間、要塞で再会したばかりだったが、この6年間の間で何があったのだろう。そう思いたくなるほど、その手紙や文字には暖かさがあった。
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