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7章 迷宮
#45 深海の迷宮
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ツバサは咳き込んだ。口から海水を吐き出し、一気に口の中が塩っぽくなった。そして体中が痛い。
「……ここは何だ……確か、渦潮に巻き込まれて……」
氷のような冷たい床だ。というか氷だった。洞窟のような場所だったが、地面の半分は氷、半分は川のように水が流れていた。前も後ろも同じような光景だ。ツバサはゆっくり立ち上がった。髪もびしょ濡れ、黄色のシャツは濡れて体に張り付いていた。あいにくこれは水着のようなものだった。そして幸いなことに靴は履きっぱなしだった。靴を一度脱いで、中に入っている海水を捨てた。これで足は少しは冷えなくなるだろう。ぐっしょりと濡れている靴を履いて、ツバサは壁伝いに歩いた。
「……レン!!」
道のすぐ先にレンが倒れていることに気づく。一刻も早く目を覚まさせようと、レンの体を揺さぶった。途端に、同じく口から海水を吐き出した。当たりを見回し、何となく状況を察したレンはぼやいた。
「ああ、俺は生きているのか……」
「何とか生き延びたみたいだ。ここが天国っていう冗談は流石にやめて欲しい」
「それとも極寒っていう地獄なのか」
2人だけの声が響く。洞窟なのに暗くなかった。水と氷のお陰で青く輝いていた。チョロチョロと横を流れる水の音を聞きながら、2人はしばらく歩いた。
「本当に地獄って可能性も出てきたぞ、レン」
「どうして。俺は地獄とは信じたくないけど」
「だってベティが見つからないんだ。あいつ天国に行ったのか?」
「……え、それよりもさ……俺達って、死んだの?」
「……わからん。でも多分死んでない。死人はこんな海水でびしょ濡れになって震えている訳が無い。俺達はまだ生者らしいよ」
進めば進むほど温度が下がっているような気がした。ツバサとレンは互いの背中をさすって温め合いながら歩いた。ぽたぽたと洋服や髪の毛から水がしたたり、それが道しるべのように床にこぼれ続けた。
「おい……これどこまで続いてるんだ?ずっと一本道だぞ」
「わからない……寒っ……どんどん寒くなってる気がする。このまま凍え死ぬのかなぁ俺達。しかも男2人でこんな訳の分からないところで……惨めな最期だなぁ」
「そのまま返させていただくよその台詞……あ、2つに別れているぞ」
右と左に綺麗に道が分かれていた。どちらを覗いても似たような光景だ。出口は見つかりそうにない。そもそもここに出口があるのか。そんなことも分からなかった。
その時、 奥の方から唸るような声が響いた。声に反響して洞窟の中が振動した。横を流れる水が波打ち、2人の足にバシャッとかかった。
「冷たっ?!もうやだここー」
「いや、やだとかのレベルの話じゃない……本当に俺達死ぬ運命なのかもしれない」
「……さっきの振動の時にした音、声っぽくなかった?」
「声ってよりも、怪物の唸り声って感じだった」
「……」
「……」
「……俺達をこんなところに閉じ込めた怪物の顔、死ぬ前に一度拝みに行くか。ついでに一発殴れたら幸運だけどな」
「……唸り声は多分右側の方からした」
「……よし、今日は団体行動だ」
2人は一緒に右側の道を進んだ。横を流れる川は無くなり、氷の一本道がずっと奥まで続いていた。不意にツバサが口を開いた。その後すぐに声に出すのではなかった、とツバサは後悔した。
「ベティ、大丈夫かな」
「……確かに見当たらないな。……左側の道に居るって可能性もあるし……でも今更引き返してもまた迷いそうだ」
「何でよりによってベティが一人ぼっちなんだよ。何で神は俺とレンを一緒にしたんだ!」
「ツバサ、また分かれ道だ」
今度は何も声は聞こえなかった。また2人は右側の道を進んだ。歩きながらツバサは叫んだ。
「ベティー居ないのかー」
ツバサの声が響き渡るだけで、辺りはしんとしていた。しばらく歩き続けたところでレンが不思議そうな声を出した。
「あれ?」
再び現れた分かれ道の地面には水滴がこぼれていた。レンは後ろを振り向く。自分達の後ろには水滴がこぼれている。ここにこぼれているのは自分達の水滴、通ってきたという証拠である。
「ツバサ、この分かれ道、両方俺達一度は通ってきているみたいだ」
「なんだよ、それ……それって……俺達、迷ったってことじゃん……」
その途端、また唸るような声がどこかから響いた。
「……タスケ……テ」
「……ん?」
ベティが目を覚ますとすぐ横を水が川のように流れていた。ツバサとレンがたどり着いた場所と同じく、床は氷だった。しかし、2人には聞こえなかった声がベティには聞こえていた。
「どこ……ここ?」
ベティは水で濡れた髪を絞り、水を少し切ると歩き出した。長い長い氷の一本道が奥まで続いていた。
「……ツバサ?……レン?」
仲間の名前を呼ぶが、勿論返事は無い。ベティの他に誰も居なかった。
「……寒い」
腕はすっかり冷えて血行が悪くなっていた。ベティは自分で両腕をさすりながら歩いた。寒さで歩く足もがくがくと震えてくる。
「2人ともどこにいるんだろう……無事だと良いけど……」
ベティは歩きながらふとレンの言っていたことを思い出した。誰かが渦を起こしている。ということはこの洞窟のような場所は誰かが作り出したものだ。
「誰かの魔術の中に私達は閉じ込められているってこと……?その魔術士がこの中のどこかに居るかもしれない……氷と水……きっとこれに関係する魔術士ね」
ベティは分かれ道を前にして立ち止まった。その時どこかから声がして、洞窟は振動した。ベティは振動した途端、足を滑らせて転んだ。
「……ハイジョ……カナラズ……タスケ……ハヤ……ニゲ……コロス」
「何この声……怪物?魔術を使える怪物?魔術士の怪物?……何それ」
ベティは左側の道へ進んだ。すると、一つの開けた場所に出た。そこに足を踏み入れた途端、強力な魔力を感じてすぐに後ずさった。
広場のような場所の真ん中に何かがある。水で包まれた体。美しい青の物体。魔力の正体はその物体からだった。水に包まれている体には鱗があり、頭の部分には魚の手のような耳がついていた。両手の先には鋭い鉤爪があり、滑らかな尻尾も伸びていた。長い青い髪が水の中でなびいていた。その目は閉じたまま、立っていた。
「あれって……まさか」
目がゆっくりと開かれた。真っ青な目に感情は無かった。口元だけが少し笑い、牙がちらりと見えた。途端に魔術士はベティのいる方へ向かって飛びかかった。ベティは転がるようにして避けた。出入口に魔術士は突撃し、氷が壊れて出入口が塞がれた。ベティはすぐに立ち上がり、走って背後に回った。
「ニゲテ!!」
はっきりとした声をベティは聞き逃さなかった。その瞬間、怪物と化した魔術士はベティに向かって再び突進しその鉤爪を振りかざした。ベティは何とか体を翻した。
アスカだ。あの声はアスカだった。そして、ベティを追いかけてくる怪物も、アスカだった。
「……ここは何だ……確か、渦潮に巻き込まれて……」
氷のような冷たい床だ。というか氷だった。洞窟のような場所だったが、地面の半分は氷、半分は川のように水が流れていた。前も後ろも同じような光景だ。ツバサはゆっくり立ち上がった。髪もびしょ濡れ、黄色のシャツは濡れて体に張り付いていた。あいにくこれは水着のようなものだった。そして幸いなことに靴は履きっぱなしだった。靴を一度脱いで、中に入っている海水を捨てた。これで足は少しは冷えなくなるだろう。ぐっしょりと濡れている靴を履いて、ツバサは壁伝いに歩いた。
「……レン!!」
道のすぐ先にレンが倒れていることに気づく。一刻も早く目を覚まさせようと、レンの体を揺さぶった。途端に、同じく口から海水を吐き出した。当たりを見回し、何となく状況を察したレンはぼやいた。
「ああ、俺は生きているのか……」
「何とか生き延びたみたいだ。ここが天国っていう冗談は流石にやめて欲しい」
「それとも極寒っていう地獄なのか」
2人だけの声が響く。洞窟なのに暗くなかった。水と氷のお陰で青く輝いていた。チョロチョロと横を流れる水の音を聞きながら、2人はしばらく歩いた。
「本当に地獄って可能性も出てきたぞ、レン」
「どうして。俺は地獄とは信じたくないけど」
「だってベティが見つからないんだ。あいつ天国に行ったのか?」
「……え、それよりもさ……俺達って、死んだの?」
「……わからん。でも多分死んでない。死人はこんな海水でびしょ濡れになって震えている訳が無い。俺達はまだ生者らしいよ」
進めば進むほど温度が下がっているような気がした。ツバサとレンは互いの背中をさすって温め合いながら歩いた。ぽたぽたと洋服や髪の毛から水がしたたり、それが道しるべのように床にこぼれ続けた。
「おい……これどこまで続いてるんだ?ずっと一本道だぞ」
「わからない……寒っ……どんどん寒くなってる気がする。このまま凍え死ぬのかなぁ俺達。しかも男2人でこんな訳の分からないところで……惨めな最期だなぁ」
「そのまま返させていただくよその台詞……あ、2つに別れているぞ」
右と左に綺麗に道が分かれていた。どちらを覗いても似たような光景だ。出口は見つかりそうにない。そもそもここに出口があるのか。そんなことも分からなかった。
その時、 奥の方から唸るような声が響いた。声に反響して洞窟の中が振動した。横を流れる水が波打ち、2人の足にバシャッとかかった。
「冷たっ?!もうやだここー」
「いや、やだとかのレベルの話じゃない……本当に俺達死ぬ運命なのかもしれない」
「……さっきの振動の時にした音、声っぽくなかった?」
「声ってよりも、怪物の唸り声って感じだった」
「……」
「……」
「……俺達をこんなところに閉じ込めた怪物の顔、死ぬ前に一度拝みに行くか。ついでに一発殴れたら幸運だけどな」
「……唸り声は多分右側の方からした」
「……よし、今日は団体行動だ」
2人は一緒に右側の道を進んだ。横を流れる川は無くなり、氷の一本道がずっと奥まで続いていた。不意にツバサが口を開いた。その後すぐに声に出すのではなかった、とツバサは後悔した。
「ベティ、大丈夫かな」
「……確かに見当たらないな。……左側の道に居るって可能性もあるし……でも今更引き返してもまた迷いそうだ」
「何でよりによってベティが一人ぼっちなんだよ。何で神は俺とレンを一緒にしたんだ!」
「ツバサ、また分かれ道だ」
今度は何も声は聞こえなかった。また2人は右側の道を進んだ。歩きながらツバサは叫んだ。
「ベティー居ないのかー」
ツバサの声が響き渡るだけで、辺りはしんとしていた。しばらく歩き続けたところでレンが不思議そうな声を出した。
「あれ?」
再び現れた分かれ道の地面には水滴がこぼれていた。レンは後ろを振り向く。自分達の後ろには水滴がこぼれている。ここにこぼれているのは自分達の水滴、通ってきたという証拠である。
「ツバサ、この分かれ道、両方俺達一度は通ってきているみたいだ」
「なんだよ、それ……それって……俺達、迷ったってことじゃん……」
その途端、また唸るような声がどこかから響いた。
「……タスケ……テ」
「……ん?」
ベティが目を覚ますとすぐ横を水が川のように流れていた。ツバサとレンがたどり着いた場所と同じく、床は氷だった。しかし、2人には聞こえなかった声がベティには聞こえていた。
「どこ……ここ?」
ベティは水で濡れた髪を絞り、水を少し切ると歩き出した。長い長い氷の一本道が奥まで続いていた。
「……ツバサ?……レン?」
仲間の名前を呼ぶが、勿論返事は無い。ベティの他に誰も居なかった。
「……寒い」
腕はすっかり冷えて血行が悪くなっていた。ベティは自分で両腕をさすりながら歩いた。寒さで歩く足もがくがくと震えてくる。
「2人ともどこにいるんだろう……無事だと良いけど……」
ベティは歩きながらふとレンの言っていたことを思い出した。誰かが渦を起こしている。ということはこの洞窟のような場所は誰かが作り出したものだ。
「誰かの魔術の中に私達は閉じ込められているってこと……?その魔術士がこの中のどこかに居るかもしれない……氷と水……きっとこれに関係する魔術士ね」
ベティは分かれ道を前にして立ち止まった。その時どこかから声がして、洞窟は振動した。ベティは振動した途端、足を滑らせて転んだ。
「……ハイジョ……カナラズ……タスケ……ハヤ……ニゲ……コロス」
「何この声……怪物?魔術を使える怪物?魔術士の怪物?……何それ」
ベティは左側の道へ進んだ。すると、一つの開けた場所に出た。そこに足を踏み入れた途端、強力な魔力を感じてすぐに後ずさった。
広場のような場所の真ん中に何かがある。水で包まれた体。美しい青の物体。魔力の正体はその物体からだった。水に包まれている体には鱗があり、頭の部分には魚の手のような耳がついていた。両手の先には鋭い鉤爪があり、滑らかな尻尾も伸びていた。長い青い髪が水の中でなびいていた。その目は閉じたまま、立っていた。
「あれって……まさか」
目がゆっくりと開かれた。真っ青な目に感情は無かった。口元だけが少し笑い、牙がちらりと見えた。途端に魔術士はベティのいる方へ向かって飛びかかった。ベティは転がるようにして避けた。出入口に魔術士は突撃し、氷が壊れて出入口が塞がれた。ベティはすぐに立ち上がり、走って背後に回った。
「ニゲテ!!」
はっきりとした声をベティは聞き逃さなかった。その瞬間、怪物と化した魔術士はベティに向かって再び突進しその鉤爪を振りかざした。ベティは何とか体を翻した。
アスカだ。あの声はアスカだった。そして、ベティを追いかけてくる怪物も、アスカだった。
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