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6章 要塞
#39 崩壊
しおりを挟む格子の向こうに涙目のレイナが居た。防術壁は外側からのみ解除できる仕組みとなっていて、ツバサが解除をした。するとレイナはすぐに格子を炎で溶かして出てきた。
レイナは無言でツバサに抱きついた。
「……助けてくれてありがとう」
「レンの方が良かったか?」
ツバサが抱きしめられたまま尋ねると、レイナはアルルの顔を見て答えた。
「初めからレンにそういう感情は無いの。ごめん、何か私のせいで皆を巻き込んじゃったみたいで」
レイナは頼まれた依頼のことを2人に話して聞かせた。ツバサはすぐにその依頼人はカーティスだろう、と推測した。
「……まあ、今回はおあいこってことで良いんじゃないの、ツバサ?」
アルルがとりなすように言うと、ツバサは仕方ないな、とうなずいた。レイナはすぐに2人に治癒魔術をかけてサポートに当たってくれた。
「屋上に行けば、もしかしたら助けを呼べるかも」
レイナの提案に文句無しにツバサとアルルはうなずいた。3人は走って上へと上っていった。ツバサとアルルは始めに入ったところを目指して一生懸命走った。室内から屋上へ伸びる螺旋階段を上ると、屋上の方で何かの機械音がした。屋上へ通じる丸い蓋のような扉がガタガタと動く。
先頭を走っていたツバサはレイナとアルルを手で止め、魔術を作動させていつ敵が来ても良い状況にした。
パコっと蓋が開き、外の冷たい空気が入り込んできた。蓋から手が伸ばされた。ツバサは明るい声で叫んだ。
「レン!」
ツバサはレンの手を掴んで屋上へ出た。レンは一言言った。
「……はあ、生きてて良かった」
その次に登ってきたレイナの手もレンは引っ張り、アルルの手を引っ張ったところでそのままアルルとレンは抱き合った。
ツバサもレンの後ろにいたベティにかけより、その肩に両手を置きながら揺さぶって叫んだ。
「何もされてない?変なことされてない?怪我してない?」
「大丈夫だって。何もされてないよ!」
ベティは痛い痛い、と笑いながら言った。ベティはその様子を見て一人で笑っているレイナに気づいて、彼女の前に立った。
「無事そうで良かった……貴方こそ何もされていないの?」
「牢屋に入れられてただけ……」
すると自然とベティとレイナは力強くハグを交わした。ベティとレイナの様子を見て、他の3人は互いに顔を見合わせた。
ベティとレンが用意してくれたハネハネに乗り、レイナも含めた5人は要塞から飛び立った。
「またどこかで!」
そう叫ぶスズナの声に気づき、ベティは必死で手を振った。湖を越え、迷いの森を越え、懐かしく感じる町並みが見えてきた。運転するベティにツバサは言った。
「見ろよベティ。俺達完璧に朝帰りだ」
「朝?!そんなに時間経ってたの?!」
「……お腹すいたな……」
別のハネハネに乗っていたレンが叫んで言ってきた。
「携帯食食べるかー?ツバサ!」
「いらねーよ!!」
「今度は新作!グラタン味だけど?」
「だからいらねって!!運転手は前を見ろ前!」
レンは笑うと、前に視線を戻した。ベティ側のハネハネに乗っていたレイナがぼそりとつぶやいた。
「あんた達って楽しそうね。あんな戦いの後で」
「……あんな戦いの後だからこそ、テンション高いんだよ俺達は」
「どうかしてる」
「ああ、多分どうかしてる奴の集まりなんだと思う」
ツバサは自分で言って自分で笑ってしまった。またもう一度チームメンバーに顔を出してみようかな。レイナはふとそう思い立った。
その日は全員夕方まで眠った。
サークル帝国の固定チリフがけたたましく廊下に鳴り響いた。リアの秘書が走って応答ボタンを押した。
「リア・フェアリー女帝はいらっしゃるか」
「少々お待ちください」
リアは公務が一段落つき、一息ついていた時だった。書斎のチリフが鳴り、リアはそれに応じた。
「はい」
「私だ」
その低くて聞き取りやすい声でリアはすぐに相手の正体が分かった。
「カーティス。貴方から連絡を寄越すなんて、緊急事態でも起きたのですか」
「残念ながら、その緊急事態が少し起こったのだよ。昨夜、私の要塞にツバサと……アルル・フェアリーを含んだ魔術士が襲撃をしてきた。これがどういうことかわかるかね、君には」
「……可愛く言えば反抗期、でしょうか」
「そんな可愛いもんじゃない。彼らの融合魔術を受けて、私は壁をいくつもぶち壊してしまいには建物から外へと落下したんだ。お陰で今はベッドの上だ」
「ツバサとアルルの融合魔術……?あの子達が融合魔術をしたのですか?貴方に向けて?」
「まあ、そのことは良い。ツバサも現時点でグループに入る気は全く無いようだし……見込みがあれば、声はかけるが。そんなことよりも君に尋ねたいことがある。うちの者が言っていたのだが、ツバサのチームの中にグレイが紛れているそうじゃないか」
「……それはジョークですか?そんな人が本当に居たら、既に行動を起こしているはずでしょう。私の娘も貴方の息子も、今頃この世に居ないかもしれない」
「おまけにツバサはその魔術士がグレイだということを知っているらしい。魔術士を殺すのは自分の役目だ、と言ったそうなのだ。リア・フェアリー、君は本当は知っているんじゃないのかい?グレイの名は確か……レン、だ」
「レン……」
リアはその名を口にして、ふとあることを思い出した。リッチェルが地球に誘拐された時、一番始めに見つけたと言った男魔術士。しかしその魔術士は優しく、邪悪な魔力も何も感じなかった。
「これだから、フェアリーの一族は嫌なんだ。周りの危険を判断することも出来ない。誰のおかげで君や娘は生きていると思っているんだい?私達のおかげだ。お前達がグレイと手を組んでいるというのならそれはそれで私は構わない。しかし、私達とは敵対関係になるということだ」
「私はグレイと手を組んでなんかいないです。私は確かにレンという名の魔術士がツバサのチームに居ることは存じています。しかし、彼はグレイの……邪悪な魔術士には見えないのです」
「それは貴様の感覚が腐っているからだ。今後、我々はグレイの撲滅のためだけに行動する。たった1人のグレイの魔術士にも気付けないような一族に、サングスターの人員を割くのは非効率だ」
「カーティス、落ち着いてください。しっかり話し合いましょう」
「戦いの幕開けは近い。我々も準備することが多くてな。君と話すことはこの先もう無いだろう」
酷く沈んだカーティスの声を聞いて、リアは慌てて引き止めるように叫んだ。
「貴方は自分が何を仰っているのかわかっているの?!今までずっと続いてきたものを貴方は今、壊すというの?!お願い、頭を冷やしてちょうだい!冷静に考えてください。戦ってはいけません!戦っても何も生まない……貴方ならよく分かっているでしょう?」
「冷静になるべきなのは貴様だ、リア・フェアリー。誰に対して口を聞いているんだ。もうサングスターの一族は、フェアリーを守らない。もしグレイにも裏切られ、命を狙われても仕方の無いことだ。心配ならグレイの1人くらい消してしまえばいい。それだけのことだ」
「こんな、継承を断ち切ることを、あなたに決められる権限は無いはずよ」
「権限?権限とな……ふ、ふはははは!!面白いことを言う。私を誰だと思っているんだ。貴様はそれでサークル帝国の女帝を名乗っているのか?」
カーティスの見下したような声がぷつりと聞こえなくなり、リアはガックリと書斎の椅子に倒れるように座り込んだ。その顔からは表情が消えていた。こっそりと話を聞いていたリッチェルは、ゆっくりとその場からバレないように立ち去った。リアの話していた内容はリッチェルには難しすぎた。
「でも、調べればもしかしたら」
リアは魂の抜けたような顔をしていた。どこか一点をぼうっと見つめ、心配そうにやってきた秘書に向かって一言言った。
「アルルを……城へ……呼んでください」
今までずっと続いてきた"何か"は、この数分間でいとも簡単に崩壊した。
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