魔術じゃ呪いに打ち勝てない

琥珀

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6章 要塞

#33 湖の向こう

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  数十分前。レイナが向かったホテルの廊下でツバサは待ち伏せしていた。

 「どんな顔して出てくるかなーあいつ。レンだと思いきや、実は全然違う別人だって分かったら!」
 「あんたって本当最悪な男よ」

  ツバサから事情を全て聞いたアルルは怒りを通り越して呆れたように言葉をこぼした。その場にはレンとベティも居た。レンの闇のミストのおかげで彼らは姿を消しながらレイナが入った部屋の廊下に居た。

 「俺が一番気分悪いんだけど」

  レンがため息混じりに文句を垂らすと、ベティが鼻で笑った。アルルがレンにミストの中で迫って聞いた。

 「本当に貴方本物のレンよね?レイナとあの中に居ないわよね?」
 「ほ、本物だよ、ちゃんと皆をこうやって闇のミストに入れてあげてるじゃないか」
 「レンからすると客観視してるような感じだもんな」
 「お前いい加減にしないとここから突き放すぞ」
 「ごめんごめん俺が悪かったよ」

  その時、部屋のドアノブが動いてドアが開いた。予想していたよりも退室が早く、彼らは顔を見合わせた。一同は息を飲んでその場に固まる。そこから出てきたのは見たこともない知らない男と、眠らされたレイナだった。レイナは男の肩に担がれていた。
  レンはミストを通して、その男と目が合ったような気がした。男は涼しげな顔をして、ツバサ達の前を通り過ぎていった。レンはすぐにその男がグループの人間だと気付いた。

 「グループの男……」
 「ねえ、ツバサちょっとやばいんじゃない?レイナ、このままどっかに連れていかれるわよ」
 「あの男……俺が交渉したレイナのファンじゃない……」
 「え?!」
 「よし、追いかけるぞ!」
 「え?!?!」

  闇のミストはレンと触れていないと解けてしまう。その為、3人がレンのどこかに触れながら走らなければならず、すぐに相手を見失った。

 「走りにくいったらもう!!」

  ツバサはローブのポケットからハネハネという空飛ぶ乗り物を取り出すと、メンバーをその乗り物に乗せた後エンジンを入れた。ハネハネは空飛ぶスクーターのようなもので、基本的には2人乗りである。エンジンは燃料が元となっているが、燃料切れの際は持ち主の魔力を消費する。
  レイナを連れた男もハネハネに乗って移動した。

 「ちゃんとレンとハネハネに捕まってろよー!」
 「え?!うわぁぁぁぁあ!!」

  アルルとベティは悲鳴をあげた。突然スピードを上げたせいで強風が顔に当たる。ハネハネを運転するツバサは楽しそうに笑った。どうしてこの状況で笑えるのか、レンには不思議で仕方が無かった。

 「いやー!落ちるー!!」

  ベティがハネハネから足が外れ、レンの腰にだけしがみついていた。レンは片手はハネハネの手すり、片手はベティの腕を掴んで引っ張った。何とかベティはハネハネに乗った。

 「ありがとう……死ぬとこだった」

  男のハネハネは迷いの森の上空を飛んでいく。その様子を見てツバサはたまげたように叫んだ。

 「迷いの森の上空って普通にハネハネで飛べるんじゃん!ただの噂だったのかよ!」
 「行くのか?」
 「当たり前だろーが!!」
 「てか、あんた、さっき交渉した人とあの男は別人みたいなこと言ってなかった?」

 アルルが必死に大きな声を出して聞いた。そうだ、とツバサはうなずいた。つまりは、ただのレイナのファンではなく、魔術士誘拐犯だったわけだ。

    「ちなみにだけど、その人ってツバサのこと知ってたの?話した時」
    「チームオセロのことは知ってたみたいだぞ。俺達の名前は把握していた。でもベティのとレイナのバトルのことも言ってたし、それで知ったのかも」
 「ちょっと待ってよ、それってめちゃくちゃ計画的じゃない!私たちもしかして、罠にかかったんじゃ」

  迷いの森を越えると大きな湖が広がっている。その湖も過ぎると、イイナ村という小さな村がある。その村を横切り少し飛んでいくと崖の上に大きな要塞があった。空から見下ろすと、綺麗に六角形の形をしている要塞だった。中心部には大きな建物があり、他はただの街のように見えた。ここまで来て引き下がるわけにもいかなかった。

 「こんな所、トライアングルにあったのか……」
 「禁じられた領域ってか?」
 「ここに住んでいる人達って一体何者?」
 「魔術士も居るの?さっきの人は中心部に向かって行ったわ」

  それぞれがそれぞれの疑問を口にしたが、誰もその解答をすることは無かった。男とレイナは確かに中心部の建物の庭のような場所に着陸した。ツバサ達も遅れてそれに続いて着陸した。途端にレンが言った。

 「うーんちょっと酔ったかも」
 「酔った?気分悪いのか?てかハネハネで酔う魔術士とか今時居るんだ」

  乗り物酔いはまっぴらの嘘である。いつかも同じような感覚があった。血が疼くような感覚だ。さっきの男はサングスターの男だ。ということは、ここはサングスターの組織、殺し屋グループの本部に違いない。すぐにレンは察したが、今そのことを口にしてもどう説明すれば良いのか分からなかった。とりあえず危険な場所であることは全員予測していた。それだけでも十分だろう。

 「中に入ってみるか」

  あいかわらずレンとは手を繋いだまま、一同は建物の中へ入った。レンの闇術は強力で、誰も彼らに気づかなかった。レイナと男はすっかり見失ってしまい、4人はゆっくり歩きながら建物内を探険した。
 中にはトレーニングルームや、バトルルームがあり、何の施設なのか一見してもよく分からない。ただ、廊下を歩く魔術士達は皆面をつけていた。青いミラーグラスの面だ。訓練している魔術士は面をしていなかった。アルルがぼそりと呟いた。

 「皆、かっこいいわね」
 「確かに。イケメンばっか」

  アルルとベティが見とれている中、ツバサが人は見た目じゃないと言って2人のローブのフードを引っ張った。一同がある区画に入った時だった。室内のサイレンが鳴り響いた。

 「侵入者!侵入者!A棟7階2-2室前!魔力感知!」

  バタバタと廊下にいた魔術士も訓練していた魔術士もこちらへ向かって走ってくる。レンが魔術を使って姿を消していたせいで、余計に魔力を感知されてしまったのだ。

 「いずれ見つかる!魔術切るぞ!二手に分かれよう!」

  返事をする間もなくレンは魔術を解いた。さっきまで居なかった魔術士が4人突如現れ、面をした魔術士は普通に驚いた。4人はがむしゃらに走った。死ぬー!とアルルが息を切らしながら叫んだ。角が2つに分かれた所で、レンはまた言った。

 「こっから分かれて脱出しよう。ツバサ、アルルと一緒に行ってくれ」
 「え、そこは普通……」
 「頼む!!」
 「お、おう、分かった!じゃあ後でな!」

  レンの横をベティが走る。戦うにあたって、アルルとツバサの魔術はレンとは相性が悪かった。特別良い訳では無いが、ベティが最も一緒に戦うには安心だった。2人は何度も面の魔術士と鉢合わせになったが、魔術を使う隙すら与えず素手で取っ組みあって道を作って逃げた。

 「魔術を使うような相手でもない。何なんだ一体」
 「数だけじゃ勝てないってまさにこのことね」
 「……ここまで来れば、だいぶ落ち着いたかな」

  自分達が急所を狙って気を失わせた魔術士に近づき、2人はその青い面を拾った。2人は同じことを考えていた。そのことに気づくと、このような状況でも思わず笑ってしまった。
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