魔術じゃ呪いに打ち勝てない

琥珀

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5章 氷民族

#29 約束

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 その数時間前。別世界ではベティとレイナの接戦がラストスパートに入っていた。応援席からの援護魔法により、体力を回復したレイナは優勢になりベティにどんどん攻撃をしていった。

 「あ、私良いこと思いついたよ」

  ポンと手を叩き、リッチェルが不意に席から立ち上がった。防術壁に近づくと、レイナの姿を目で追っかけた。小さな声で呪文を唱えた。

 「無効化」

  その瞬間、レイナの動きに変化が表れた。というよりも、本来の体力に戻っただけである。レイナは突然のしかかってきた体の重さに戸惑い、必死で戦いの体勢をとった。

 「無効化にすれば魔法を無かったことにできる。私が使った魔法はズルでも何でもないわ。ただ元の状態に戻しただけよ」

  レイナはすぐに状況を察したのか、ベティ側の応援席を睨みつけた。怖いね、とツバサが呆れたような声でぼやく。そんな魔法のやり取りがあったことには全く気づかなかったベティは、ふらふらとしているレイナに、始め自分が食らったのと同じパンチをお見舞いした。女が怖いわ、とルークもぼやく。
  レイナは力尽きたように膝からくずおれると、そのまま競技場の床にばたりと倒れた。

 「勝負あり!勝者は何と!雷術士のベティ・アケロイド!!」

  実況担当の大きな声でフロア内に響き渡り、応援席にいる魔術士皆が歓声を上げた。ベティは肩で息をしていたが、その顔は笑っていた。防術壁が解けて、観客席の最前席に座っていたツバサ達はそのまま競技場の中へと入り込んだ。
  ベティを応援していたたった4人の魔術士が駆け寄っていって、それぞれがハイタッチをした。ツバサがベティを抱き上げてぐるぐるとまわすと、また歓声が上がった。

 「ベティ!誇りある我が子孫よ!よくやった!全部ちゃんと目に焼き付けておいたぞ!素晴らしい!」

  ベティは反響するような大きな声の持ち主にすぐに気づき、応援席に向かって手を振った。雷神のニアは必死で手をぶんぶん振り返した。

 「私勝ったんだ!レイナに!勝ったんだね!!」

  すると実況担当の魔術士が近くへ歩み寄ってきて、ベティにマイクを渡した。

 「確かこのバトルには賭けがあったと聞いていたのですが。負けた側は何でも言うことを聞く、でしたよね」
 「あーそうだった!途中からバトルを楽しんでて忘れてた。うーん……そうね……」
 「何でも、聞いてくれるんだよ?結構過激なこと頼んじゃったらどうですかー?」

  倒れているレイナが顔を上げて、勘弁してくれと言いたげな泣きそうな顔を見せつけてきた。しかしベティも女である。できることなら男達に需要があるものではなく、自分が得するものが良い。

 「私が鬼じゃなかったことに感謝することね、レイナ。レイナの罰ゲームは、2週間私のレストランで一日中タダ働きをする!」
 「罰ゲームが決定しました!ベティさんのお店で14日間タダ働きということです!意外とシビアですね~」
 「タダ働き?!嘘でしょ?!」

  レイナはすっとんきょうな声を上げて、自分の応援席の方を振り向いた。既にレイナにくっついていた集団は帰宅した後だった。

 「こんなのあんまりじゃない!ベティ・アケロイド!私は絶対、一生、あんたと分かり合う気は無いから!」
 「そんなのこっちから願い下げよ。じゃあ、今夜から頑張ってね」
 「今夜ですって?!」

  そう文句をこぼしながらも、レイナはベティ達の後についてきた。今まで一緒にくっついていた集団がもうレイナの周りには居なかったからだ。後ろからついてくるレイナを見て、アスカがひそひそと小声でリッチェルに言った。

 「何だか可哀想じゃない?レイナさん」
 「自業自得ってところなんじゃないの。怖いのは女だけじゃないような気がしてきたね。ツバサもなかなかの鬼ね」
 「……お兄ちゃんとベティさんを敵に回すと怖そうだね」
 「そうね、気をつけましょ」

  2人の会話を聞いて、横を歩くルークが苦笑いした。先頭を歩くツバサとベティは楽しそうに会話していて、後ろの女子2人が自分達のことを話しているなど全く耳にも入っていなかった。
  ベティのレストランに着くと、ベティはレイナを引っ張って祖母と店員に紹介した。

 「学校のボランティア活動で、レストランで14日間無償で働いてくれるんだって。だから今夜からよろしくね」
 「それはありがたいことだね。よろしく頼むよ、レイナ・ボワーさん」
 「……殺気しか感じないんだけど、このお婆さん……」

  レイナが引きつった顔で笑うと、祖母と店員によって奥に連れていかれた。殺気を感じるのは当たり前で、祖母はとっくにレイナがベティに嫌がらせをしていた女魔術士ということを知っていたからである。

 「皆、今日は応援に来てくれてありがとう。今夜は私が奢るわ」

  ベティは友人達を座らせると、自分も席に座った。ベティ達が話で盛り上がっている中、レイナが料理を運んだり掃除していたりするのは皮肉なものだった。
  5人でも十分に盛り上がったが、ベティは急にアルルとレンが恋しくなった。ふと店のカレンダーに目をやって、いつから2人が帰ってきていないかを考えた。もしかしたら自分達のことなんてとっくに忘れてしまったのかもしれない。

 「どうしたの、そんな人肌恋しそうな顔して」
 「そんな顔してないから」

  馬鹿にしたように聞いてくるツバサに言い返すと、また何だか寂しくなった。ツバサの隣に座るアスカが少し心配そうな顔をした。
  その時、店のドアが開いた。また客か、と小声で呟いたレイナが掃除の手を止めて入口の方へ向かおうとした。その時レイナは足を止めた。ベティは入ってきた客を見て、椅子から立ち上がりその客に飛びついた。

 「アルル!!」
 「あ、やっぱり皆ここにいた。……ていうか本当に皆いるわね。何かあったの?そこの店員さんはレイナ?え?どういう状況これ」
 「どういう状況でも良いの!アルル、私すっごく寂しかったんだよ!!楽しかったの?2週間くらいの愛の逃避行は!!」
 「……愛の逃避行?」
 「もう話は後で聞かせて!!とりあえず2人ともおかえり!!」

  ただいま、とアルルとレンは笑って言った。アルルとベティの抱擁を通り過ぎて、今度はレンがテーブルに向かってやってくる。レンは何とも言えない顔でその場にいる皆の顔を見た。するとツバサがやれやれ、と立ち上がり両手を広げた。

 「何だ?今度はお前の番か?……えっえっ、まじかよ……何があったんだ、一体……」

  両手を広げたツバサをそのままレンはひしと抱きしめた。レンはツバサを抱きしめながら、震える唇を手で抑えた。その片目からは既に涙が一筋こぼれていた。その様子を見た人はこの中に誰も居なかった。

 「ごめん、チームなのに何も言わないで勝手に出ていったりして」
 「……ちゃんと親切に置き手紙してくれただろ。流石に俺達も驚いたけどさ。でも、まあ楽しかったんだろ?なら良かったじゃん。俺達が居ないとどんなに寂しいのかよく分かっただろ」
 「……うん、うん」
 「え、本当に寂しかったのか。そんな素直に答えるなよ。何で俺が照れくさい思いしなきゃならないんだよ、どう考えてもおかしいだろ」
 「これから凄い臭いことを言う。1回しか言わないから、ちゃんと聞いててくれ」

  抱き合っているせいで互いの表情はわからない。レンはその言葉をツバサの耳元で言った。ツバサはそれを聞いた時、目を見開いた。

 「俺はこれからも、何があってもツバサのことを信じる。だから、ツバサも俺のことを信じてくれ」

  なぜだか分からないが、ツバサは胸の上に何かこみ上げるものがあった。やばい、自分まで泣きそうだ。その時確かにツバサは思った。一生懸命声が震えないように力強く答えた。

 「俺もレンのことを信じる。だから、レンも俺のことを信じてくれよ」

  昔から続いてきた何かが"ズレた"。今までずっと続いてきた何かが。
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