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5章 氷民族
#23 平和な世界
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会いたい人が居るんだ。レンはそれだけ言ってアルルと一緒に旅をすることになった。2人がワープを終えて、始めに目に入ってきたのは白い世界だった。一面が氷で覆われ、建物は何も見当たらない。
「ここはどこ?」
「……異界だ」
「人は見当たらないように見えるけど……」
「多分、集落というか、部よりも少し離れたところにワープしたんだと思う。まだ明るいし、歩けば着くよ。それに……ほら道が出来てる」
「レンの知ってる人はこの世界に住んでる人なの?」
「うん。俺の命の恩人なんだ」
アルルは滑らないように足元に気をつけながら下を向いて歩いた。手袋をはめていても寒さで手がガクガクと震えてくる。レンが手を伸ばすとアルルは微笑んでその手を握った。
レンはアルルの手を引いて歩きながら、色々なことを考えていた。
レンにとっての初めての友達、そして初恋の相手はアルルだった。学校に行っても常に1人で過ごしていたレンに声をかけてきたのは、同じように1人でいたアルルだった。アルルのことを母に話すと、母は言った。
「何があってもその子のことを守るのよ。レンが大切だと思うのならね。大切な人の存在は、私達のような魔術士にとって大きな支えになるの」
「そしたら母さんには大切な人は居ないの?父さんは死んじゃったから……」
「……居るわ。私にはレンが居るもの。貴方はとっても優しい子だから」
そう頭を撫でた優しい手は、いとも簡単に奪われた。
「レン?レン!」
「ん?どうした?」
「あそこに何か居るのよ」
夜でなくても氷原は比較的暗く、遠くは霧によって視界が悪い。アルルの指さした方角には確かに何かが居た。赤い光が2つ。だんだん大きくなっていっているように見える。
「……獣?」
「逃げよう、こういう所の獣には下手に手を出さない方がいい」
少し早歩きで2人は赤い光を放つ2つ目の獣がいる反対方向へと急いだ。少し離れた前方に、明かりが点った小屋がいくつか見えた。
レンはすぐに気づいた。自分達の足音ではない。別の足音がすぐ近くまで来ている。
「やばい!」
「狼?!」
小屋に向かって駆け出した。足がもつれ、アルルは氷原で思い切り転んだ。レンが慌てて引き返し、アルルを立たせようとするが、アルルは立ち上がることができなかった。
もう狼がすぐ近くまで接近した時だった。1人の小柄な少女が狼の前に立ち塞がった。
「ムー!"生きている"人間は食べちゃ駄目って言ったでしょう!」
ムーというのは狼の名前だった。ムーは少女の剣幕に負けて、威嚇していた様子が無くなり牙を剥き出しにしていた口も閉じた。
レンははっとしてすぐにアルルに声をかける。
「アルル、大丈夫?」
「足をくじいたのかも……力が入らないの」
「ここの氷原は固いよ。転んだ者は高確率でボキッといってる」
少女の言葉にヒッ、とアルルは息を呑んだ。少女はムーの頭をわさわさと撫でて大人しくさせると、こちらに向き直った。マントのフードを被っていたが、エメラルド色の綺麗な髪が三つ編みにされているのが見えた。メガネをかけているのか、目元がキラッと光った。
「あんたらは魔術士か。こんな所に旅とは……何か用事でもあるのかい。用が無くてここをふらついている奴は大抵……自ら命を落としに来る愚か者か、食刑を下された罪人だ」
「食刑って何……」
アルルがささやくようにしてレンに尋ねると、獣に食べられる罰のことだ、とレンは淡々と答えた。少女は2人のことをまじまじと交互に見た。レンが口を開く。
「俺達は旅人だ。ジュリっていう少女がここの部族に居ないか?彼女に会いたくて来たんだ」
すると途端に少女は顔つきを変えて、さっきまでの警戒するような目はあっという間に消えた。少女はアルルの隣にひざまずくと、背中から小さな袋を取り出した。中には粉の入った瓶がたくさん入っていた。
「ジュリは私の仲間だよ。私はカノン。……やっぱ折れてるな。応急手当は私がするから、小屋までは自力で歩けるよ」
カノンは銀色の粉と白い粉を混ぜ合わせ、いつの間にか液体化したそれを負傷したアルルの足に塗りつけた。
「貴方は……祈祷師?」
「祈祷師なんて、そんな綺麗なもんじゃないよ。私は魔女だったの」
「魔女には初めて会った」
と言うレンに、カノンは笑って答えた。その言葉に2人の表情は何故か陰ることになるのだが。
「魔女はどうしても嫌われる立場だからね。ここに住んでいる人は皆、別世界では住めなかったんだ。色々な事情を皆が抱えている。でもね、異界はある意味1番平和な世界だと私は思ってるんだ」
カノンと狼のムーに案内されて小屋へとアルルとレンは移動した。小屋の中では2人の女性がお茶をしている所だった。室内は湯気で篭っていて、外に比べるととても暖かかった。何の肉なのかわからない干し肉や武器やカノンが持っていたような粉の入った瓶が辺りに吊るされていたり置かれていたりした。
入口に背を向けていた女性は白髪だったが顔は若く、大してアルル達と年齢は変わらないように感じた。もう1人の少女はレンを見てはっとしたような顔をした。アルルはすぐにこの少女がジュリだと思った。
「ここはどこ?」
「……異界だ」
「人は見当たらないように見えるけど……」
「多分、集落というか、部よりも少し離れたところにワープしたんだと思う。まだ明るいし、歩けば着くよ。それに……ほら道が出来てる」
「レンの知ってる人はこの世界に住んでる人なの?」
「うん。俺の命の恩人なんだ」
アルルは滑らないように足元に気をつけながら下を向いて歩いた。手袋をはめていても寒さで手がガクガクと震えてくる。レンが手を伸ばすとアルルは微笑んでその手を握った。
レンはアルルの手を引いて歩きながら、色々なことを考えていた。
レンにとっての初めての友達、そして初恋の相手はアルルだった。学校に行っても常に1人で過ごしていたレンに声をかけてきたのは、同じように1人でいたアルルだった。アルルのことを母に話すと、母は言った。
「何があってもその子のことを守るのよ。レンが大切だと思うのならね。大切な人の存在は、私達のような魔術士にとって大きな支えになるの」
「そしたら母さんには大切な人は居ないの?父さんは死んじゃったから……」
「……居るわ。私にはレンが居るもの。貴方はとっても優しい子だから」
そう頭を撫でた優しい手は、いとも簡単に奪われた。
「レン?レン!」
「ん?どうした?」
「あそこに何か居るのよ」
夜でなくても氷原は比較的暗く、遠くは霧によって視界が悪い。アルルの指さした方角には確かに何かが居た。赤い光が2つ。だんだん大きくなっていっているように見える。
「……獣?」
「逃げよう、こういう所の獣には下手に手を出さない方がいい」
少し早歩きで2人は赤い光を放つ2つ目の獣がいる反対方向へと急いだ。少し離れた前方に、明かりが点った小屋がいくつか見えた。
レンはすぐに気づいた。自分達の足音ではない。別の足音がすぐ近くまで来ている。
「やばい!」
「狼?!」
小屋に向かって駆け出した。足がもつれ、アルルは氷原で思い切り転んだ。レンが慌てて引き返し、アルルを立たせようとするが、アルルは立ち上がることができなかった。
もう狼がすぐ近くまで接近した時だった。1人の小柄な少女が狼の前に立ち塞がった。
「ムー!"生きている"人間は食べちゃ駄目って言ったでしょう!」
ムーというのは狼の名前だった。ムーは少女の剣幕に負けて、威嚇していた様子が無くなり牙を剥き出しにしていた口も閉じた。
レンははっとしてすぐにアルルに声をかける。
「アルル、大丈夫?」
「足をくじいたのかも……力が入らないの」
「ここの氷原は固いよ。転んだ者は高確率でボキッといってる」
少女の言葉にヒッ、とアルルは息を呑んだ。少女はムーの頭をわさわさと撫でて大人しくさせると、こちらに向き直った。マントのフードを被っていたが、エメラルド色の綺麗な髪が三つ編みにされているのが見えた。メガネをかけているのか、目元がキラッと光った。
「あんたらは魔術士か。こんな所に旅とは……何か用事でもあるのかい。用が無くてここをふらついている奴は大抵……自ら命を落としに来る愚か者か、食刑を下された罪人だ」
「食刑って何……」
アルルがささやくようにしてレンに尋ねると、獣に食べられる罰のことだ、とレンは淡々と答えた。少女は2人のことをまじまじと交互に見た。レンが口を開く。
「俺達は旅人だ。ジュリっていう少女がここの部族に居ないか?彼女に会いたくて来たんだ」
すると途端に少女は顔つきを変えて、さっきまでの警戒するような目はあっという間に消えた。少女はアルルの隣にひざまずくと、背中から小さな袋を取り出した。中には粉の入った瓶がたくさん入っていた。
「ジュリは私の仲間だよ。私はカノン。……やっぱ折れてるな。応急手当は私がするから、小屋までは自力で歩けるよ」
カノンは銀色の粉と白い粉を混ぜ合わせ、いつの間にか液体化したそれを負傷したアルルの足に塗りつけた。
「貴方は……祈祷師?」
「祈祷師なんて、そんな綺麗なもんじゃないよ。私は魔女だったの」
「魔女には初めて会った」
と言うレンに、カノンは笑って答えた。その言葉に2人の表情は何故か陰ることになるのだが。
「魔女はどうしても嫌われる立場だからね。ここに住んでいる人は皆、別世界では住めなかったんだ。色々な事情を皆が抱えている。でもね、異界はある意味1番平和な世界だと私は思ってるんだ」
カノンと狼のムーに案内されて小屋へとアルルとレンは移動した。小屋の中では2人の女性がお茶をしている所だった。室内は湯気で篭っていて、外に比べるととても暖かかった。何の肉なのかわからない干し肉や武器やカノンが持っていたような粉の入った瓶が辺りに吊るされていたり置かれていたりした。
入口に背を向けていた女性は白髪だったが顔は若く、大してアルル達と年齢は変わらないように感じた。もう1人の少女はレンを見てはっとしたような顔をした。アルルはすぐにこの少女がジュリだと思った。
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