魔術じゃ呪いに打ち勝てない

琥珀

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3章 狩人

#15 疑惑

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 ベティは驚きもあるせいなのか、力尽きたようにその場にくずおれた。すっかりさっきまでの驚異的なパワーは消えてしまっている。

 「ニアが何者かわからない? そんな冗談はよしてくれよ若き魔術士達」

  アルル達は顔を見合わせ、黙っていた。ニアと名乗る男はやれやれ、とため息をつくと言った。

 「私は雷神。雷術士の父さ。その直系子孫が彼女なんだよ。最も、この別世界に電気を普及させたのは私だがね。もう何千年も前の話ではあるが、見ての通り私はまだまだ見た目は若い。君達との間に千年の流れは未だ感じないぞ!」
 「……あの人本当に神様なのかしら。何かこう……神様らしくないって言うか」
 「あんまり私のことを怒らせない方が良いぞ諸君。実際、私はベティの魔術暴走を止めたのだからな。ケンタウロス、死ななくて良かったな。ここまで黒焦げにすれば、だいぶ気持ちもすっきりしたろう」
 「……うう……我、降参である……」
 「……それでよし。……さて、一応君たちもベティの仲間だからな、私も見捨てるわけにはいかないんだ。とりあえず矢の傷は治してやろう。それから、お疲れの戦士達をお家へ帰してあげよう! よくやったぞ! 戦士達!」

  ニアがぱっと右手を挙げると、アルル達4人はまたもや眩しい雷に包まれた。気づいた時には何故か全員ツバサの部屋のベッドの上にいた。
  ツバサはおそるおそる自分の傷口に手をやってぎょっとした。

 「傷がない!」
 「本当に神だったんだ……ベティは神様の子孫だったのね。だから狩人に狙われたんだ」

  時刻は深夜だった。一同は死んだようにすぐ眠りについた。
  翌日、くしゃみをしてツバサは目覚めた。

 「あー……寒い……ってか何で俺こんな所に寝て、痛っ!」 

  起き上がろうとした時にテーブルに頭をぶつけた。ツバサはソファの下、床にそのまま寝ていたのだ。辺りをきょろきょろ見回したが、ここは確かに自分の部屋だった。ただ、来客が沢山いるだけだ。
  ベッドの上にはアルルとレンが寄り添って寝ていた。

 「人様のベッドでイチャつく奴があるか。それに怪我人を床で寝かせるとはどういう根性して……」

  叩き起こそうかと枕を振りかざしたが、やめておいた。微笑ましいくらいアルルが幸せそうな顔をして眠っていたのだ。ツバサには一度も見せなかった顔だ。ふとソファに目をやると、ベティが体を丸ませて眠っていた。ツバサはタオルケットを取って、ベティにそっと掛けた。

 「俺が助けるはずだったのに、助けられちゃったなぁ。……ありがとな」

  ベティの頭を思わず撫でるとすぐに自分は何をやっているんだとツバサは一人で焦り出した。眠るベティは無防備で、何だか可愛かった。

 「……いや何考えてるんだ俺は……」

  ぼそぼそと独り言を言っても、ベティは眠ったままでツバサは安堵をついた。いきなり部屋のドアが叩かれ、ツバサは過剰に驚いた。ツバサがドアをおそるおそる開けると、そこには泣きそうになりつつ怒った顔をしているアスカが居た。

 「お兄ちゃん! 怪我したって聞いたから……もう大丈夫なの!! 私が朝ごはん作ってあげるから、寝てて!」
 「いきなり押しかけてきて何なんだよお前は」
 「心配して来てあげたんでしょ! 昨夜、花の怪物とかが出て騒ぎになっていたみたいだけど、あれはお兄ちゃん達?」
 「ああ……まあな」

  その頃ベティはさっきツバサに撫でられたことに対して恥ずかしさと戸惑いで震えていた。一部始終、彼女は必死に寝た振りをしていたのだ。妹の登場によりツバサの意識はベティから離れたが、2人の会話はソファまで聞こえてきた。

 「てかお兄ちゃん、あのケンタウロス倒したってこと?! 凄いじゃない! 報酬貰ったら私に何か奢ってよ」
 「そうだよ。嫌だね何でお前に飯奢らなくちゃならないんだよ」
 「だって奢るような相手居ないでしょーお兄ちゃんには。アルルだって彼氏さんと一緒に……ってアルルじゃん! えっ、もしかしてそこで寝ている人達ってチームの人?」
 「うん」

  いや、ケンタウロス倒したのは私だろ!と心の中でベティは叫んでいた。
  アルルとレンが目覚めた頃にはツバサ兄妹が朝食を並べている所だった。

 「改めましてアスカです。いつも兄がお世話になっております」

  ツバサはちょっと不機嫌そうな顔をしていた。するとレンが特に意味もなく言った。

 「何だかツバサにちょっと雰囲気が似ているな」
 「どこがだよ!!」
 「私がお兄ちゃんと? 初めて言われたなぁ」

  そう言うアスカの顔は全く笑っていなかった。レンは苦笑いをした。あ、とアルルが思い立ったように口を開いた。

 「そういえばベティのダミーは?」
 「ルークが消したって言ってた」

  ツバサが口をもごもごさせながら答えた。今度はツバサがアスカにフォークを向けながら言った。

 「お前仕事は」
 「大丈夫よ。ちゃんと見張ってるから」
 「見張りの仕事をしているのか?」

  そう尋ねたのはレンだった。ええ、とアスカはうなずいた。

 「特別依頼なの。だから失敗するわけには行かないんだ」
 「特別依頼? 報酬が高いってこと?」

  アルルはそう聞くと、コップの水を飲んだ。今気づいたかのようにアスカは目を見開いてアルルを見た。

 「そうなのかな?! てかアルルのお母さんから頼まれたんだよ! アルルは何も知らないの?」
 「え? 私は特に何も……」
 「ルークの彼女なんだよ、お前が見張ってるブロンド少女は」

  横からツバサが口を挟むと、アスカはまた驚いたような顔をして兄の方を見た。するとレンが笑いながら言った。

 「重要な依頼なんじゃないのか? そんな簡単に他の人に話して大丈夫なのかい」
 「え……」

  何故かツバサが反応した。その声はとても低かった。知らない感覚だった。テーブルの上に置いていた左手が何故か汗をかき始めていた。ツバサの前に座るレンの顔からさっきまでの笑顔が微かに消えて、彼は首をかしげた。場の雰囲気が変わったことに気づいたベティが、もくもくと黙って食べていた手を止めてどうしたの、とアルルに耳打ちした。アルルは肩をすくめた。

 「あ」

  わざとらしくアスカは声を上げて、時計に目をやった。それにより雰囲気が少し元に戻った。

 「もうこんな時間。皆今日学校は行かないの? ご飯は私が片付けておきますから、気にしないで!」

  半ば追い出すようにアスカはアルル、レン、ベティを部屋から帰らせた。ツバサは呆然としていると、アスカは再びドアを開けて顔だけ外に出した。

 「よし、もう帰ったっぽい。ちょっとお兄ちゃん!」
 「何だ」
 「ねえ。やっぱお兄ちゃんも何か感づいてたの?」
 「何を」
 「アルルの彼氏さんの事だよ。あの人ただ者じゃないでしょう」
 「あいつはちょっと前に有名だったアサシンだよ。何か事情があったんだ、まだちゃんと聞いてないけど」
 「……アルルが心許してるから大丈夫なのかな……とも考えられるけどさ、心許してるからこそ油断はしがちって言うじゃない。ちゃんとアルルのことお兄ちゃんは守るんだよ」
 「うるさい妹だな……言われなくても分かってる。まずレンはアルルのことを殺したりなんかしねえ、それは見てれば何となく分かる」

  レンはアルルのことを殺したりなんかしない。そもそもレンはアサシンになるような人間にはツバサには見えないのだ。そんな簡単に決めつけたくない。まだ出会って少ししか経っていないのだ。
  それにきっとレンとまた離れてしまったら、アルルが悲しむだろう。それだけはツバサはもう見たくなかった。
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