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第7話 卒業式
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その日は朝から妙に浮き足立っていた。
女子生徒のほぼ全員が可愛くラッピングされた花束を用意していて、教室の中の空気すらいつもと違っていた。
片想いの先輩へ。憧れの先輩へ。部活の先輩へ感謝を込めて──今日ばかりは学業に関係のないプレゼントも持ち込みを大々的に許される。そしてそのチャンスを逃さない女の子ってマメで大変だなぁ、と変に感心してしまう。
「ね、ね、嵯峨野先輩のネクタイって誰がもらうんだろ?」
「知らなーい。彼女いるって聞いたことないし」
「どうせもう予約済みだって! じゃなくてもすっごく人集まりそうで近付けるかどうかもあやしいじゃん? 花束押し付けておめでとうございますって言えたらラッキー! くらいに思ってないと」
受け取ってもらうではなく、嵯峨野先輩が相手となると最早押し付けるになり、それで構わないと言い切る女子の逞しさをひしひしと感じながら、体育館へ移動するようにとの校内放送を待った。
卒業式の会場となる体育館はいつもバレー部やバスケ部が練習に勤しんでいたのと同じ場所とは思えないほど、式の前の緊張感が漂っていた。
それは自分達在校生の後ろに卒業生の保護者席があって、練習では誰一人座らない空間だったのに今はその場が埋まっているからかもしれない。
「卒業生、入場!」
その一声で空気が変わる。抑えた音量で流れ始めた入場曲に合わせ、知った顔もいれば知らぬ顔もいる三年生が練習通りに花道を二列で進んで来る。
僕の座っている位置からは、ちらりと横顔が見えるくらい。それでも僕はなぜか嵯峨野先輩を見ようと目を凝らしている。
今日が本当の最後だから。憧れの人の晴れ舞台だから。
開式の辞、国歌斉唱、卒業証書授与と式はつつがなく進んでゆく。
聞き慣れた声の校長の式辞や初めて見る市長代理のおじさんの話は申し訳ないけれど、右から左だ。隣に座った奴なんて隠しきれていない欠伸を何度も繰り返していた。
「厳しい寒さの中にも、時折柔らかな春の温もりを感じる今日この日、たくさんの方々の御臨席を賜り──」
僕の耳、いや、全身が反応したのはマイクを通し、体育館全体へと届く先輩の声。
赤ペンまみれで返された原稿を唸りながら何度も書き直していた姿を僕は知っている。先輩の原稿を赤ペンで染め上げた当の雪島先生は緊張しているのか、少しだけ頰を強張らせながらもひどく優しい目で先輩を見ている。
先輩の思いが、今、言葉となって刻まれてゆく。
僕は落ち着いた様子で壇上に立つ先輩を瞬きも忘れて見入っていた。
答辞が終われば、おなじみの歌を卒業生が歌う。そして校歌を全員で歌ってしまえば式は終わり。
卒業生は一足早く退場してしまう。
──あぁ、明日から、もう、先輩はいないんだ──
僕は初めて、卒業式の感傷というものに浸った気がした。
女子生徒のほぼ全員が可愛くラッピングされた花束を用意していて、教室の中の空気すらいつもと違っていた。
片想いの先輩へ。憧れの先輩へ。部活の先輩へ感謝を込めて──今日ばかりは学業に関係のないプレゼントも持ち込みを大々的に許される。そしてそのチャンスを逃さない女の子ってマメで大変だなぁ、と変に感心してしまう。
「ね、ね、嵯峨野先輩のネクタイって誰がもらうんだろ?」
「知らなーい。彼女いるって聞いたことないし」
「どうせもう予約済みだって! じゃなくてもすっごく人集まりそうで近付けるかどうかもあやしいじゃん? 花束押し付けておめでとうございますって言えたらラッキー! くらいに思ってないと」
受け取ってもらうではなく、嵯峨野先輩が相手となると最早押し付けるになり、それで構わないと言い切る女子の逞しさをひしひしと感じながら、体育館へ移動するようにとの校内放送を待った。
卒業式の会場となる体育館はいつもバレー部やバスケ部が練習に勤しんでいたのと同じ場所とは思えないほど、式の前の緊張感が漂っていた。
それは自分達在校生の後ろに卒業生の保護者席があって、練習では誰一人座らない空間だったのに今はその場が埋まっているからかもしれない。
「卒業生、入場!」
その一声で空気が変わる。抑えた音量で流れ始めた入場曲に合わせ、知った顔もいれば知らぬ顔もいる三年生が練習通りに花道を二列で進んで来る。
僕の座っている位置からは、ちらりと横顔が見えるくらい。それでも僕はなぜか嵯峨野先輩を見ようと目を凝らしている。
今日が本当の最後だから。憧れの人の晴れ舞台だから。
開式の辞、国歌斉唱、卒業証書授与と式はつつがなく進んでゆく。
聞き慣れた声の校長の式辞や初めて見る市長代理のおじさんの話は申し訳ないけれど、右から左だ。隣に座った奴なんて隠しきれていない欠伸を何度も繰り返していた。
「厳しい寒さの中にも、時折柔らかな春の温もりを感じる今日この日、たくさんの方々の御臨席を賜り──」
僕の耳、いや、全身が反応したのはマイクを通し、体育館全体へと届く先輩の声。
赤ペンまみれで返された原稿を唸りながら何度も書き直していた姿を僕は知っている。先輩の原稿を赤ペンで染め上げた当の雪島先生は緊張しているのか、少しだけ頰を強張らせながらもひどく優しい目で先輩を見ている。
先輩の思いが、今、言葉となって刻まれてゆく。
僕は落ち着いた様子で壇上に立つ先輩を瞬きも忘れて見入っていた。
答辞が終われば、おなじみの歌を卒業生が歌う。そして校歌を全員で歌ってしまえば式は終わり。
卒業生は一足早く退場してしまう。
──あぁ、明日から、もう、先輩はいないんだ──
僕は初めて、卒業式の感傷というものに浸った気がした。
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