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第2話 夏休みの図書室
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成績優秀、制服を着崩しているところなど見た事もない生徒会長の嵯峨野先輩は卒業式には当然のように壇上で挨拶をする。
夏休みも返上して毎日図書室へと通い、受験勉強と並行して草稿を練る先輩は僕のもう一人の憧れの人。
真っ黒で艶やかな髪と白い肌のコントラストからは不思議ときつい印象を受ける事はなく、完璧であるはずなのに話しかけやすい先輩はいつも人の輪の中心にいる。一人でいるのを見かけるのは、こうして図書室を利用している時くらいか。そう思うとむりやり押し付けられた図書委員も悪くないな、と思えてしまう。
「はぁ、暑い……」
ぽそりと洩れた先輩の声に、つい反射的に謝ってしまった僕を見て、先輩は小首を傾げ
「なぜ?」
と珍しくネクタイを緩め、カッターシャツの第一ボタンを外しながら問いかけた。
「あ、の、空調の、調子悪くて……先生には報告してあるんですけど……」
「あぁ、真夏だもんねぇ。電気屋さんも大忙しなんだろうね」
きみのせいじゃないのにごめんね、と笑った先輩の首元にキラリと輝くボールチェーンが見えた。
僕はそのチェーンと同じ物を見た事があった。
一ヶ月ほど前に、体育館横の通路を通って別棟にある図書室へと向かおうとしていた時だった。バシンと勢いよくボールを弾く音に混ざって雪島先生の檄が飛んでいた。その声に思わず中を覗くと、汗で紺のティーシャツの襟から胸元の色を濃くした先生がスポーツタオルでゴシゴシと汗をぬぐっていた。
「お! 今から委員会か?」
「あ、はい」
「突っ切ってっていいぞ」
体育館に沿って半周迂回する形状の通路を通るよりは確かに近道だ。僕は考えるまでもなく、先生のその提案にのった。
「夏休みなのに大変だな」
「僕は毎日ってわけじゃないので。先生は毎日でしょう? 先生の方が大変そう」
「んー、でもまぁ、昔ほどは身体を動かさなくなったから、運動不足解消には良いぞ」
朗らかに笑ってドリンクを飲む度に上下する男らしい喉。
「あ」
ボールチェーンの先にはシンプルな指輪が一つ通してあった。僕の視線に気付いた先生は、片眉を微かに上げるとそっとその指輪をシャツの中に隠してしまった。
その一連の行動がひどく艶めいて見えた。
あの時見たチェーンと似た物が先輩の首元にもある。そしてその先には……。
答えない僕を見上げた先輩は、僕の視線が首元に注がれているのに気付くとボタンを再び留めてしまった。
「ナイショだよ? 風紀委員にバレたら怒られちゃうから」
冗談めかして僕に約束を強いた先輩の姿があの日の先生と重なった。
言葉もなくコクコクと頷く僕に、先輩はホッとしたような声音で
「ありがとう」
と小さな声で呟いた。
──これが、僕の偶然知ってしまった秘密──
夏休みも返上して毎日図書室へと通い、受験勉強と並行して草稿を練る先輩は僕のもう一人の憧れの人。
真っ黒で艶やかな髪と白い肌のコントラストからは不思議ときつい印象を受ける事はなく、完璧であるはずなのに話しかけやすい先輩はいつも人の輪の中心にいる。一人でいるのを見かけるのは、こうして図書室を利用している時くらいか。そう思うとむりやり押し付けられた図書委員も悪くないな、と思えてしまう。
「はぁ、暑い……」
ぽそりと洩れた先輩の声に、つい反射的に謝ってしまった僕を見て、先輩は小首を傾げ
「なぜ?」
と珍しくネクタイを緩め、カッターシャツの第一ボタンを外しながら問いかけた。
「あ、の、空調の、調子悪くて……先生には報告してあるんですけど……」
「あぁ、真夏だもんねぇ。電気屋さんも大忙しなんだろうね」
きみのせいじゃないのにごめんね、と笑った先輩の首元にキラリと輝くボールチェーンが見えた。
僕はそのチェーンと同じ物を見た事があった。
一ヶ月ほど前に、体育館横の通路を通って別棟にある図書室へと向かおうとしていた時だった。バシンと勢いよくボールを弾く音に混ざって雪島先生の檄が飛んでいた。その声に思わず中を覗くと、汗で紺のティーシャツの襟から胸元の色を濃くした先生がスポーツタオルでゴシゴシと汗をぬぐっていた。
「お! 今から委員会か?」
「あ、はい」
「突っ切ってっていいぞ」
体育館に沿って半周迂回する形状の通路を通るよりは確かに近道だ。僕は考えるまでもなく、先生のその提案にのった。
「夏休みなのに大変だな」
「僕は毎日ってわけじゃないので。先生は毎日でしょう? 先生の方が大変そう」
「んー、でもまぁ、昔ほどは身体を動かさなくなったから、運動不足解消には良いぞ」
朗らかに笑ってドリンクを飲む度に上下する男らしい喉。
「あ」
ボールチェーンの先にはシンプルな指輪が一つ通してあった。僕の視線に気付いた先生は、片眉を微かに上げるとそっとその指輪をシャツの中に隠してしまった。
その一連の行動がひどく艶めいて見えた。
あの時見たチェーンと似た物が先輩の首元にもある。そしてその先には……。
答えない僕を見上げた先輩は、僕の視線が首元に注がれているのに気付くとボタンを再び留めてしまった。
「ナイショだよ? 風紀委員にバレたら怒られちゃうから」
冗談めかして僕に約束を強いた先輩の姿があの日の先生と重なった。
言葉もなくコクコクと頷く僕に、先輩はホッとしたような声音で
「ありがとう」
と小さな声で呟いた。
──これが、僕の偶然知ってしまった秘密──
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