13 / 13
皇帝陛下は○○厨
不穏な贈り物2
しおりを挟む
「よく聞け、ベネトナーシュ」
静かに凪いだお父様の声が、諭すように言う。
「先日の暗殺者……アレを内部から手引きした者を我々は未だ特定出来ていない。今回は中々頭の回る奴がバックに付いているようでな、手間取っているというのが正直な話だ」
曰く、皇族付き騎士団の中では最弱の部類であっても、私の警備を担当していたのは比類なき強さを誇る帝国騎士団の中でもトップクラスの実力、品格、身分まで兼ね備えた選ばれし騎士達。
職務に忠実な彼らの目を掻い潜り、皇女宮に暗殺者が入り込むことは本来であれば難しい。
今回は警備している騎士達が交代する隙をついて入り込んでいたことまでは分かっているらしいが……そのような情報を知っているのは、皇族付き騎士団の幹部と傍仕えの中でも一握りの者だけ。
ちなみに警備担当の騎士達は皆隊舎で生活し、突然交代のお呼び出しがかかるシステムなので交代時はどうしても人が動くため隙が生まれてしまう。そのため、非常に高度な機密情報として扱われているのだ。
それが暗殺者側に知られてしまったということは、皇女宮でも重要なポストにいる者……もっと言えば、上級貴族あたりが絡んでいる可能性が非常に高いそうな。幹部連中は軒並み高位の爵位持ちだからだ。
しかし踏み込むには確固たる証拠のない状況では難しい。お父様自身は捜査に非協力的な者は皇族に対して謀叛ありとして首を(物理で)飛ばそうと考えていたそうだが……宰相様に止められてしまったらしい。
そりゃそうだ。上級貴族といえば歴史ある名家が多く、その分プライドが高い。
証拠もないのに疑いをかけられた上、捜査という名目で周囲を嗅ぎまわられれば良い気分はしないだろう。
繰り返してきた侵略戦争によって外に敵の多いスターリア帝国において、内部の結束は必至。
だからこそ、上級貴族の自尊心を損ねるような行為は極力控えるべきだと私は考えている。今回の件のように一方的に皇族が強権を振るえば、下手をすると自国貴族と軋轢を生みかねない。そしてその隙を、他国が見逃すことはないだろう。
まあ今までの皇族の方々の横暴で残虐な振舞いのお陰で、鬱憤が堪りまくっているだろうから……手遅れかもしれないけれど。最弱末っ子皇女としては、これ以上恨みを買うのは勘弁してほしい。
……ありがとう、顔も見たことがないお祖父様。お父様の暴走を止めてくれて。
まだ見ぬお祖父様へそっと感謝を捧げる私。
お父様は無表情だが、微妙に曲がった口の端が今回の件に納得していないことを教えてくれる。
「私はまどろっこしい真似は好かぬ。疑わしいモノなど、全て潰してしまえば楽なものを……どのみち、手引きした者は殺すのだ。死体の数が多少前後したところでなんだと言うのだ」
大問題ですお父様。
どうか他人様のお命をもっと大切にしてください。
この世が可笑しいのか。それとも、皇族の皆さんが可笑しいのか。それとも全てか。とにかくお父様の命に対する、あまりにも軽すぎる評価に私は一生慣れることはないだろう。慣れてもいけないのだけれど。
「宰相の言葉に従うのは癪だが……今、国内が荒れることは私も望まぬところだ」
ため息交じりに言うお父様の節くれだった指先が、私の顎先をスルリと撫でる。
見上げた先にあった切れ長の青い目は、存外に穏やかな光を宿していた。
「お前は我が皇族の血を引いているにしては、随分とぼんやりしているからな。私が庇護するにしても、もう少し育たねばとても乱世を生き抜くことは出来まい」
――――だからまだ、この国を維持する必要がある。
至極当然な顔で語ったお父様は……本当にどうしたのだろうか。今日はちょっとなんだか、全体的に様子がおかしいよ。
相変わらず無表情な、冴え冴えとした怜悧な美貌。過激で、冷酷非道で。随所に伺える血も涙もない人でなしっぷりも通常運転……なんだけれど、所々が変というか。認識しているお父様との齟齬を感じて、落ち着かない気持ちになる。
宰相様の言葉を渋々でも受け入れているのもアレだし……不服そうだけれど、私を心配するような言葉を口にするなんて。
何かあったのだろうか。不安になってお父様を見つめるものの、無表情・無感情がデフォのお父様に対して私の空気読みスキルは沈黙したままだ。
「処罰する者をある程度絞り込むまでには、暫し時間が必要だ。それまでは、敵はお前の近くに居る」
頬をつん、と突く大きな指先。
きっと彼の一突きで私の顔なんて吹っ飛ぶに違いないのに。
不意に気が付いたのだ。お父様は壊れ物を扱うような、慎重な手つきで今、私に触れている。
「四六時中、私が傍でお前を守ることはできない。だから、お前が殺すのだ。時間を稼ぐだけでも良い。お前を害するものを……この腕輪はそれを教えてくれる。お前に、そして私にも」
「あう(お父様)……」
美しく形作られた唇を上げ、凄絶な色香をまとうお父様。
無意識なのか、意識しているのか。無力だと蔑んでいた私を守りたい思ってくれた……言葉にしてくれた、その気持ちは大変ありがたいというか、とんでもない大進歩、達成感を感じずにはいられない訳だけれども。
唯一つ、私は物申したい。
私イズ赤子! 0歳もうすぐ9か月児!
そんな私に暗殺者を撃退できる訳ないでしょうが! むしろこの話、理解出来ていることが奇跡なんだからね!
それとも皇族の皆さんは赤ちゃんでも暗殺者を撃退しちゃったりするんでしょうか……お父様の小難しいお話を理解できたりするんでしょうか。
だとすると、末恐ろしすぎるよ、スターリア皇室一家。
そんな一家を攻略するなんて……とんでもなく無謀な気がしてきて、私は元日本人らしい曖昧な微笑みを浮かべることしかできなかった。
静かに凪いだお父様の声が、諭すように言う。
「先日の暗殺者……アレを内部から手引きした者を我々は未だ特定出来ていない。今回は中々頭の回る奴がバックに付いているようでな、手間取っているというのが正直な話だ」
曰く、皇族付き騎士団の中では最弱の部類であっても、私の警備を担当していたのは比類なき強さを誇る帝国騎士団の中でもトップクラスの実力、品格、身分まで兼ね備えた選ばれし騎士達。
職務に忠実な彼らの目を掻い潜り、皇女宮に暗殺者が入り込むことは本来であれば難しい。
今回は警備している騎士達が交代する隙をついて入り込んでいたことまでは分かっているらしいが……そのような情報を知っているのは、皇族付き騎士団の幹部と傍仕えの中でも一握りの者だけ。
ちなみに警備担当の騎士達は皆隊舎で生活し、突然交代のお呼び出しがかかるシステムなので交代時はどうしても人が動くため隙が生まれてしまう。そのため、非常に高度な機密情報として扱われているのだ。
それが暗殺者側に知られてしまったということは、皇女宮でも重要なポストにいる者……もっと言えば、上級貴族あたりが絡んでいる可能性が非常に高いそうな。幹部連中は軒並み高位の爵位持ちだからだ。
しかし踏み込むには確固たる証拠のない状況では難しい。お父様自身は捜査に非協力的な者は皇族に対して謀叛ありとして首を(物理で)飛ばそうと考えていたそうだが……宰相様に止められてしまったらしい。
そりゃそうだ。上級貴族といえば歴史ある名家が多く、その分プライドが高い。
証拠もないのに疑いをかけられた上、捜査という名目で周囲を嗅ぎまわられれば良い気分はしないだろう。
繰り返してきた侵略戦争によって外に敵の多いスターリア帝国において、内部の結束は必至。
だからこそ、上級貴族の自尊心を損ねるような行為は極力控えるべきだと私は考えている。今回の件のように一方的に皇族が強権を振るえば、下手をすると自国貴族と軋轢を生みかねない。そしてその隙を、他国が見逃すことはないだろう。
まあ今までの皇族の方々の横暴で残虐な振舞いのお陰で、鬱憤が堪りまくっているだろうから……手遅れかもしれないけれど。最弱末っ子皇女としては、これ以上恨みを買うのは勘弁してほしい。
……ありがとう、顔も見たことがないお祖父様。お父様の暴走を止めてくれて。
まだ見ぬお祖父様へそっと感謝を捧げる私。
お父様は無表情だが、微妙に曲がった口の端が今回の件に納得していないことを教えてくれる。
「私はまどろっこしい真似は好かぬ。疑わしいモノなど、全て潰してしまえば楽なものを……どのみち、手引きした者は殺すのだ。死体の数が多少前後したところでなんだと言うのだ」
大問題ですお父様。
どうか他人様のお命をもっと大切にしてください。
この世が可笑しいのか。それとも、皇族の皆さんが可笑しいのか。それとも全てか。とにかくお父様の命に対する、あまりにも軽すぎる評価に私は一生慣れることはないだろう。慣れてもいけないのだけれど。
「宰相の言葉に従うのは癪だが……今、国内が荒れることは私も望まぬところだ」
ため息交じりに言うお父様の節くれだった指先が、私の顎先をスルリと撫でる。
見上げた先にあった切れ長の青い目は、存外に穏やかな光を宿していた。
「お前は我が皇族の血を引いているにしては、随分とぼんやりしているからな。私が庇護するにしても、もう少し育たねばとても乱世を生き抜くことは出来まい」
――――だからまだ、この国を維持する必要がある。
至極当然な顔で語ったお父様は……本当にどうしたのだろうか。今日はちょっとなんだか、全体的に様子がおかしいよ。
相変わらず無表情な、冴え冴えとした怜悧な美貌。過激で、冷酷非道で。随所に伺える血も涙もない人でなしっぷりも通常運転……なんだけれど、所々が変というか。認識しているお父様との齟齬を感じて、落ち着かない気持ちになる。
宰相様の言葉を渋々でも受け入れているのもアレだし……不服そうだけれど、私を心配するような言葉を口にするなんて。
何かあったのだろうか。不安になってお父様を見つめるものの、無表情・無感情がデフォのお父様に対して私の空気読みスキルは沈黙したままだ。
「処罰する者をある程度絞り込むまでには、暫し時間が必要だ。それまでは、敵はお前の近くに居る」
頬をつん、と突く大きな指先。
きっと彼の一突きで私の顔なんて吹っ飛ぶに違いないのに。
不意に気が付いたのだ。お父様は壊れ物を扱うような、慎重な手つきで今、私に触れている。
「四六時中、私が傍でお前を守ることはできない。だから、お前が殺すのだ。時間を稼ぐだけでも良い。お前を害するものを……この腕輪はそれを教えてくれる。お前に、そして私にも」
「あう(お父様)……」
美しく形作られた唇を上げ、凄絶な色香をまとうお父様。
無意識なのか、意識しているのか。無力だと蔑んでいた私を守りたい思ってくれた……言葉にしてくれた、その気持ちは大変ありがたいというか、とんでもない大進歩、達成感を感じずにはいられない訳だけれども。
唯一つ、私は物申したい。
私イズ赤子! 0歳もうすぐ9か月児!
そんな私に暗殺者を撃退できる訳ないでしょうが! むしろこの話、理解出来ていることが奇跡なんだからね!
それとも皇族の皆さんは赤ちゃんでも暗殺者を撃退しちゃったりするんでしょうか……お父様の小難しいお話を理解できたりするんでしょうか。
だとすると、末恐ろしすぎるよ、スターリア皇室一家。
そんな一家を攻略するなんて……とんでもなく無謀な気がしてきて、私は元日本人らしい曖昧な微笑みを浮かべることしかできなかった。
0
お気に入りに追加
84
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
とても面白かったです!
普段は専ら恋愛ジャンルを読んでいるのですが、とても面白くて一気に読んでしまいました。
続き楽しみに待っています!
体調には気を付けて頑張ってください、応援しています!