神がこちらを向いた時

宗治 芳征

文字の大きさ
上 下
70 / 70
第十章

エピローグ

しおりを挟む
 拝啓。
 今年の十月五日も雲一つなく晴れました。見下ろしていただくには、絶好の天候かと存じます。
 こうして私がお墓参りをさせてもらうのは、今年で五年目となります。
 大学生の頃は約束のことしか考えていなかったので、まだかまだかと時が過ぎるのを待っていたのですが、充実していると月日が経つのが早く感じます。
 毎年手紙を書いておりますが、波多野さんはしっかり読んでくれていますよね?
 真利亜さんは独占欲が強く、手紙も検閲されているだろうから、どうせ波多野さんには届いていないと賢吾さんが言うのです。
 お二人の仲を裂くつもりは毛頭なく、私を救ってくれた波多野さんに近況を報告したいだけなのです。本当に、他意はありません。
 私のささやかな楽しみを許していただけると幸いです。また、真利亜さんも一緒に読んでもらえたら嬉しく思います。
 賢吾さんが毎度言うものだから心配になり、前置きが長くなってしまい申し訳ありません。
 昨年に続いて、ソリッドは順調に成長していっています。
 今では六フロアとなり、社員数も私が入社した頃から三倍近く増えております。
 人が増えたことで良いことも悪いこともありますが、軋轢などはなく皆気持ち良く業務をしており、強いて言えば寺島さんの悪癖くらいでしょうかね。そろそろ監視役でも付けようかなと、片倉さんが言っていました。
 仕事は、とにかく良い人ばかりで楽しいです。
 波多野さんは以前私に、自分と向き合って何がしたいのか考えろと仰いましたよね。
 いずれ臨床心理士の資格を取ろうとは考えていますが、やはり今私がやりたいことは波多野さんが作ったソリッドを日本一にすることです。
 これは私の嘘偽りのない本心で、自分自身で決めたことです。
 そうした思いもあり、久々に瑠衣さんと組んで新規プロジェクトを立ち上げていたのですが、今月半ばから私が休職することになったので、一旦ストップとなりました。やる気満々だった瑠衣さんには申し訳ないことをしたと思いましたが、これを楽しみに待っていると言われ凄く嬉しかったです。
 休職についてですが、病気になったわけではないのでご安心ください。
 実は、お腹の中に赤ちゃんがいるのです。
 この私が、愛する人の子供を授かることができました。
 小学生、中学生、地獄のような日々を送っていた頃、こんな幸せが待っているとは夢にも思っていませんでした。
 これもひとえに、波多野さんのお陰です。
 私をどん底から救い、導いてくれた。全て、波多野さんがいてこそでした。感謝してもしきれません。
 波多野さんは私が頑張ったからだと言うのでしょうけれど、頑張ったからといって必ず結果に繋がる、幸せになるとは限らない。
 それは、波多野さん自身がよく言っていたことですよね?
 ですから、私の頑張りだけではどうしようもない。波多野さんのお陰なのですよ。
 それでも波多野さんが違うと仰るのであれば、やっぱり神が私を見てくれていたからにしましょうか?
 だから神なんていないって……。
 きっとまた、波多野さんは苦笑しながらそう言うのでしょうね。
 波多野さん、何度でも言います。
 本当にありがとうございました。
 私は、果報者です。
 来年は我が子を連れ三人で参りますので、その時は温かく迎えていただけると幸いです。
 心配は無用かと思いますが、波多野さんと真利亜さんが引き続き楽しく過ごせるよう、深くお祈り申し上げます。
                              敬具。
 令和五年十月五日。
                              大宮楓。
 波多野輝成様。
しおりを挟む
感想 5

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

味噌あはん
2020.08.29 味噌あはん

なろうから作者名を辿ってきたんだが、良い作品と雅にいに会えたので満足満足!

宗治 芳征
2020.08.29 宗治 芳征

感想ありがとうございます。
わざわざ読みに来てくださって嬉しいです!
家族の定義の時間軸は今から十年くらい前なので、蓮穂や華耶も大人になって元気にやっていると思います。

解除
バラバラキ
2020.05.15 バラバラキ

素晴らしい!凄く良かったです!

同時に、この作品がそれほど上位にいない(読まれていない)ことが残念に思いました。
行間を詰めてしっかり書かれているので、何となく圧迫感を感じてそのままスルーされているんでしょうかね。
かくいう自分もパッと見はそう感じ、アプリで縦書き設定にして読みました。
これだと読みやすくなりました。

内容は本当に良いです。
丁寧に文章を書かれていて情景を想像しやすく、心理描写や伏線の回収も上手い。
読後の満足感はとてもありました。

偉そうに書いてしまいましたが、こういう作品が評価されて欲しいと思いました。
次回作を楽しみに待っています!

宗治 芳征
2020.05.16 宗治 芳征

感想、ならびに貴重なご意見をありがとうございます。

確かに、プロローグなんかは四千文字以上あるのに、行間を一つも空けていませんからね。
仰っている通り圧迫感があるのかもしれません。
読んでもらってなんぼなので、今後アップする際には他の作家さん方のやり方も参考にしたいと思います。
ただ、今作に関しては現在選考中ですし、大幅な修正はせずこのままにしようかなと…。

内容に関しては満足いただけようで、良かったです。
次回作をアップできるように頑張ります!

解除
ななくさ
2020.05.13 ななくさ

タイトルに惹かれて拝読させていただきました。
最初はがっつり仕事ものなのかな?と思いつつ読み進め、後半部分は気づいたら泣いてました。主人公の賢吾、そして楓ちゃんの成長に触れられる良い作品でした。次回作も楽しみにしてます。

宗治 芳征
2020.05.13 宗治 芳征

タイトルには気を使ったので、興味を持ってもらえて良かったです。
割りとコミカルな前半から一転し、後半は暗くなっていくので大丈夫かなと思っていたのですが、
満足いただけたようで嬉しい限りです。
自分はこまめに連載するというより、書き上げてチェックしてからアップする方なので、
いつになるかわかりませんが次回作をアップした際にはよろしくお願いいたします。
感想をいただきありがとうございました。

解除

あなたにおすすめの小説

よくできた"妻"でして

真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。 単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。 久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!? ※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。

もう一度『初めまして』から始めよう

シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA 母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな) しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で…… 新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く 興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は…… ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

一か月ちょっとの願い

full moon
ライト文芸
【第8位獲得】心温まる、涙の物語。 大切な人が居なくなる前に、ちゃんと愛してください。 〈あらすじ〉 今まで、かかあ天下そのものだった妻との関係がある時を境に変わった。家具や食器の場所を夫に教えて、いかにも、もう家を出ますと言わんばかり。夫を捨てて新しい良い人のもとへと行ってしまうのか。 人の温かさを感じるミステリー小説です。 これはバッドエンドか、ハッピーエンドか。皆さんはどう思いますか。 <一言> 世にも奇妙な物語の脚本を書きたい。

日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき

山いい奈
ライト文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。 世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。 恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。 店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。 世都と龍平の関係は。 高階さんの思惑は。 そして家族とは。 優しく、暖かく、そして少し切ない物語。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

ミッドナイトウルブス

石田 昌行
ライト文芸
 走り屋の聖地「八神街道」から、「狼たち」の足跡が失われて十数年。  走り屋予備軍の女子高生「猿渡眞琴」は、隣家に住む冴えない地方公務員「壬生翔一郎」の世話を焼きつつ、青春を謳歌していた。  眞琴にとって、子供の頃からずっとそばにいた、ほっておけない駄目兄貴な翔一郎。  誰から見ても、ぱっとしない三十路オトコに過ぎない翔一郎。  しかし、ひょんなことから眞琴は、そんな彼がかつて「八神の魔術師」と渾名された伝説的な走り屋であったことを知る──…

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。