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第九章
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猫の面は、玲子、竜次、向坂、遠山の順で回され、遠山は見終わるとテーブルの上にそっと置き、切ない表情で口を開く。
「波多野さんは面を使用する際、この文字を毎回自分自身へ刻んでいたんじゃないんでしょうか? 許せない……でも……許さなければならない。どうしてもわき出てしまう憎しみという感情を、必死に抑え込もうとしていたんだと思います」
打ちひしがれている賢吾に、遠山の重みある言葉が刺さった。
賢吾は感情を抑えようと奥歯を思いっきり噛み締めて、対面している向坂と遠山に向き直った。そして、真っ直ぐに見つめてくる向坂と視線が交わった。
「大宮さん。楓さんは恩人が私に依存していた部分がある、互いにとって良くないと言っていた。とのことでしたよね? それが正しく答えなのだと私は感じました」
向坂がそう述べ、
『私に依存していた部分があるって言っていたんです』
と賢吾の脳裏に深刻そうに言う楓がよぎった。
賢吾が硬直している中、向坂は話しを続ける。
「輝成君は自分を大宮賢吾だと楓さんに言っていました。遠山が言う通り、輝成君は許したし許せなかった、偽らざるを得ない感情であったからだと思います。けれど、私はそれだけが理由ではないと思いました。輝成君は、鉄に固執しすぎていました。だからこそ鉄が残した娘は、例えそれが憎しみの対象でしかなかったとしても、彼自身の生きる糧になっていたんじゃないでしょうか? そして楓さんと触れ合う内に本性を知り、彼女が何も悪くないことを痛感したはずです。私は、輝成君が楓さんを嫌々庇護していたとは思えないんですよ」
向坂がそこまで言うと、
「俺も、何となくわかったわ」
竜次も溜め息まじりに続いた。
「賢吾」
竜次に呼ばれ、賢吾は顔を向ける。
「輝成は守屋さんと触れ合っていることが、本当は楽しかったんじゃないのか? だが、あいつは10.5被害者の会の副会長でもあった。真利亜ちゃんだけではなく、沢山の命を奪った凶悪犯罪者の娘を楽しんで世話をする。お前や遺族の方に対して不義理になると負い目を感じ、楽しもうとしなかったしできなかった。賢吾、だからこそ輝成はお前に託したんじゃないのか?」
そう言う竜次に賢吾は目を見張り、向坂は頷いていた。
「輝成は頭のいい奴だ。客観的に見て守屋さんに罪はなく、理由のない地獄を味わっていた彼女は、幸せになるべきだとわかっていたはずだ。守屋さんを幸せにするのなら、輝成自身が許して愛すことが一番簡単だった……それもわかっていたと思う。だけど、さっきも言ったが輝成は自分に制限をしていた。そうせざるを得ない状態だったんだ。守屋さんを施し進む道を教えることはできても、やっぱり輝成は選べなかったんだよ」
「……だからって……俺が守屋楓を幸せにしろと?」
竜次の言いたいことはわかったが、賢吾は何でそれが自分なんだと憤然たる口調だった。
「輝成は理解していたし、すべきこともわかっていた。けれど……できなかったんだよ。だから、お前に託すしかなかった」
そう、竜次は嘆く息を吐きながら言い切り、
「コウちゃんが生きていて、楓ちゃんが大宮賢吾を探しにウチに来たとする。それでもコウちゃんは普通に接して、あとは賢ちゃんに委ねたと私も思う」
と、玲子も同意した。
何でそんな簡単に受け入れる?
直ぐに納得できるのだ?
賢吾は竜次と玲子を非難するような目つきになった。
「だから! 何で俺なんだよ? 俺だって鉄恭一に真利亜が殺されて、コウがもがき苦しんでいた様を見てきたんだぞ! ……許せと? ふざけるなよ!」
抗い続け、絶対に譲らない賢吾。そんな態度に片倉が吐息を漏らす。
「守屋さんは確かに鉄恭一の娘です。世間からは凶悪犯罪者の娘というレッテルを貼られています。ですが……彼女はそれを望んだのでしょうか? 母の自殺を目の当たりにし、父は日本史上最悪の犯罪者、そして残酷に虐げられる日々を送る。そういう人生を送りたいと願って生まれてきたんでしょうか? ……フッ……そんなことを願う人間がどこにいるっていうんです? 彼女は何か罪を犯したんですか? 彼女への仕打ちは正当なものなんですか? どうしたら彼女は幸せになるんですか? 親の都合で勝手に誕生させられ、残酷すぎるレッテルを貼られた。彼女自身は何も選択していませんよ」
独り言のように言っていた片倉は、賢吾に目を向ける。
「子供は親を選ぶことができません」
片倉は確言した。
その刹那であった。
『コウは、親を恨んだり憎んだりしてねぇの?』
『憎しみは何も生まないってよく言いますけど、実際には生むんです。それは何かというと、無為に過ごす時間を生みます』
『結局、意味がないってことか?』
『意味がないというか、勿体ないって感じです。両親を憎んで一時の感情に身を委ねたところで、ただそれだけで終わって無駄になっちゃいます』
『……達観してんなぁ』
『事実を受け入れ、自分で進むしかないんです。子供は親を選べませんからね』
賢吾には片倉が輝成にダブったように見え、輝成の台詞がフラッシュバックした。
片倉は自嘲的な笑みを浮かべ、
「僕も両親がクソだったので、輝成さんにそう言ってもらえたのは凄く救われました。輝成さんの両親は、僕の両親以上にクズでしたからね」
そう言うと立ち上がった。
「自分は10.5の被害者じゃありませんし、あれこれ言う資格はないと思います。それに守屋さんは、完全に社長マターです。守屋さんをクビにする、メディタルを消す、いずれにしても従いますよ。けれど、週明けまでに答えをください。では、自分は会社に戻ります」
片倉は言いたいことだけ言って、そのままリビングから離れ家から出ていった。
……おい……待てよ。
「そうだな。こりゃ、他人が口を出していい話じゃないわな。賢吾、飯を作って冷蔵庫に入れてあるから、ちゃんと食えよ」
竜次は立ち上がるとキッチンへと向かった。
……だから待てって。
「大宮さん。楓さんの資料は全てこちらに提出させていただきます」
「まだ、お金を払っていませんよ」
向坂から置かれた紙の束に目を落とし、賢吾は気力なく返事をした。
「既に、輝成君からもらっています」
向坂はそう言って微笑んだ。
「波多野さんは面を使用する際、この文字を毎回自分自身へ刻んでいたんじゃないんでしょうか? 許せない……でも……許さなければならない。どうしてもわき出てしまう憎しみという感情を、必死に抑え込もうとしていたんだと思います」
打ちひしがれている賢吾に、遠山の重みある言葉が刺さった。
賢吾は感情を抑えようと奥歯を思いっきり噛み締めて、対面している向坂と遠山に向き直った。そして、真っ直ぐに見つめてくる向坂と視線が交わった。
「大宮さん。楓さんは恩人が私に依存していた部分がある、互いにとって良くないと言っていた。とのことでしたよね? それが正しく答えなのだと私は感じました」
向坂がそう述べ、
『私に依存していた部分があるって言っていたんです』
と賢吾の脳裏に深刻そうに言う楓がよぎった。
賢吾が硬直している中、向坂は話しを続ける。
「輝成君は自分を大宮賢吾だと楓さんに言っていました。遠山が言う通り、輝成君は許したし許せなかった、偽らざるを得ない感情であったからだと思います。けれど、私はそれだけが理由ではないと思いました。輝成君は、鉄に固執しすぎていました。だからこそ鉄が残した娘は、例えそれが憎しみの対象でしかなかったとしても、彼自身の生きる糧になっていたんじゃないでしょうか? そして楓さんと触れ合う内に本性を知り、彼女が何も悪くないことを痛感したはずです。私は、輝成君が楓さんを嫌々庇護していたとは思えないんですよ」
向坂がそこまで言うと、
「俺も、何となくわかったわ」
竜次も溜め息まじりに続いた。
「賢吾」
竜次に呼ばれ、賢吾は顔を向ける。
「輝成は守屋さんと触れ合っていることが、本当は楽しかったんじゃないのか? だが、あいつは10.5被害者の会の副会長でもあった。真利亜ちゃんだけではなく、沢山の命を奪った凶悪犯罪者の娘を楽しんで世話をする。お前や遺族の方に対して不義理になると負い目を感じ、楽しもうとしなかったしできなかった。賢吾、だからこそ輝成はお前に託したんじゃないのか?」
そう言う竜次に賢吾は目を見張り、向坂は頷いていた。
「輝成は頭のいい奴だ。客観的に見て守屋さんに罪はなく、理由のない地獄を味わっていた彼女は、幸せになるべきだとわかっていたはずだ。守屋さんを幸せにするのなら、輝成自身が許して愛すことが一番簡単だった……それもわかっていたと思う。だけど、さっきも言ったが輝成は自分に制限をしていた。そうせざるを得ない状態だったんだ。守屋さんを施し進む道を教えることはできても、やっぱり輝成は選べなかったんだよ」
「……だからって……俺が守屋楓を幸せにしろと?」
竜次の言いたいことはわかったが、賢吾は何でそれが自分なんだと憤然たる口調だった。
「輝成は理解していたし、すべきこともわかっていた。けれど……できなかったんだよ。だから、お前に託すしかなかった」
そう、竜次は嘆く息を吐きながら言い切り、
「コウちゃんが生きていて、楓ちゃんが大宮賢吾を探しにウチに来たとする。それでもコウちゃんは普通に接して、あとは賢ちゃんに委ねたと私も思う」
と、玲子も同意した。
何でそんな簡単に受け入れる?
直ぐに納得できるのだ?
賢吾は竜次と玲子を非難するような目つきになった。
「だから! 何で俺なんだよ? 俺だって鉄恭一に真利亜が殺されて、コウがもがき苦しんでいた様を見てきたんだぞ! ……許せと? ふざけるなよ!」
抗い続け、絶対に譲らない賢吾。そんな態度に片倉が吐息を漏らす。
「守屋さんは確かに鉄恭一の娘です。世間からは凶悪犯罪者の娘というレッテルを貼られています。ですが……彼女はそれを望んだのでしょうか? 母の自殺を目の当たりにし、父は日本史上最悪の犯罪者、そして残酷に虐げられる日々を送る。そういう人生を送りたいと願って生まれてきたんでしょうか? ……フッ……そんなことを願う人間がどこにいるっていうんです? 彼女は何か罪を犯したんですか? 彼女への仕打ちは正当なものなんですか? どうしたら彼女は幸せになるんですか? 親の都合で勝手に誕生させられ、残酷すぎるレッテルを貼られた。彼女自身は何も選択していませんよ」
独り言のように言っていた片倉は、賢吾に目を向ける。
「子供は親を選ぶことができません」
片倉は確言した。
その刹那であった。
『コウは、親を恨んだり憎んだりしてねぇの?』
『憎しみは何も生まないってよく言いますけど、実際には生むんです。それは何かというと、無為に過ごす時間を生みます』
『結局、意味がないってことか?』
『意味がないというか、勿体ないって感じです。両親を憎んで一時の感情に身を委ねたところで、ただそれだけで終わって無駄になっちゃいます』
『……達観してんなぁ』
『事実を受け入れ、自分で進むしかないんです。子供は親を選べませんからね』
賢吾には片倉が輝成にダブったように見え、輝成の台詞がフラッシュバックした。
片倉は自嘲的な笑みを浮かべ、
「僕も両親がクソだったので、輝成さんにそう言ってもらえたのは凄く救われました。輝成さんの両親は、僕の両親以上にクズでしたからね」
そう言うと立ち上がった。
「自分は10.5の被害者じゃありませんし、あれこれ言う資格はないと思います。それに守屋さんは、完全に社長マターです。守屋さんをクビにする、メディタルを消す、いずれにしても従いますよ。けれど、週明けまでに答えをください。では、自分は会社に戻ります」
片倉は言いたいことだけ言って、そのままリビングから離れ家から出ていった。
……おい……待てよ。
「そうだな。こりゃ、他人が口を出していい話じゃないわな。賢吾、飯を作って冷蔵庫に入れてあるから、ちゃんと食えよ」
竜次は立ち上がるとキッチンへと向かった。
……だから待てって。
「大宮さん。楓さんの資料は全てこちらに提出させていただきます」
「まだ、お金を払っていませんよ」
向坂から置かれた紙の束に目を落とし、賢吾は気力なく返事をした。
「既に、輝成君からもらっています」
向坂はそう言って微笑んだ。
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